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第十二話 【古い傷】

シーナのトッドへの想いがほぼ明確になってきます。

そしてここからトッドの心の傷に触れていく話が続きます。

少し雰囲気が重くなってきますが、2人を温かく見守ってくだされば幸いです。


「………………」


シーナはこの日、不機嫌だった。


「私だって……出来るもん」


腕に巻かれたリボンを握り締める。

視線の先には、今日訪ねてきたリリィが

トッドの散髪を行っていた。



「ほんと、こんな増えるまで放っておくんだから」


「すいません」



「ね、トッド。最近ほんと顔色も良くなっちゃって」


リリィは鏡に映るトッドを見つめる。


「そうですか?」


「最初の頃は、顔も青白くて食も細かったし。ここに訪ねてくる人にしか口も聞かなかったこと、覚えてない?」


「そう…でしたね。」


「それもシーナちゃんのおかげね。

あんなに献身的な子が来てくれてよかったじゃない」


「………」


鏡に映るトッドの表情が曇る。


「ほぉら、またすぐそんな暗い顔する。

シーナちゃんだっていい加減怒るわよ?

まだ申し訳ないって思ってるの?」


「…そんなこと」


「ならそんな顔しないの。ほら、前髪切るわよ?あんたこんな長くなるまで放っといて」


「ん・・」



リリィはトッドの正面にまわり、前髪を切りはじめる。


二人の顔の距離が近づきシーナは息を呑む。


「薬はどう?ちゃんと効いてるの?」


「はい、少し強いものに変えてもらってから周期ものびて」


「副作用とか、大丈夫?」


「今のところ」


「そう、ならよかった。はい、終わったわよ」


「ありがとうございました、リリィさん。

おかげで頭がとても軽いです」


「そんなになるまで放っておくからよ。」



リリィは散髪道具を片付け、トッドから離れる。


リリィが近付いてくることに気付きシーナは慌てて窓を拭く。



「シーナちゃん」


「あっ、はい!」


シーナは慌てて振り返った。


「ごめんなさいね、トッドを独り占めしたみたいになっちゃって。

今はあなたがいるのにね。でしゃばっちゃったかしら」


「い…いいえ」


「それじゃあね、お邪魔しました」


リリィは微笑み、工房を後にした。



「リリィさん…大人っぽいなぁ。」


シーナは自分の髪を指でくるくると絡める。


「シーナ?」


トッドが顔を覗き込む。


「キャッ!」


「どうしたんですか?また難しい顔して」


シーナは必死に平静を装う。


「な…なんでもありません。」


「…本当に?」


「あーーえっと…トッド…・・・トッド!そういえばこの前、私の買ってきたロールケーキ!一本全部お客さんに振る舞ったでしょう?」


「え…!?」


「私…デザートにしようと思って、予算計算して買ってきたのに!

トッドに言いましたよね…お客様に出す時には、2人の分は残しておいてくださいねって…」


「ご…ごめんなさいシーナ、僕…すっかり忘れてて…」


「食べ物の恨みって怖いんですよ?」


シーナはぼそりと呟いた。


「分かりました、何でもお願い聞きますから、ね?

どうかこのとおり、機嫌直してもらえませんか」



「じゃあ…、今度私と」


ピンポーン


「あ、お客様です、シーナ、すいません。出てもらえませんか」



「・・・・はぁ~い」


シーナはがっくりと肩を落とす。


そして玄関から今日のお客様を招き入れる。



「初めまして、アンジェラと申します。

 ここに来たら、何でも修理してくれるとお聞きしてきたんです」


スラリとした体形の清楚な女性のアンジェラ。

どうやらこの街の人間ではなさそうだ。


「僕も未熟ですので・・何でもとはいきませんが、全力を尽くさせていただきたいと思います。」


「あのぉ・・」


シーナはアンジェラの顔をじっと見つめて呟いた。


「もしかして・・プロバレリーナのアンジェラさん?」


「え・・えぇ、そうですけど」


「やっぱり!私大ファンなんです、あの・・黒い女!あの悪女と聖女の演じ分けはもう感動して」


「本当?ありがとう、とっても嬉しいわ」


シーナは目をキラキラと輝かせてアンジェラを見つめる。


「あの・・すいません、僕・・そういう事には疎くて・・・。

 シーナ、僕にもわかるように紹介していただけますか?」


トッドは申し訳なさそうな表情でシーナに聞く。


「彼女は、バレエをしている人なら知らない人がいないくらい有名なバレリーナなんです。

 黒い女っていう演目がとても有名で、一人二役でまったく性格の違う女性を演じ分けるんです。

 それがもう、とっても素晴らしいんですよ?

 でも・・最近ステージにも出なくなって・・引退したとも言われていませんしどうしたのかなって思ってたんです。」


「ずいぶん詳しいんですね、シーナ」


「だって、私も習ってたんですよ?バレエ」


「えぇ!?」


トッドは心底驚いた声をあげる。


「そんなに驚くことないじゃないですか!・・まぁ・・3か月でやめちゃいましたけど・・」


「なんだ、そうでしたか」


トッドは少し安心したような表情をみせた。


「それより、アンジェラさんの依頼ですよ、何を修理してほしいのか聞かなくちゃ」


「そうでした、すみませんアンジェラさん」


アンジェラはクスクスと笑っていた。


「2人とも、仲がよろしいんですね。息ぴったり」


「そ・・そうですか?」


シーナは嬉しそうにもじもじと髪をいじる。



「あの、今日はこれを直してほしくてここに来たんです」



「これ、トゥシューズですよね。」


「えぇ、リボンが切れているの。

この靴をずっと履いて踊り続けてきた。だけど…たった一度の失敗…あの日からどうしても踊れなくなった。」


アンジェラはトゥシューズを撫でながら淋しそうに語る。


「大好きだった先生に…最後に見せる演技をね…私、大失敗しちゃったの。本番でリボンが切れて…転んで、大失敗。

先生は末期の病気で、先生に見せる最後の舞台だったのに…私、何も言えずに…先生に挨拶も出来ず本番終わって逃げ帰ったのよ。

あれから何度舞台に上がっても…だめ。踊れないのよ」


沈黙が流れる。


トッドは神妙な顔つきで口を開く。


「僕には、バレエの事はよく分かりませんけれどトゥシューズを綺麗にすれば忘れられるなんて思ってませんよね」


「……」


トッドの口調はどこかいつもより強かった。


「僕の修理は…傷を無にかえす事です。

でも、そうしたら貴方が踊れるようになるとは僕には思えないんです…

貴方が傷を見ないふりしたいだけに思えるんです…」



アンジェラは唇をかみしめる。


「それでも…踊りたいの、やってみなくちゃ分からないでしょう?」


「…、それもそうですね。

余計なこと聞いてすみません。

じゃあ、この靴お預かりしますね。

これなら1時間程度で直せます。」


トッドはあっさり靴を受け取り工房へ向かった。



部屋を静寂が包んで約1時間…。



トッドが靴を持って戻ってきた。


「ご要望通りの、新品同様のトゥシューズです。」



アンジェラは新品同様に生まれ変わったトゥシューズを眺める。


しかし受け取ろうとはしない。


「これで…踊れますよね」



「……、無理よ、無理だわ」


アンジェラの目から涙がこぼれる。


「あなたの言うとおり…私は傷から目を逸らしたかっただけ…。

そうすれば、また踊れるようになれるって…だけど」


トッドは優しく微笑んだ。


「よかった、気付いてくれて」


トッドはズボンのポケットからクロスを取出し、トゥシューズを包む。


再びクロスをトゥシューズから離すと、トゥシューズは元の傷ついた靴に戻っていた。


「靴が、元に戻った…」


シーナは目を丸くする。


「すみません、嘘ついてしまいました。

仮修理の段階だったんです。新品の幻影を重ねた段階でお見せしただけだったんです。」


「……よかった」



アンジェラはトゥシューズを抱きしめる。


「貴方の先生と過ごした時間も、その靴に詰まっているんでしょう?

貴方が目を逸らせばせっかくの先生との思い出まで

逸らしてしまうことになる。そんな淋しいことしないほうがいいですよ。」


トッドは優しく諭すように話す。


アンジェラは涙ながらに頷きながらじっと聞いていた。


「……私、もう一度頑張ってみます。

この靴も、自分で縫ってもう一度この靴で踊る」


「頑張ってくださいね」


アンジェラは、そのままの姿のトゥシューズを持ち帰り、工房を去っていった。


その日の夜。

2人はいつものようにコーヒー、紅茶を飲みながら

リビングで秋の夜長を過ごしていた。


「珍しいですね、あんな強い口調になったトッド初めてみました。」


「…らしくありませんでしたよね。

我ながら大人気なかったです。

でも……」


「?」



「なんだか…まるで自分を見てるようで。

僕は未だに自分の傷からずっと目を逸らしているから…

すっごく苦しいんです。

だから同じ思いをしてほしくなかった。それだけです。」


トッドは苦い表情で呟いた。


「少し…。今もどうすれば克服出来るのか分からずに、

もがけばもがく程…胸に鉛が落ちては溜まるような感覚なんです。

でも彼女は僕とは違う。彼女は、自分で傷と向き合うすべを知っていたのに、

見ないふりをしていた、だから…ああやって偉そうに諭してしまった。

まったく何様でしょうね、僕は。」


トッドは自嘲気味に笑う。


「誰でも自分の傷と簡単に向き合えるわけないです、

それにトッドは…アンジェラさんに自分の様に苦しんでほしくない

思いからの行動だったじゃないですか。…自分を責める必要なんて………」


「…なんだか暗くなっちゃいましたね、そろそろ寝ましょうか………あれ…」


トッドは椅子から立ち上がると、軽くふらつきテーブルに手をついた。


「トッド?」


「いや…少し目眩が……、変だな………」


「トッド、しっかりしてくださいトッド」


シーナの声が遠くなる。


トッドにはシーナが叫んでるように見えるだけで、何を言っているか聞き取れなくなっていた。


そのままトッドはゆっくり意識を手放した。









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