頂き絵④蜂蜜ロール
またまたいただいてしまいました!
美羽さん! いつもありがとうございます^^
今日のカフェコーナー限定の菓子は、蜂蜜ロールだ。
蜂蜜をたっぷり混ぜ込んで焼いたスポンジは、ふんわりしっとりの口当たり。一口食べれば、舌の上でとろけてほのかに蓮華の香りが広がる。
中のクリームは、生クリームとカスタードクリームの二層になっていて、甘さ控えめのさっぱりとした生クリームと、こってり濃厚なカスタードクリームのどちらも味わえる。
また、真ん中には大胆にバナナを丸ごと入れて、そのまわりに苺とラズベリーが散りばめてある。こちらも甘味と酸味のバランスがよく、いくら食べても飽きることがない。
「あぁ、やっぱりコレットちゃんのお菓子は最高だよ。
これ、どうしてカフェコーナーでしか食べられないんだい?
お店で出せば、あっという間に人気商品になるよ」
手のひらを頬に当てて、至福の表情で蜂蜜ロールを味わっているのは、隣の青果店のおかみ、メリルだ。
「この蜂蜜はすごく高いから、売れば売るほど赤字なんです。
でも絶対おいしいので、みなさんにも食べていただきたいなって思って」
その点、カフェコーナーならお茶もあるので、多少は利益がでるということだ。
「確かに、こんなに花の香りのする蜂蜜は初めてです。焼いてこれですから、そのままならもっとですよね」
「えぇ」
納得の表情で蜂蜜ロールを頬張るエメリッヒの横には、当然、彼の上司もいる。
「あれ、分隊長さん、その袖んとこのボタン、とれそうだよ」
一足先に蜂蜜ロールを食べ終えたクラウスが、お茶を飲むために腕をあげたところで、メリルが気が付いた。他の客の対応で、カウンターに戻っていたコレットに声をかける。
「コレットちゃん、裁縫道具あるかい? あたしが付けて」
「あああ、メリルさん! メ・リ・ル・さん!」
「なんだい、エメリッヒさん、急に大きな声を出し……、あぁ!」
「? はい、裁縫道具ならありますけど、どうしました?」
菓子箱を手に、幸せそうな顔で帰って行く客を見送ったコレットが、カフェコーナーへと戻ってくる。
「コレットちゃん、分隊長さんの袖のボタンがとれそうなんだよ。付けてくれるかい?
あたしがやろうと思ったんだけど、急に持病の癪が……痛たたた……」
「えっ、大丈夫ですか、メリルさん。お薬とか」
「じっとしてればすぐに治るよ。それよりもボタンを」
腹を押さえるメリルの様子を心配そうに伺いながらも、コレットは「ボタン」と言われてクラウスの袖口を確かめる。
「あ、ほんと。とれそうですね。
クラウス様、上着をお預かりしてもよろしいですか? 二階で付けてきます」
「……。
隊舎に戻ってから見習いにつけさせるから、かまわない」
「いえいえ、分隊長! マリーニなんかにやらせたら、ボタン一つつけるのに手を血だらけにしますよ。
ここはお言葉に甘えて、コレットさんに付けてもらいましょう」
「しかし、店が」
他の客も来るだろうと、クラウスは断ろうとする。
「そんときゃ、あたしが対応するよ。なぁに、ボタン付けくらい、大した時間はかからないだろ。ねぇ?」
「はい、お帰りになる途中でとれたら、失くしてしまうかもしれませんし。大丈夫です」
「すまない」
にこっと微笑んで両手を差し出すコレットに、クラウスは遠慮がちに上着を渡す。彼の膝まである長衣は、多少の防御性も兼ね備えているため、厚手の生地でできていた。
上着を受け取ったコレットは、予想外の重さに一歩よろめく。
「! 大丈夫か」
クラウスは、思わずその背中を支えるように腕を伸ばすが、コレットはなんとか持ち直した。
「大丈夫です。すぐに付けてきますね」
思ったより重かっただけで、持てないわけではない。やはり隊舎で、と言うクラウスにもう一度大丈夫だと言って、コレットは二階へと上がっていった。
「……惜しい。偶然を装って抱き寄せるくらいしてもいいのに」
「そんなことできるくらいなら、とっくにくっついてるだろ」
「それもそうですねぇ」
気遣うように二階を見上げているクラウスの横で、エメリッヒとメリルは好き勝手なことを話すのであった。
「よし、できた!」
メリルの言う通り、ボタン一つつけるくらい、大した時間はかからなかった。生地が厚いので、多少力が要ったくらいだ。
「んん、それにしても大きいなぁ」
きれいに畳み直そうと持ち上げたクラウスの上着は、彼が着れば膝丈だが、コレットならば引きずるほどの長さがありそうだった。
「……ちょっとくらい、いいよね?」
来客を告げるドアベルの音が聞こえないのをいいことに、コレットはクラウスの上着を持って鏡の前に立つ。
「うわ……」
こっそりと羽織ってみたクラウスの上着は、やはりとても大きくて、コレットをすっぽりと包みこんだ。
「クラウス様の、匂いがする……」
そっと袖口を持ち上げれば、クラウスに頬を撫でられたような気がした。
コレットに直してもらった上着を着て、クラウスはエメリッヒとともに大通りを歩く。
「さすが早くて上手ですね。コレットさんに付けてもらってよかったでしょう?
マリーニじゃ、朝までかかったあげく、元より酷くしそうですよ」
「まぁな」
エメリッヒに言われて、改めてクラウスは袖のボタンを見る。
すると、腕を上げた拍子に、菓子の甘い香りがした気がした。
「どうしました?」
急に立ち止まったクラウスを、先に歩んでいたエメリッヒが振り返る。
「……いや」
短く答えたクラウスは、口の端をわずかに上げる。そして、不審がるエメリッヒを横目に、再びゆったりと大通りを歩きはじめた。そんなクラウスに、エメリッヒはひょいと肩をすくめて、後をついていく。
春光うららかな通りを、多くの人々が行きかう。
ここは、ティル・ナ・ノーグ。
心穏やかな人々が暮らす、常春の国――