第九話 【スカウト】
今回初めて、トッドとシーナの想いのすれ違いから
2人がケンカしてしまいます。
シーナとトッドのお互いを想う切ない心情を
感じていただければと思います。
「頭イタ……っ」
昨日のお酒入りチョコでそのまま眠ってしまったトッドは
頭痛とともに目を覚ました。
「シーナ、おはようございます」
「おはようございます……」
朝食の準備をしていたシーナが振り返るとその表情は暗く
トッドは目を丸くする。
「…なんて悲壮な挨拶…。あの、僕昨日チョコレート食べてから後の記憶がなくて…シーナ何か」
「うっ…」
「う?」
「うわぁぁぁぁぁん」
シーナは大粒の涙を流し号泣した。
「シっ…シーナ!?」
トッドは頭痛も忘れ思わずシーナに駆けよる。
「うぇぇ…んっ…うっ…うぅっ……」
「これまた…豪快な泣きっぷりですね。まったく、あなたは本当に無邪気といいますか…急に泣くと心配してしまうでしょう?」
「うぅ~~」
「お料理してたと思ったら、泣きべそかいて工房に来て、指切って大騒ぎ。今日にいたっては、何が何だか分かりません。困ったものですね」
「だってぇ~……」
トッドは自分の服の袖口でシーナの涙をぬぐう。
「はいはい、涙拭いて。呼吸整えて。ニッコリして」
「……っ…ひっく……出来ませんよ…」
「いつも出来てるでしょう?何があったか分かりませんけど…僕の1日の始まりは今や、
シーナがニッコリ笑顔でおはようって挨拶してくれる事から始まるんですから。
あーんなこの世の終わりみたいな表情で朝の挨拶されたんじゃ僕の1日どうなる事やら。」
「ごめんなさい」
「違います、おはようっ、ね?」
「っ……」
シーナはぐっと唇を噛みしめてしばらく俯く。
「シーナ、おはようございます」
「おはようございます!」
シーナはニコリと笑顔で挨拶を交わす。
「上出来です。さ、朝ご飯いただきましょうか…」
ジリリリリーーーーーーーーー
突然家の電話が鳴る。
「僕が出ます」
トッドは廊下に出た。
シーナは引き続き朝食の準備を行う。
数分後、トッドが戻ってきた。
「シーナ、とてもいいニュースです」
「なんですか?」
シーナは朝食をテーブルに並べ終えると、トッドに駆けよる。
「いま、シーナの学園からお電話をいただいてですね。
なんと、シーナをスカウトしたいっていう職人が学園に連絡をしてこられたそうなんです!」
「え・・・・」
「念願の職人の右腕ですよ、シーナ!」
「ちょっ・・ちょっ・・と待ってください!そんな、私」
「そうですね、突然のことに驚くのも無理はありません。
いやぁ、でもよかった。ちゃんと職人の右腕になれる道が見つかって
今日はお祝いしないといけませんね!
あ、詳しい日取りはまた追々連絡をと学園が」
「待ってくださいトッド!!」
シーナは怒鳴る。
「・・・・・シーナ?」
「どうして?どうしてそんな連絡がここにくるんですか?」
「・・・実は、シーナがここに来る前に。学園の先生とお話ししたんです。
私は、職人ではありませんし、求人もリリィさんが無理を言って頼んでくれたみたいなんです。
だから僕、シーナがここに来てからも学園にシーナを職人の右腕として
雇ってくれるところを探してくれないか頼んでいたんです。
学園の卒業生のシーナには、やっぱりちゃんと職人の右腕になってほしいと思って」
「・・・・・・・・」
シーナの瞳からは再び涙がこぼれる。
「どうして、そんな悲しい顔をするんですか・・?」
「こっちが聞きたいです!どうしてそんなに嬉しそうなんですか!
どうしてそんな大事なこと隠したりしてたんですか!
どうして私の幸せを勝手に決めるんですか!
こんなの・・こんなの酷すぎます!あんまりです!」
「シーナ!?」
シーナは泣きながら家を飛び出していった。
「シーナ……」
家を出て追いかけようとする足が止まる。
ドアノブに手をかけ、そっと離した。
シーナは一目散に丘を下り、まっすぐリリィの家へ向かっていた。
呼び鈴を鳴らすと、リリィが玄関の戸を開く。
「シーナちゃん、どうしたの!?」
「…朝早くにごめんなさい…でも、でも」
「とにかく入って。温かいココア作ってあげるから。」
リリィはシーナを家へあげた。
泣きべそをかきながらシーナはリリィの作った温かいココアをすする。
「それで、何があったの?」
「トッドが…突然私をスカウトしてくれた、
その職人の右腕になったらって…。
トッドの工房を離れて…別の職人の右腕に…」
「トッドが、そう言ったの?」
「はい…」
リリィはコーヒーをすする。
「まぁ……トッドなら、そう言うかもしれないかな。」
「え…?」
「だって、最初から嫌がってたんだもの。自分に学園からアシスタントがつくこと。その子が可哀想だって。」
「可哀想?」
「トッドは、あなたがせっかく頑張って卒業したのに自分なんかのところにずっといるのは勿体ないって言ってたから」
「そんな事…言ってたんですか」
シーナはぐるぐるとココアをかき混ぜる。
「でも、1人にさせられないし私がアシスタントの求人を押し通したの。
それで、あなたが来たってわけ。」
「…私、確かに最初は…職人の右腕になろうって頑張ってたけど……
どんな職人の右腕になりたいか、どうしても分からなくて。
だからトッドに運命を感じたんです。」
「ならそれを伝えてあげたらいいじゃない?」
リリィはコーヒーを飲みほす。
「トッドは、とにかく今の自分をまるで欠陥人間なんだって言うみたいに蔑んでるの。
職人じゃないと生きてる価値がないみたいに。」
シーナは昨日のトッドの言葉を思い出す。
「…………」
「それに今ごろ、家できっとシーナちゃんの事心配してるわよ?
探しに行きたいけど、そうするための壁を越えられずにね。」
「壁…?」
リリィはニヤリと微笑んだ。
「ね、私にいい考えがあるんだけど。トッドに迎えに来させるの、協力してくれない?」
「…?」
その頃トッドは、まだ家の玄関で立ち往生していた。
「…もしかしたら、リリィさんの家に…」
ようやくトッドは動きだし、リリィに電話をかけた。
【もしもし?】
「もしもし、トッドです。あの…リリィさん。そっちに、シーナが訪ねてきていませんか?」
【いいえ、今日は家には誰も来てないわよ?】
「そ…うですか。あの、シーナがもし、そちらに訪ねてきたら連絡もらえませんか?」
【えぇ、構わないわよ?シーナちゃん、どうかしたの?】
「僕が…怒らせてしまったみたいで、出ていってしまったんです。」
【あらあら、ねぇシーナちゃんこの街の中にいるの?】
「…分かりません。」
【探しに行かなくていいの?シーナちゃん、迎えに来てくれるの待ってるんじゃないの?】
「………」
【可哀想なシーナちゃん。それがトッドの答えなら…シーナちゃん、愛想尽かせて二度と帰って来ないかもよ?】
「…だけど」
【ごめんなさい、私これから出掛けなくちゃいけないの。探してあげたいけど、出来そうにないわ。】
「そうですか…ありがとうございました。それじゃあ」
トッドは静かに電話を切った。
「……っ」
トッドは再び玄関扉のドアノブに手をかける。
「…迷ってる場合じゃないだろう、この臆病者」
トッドはドアノブを強く握り玄関扉を開くと
丘を駆け降りていった。
トッドが丘を降りて行ったちょうどその頃、
シーナは街の駅前に立っていた。
リリィに駅前から決して動くなという指示を受けたのだ。
「トッド……迎えに来てくれるかな」
シーナは、リリィの家を出る前に、リリィに言われたことが気になっていた。
【トッドがどうして、街に降りたシーナを迎えに来れないのか教えてあげよっか】
【…私が、ワガママで呆れたんじゃないんですか?】
【そんな事ないわ。むしろ、丘を降りる前に引き止めたらよかったって、今頃きっと後悔してるわ。】
シーナはますます混乱してきていた。
【トッドはね、自分の家や工房に訪ねてきてくれた人と、そこでしか上手く会話が出来ないの。
街に降りたら…誰ともほとんど口も聞けないのよ?】
【え…?】
シーナには初耳だった。
トッドが、街に降りたら人とろくに会話が出来ないことなど。
【特に人が多かったら尚更。視線が怖いんですって。無意識に威圧感に耐えられなくなって、動悸がするんだって】
【そんな…だっていつも依頼に来るお客さんとはあんな気さくに話せてるのに】
【家や工房が落ち着くからよ、きっと。】
【………】
【いい?日が沈むまでにトッドが駅に迎えに来なかったら…そのスカウトしてくれた職人のところに行きなさい】
【えっ!?】
シーナは戸惑う。
【遅かれ早かれ、この時は来たと思うわ。迎えに来ないようじゃ…
いつか貴方達の関係だって崩れるわよ。そのくらいの信頼関係は必要だと思うわ。
いい?日が沈むまでにトッドが駅に迎えに来なかったら…。】
「そんなの嫌です…迎えに来てください…トッド…」
シーナは唇を噛みしめて、じっと待った。
トッドは丘を下り、住宅区に着いた。
「…シーナ、どこに」
キョロキョロしていると後ろから声がかかる。
「よぉ、トッドじゃねえか」
ビクリと肩をすくめ、ゆっくり振り返ると
そこにはクラウが立っていた。
「あ…、あっ…あの………」
「何だよそんな汗かいて」
「シーナ…見てませんか」
トッドの目はキョロキョロと動いていて
目の前のクラウと目が合っていない。
「見てねぇな、探してるのか?」
「はい・・、もし見かけたら工房に来るように伝えてもらえませんか・・」
「分かった、任しときな」
「ありがとう・・ございます、それじゃ」
トッドは俯きながら逃げるようにクラウのもとを去って行った。
「相変わらず怖がりやがって・・・、まだ安心させてやれねぇんだな」
クラウは寂しそうにトッドの後ろ姿を見つめていた。
それからトッドは何人も巡り、シーナの居場所を聞き出す。
次第に激しくなる動悸に流れる汗で、もう走って探すことは出来なくなっていた。
日も暮れかけ、街を夕日が照らしていた。
「まさか・・・電車に乗ったんじゃ」
トッドは胸を押さえながら駅前に着いた。
「・・・っ」
トッドは迷っていた。
この駅前で一人ずつシーナの行方を聞いていたら日が暮れてしまう。
それにもう街にもいないかもしれない。
トッドはぐっと胸を押さえながら息を大きく吸った。
そして大きな声で叫ぶ。
「シーナ!お願いです、いるなら出てきてください!
ちゃんともう一度話しましょう!
何も話さなかった僕が悪かったです、だから・・」
息が詰まる。
自分に視線が集まることが分かり威圧感がかかる。
それでもトッドは続ける。
「シーナ、シーナ!聞こえませんか、出てきてください!
こんな別れ方・・、したくないんです!
返事をしてくださいシーナ!!!」
「はい!!」
トッドは声のする方へ振り返る。
そこには、涙を流したシーナが立っていた。
「・・また、泣いてる」
トッドは膝から崩れ落ちた。
「トッド!」
シーナは慌てて駆け寄った。
「よかった、出て行ったのかと思って・・ほんとに心配して」
「トッドに何も言わずに出て行ったりなんかしません!
ごめんなさい、こんなことして」
「僕の方こそ・・シーナには職人の右腕になる方が幸せと思って
何も聞かずに、すみませんでした」
「学校には私が電話して断ってもらいます。
私はこれからもトッドの右腕になるために頑張りますって言いますからね?
私はトッドに運命を感じてるんです!
いいですよね、トッド?」
「シーナがそうしたいのなら・・・僕にそれを止める理由なんてありません。
でも、僕みたいな手の掛かる男なんかと一緒だと、苦労しますよ?
僕はまだ、シーナが悲しむくらい僕のそばにいたい理由が分かりません・・。
おお泣きして家を飛び出すくらいショックを受けた理由も・・僕には」
「・・・・ゆっくりでいいじゃないですか。
理由がなくちゃ、トッドのそばに居られませんか?」
「それは違います・・・でも」
シーナはトッドの手を握り、勢いよく引っ張りトッドと立ち上がる。
「帰りましょ?夕飯の用意しなくちゃ」
「・・・、そうですね。そういえばお腹すいて・・なんかもうフラフラで・・それに、視界がユラユラぁって・・」
「ちょちょっ・・まだ倒れないで下さい!?家まで頑張ってください、肩貸しますから、トッドォ・・」
その日はシーナに支えられながら、いつもの倍に時間がかかって家路に着いたころにはすっかり日も暮れていた。