お花見(挿絵有)
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閉店後の菓子工房で、コレットとヴィルフレッドは新作の打ち合わせをしていた。
ピスタチオのマカロンを新作として出すときに、せっかくだからいろいろな色のマカロンを出そうという話になった。今日はその種類を考えている。
「林檎と苺は入れたいわね。色で言えば、黄色、ピンク。ブルーベリーなら紫で……」
「苺なら赤って感じじゃないか? 淡いピンクと言えば、桃?」
「桃かぁ。あ、桜があるわよ」
「サクラ?」
「うん。すごく儚い雰囲気で、とっても素敵なのよ。
お店でも桜の花びらやそれを塩漬けにしたものを使ったお菓子は評判がいいわ」
「へぇ。見てみたいな」
ヴィルフレッドの言を受けて、明日の開店前に桜のある公園に行くことになった。商品作りはヴィルフレッドが協力してくれれば短時間でできるし、何より彼は思い立ったらすぐに行動したい性質だった。
シラハナから移植された桜が何本もあるその公園は、ティル・ナ・ノーグの名所の一つになっていた。
そして翌日。
早起きをして出かけた公園は、中央にある桜の大木がちょうど満開をすぎたところで、辺り一面に花びらが舞って、幻想的な美しさだった。
「これがサクラか……!」
諸国を旅しているヴィルフレッドも、初めて見る風景に感嘆の声をあげる。
「きれいよね。みんなに愛されているのがよくわかるわ」
「だな。こんなに大きな木に、小さな花が集まって、なんて美しいんだ」
「えぇ。ところで、ヴィル。そろそろ戻らないとお店が……」
桜に見惚れるヴィルフレッドに、コレットが遠慮がちに声をかける。けれど、ヴィルフレッドは耳に入る様子がない。
「あぁ……。きれいだなぁ」
「ヴィル。開店に間に合わなくなっちゃう」
「散ってる様が、またいいんだな。
くるくると花びらが舞って……こんな菓子を作りたいなぁ」
「ヴィルったら、もう。私、先に帰るからね」
呆れたコレットに置いて行かれてもなお、ヴィルフレッドは桜の木を眺めつづけた。
散る。
散る。
散る。
桜の花びらが、風に乗って舞い踊る。
儚くも美しいその風景を眺めているのは、ヴィルフレッドだけではなかった。
公園にやってきた誰もが、足を止めて一本の桜の木を見つめていた。
(あれ?)
桜の木ではなく、桜の木を眺める人々を見始めていたヴィルフレッドの視界に、見慣れた後姿が映った。
(コレット? 帰ったんじゃなかったのか)
ヴィルフレッドとは、桜の木を挟んで反対側に、先に帰ると言っていた妹の姿があった。その隣には、大きな人影。
(あ、クラウス! なんで一緒にいるんだ。帰りがけに会ったのか?)
コレットが、頬を桜色に染めて嬉しそうにクラウスに話しかけた。クラウスはそんなコレットを見つめ返して、鷹揚にうなずいた。
二人は、いまにもくっつきそうな距離で、桜を眺められる芝生の上に腰を下ろす。
(おいおい、なんだかいい雰囲気じゃないか。ちょっと待て。今、そっちに行くから!)
二人に向かって、ヴィルフレッドは駆け出す。
けれども、さほど広い公園ではなかったはずなのに、駆けても駆けても二人の元にはたどり着かなかった。
そうこうするうちに、二人の距離はさらに縮まって、コレットがクラウスの肩に頭を預けた。膝の上で合わされた手の上に、クラウスの手が重なる。
「ん?」と言うように見上げたコレットの顎に、クラウスの指が掛かり――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うあああぁぁぁぁぁぁ!」
自分の声で目覚めたヴィルフレッドは、寝床にしているソファの上で、がばっと跳ね起きた。
転げ落ちるような勢いで、階段を駆け下りる。
「ヴィル? どうしたの」
「コ、コレット。
サクラ……公園……」
「うん? 今日も行くの?
もう開店の時間だから私は行けないけど、ヴィルは行ってきていいよ」
コレットは、飾り棚に今月の新作として色とりどりのマカロンを並べているところだった。
昨日、サクラの美しさに感動したヴィルフレッドが、もう作る、いますぐ作ると言って完成させた品々だった。
「あ……そうだ。昨日あれから材料そろえて……。
じゃぁ、今のは、夢?」
夢だとしたら、なんて酷い夢なんだ。いや、夢でよかったと言うべきか。
「なんだよ、畜生。もう一回寝よ」
明け方までマカロン作りをしていたヴィルフレッドは、腹を掻きながら階段を上がろうとした。
「待って、ヴィル。出かけないなら、ピスタチオのアイスクリームを作ってくれない?
カフェコーナーで出したいのよ」
「あー、そっか。わかった。眠いけど手伝う」
「何よ、もう。いくらクラウス様にいただいた治療費があるっていっても、ヴィルは居候なんだからねっ
ちゃんと働いてくれなきゃ困るわ」
「はいはい。ってゆーか、今おまえの口からあいつの名前は聞きたくないぜ……。それに治療費はあいつからじゃなくてなんとかっつー公爵から……」
「なぁに? ぶつぶつ言ってないで、さっさと着替えて。もう開店よ」
「わかったって。あーぁ。俺、サクラ、嫌いになりそう……」
ヴィルフレッドは、そうぼやきながら料理服を手に取るのだった。
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夢オチです。
えぇ、だって、そこまでいってませんものw
この下はおまけです^^
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カララン
ドアベルが鳴る音がする。
アイスクリームの材料をひたすら混ぜていたヴィルフレッドの手が、ぴたりと止まった。
「いらっしゃいませ!」
コレットの明るい声が響く。
そのあとから、きゃっきゃっという若い女性のはしゃぐ声が聞こえた。
(なんだ、あいつじゃないのか)
ほぉっと息を吐いて、再び材料を混ぜはじめる。
ヴィルフレッドにとって、クラウスは指揮官としても騎士としても戦闘の相棒としても文句のない男だったが、かわいい妹の好いた相手であるとなると、話は別だった。
塩を振りかけた氷で外側から冷やしながら、ヴィルフレッドは材料をがしがしと混ぜていく。ここがアイスクリーム作りで一番大変な過程だったが、いつもより短時間でできてしまった。
「お、なんかいい調子。これなら、今日の分、一気に作れるかも」
その後もカラランとドアベルが鳴るたびに手が止まり、ほっとするのと同時にがしがしとアイスクリーム作りをするヴィルフレッドであった。
何度目かのドアベルの音が響く。店にやってきたのはエメリッヒだった。
「へぇ、ピスタチオのアイスクリームですか。珍しいですね」
「えぇ。兄が作ったんです。お客さんにもとっても評判がいいんですよ」
「うん、美味しいです。分隊長はもう食べたんですか?」
「はい。試作の段階で食べていただきました。そういえば、今日はクラウス様は何か御用ですか?」
「あぁ、俺一人ですみませんね。城で第六師団の会議なんですよ」
「あ、いえ、別にそんなつもりでは……」
「くす。今度分隊で花見をするんです。コレットさんも一緒にいかがですか?」
「え? 私も行っていいんですか?」
「えぇ。ぜひこのアイスを持ってきてください」
「そういうことなら、ぜひ」
翌週の定休日、桜の咲く公園に、軽食の入った籠を下げたコレットの姿があった。
「えぇと、私、エメリッヒさんに今日ここでお花見って言われたんですけど……」
「……あぁ」
コレットの向かいには、苦虫をかみつぶしたような顔をしたクラウス。
「あいつらに、してやられた」
「え?」
やわらかな風が吹く。舞い散る桜の花びらが、コレットの髪にひとひら留まった。クラウスは、その花びらに手を伸ばし、髪には触れないようにしてとってやる。
「まぁ、いい。座るか」
「は、はい……」
どかりと腰を下ろすクラウスの横で、どれくらいの距離で座ればいいのかと悩むコレットの頬は、桜の花弁の何倍も赤かったという。
「ちょっと、補佐官! 押さないでくださいよ」
「見えないんだからしょうがないだろう!」
「あっ、今、分隊長の手がコレットさんの髪に!」
「なにぃ、で、どうした」
「あれ、座っちゃいました」
「コレットさんはどうするのかな。なんか悩んでるみたいだけど」
「あああ、そんなに離れて座らなくても! もっとくっついて!」
「見えない! 見えないぞ! おまえらどけ! 上官命令だ!」
「嫌です~。そーゆーの、職権乱用ってゆーんですよ」
「おーまーえーらー」
そのころ、ヴィルフレッドはと言えば――
「んんー! んん、んん、んんんー!」
「あーぁ。今頃みんな覗きを満喫してるんだろうなぁ。
俺ばっかりなんでこんな役……ずるいっすよ」
菓子工房の厨房で、縄で縛られ猿轡をされていた。
「んん、んんんんんんんん、んんんんっんんー!」
(てめぇ! 命の恩人に何するんだよ!)
「すいませんねぇ。僕も仕事なんで」
お邪魔虫の見張り番は、野次馬大好き分隊員に満場一致で指名されたマリーニだ。
「はあぁ。今頃手とか握ってるのかなぁ」
「んんんんん!」
(ふざけんな!)
「いや、もしかしてちゅーとか」
「んんんんんん!」
(させてたまるか!)
「えっ、その先まで!? クラウス分隊長ってば、案外手が早……ぐぇっ」
「んんん! んんんんん!」
(てめぇ! ぶっ殺す!)
ぐるぐる巻きのまま体当たりをしてきたヴィルフレッドに、マリーニは押し倒される。
「痛っ、苦し……。やだなぁ、ただの想像じゃないですか。痛っ、痛たたたたた! 頭突きやめてください。
痛いっすぅぅぅぅぅ!」
自業自得のマリーニの悲鳴が、分隊員たちのいる公園まで届いたとか届かなかったとか――
おしまい^^
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