長空狂詩曲~Chang-Kong Rhapsody~<前編>
「スター・システム(star system)とは、多くは演劇・映画・プロスポーツなどの興行分野において、高い人気を持つ人物を起用し、その花形的人物がいることを大前提として作品制作やチーム編成、宣伝計画、さらには集客プランの立案などを総合的に行っていく方式の呼称。また、資本力やニュースマスコミを利用した大々的な宣伝の反復などによって、その様な花形的人物を企画的に作り出すシステムの事もこの一環として指す。
転じて、漫画などで、同一の作家が同じ絵柄のキャラクターをあたかも俳優のように扱い、異なる作品中に様々な役柄で登場させるような表現スタイルも、スター・システムと呼ばれるようになった。」(出典:wikipedia「スターシステム」より)
しとしとと、冷たい雨が降っている
長空――
ティル・ナ・ノーグのあるフィアナ大陸とは別の、東方の大陸にその国はあった。
別名、“霧の都”と呼ばれるこの国は、いつも霧に包まれたかのように煙っている。しかしそれは実は霧ではなく、国中から噴き出している蒸気であった。
かつてはティル・ナ・ノーグの人々のように妖精を信仰し、魔法も存在していた長空。けれども、やがて機械技術を信頼する道を選び、今では世界初の蒸気機関開発とともに生活水準が飛躍的に伸びて、国のいたるところで常に蒸気が噴き出すようになったのだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
雨に濡れる路地を、一人の男が駆けている。
「くそっ、朔月めっ」
男はよろめきながら、細い路地を曲がった。その途端、どすんと何かにぶつかって、尻餅をつく。
「なんだ、こんなところに……、ひっ!」
男の目の前に、白刃がひらめく。首元に当てられた切っ先を辿って行くと、その先に見知った同僚の顔があった。
「菫……! 頼む、見逃してくれ! 同じ釜の飯を食った仲間じゃな、ぎゃあっ」
男の首から鮮血が噴き出す。
路地裏にひそんでいた男は、駆けてきた男を一刀のもとに切り捨てた。
「……安らかに眠るがいい。組織を裏切った罪は死する他に……、誰だ!」
建物の陰に気配を感じた男が、鋭い誰何の声をあげる。声に驚いたのか、ガタンと大きな音がして、壊れかけた扉から、小さな影がまろびでた。
「あ……すみません、私……」
「チッ」
男は舌打ちをすると、水たまりを飛び越え、一瞬のうちに少女の背後に立った。
「……!」
男の大きな手が、少女の細い首にかかる。少女が、声一つ洩らせないまま、現世と別れを告げようとしたそのとき。
ピィィィィィ
警らの笛が鳴り響いた。
ただの見回りか、変事をかぎつけたのか。どちらにせよ、ここにとどまるのは得策ではないと、男は闇にその姿を消した。
長空の街の片隅に、“Nueve Colas”と書かれた看板を下げた店がある。店の名を直訳すれば、九尾――妖狐と人間が交わって生まれたとされる種族である、狐人の店主が営む装身具店であった。地上五階建てのその店は、今は明かりが落とされ、しんと静まり返っていた。
コツコツコツ
店の裏口を、男が叩く。
コツコツコツ
三度叩いて間を置き、また三度。これは、裏向きの用事を示す、組織での合図であった。
「……こんな時間に誰だい?」
数度の合図のあと顔を覗かせたのは、この店の主。二十代半ばほどに見える彼は、つんつんと四方に立てられた髪は銀色で、毛先にいくほどに黒みを帯びている。狐人の特徴である尖った長い耳は、髪と同じ色の毛でおおわれており、金色に光る瞳は、普段は愛嬌のある色を浮かべているが、今は不機嫌そうにすがめられていた。
「菫サンか。どうしたの、そんなお荷物背負っちゃって」
「理由はあとだ。とにかく入れてくれ」
「ハイハイ」
彼も属する組織の、有数の暗殺者である男を前に、店主は仕方なさそうに扉を開けた。
「……」
男――菫は周囲を警戒しながら、店の中に大きな体を滑り込ませる。その肩には、仕事の現場で鉢合わせ、警らに遭遇したために始末しきれなかった少女が乗せられていた。
「この子、どうしたの?」
店主が、後ろ手でぱたりと扉を閉める。菫は抱えていた少女を長椅子に降ろすと、どうしても連れてこざるを得なかった状況を説明した。
「フゥン。でもさ、死んでるんじゃない?」
「……む」
店主が指さしたそこ。
さきほどまで少女を抱えていた菫の背中には、べっとりと大量の血がついていた。
「ん……ここは……?」
御簾のすきまから差し込む朝日に瞼を射られて、少女が目を開ける。
長い睫に彩られた瞳は濃褐色。寝具に広がる髪は、しなやかな赤毛をしていた。ほどかれた髪の間には、包帯が巻かれている。
「目が覚めた?」
声をかけられて、少女は寝台に横たわったまま首をめぐらせる。朝日が差し込んでくる窓とは逆、つまり少女の左手方向から、その声はした。
「あなた、たいへんだったのよぅ? きれいな髪に血がべっとりついちゃって。できるかぎりは拭き取ったつもりだけど、傷がふさがったらちゃんとお風呂入りましょうね」
「あ……。はい。ありがとうございます……?」
ぼんやりと開けられた少女の目に、先端が四角形に整えられた長い爪が映る。星を散らしたような飾りがついた指は、少女の額にかかっていた前髪を優しく撫でて、離れていった。
「菫を呼んでくるわネ。あの人がこんなかわいいお客さんを連れて来るなんて、どういう風の吹き回しかしら」
衣擦れの音をさせて、件の人物が部屋から出て行く。首を少し持ち上げてその人の背中を目で追った少女は、やけに広く見える背中に眉をひそめた。
「女の人……よね? あら?」
少女が疑問に思うのも無理はない。今出て行った人物は、話し方こそ女性であったが、声質がやけに野太かった。
――少女は、後に知ることになる。女手のないこの店で、彼女の介抱のために店主が呼んだのは、組織員の仮装変装を一手に担う化粧師の……男だったことを。彼は美しいものをとことん愛し、自分と他者を飾ることに心血をそそいだ。その結果、爪はもとより、衣服や化粧、髪型にいたるまで、一般の女性よりよほど女性らしくなっていたのだ。惜しむらくはその声と体つきで、どう努力しても地声は低く、骨太の体は女性特有の柔らかさを欠いていた。
化粧師の消えた扉を、少女は見つめる。
ここはどこなのだろう。自分は一体どうしたのか。
男か女かわからない不思議な人が、“菫”を呼んでくると言っていた。その名に全く聞き覚えのない少女は、未だすっきりしない頭をなんとか回転させようとする。
見覚えのない天井。
理解できない状況。
意識がはっきりしてくるに従って、ずきずきと後頭部が痛むことにも気が付いた。どうして頭が? と少女が額に手をやろうとしたところで、キィと音とを立てて、化粧師によって閉められた扉が開いた。
「……」
少女が首をめぐらせる。たぶんこのあたり、と思ったはるか上で、彼女を見つめる深い碧の瞳と目が合った。
菫がうっかり連れてきてしまった少女は、朝日に白い頬を照らされながら、濃褐色の瞳を不安げに揺らしていた。
「……」
日々、暗殺組織の一員として任務にあけくれる菫は、日の光の下をごく普通に生きてきたであろう少女を前に、何を言ったらいいのかわからず黙り込む。
「ちょっと、アンタ。何黙ってるのよ。とりあえず、ほら、座って。彼女にいろいろ説明してあげなきゃだめでショ」
いろいろ?
いろいろとはなんだ。同僚を始末した現場を見られたかもしれないから殺そうとしたが、警らの者に見つかりそうになったから連れてきてしまったと言えと?
そんなことは言えるはずがないと菫が化粧師を睨みつけると、化粧師は真紅の口紅が塗られた唇を蠱惑的に歪めて、菫の肩にしなだれかかった。
「男だったら、女の子キズモノにした責任はちゃんととらないとね」
「俺がやったわけではない……!」
菫は、少女の頭に巻かれた包帯に目をやる。死に至るほどの重症かと思われた傷は、手当てをしてみれば、出血こそ多かったもののさほど酷いものではなかった。それでも、赤毛の間から覗く白い布地が痛々しく思えて、菫は化粧師を振り払って寝台横の椅子に腰を下ろすと、不快そうに目を眇めた。
日頃、任務で数えきれないほどの人命を奪っていると言うのに、なぜ彼女にだけはこんな感情を抱くのか。
それは、昨夜彼女を抱え上げたときに一瞬感じた、甘い香りのせいかもしれない。
香水や化粧の類ではない、菓子のような甘い香り。どこかで嗅いだ覚えのあるその匂いは、菫が遠い過去に置いてきたはずの、故郷の風景を思い出させた。
少女は、菫の一挙一動を注意深く見ながら、様子をうかがっている。菫もまた、少女がどこまで昨夜のことを覚えているのか、さぐるように視線をからめた。
二人の間に沈黙がおりる。しばらくして、先に口を開いたのは、少女のほうだった。
「あの、あなたが菫さんですか? 私を……助けてくださったのですか?」
「!」
助けた、というのだろうか。確かに、何もしないうちに気を失ってしまった少女を、手当はした。
「ここはどこですか? 私は……」
少女は何かにおびえるように、視線をさまよわせる。
「あの、私は……、誰なんでしょう?」
「!?」
「アナタ、もしかして自分の名前がわからないの?」
「は、はい」
演技ではないのかと、疑ってかかるのが常であったが、この少女の様子からはそうは思えなかった。
「名前の他は」
「他も……全く。あの、ここは、私の家ではないんですか? あなたがたは、私の家族や友人ではないのですか?」
「……」
「あらまぁ。迷子の子猫チャンなのね。
名前がないと不便よねぇ。菫、あんたつけてあげなさいよ」
つけろと言われても、そう簡単に思い浮かぶわけがない。そう思った菫であったが、少女の顔をちらりとみると、一つの単語が口をついた。
「……麻花」
「麻花? ずいぶん可愛らしい名前だこと。いいんじゃない?
よし、アナタは今日から麻花よ」
「麻花。私の、名前……」
少女は何度も口の中で繰り返す。
「ここにいるのはいろいろと訳ありの連中ばかりだから。気楽にすればいいわよ」
化粧師がころころと笑う。本当はそんな気楽にいられる場所ではないのだが、今それを詳しく説明する必要もない。
麻花という名が気に入った様子の少女に、菫はうなずいてみせる。菫がうなずくことで少女がほっとした表情をしたことに複雑な思いを抱きながらも、男はその場をあとにした。
トントントン
勝手場に、包丁の音が響く。
「菫さん! おかえりなさい」
任務から帰ってみれば、化粧師が包丁を握り、麻花は何かを混ぜていた。
「……ただいま」
いくつか隠れ家を持つ菫だったが、彼が離れると麻花が不安がるため、しばらくこの店に居候することになった。
「お口に合うといいんですけど」
「麻花ちゃんったら、お料理がとっても上手なのよ。素人とは思えないわ。
もしかしたら料理やさんとかで働いていたのかもね」
菫と麻花と化粧師という奇妙な三人で食卓を囲む。この店の主は今は留守のようだった。
「まだ全く思い出せないのか」
菫は、少しばかりの焦りを覚え、さぐりをいれる。記憶があるかどうかが問題ではない。殺しの現場を見ているかどうかが問題だ。
もし彼女が目撃していたなら――このままにはしておけない。
「すみません……」
菫の考えなど知らず、麻花は下を向いて謝る。
「こら、一日二日で治るもんじゃないでしょ。せっかく笑顔が見られるようになってきたっていうのに、あんたって人は。
麻花ちゃん、こんな堅物のいうことなんて気にしないで、どんどん食べましょう! ほんと麻花ちゃんのお料理おいしいわー。
ほら、あんたも食べなさいって」
菫は、化粧師に勧められた皿から一口食べてみる。
「……うまい」
なんだろう。
食材はありふれたものだが、何かが違った。それがなんなのか確かめたくて、つぎつぎと口に運ぶ、麻花は、そんな菫を嬉しそうに見つめていた。
「でしょう? こっちはデザートね。これがまた絶品なのよ!」
最後に化粧師が勧めてきたのは、真っ白な杏仁豆腐。
さっきはこれを作っていたのか、と食べてみると、これもまたその辺りで食べる杏仁豆腐とは一味もふた味も違った。
「麻花ちゃんたらねぇ、ちゃんと杏の種から作ったのよ。もう、びっくりしちゃった。
アタシなんて粉末でしか作ったことないもの。クコの実もね、水で戻すだけじゃなくて黒糖で煮て……って、聞いてる?」
「……」
菓子の香り。
父がいて、母がいて、姉がいて……。弟と、いつも母の作った菓子を取り合った。
杏仁豆腐は特に母の得意な菓子で、庭の杏の木に実がなると、果肉はジャムや杏酒に、そして種は中身を取り出して杏仁豆腐にした。杏の種は固く、なかなか割れなくて、いつも父と菫で割っていた。
「手、は」
そうだ。
杏の種は固い。数人分の杏仁豆腐を作るにも、相当な数の種を割らなければならない。この細腕で、種が割れたのか?
「ちょっとぉ、気安く触らないでくれる?」
化粧師に言われ、菫ははっと我に返る。見れば、無意識のうちに菫は麻花の手を取り、じっと見つめていた。
慌てて手を離すと、麻花も真っ赤になって手を引っ込める。
「何よ、案外ちゃっかりしてるんじゃないの」
「違う。杏の種は固いから、怪我をしなかったかと」
「なぁんだ、そういうこと。種はアタシが割ったから大丈夫よ」
くすくすくす
化粧師が、これ見よがしに笑う。菫はそれが気に入らず、
「そうか。おまえなら爪の先でも割れるだろうよ」
と憎まれ口を叩いた。
「なんですって? かよわい乙女に向かってなんてこというの。そんなことできるわけないでしょ」
「喉仏のでた乙女がいるか」
「言ったわねえぇ」
一気に険悪になる二人の雰囲気に、麻花は慌てて立ち上がる。
「あの、片づけしちゃいますね」
「あら、いいのよ、片づけなんて。菫にやらせれば」
「なんだ、おまえだって食っただろう」
「アタシは作るの手伝ったもの。麻花ちゃん、いいのよ、こいつにやらせて」
「でも……」
「ほら、働かざる者食うべからずよ。お皿運んで!」
化粧師に言われ、菫はしぶしぶ使った皿を運ぶ。麻花は恐縮しながらも一緒に台所に向かった。
「ありがとうございます、菫さん。……優しいんですね」
「俺が、優しい?」
「えぇ。だって、お皿運んでくださるし、私の手、心配してくれて……」
優しいなどと言われたのは初めてだった。
『菫は優しい子ね……』
そう言って頭を撫でてくれたのは、母か姉か――
麻花とは、菫が幼い頃よく食べた、ねじった生地を揚げて砂糖をまぶした素朴な菓子の名だ。彼女といると、昔のことをよく思い出す。
背中がむずむずするような、落ち着かない気分になった菫は、がちゃんと乱暴に皿を置くと、足音を立てて台所を出て行った。
「私……何か失礼なことを言ってしまったかしら……」
急に不機嫌な様子になった菫に、麻花は落ち込む。
「気にしない気にしない。きっと虫の居所が悪かったのよ。
片づけ、手伝うわね」
「ありがとうございます。小姐も優しい……。
あの……。店主さんはこのお店を経営なさってますよね。小姐は貸衣装やさんでしたっけ。菫さんはお仕事は何をしてらっしゃるのですか?」
「あいつが気になる?」
「えっ。気になるっていうか……」
「ふふ。まぁ、いいわ。そうね、ま、掃除人みたいなものかな。街の」
「掃除人、ですか。普通の人なら嫌がるお仕事を、してくださっているのですね」
「ん? うふん、そうよ」
街中で見かけるごみ収集や通りの掃除夫を思い浮かべた麻花は、感心したようにうなずいた。
その夜、菫が医者だという男を連れてきた。
白髪まじりの灰色の髪をした上品な雰囲気の老医師は、片眼鏡をかけ、白い手袋をして、麻花の目や舌の色を診たり脈をとったりした。
「何かの薬物というわけではないようです。やはり、後頭部を強打したことによる一時的な記憶障害でしょう」
「一時的、なんだな」
「そうですね、今までの例を見ると一週間くらいで記憶が戻ることもあれば、一生そのままの方もいます」
医師の言葉に、麻花が不安そうな顔をする。
「おまえ……」
じろりと菫が医師を睨むと、初老の男はひょいと肩をすくめた。菫の睨みが効かないあたり、この男も普通の医師ではないらしい。
「記憶が戻る方法はないんですか。お薬とか」
麻花が、身を乗り出す。彼女とて、今の状態を良しとしているわけではない。菫も化粧師も店主も優しいが、見知らぬ人の世話になりつづけるのは心苦しい。
「残念ながら、そう都合のよい薬はありません。しかし、記憶が戻るきっかけになるようなものがあると、戻るのが早いようです」
「きっかけ?」
「はい。記憶を失ったときと同じ状況になるとか、何かより強い衝撃を与えるとか」
より、強い。
麻花が菫に救いを求めるような視線を送る。彼女を連れてきたのは菫である。記憶を失った時の状況を知るのも、菫しかいない。
一方、菫は麻花の必死な視線から、眉をしかめて目をそらした。
麻花は、大けがをしていた。ただでさえ真っ赤に染まって死ぬかと思ったほどの怪我だったのに、それ以上の怪我をさせたくはない。
「徐々にもどるというなら、自然にまかせるのも手だろう。焦ることはない」
菫が言う。すると、化粧師もうなずき、医師が来たと聞いてやってきた店主も、うんうんと頷いていた。
「菫さんが、そう言うなら……」
麻花も、自分を納得させ、気を静める薬だけもらうことにした。
屋上で、“Nueve Colas”と書かれた看板を見下ろす。頭上には、満月。
赤く染まっている。
「今夜は……やけに大きく見えるな」
「こちらにいらしたんですか」
ギシっと音を立てて、階段を上がってきたのは麻花だ。蒸気の町といえど、夜は冷える。室内着一枚で現れた麻花に、菫は自分の上着をかけてやった。
「傷に障る」
「くすっ
もう治りました。お隣、いいですか」
麻花は、そう一言断ると、菫が返事をする前に、彼がそれまで腰かけていた隣にすとんと腰を降ろした。菫はいまさら場所を変えるわけにもいかず、その場に座った。
「あの……私……。私を助けてくれたのが、菫さんでよかった……」
麻花が、菫を見上げる。濃褐色の瞳に、赤い月が映る。その月に、菫の姿が重なり、気付けば菫は、麻花の柔らかな唇に己のそれを重ねていた。
「菫……さん……?」
「す、すまない。俺は……」
麻花に呼びかけられ、菫ははじかれたように体を離す。そして慌てて立ち上がろうとしたところを、麻花が止めた。
「ううん、嬉しいです。私……菫さんのこと、好きです」
突然の告白に、菫の瞳が驚きに見開かれる。いままで、商売女に遊びで言われたことはあっても、こんなに真正面から言われたことはなかった。
「それは……」
単に、刷り込みではないのか。不安なとき、一番側にいたのが自分だから……。
「それでも……」
麻花は、真摯に菫を見つめる。菫は再びその瞳に吸い寄せられるように口づけた。
「ん……」
二度、三度。繰り返されるうちに、深くなる口づけ。
菫の指が麻花の髪を梳く。
麻花の体から力が抜け、固い屋根に身を横たえる。
「菫さん……」
赤い月だけが、二人を見ていた――。




