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「……と、そんなことがあったんだ」
「ふ~~ん、大変だなァ……コータも……ちゅるちゅるちゅるんっ」
翌日の大学の食堂にて。
今日も今日とて、僕は昼からの講義のために朝昼兼用の食事を数少ない男友達の斎藤六郎君と摂っている。ちなみに僕は彼のコトを親しみを込めて『ロッキー』と呼んでいるので、便宜上これからもそう呼ぶとする。それはともかく、僕は昨夜、妹様に打ち明けた悩み事を彼にも話してみた。しかし、彼の反応は僕が望むソレではなく、我関せずみたいな顔して『コーらーめん』(我が大学の裏メニューのひとつ。ラーメンの出汁をコーラにエクスチェンジさせた前衛的な食べ物)を下品な音を出して、啜っているだけだった。
「あ、あのね……ロッキー。た、他人事だと思ってるでしょ? ま、真面目に聞いてよ……」
「だって、事実、他人事だしな。あー、このしゅわしゅわとラー麺が口の中で産業革命を起こしてるだァ~~……たまんねー」
「う……で、でも、友達でしょ? 僕達、相思相愛の仲でしょ?」
「ちゅるちゅるちゅるりんっ……え、ナニ? ごめん、聞いてなかった」
「ひどいっ!」
う、ううっ……。
……そうさ、どーせ、僕がどうなろうと知ったこっちゃあないんだ。家族も、友達も!
いいさ、いいもぉーん!!そうやって、皆、無関心を装っててよ!!ぐずぐず……
そのうち自棄を起こして、ゲイになってやる……それで、ゲイバーの道に走って……人気NO.1のカマキングになってやるんだから……そしたら大金をハゲおやぢ共に見せびらかして……それでそれで……知り合いを僕の店に呼び寄せて、欲望のボッキーをビックビクに発射させてやるんだ……だから、皆、僕の店に来てね……安くするから……。
「ところで、コータ……お前、今日はえらく小食だな」
「肉棒洗って、待ってなさいよう!!」
「は、はあ!? ……な、何言ってんだ……に、肉棒ってお前……」
「……はっ。ち、違う……違うのよう。あ、あたしは……違うのよぉお」
「何かカマ口調入ってるが……お前、ココ、大丈夫か?」
ロッキーは苦笑いしながら自分の指を頭に指して、そう言う。
う、うう……しまった、ちょっと自分の世界に入ってしまった……。僕は興奮すると、自分と言う自分が見えなくなる体質を持っているんだ。今度から気を付けないと……自分自身の名誉に誓って言うけれど、あたしは決してオカマではないわ。
「……まっ、いいけどよ。それより、お前、そんな小食で腹が持つのか? よかったら俺が食ってやろうか?」
「ねえ、ロッキー。矛盾って言葉知ってる? 知らないよね?」
「マ●ジュンなら知ってるぞ。ワカメみたいなヘアーがイケてる野郎だろ?」
「あ、いま、全国のジャ●ーズファンに喧嘩売ったよロッキー。夜道の背後に気を付けてね」
「よせやい、照れるぜ……褒めるなよ」
ロッキーは何故か、頬を染めて自身自慢の茶髪パーマをボリボリ掻いている。
うーん、会話になってないような?それはともかく、ロッキーの言うとおり、今日の僕のランチメニューはメンチカツサンド(二枚の柔らかパン生地にガリバーソースのかかったメンチカツとシーザードレッシングがたっぷりかかったキャベツを挟んだシンブルサンド)と缶コーヒー(微糖、甘さ控えめ)である。
「はあ……」
「どうしたよコータ、溜息なんか吐いちゃってさ。よかったら、俺がメンチカツサンドで相談に乗ってやるよ」
「いいよ……はあ」
「何だよう……そんな落ち込んだ顔するなよメンチカツコータ。お前がそんな顔してると俺まで気分が落ち込メンチカツだろ?」
どんだけメンチカツサンドが食べたいんだよロッキー。
だいたい、友達なら見返り無しで、相談に乗ってくれるもんじゃあないかい?
はあ……昨日のこともあって、あんまり食欲ないけれど、食べよ……
「そんなの食べちゃダメだよ!! コー君!!」
…………。
メンチカツを今まさに、口に運ぼうとした瞬間、僕の両手にあったメンチカツは視界から消え、さらに傍にあった缶コーヒーは何故か、僕のシャワー代わりになっていた。……おかしいな、何にもしていないのにお目めから甘酸っぱいモノがあふれてくるようママー。
「……あの、高橋さん」
「昨日に引き続いて、またとんでもないブツを食べてるよね!? 信じられないよ、コー君!」
「ぼ、僕に何か恨みでもあるんですか?」
「まず、コレ! 缶コーヒー!! あたしの眼は騙されないんだから!! お砂糖い~っぱいはいってるでしょ!? それに珈琲には大豆がいっ~ぱい!! 炭水化物のデパートみたいな飲み物じゃない!!」
「こ、珈琲に大豆は入っていないと思うけれど……」
「ボンビーな人が飲む大豆珈琲ってのも、昔はあったんだよ!!」
し、知らないよそんなマイナーなの。それに昔の話じゃないか……。
ていうか、高橋さんって炭水化物もダメな人なのか……。って、うどんもだめとか言ってたしな……。
それって、よく考えたらベジタリアンじゃなくないか……?一体、何を食べて生きてるのこの人。野菜?本当に野菜しか無理な人なのか?だとするとベジタリアンと言うより、草食動物……そこいらでむさむさと草食ってる鹿みたいな感じかな。……何故だか、冷静で客観的に解説している自分が辛いよホント。しまいに脳がマヒしちゃいそう。
「それに、この油ギッシュなメンチカツ!! こんなの食べたらコー君、成人病で死んじゃう!!」
「お、大げさだなあ……」
「大げさなものかっ! コー君は油物を一口でも摂取すると瞬時にコレステロールがたまって壊死しちゃう体質なんだから!!」
「こ、怖いこと言わないでよ……僕に脅迫観念を植え込もうとしてなあい?」
「このパンもダメ!! ドレッシングも油が多いしだめぇ!!」
高橋さんは吐き捨てるように次々と、そう罵る。
こ、怖い……ここまで来るとホント、危ない人だよ。な、何で、昨日会ったばかりの今まで接点にも無かった人にこんなこと……。いやいや、そういう問題でもないな。親しい人でもやばいよ。何?一体、この人は僕に何をしたいの?相手の目的も分からぬまま、身に覚えのないことをされる僕……ああ、ヤバい、寒気がしてきた……病気なのかなこれって。絶対、何かに取り憑かれてるよこの人……。
「でもね、コー君……あたしは鬼じゃないから……だから、コー君は今度から水とキャベツ……食べよ? メンチカツサンドおいしいものね……珈琲おいしいものね……」
「あ、あのね? それはもうメンチカツサンドじゃなくて、タダの単体のキャベツだよ? 珈琲じゃなくてただの水。分かってるよね? 僕は小学校の飼育小屋にいる兎さんじゃあないんだよ? ひどいよ……」
「酷いのはコー君だよ!!」
あ、あるぇー?
何で、ボク怒られてるの?絶対おかしいよね、これ。
「おいっ、こら、そこのびっち!! 俺のメンチカツサンドを粗末にするんじゃあない!!」
僕と高橋さんのやり取りを見ていたロッキーはお猿さんのように真っ赤な顔して、高橋さんに向かってそう怒鳴る。
うん、ロッキー……言ってることはホント正しいと思うけれど、君のメンチカツサンドじゃないよ。それに仮にも初対面の女の子に対してびっちって……。
「な、何だよ~……コー君、このはげちゃびん誰?」
「誰が、はげちゃびんか!! 俺の名前は斎藤六郎だっ、略してロッキー! 覚えとけ、淫乱ぱくぱく女!!」
それは略してないよロッキー……。
「うるさいなぁ……そんな豚のエサを食べているような人に文句を言われる筋合いはないよ、ロッキー斎藤」
「な、何が豚のエサかっ!! それに、ロッキー斎藤って何だ! 芸名みたいになってるじゃないか!!」
……こうして。
僕は昼休みの貴重な時間をロッキーと高橋さんの痴話喧嘩で潰されてしまった。
そう言えば僕、オカシナ人……もとい高橋さんのコト何にも知らないんだよな……や、別に知りたくもないけれど。