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頂き絵③補佐官の受難

ゐうらさんに描いていただきました。

「恋人たちの聖菓戦争」のあのシーンです。嬉しいので小話追加^^

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

挿絵(By みてみん)



「待て! この野郎!」


「ちょいと、アンタ! いい加減にしなさいよ!」


 大通りを西へ東へ逃げるエメリッヒを、青果店の主人が追う。その後ろを、林檎を持ったメリルが追いかける。


「ご主人、落ち着いて! 話を聞いてください!」


「話もくそもあるか!」


「くそはアンタだよ!」


 ガツ――!

 メリルの投げた林檎が、男の後頭部に当たった。

 どさっとその場に倒れ込む。


「あ……やっちまった」


「あーぁ」


 夫に当たるはずだった林檎は、エメリッヒを直撃していた。気を失っている補佐官を、青果店のおかみとその夫が見下ろす。


「おまえ、いくらなんでもひでぇだろ」


「誰のせいだい。ほら、うちに連れてくから肩貸しな」


「なんで俺がお前の情人いろを担がなきゃならねぇんだよ」


「だぁから、それが勘違いなんだって。いいかい? アタシとエメリッヒさんはね……」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あっははは! それでそのこぶなのね」


 その日の夜、交易所近くの酒場パブに、半ば自棄やけになって酒杯をあおるエメリッヒの姿があった。頭には包帯を巻いている。

 向かい側に座り、目じりに浮かぶ涙を拭いているのは、きれいに手入れされた長い爪の女性だ。


「あぁ、もう、笑いすぎて、お腹が痛いわ!」


 豪快に笑う彼女の口紅は、紫。体にぴったり沿った光沢のあるロングドレスに、豹柄のボレロを肩にかけている。


「黙れ、ブルーノ=ブルノルト。俺の頭は繊細なんだ。おまえのようにごてごてつけてないからな」


「ちょっとぉ。本名で呼ばないでって言ってるじゃない。

 BB(ビービー)よ、BB(ビービー)


 彼女――BB(ビービー)が、口をとがらせてエメリッヒの頬をつねる。

 ティル・ナ・ノーグで化粧品店を営むBB(ビービー)は、独自の美意識センスでカリスマと呼ばれている。


「うるひゃい。にゃにがBBだ。かわいこぶるにゃら、その喉仏をにゃんとかし……痛てててて!」


「喉仏の何が悪いのよ。

 いいじゃない? オカマだって胸の空いた服を着たいのよん」


「オカマって自分で言うなよ……」


 エメリッヒは、BBに爪を立てられた頬を自分の手の平でこする。

 そう、このBB、実は女装好きのれっきとした男性であった。身長185cmにして骨太の体格。今はその肩幅を毛皮でごまかしているが、脱げばがっしりとした双肩がお目見えする。明るい茶色の髪は、たいていウィッグに隠れ、髪と同じ色の瞳は、幾重にも重ねたつけまつげと、こってり塗られたアイシャドーに縁取られていた。

 化粧品店とは別に副業で始めた占いが良く当たると評判で、客が好みの男だと要らぬところまで撫でまわすと言う悪癖がある。

 エメリッヒも任務関連の聞き込みでBBの店を訪れたときに、占いをしていかないかと言われてさんざんいじられた。

 始めはあまり関わり合いになりたくない人種だと思っていたが、歳も近く、苦労人のせいか自らの性癖のせいか非常に懐が深いBBと、いつのまにか親しくなっていた。エメリッヒの毒舌も軽く受け流し、ときに助言さえする彼女――彼と言うと怒られる――は、いまや貴重な友人の一人である。


「あぁ、でも分隊長さんかぁ。アタシ、まだ会ったことないのよね。ね、いい男?」


「おまえの基準がわからないから答えようがないが、指揮官としては上々だ」


「んふん♪ 貴方がそういう言い方するときって、かなり評価が高いときじゃない?

 好きなのねぇ、その人のこと。ますます会ってみたいわぁ」


「好きかどうかはともかく、見てておもしろいのは確かだな」


「いちいち前置きしなくていいの! 瘤作るほどかまってるくせに」


「これはメリルさんに……。

 いや、分隊長あのひとは俺がいなきゃだめなんだよ。職務以外のことはほんと何もできないから」


「はいはい、ご馳走様。

 “コレットの菓子工房”も行かなくちゃ。お店に来るお客さんが噂してたのよぉ。美味しいって。

 いつか行きたいと思いながら、なかなか忙しくって。今度連れて行ってくれない?」


 BBは、つんとエメリッヒの額を人差し指で小突いてから、「お願い」と両手を組んでしなを作った。

 そんなBBを、エメリッヒは心底嫌そうな顔で見つめる。


「……おまえと並んで歩くのは嫌だ」


「なぁんですってええぇぇ」


 ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ。

 今度はさっきと違う方の頬をつねられた。


「いひゃい! いひゃいって!」


「アタシと歩きたくないってどういうことよ!

 美のカリスマ、美の伝道師、美の妖精の使いとまで言われたアタシとぉぉ!」


「にゃにが美の妖精よーへー使ちゅかいだ。美の妖怪よーかいの間違いだ……痛てててて!」


 エメリッヒが言い返すと、BBはもう片方の頬もつねりあげた。長い爪が頬に食い込んで、かなり痛い。


「だから今日もお店で待ち合わせだったのね……。酷いわ」


うひょ泣きにゃんぞしてみせても、かわいくもにゃんともない。いいから手をひゃなせ」


「離さないわ。にゃーにゃー話す貴方がかわいいから☆」


「にゃにぃ! しゅきでにゃーにゃー言ってるわけじゃ……だから痛ぇんだよ!」


 BBに好きなようにさせていたエメリッヒだったが、痛みが限界になったのか、少々乱暴に友人の手を振り払った。


「酷ぉい。かよわい乙女になんてことを」


「どこがかよわい乙女だ。腕力、俺よりあるんじゃないか」


「ないわよぅ。見て、この細腕」


 言って、BBがずいっと前に出したのは骨太の立派な二の腕。


「ね?」


「あぁ、はいはい。

 もういいから、何か頼もうぜ。酒ばっかりじゃ胃に悪い」


「そうね。じゃ、私は海王海老のカルパッチョと、クアルンチーズのトマトサラダと……」


「すいませーん! 海王海老のフリッターとクアルンチーズの石窯ピッツァ!

 あとなまずの香味揚げに腸詰盛り合わせ」


「ちょっと、アタシの意見全然入ってないじゃない」


「海老とチーズ頼んだだろ」


「そうじゃなくて! あぁん、そんなカロリー高いものばっかり頼まないでよっ」


「俺は昼間走り回って腹減ってんだよ」


「そんなの自業自得じゃない」


「うるさい。男は黙って肉を食え」


「アタシ、男じゃないもの。それに海老や鯰は肉じゃないわん」


「揚げ足とるな。なんだ、自称“限りなく女に近い男”だっけ? やっぱり男じゃないか。

 股間に俺と同じのついてるくせに」


「あらん。どうかしら。今夜アタシのうちで確かめてみる?」


「いい」


 BBがバチンと片目をつぶると、エメリッヒは激しく首を振ってから、げんなりしてうなだれた。


「俺としたことが……余計なことを言った。

 おぇっ、変なこと想像したじゃないか」


「変なことって何よっ」


 再度言い合いがはじまろうかというところで、店員が注文した品を運んできた。


「お待ちどぉさまぁ! 海王海老のフリッターとなまずの香味揚げ、腸詰盛り合わせでございまぁす!

 クアルンチーズの石窯ピッツァは只今焼いておりますので、少々お待ちくださぁい!」


「きゃぁ、美味しそう!」


「おまえ、食わないんじゃなかったのか」


「食べないとは言ってないわぁ。いっただっきまぁす」


「まったく……調子がいいもんだ」


「何よぉ。せっかく注文したんだから食べなきゃもったいないでしょ」


「別におまえが食べなくても俺が……」




 二人の言い合いは続く。

 酒場の灯は、夜遅くまで消えることはなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇













BBのキャラ設定は、sho-ko様よりお借りしました。

ありがとうございました^^

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