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「……と、そんなことがあったんだ」
「ふ~~ん、大変だねぇ……コータも」
その日の夜。
僕は一番身近であろう異性である妹に昼間の高橋さんのことを相談した。
しかし、肝心の妹は僕の部屋のベッドで仰向けの態勢でゴロゴロしながら少女漫画を読んでいた。
うーん、いくら自分の妹であっても黒タイツのTシャツ一枚という出で立ちは目のやり場に困るものだ。
「こ、こら瑠美……僕が真剣に相談しているのに、その態度は何だ」
「ふーんだ……私はたかが五百円ごときで、コータの戯言に乗っちゃう安い女じゃないよーだ。だいたい、何で私がコータのノロケ話を聞かないといけないの。童貞のコミュ障のくせして女の相談に乗ってほしいだなんて生意気生意気生意気」
「こ、この……いい加減にしないとスパンキングしちゃうぞ」
「はあ……自分で言ってて悲しくならないのコータ? できもしない強がり……それってとってもカコワルイ」
瑠美はベッドから起き上がって、呆れた表情で僕の顔を見つめている。
う、うるさいやい。ちょっと言ってみたかっただけだい。言うだけなら何でもないでしょ?できないけれど。やっちゃったら、豚箱行き。そもそも、やる勇気が必要。その前に我が家のツインテール妹様はカラテ家で。ホントにやる前に僕がスパンキングされちゃうかも。だから、できないのッ!以上。
「と、とにかく……瑠美が思い描いているようなハッスル桃色恋愛事情じゃないよ。僕が相談したいのは今話した高橋さんって、同じ女子から見て瑠美はどう思う?」
「……そんな愉快な恋愛事情は考えていないけれど。同じ女の子だからって、一括りにしないでよ。会ったこともないのにコータの話だけでどんな子か分かるわけないでしょ?」
瑠美はベッドの上でお腹をポリポリ掻いたり、自分のツインテールをクリクリ触りながら、面倒くさそうにそう言う。お、おやぢもみたいな奴だな……。きっと、コイツが彼氏の一つでも見つけたら彼氏の前ではこんな仕草は見せないんだろうな。猫被りの毛があるからな、こいつ……。くそう、つまりは我が妹は僕のコトを男として見ていないんだろうな……。や、恋愛的な意味ではなくてね。僕だって、立派な男なんだからプライドくらいあるやい。
「いいんだよ、何となくで。そんなことも分からないで、お前は僕の妹を何年やっているんだ」
「コミュ障のくせに偉そうに……。ま、普通に考えて、出会い頭にいきなり告白っぽいコト言ってくる女の子ってありえないよ。もしかして、コータの幻聴かも」
「幻聴じゃないやい!!」
「どうどう、おちつけ、コミュ障。幻聴じゃないとすれば、コータの耳穴は耳クソのバーゲンセール状態だから……」
「ねえ、何ですぐそうやって僕の耳がおかしい方向に持っていこうとするの」
ま、まったく……さっきから兄に対して酷いコトばかり言いやがってぇ。兄の威厳もあったものじゃないよ。僕は三度の飯より、耳掃除が大好きなんだ。朝昼晩欠かさず、耳穴の手入れはしている。つまり、清潔が服を着て歩いているような僕の耳がおかしいってことはルー●柴が国籍をジャパンからアメリカにクラスチェンジするのと同じくらいありえない。
「まあ、それはスルーして……とにかく、話を聞いている限りでは相当変な子だねえ……何もしてないのに、いきなりうどんをブチマケルあたり」
「そ、それは分かっているよう。もっと建設的な意見はないか?」
「まあ……多分、その子はベジタリアンじゃないかなあ……極度の」
「お、おばたりあん? おばちゃん星人ギャートルズ??」
「馬っ鹿じゃない、耳だけじゃなくて頭もおかしくなったの。ベ・ジ・タ・リ・ア・ン……菜食主義(者)の~とかそういう形容詞」
「べ、べじたりあん……野菜大好きっ娘」
「そう、聞いてる限りじゃ、蒲鉾とか鰹節とか魚類の入ったものを拒んだんだよね……一方で、残った水とネギはおっけー。つまり、そういうことじゃないかな」
「うーん……」
な、なるほど……。
あの時はいきなり美人に声かけられて、しーしーが漏れちゃいそうなくらい気が動転してたから冷静に物事が考えられなかったけれど。よくよく考えてみれば彼女のうどんの拒み具合は半端なモノじゃなかったしな……ベジタリアンって片付けちゃえば辻褄が合うけれど……うーん、でもでも、彼女アレは珍獣並に異常だったけどな。
「……まっ。世の中には色んな人がいるよ、コータ。いいんじゃない? 偶にはそういう奇特な人と付き合ってみるのも。あ、ごめん。偶にはとか言っちゃったけれど、偶にどころか全然人と付き合ったことが無いコータには酷な話だね、ぷひゅーくすくす」
瑠美は面白い玩具を見るような眼で僕を蔑む。
く、くそう……馬鹿にしやがってぇ。ぼ、僕だってなぁ……友達の一匹や二匹……はむすたぁーとかうさぎちゃん……いるんだぞう。……人間の友達といえる友達は皆無だけれど。
「……ぐ、い、いつかお前のお風呂を覗き見してやるぅ」
「ぷっ……何そのチューボーみたいな可愛い悪戯。ま、家族に対してそういう軽口が叩けるくらいだから、そのうち治るんじゃない? そのビョーキも」
「ビョ、ビョーキとか言うなぁ!?」
「それはともかく……はい」
瑠美はさも当たり前みたいに僕に向かって手を差し出してきた。
…………。
もしかして、フォークダンスでも踊りたいのだろうか。
「いや、いきなりダンスの練習って……兄ちゃんは運動音痴だから無理だよ」
「はあ、何言ってるの? 妹相談料だよ……追加料金。と言う訳で千円ちょーだい」
「ま、まだこの幼気な兄から金を徴収する気か。守銭奴みたいな奴だな」
「人聞きの悪いこと言わないで。相談料じゃなくて、お小遣いでもいいから」
「ふ、ふざけるなよ……そんな大金が渡せるか」
「おとーさーん、おかーさーん、おにぃちゃんに、おーかーさーれーるーたーすーけーてー」
「こ、こらっ、やめろぉ!! わかったよ、ちくしょう!! もってけドロボー」
「わーい、お兄ちゃん大好きー」
……結局。
僕は千五百円もの大金を妹様に献上してしまった……。
うう、なけなしの小遣いだったのにぃ……え、どこが大金なんだ、って?
いいでしょ!お金の価値観はその人の周囲の環境や考え方によって違うんだからさ!!つまり、僕はボンビーってこと。
それより……。
結局、僕はこれからあのオカシナ彼女に対してどう対応すればいいのだろう。
うう、おそらく嫌でも顔を合わすんだろうな……ああ、もう、何か明日からが憂鬱だ……。
「コータ君!? 兄妹プレイの際はゴムを装着しなさいってパパは言ったでしょう!?」(←ちょっと腰の入ったパパ)
「いらないよっ!!」