第十一話 【傷ついたカカシ】
今回は、シーナの初仕事が訪れます!
シーナの初仕事の頑張りを見届けていだたければと思います!
「ん……」
「腕の調子、悪いですか?」
「少し…。でも周期は伸びました」
工房の掃除を終えたシーナはトッドの腕を覗き込む。
トッドの腕の震えは定期的に訪れる。
薬の効果で症状の現れる周期は順調に伸びていた。
しかし腕の震えは治まるのに時間がかかり
その間はトッドは作業を中断しなければならない。
「でも、薬効いてるみたいでよかったですね!」
「はい…、ん~今日中にしてしまいたかったんだけど…そうだ、シーナ」
「はい?」
「やってみますか?修理」
トッドはニコニコ微笑み問い掛ける。
「私がですか!?」
「この前の嵐の影響で、耕具の修理や傷んだ柵の修理がたまってるんです。
少しでも時間を有効に使いたいですし…
それに、シーナがここに来てもう約2ヶ月経とうとしてます。
少しレベルアップしてみましょう」
シーナはごくりと息を呑む。
「…シ…シーナ頑張ります!」
「よし、それじゃあシーナには…こちらのカカシの修理をお願い出来ますか?」
トッドは工房の隅に置かれたカカシを持ってくる。
そのカカシはとても古く、木で出来た一本脚はへし折れ、腕はボロボロに腐れ、顔面の麦わらはボロボロに剥げていた。
「古い…カカシですね」
「どうしても新しいカカシにはしたくないらしいんです。
ギリギリまで、元の木やワラが全て交換しないといけなくなるまで、
直したいと依頼を受けました。愛されているカカシなんです。
先日の嵐の被害で酷く傷ついたので、修理をと。」
「は…はい」
シーナの表情は固い。
「大丈夫、僕がそばについてます。
それに物をくっつけて研くのは、学園で習ったでしょう?」
シーナの肩がギクリと竦む。
「お…落ちこぼれだったんで…自信ないです」
「ん~…」
トッドは腕を組むと、じっと考えだした。
呆れられたかと思いシーナは気が気でない。
トッドはひらめいたとばかりに、戸棚を開き何かを取り出した。
「気休めかもしれませんけど、これ」
「このリボンって」
トッドが取り出したのは、青い一本のリボンだった。
「ほら、僕が髪をしばるものが無くて困ってた時にくれたリボンです。
これに、おまじないをかけましょっか。」
トッドは震える手を抑えながら、リボンに指先で文字を書く。
「何を書いたんですか?」
「上手くいきますようにと。言霊ってあるでしょう?
言葉には力があるって。特別な魔法なんてかけてませんけど
きっと上手くいくように願いを込めました」
トッドはそのリボンをシーナの手首に巻き、結んだ。
「出来る気・・してきました?」
「もう何でも出来そう・・」
「え?」
「いっ・・いえいえ、私頑張ります!」
シーナは抱きつくようにカカシを持ち上げた。
「それじゃ、用意を始めましょうか。シーナ、自分の作業道具持ってきてください。」
「はーい。」
シーナは家から学生時代の自分の作業用具を取り出し、急いで工房へ戻る。
「魔法陣の紙はこちらに用意してあります。
シーナ、まずは自分のクロスを持ってください。」
「はい!」
シーナは道具箱からクロスを取り出す。
「それと、これ。」
トッドは真っ白なテープを取り出した。
「何ですかこれ」
「仮止めテープです。
これから新しい木材やワラをくっつける作業に入りますが
それをしてる間は魔法陣の紙を加えていないといけません。
作業途中で一度でも離してしまったら、魔法が解けて全部1からやり直しになってしまいます。
それを止めるのがこのテープ。
こまめに止めておいた方がいいと思いますよ?」
「分かりました、ありがとうございます!」
「それじゃぁ、始めましょうか」
シーナは工房の長机にカカシを置き作業を始める。
トッドはその向かいに座り、シーナの作業を見守る。
「魔法陣を加えたら、カカシの原型が見えるでしょう?」
シーナはうなずく。
「まずは足元から。やすりで古い部分を丁寧に削り取ってください。」
シーナはこくりとうなずくと、やすりでカカシの足元の古い部分を削り落す。
「ここで仮止めテープ」
シーナは削り落し終えた部分にテープを巻く。
「ふぅ・・あっ!!」
安心した瞬間にはらりと口から魔法陣の描いた紙が落ちる。
トッドはこらえていたがクスクスと笑ってしまっていた。
「テープ・・あってよかったぁ」
「でしょう?・・でも、あまりに予想通りといいますか・・ハハハ」
「笑いすぎですよぉ」
「あ・・失礼しました。続けましょう。
次はくっつける作業です。
基本的には、古い部分をとってはくっつけての繰り返しです。
ワラの部分は、新しいワラをクロスで持って撫でるように擦りつければくっつきます。
難しいのは、その感覚です。」
「はい!」
シーナは再び魔法陣を加える。
「シーナに見える原型に合わせて新しい木材をくっつけて
接着部分をクロスでこすってください。」
シーナは木材の接着部分を丹念に擦る。
「難しいのはここからです。
手の感触でしっかりくっついたか分かるはずです。
それを上手く見つけてください。
擦りすぎても、不足しても上手く接着しません。」
シーナがクロスを手放すと、新しい木材はポロリと落ちてしまった。
「甘かったみたいですね、もう一度。焦らないで感覚を掴んでいってください。」
シーナは深呼吸して再び作業に入る。
時間が経ち、シーナはだんだんコツを掴んできたようで
2時間かけてようやく手足の部分の修理が終了し
仮止めテープを巻き終えた。
「やった!手足出来ましたよトッド・・・あれ」
トッドは向かいで長机に突っ伏して眠ってしまっていた。
「・・・そりゃそうですよね・・、倍はかかってるんだもの。
よーーっし!あとはお顔だけ!
頑張っちゃうもんね」
シーナは作業を再開する。
ワラの接着作業も何度か接着を失敗しながらも
ついに仕上げへと入ってきた。
その時シーナはワラの奥にある印を発見する。
「これ・・まさか」
数時間が経ったとき。
「ん・・あ、すみませんシーナ僕眠って・・シーナ?」
目が覚めた時には日は暮れてすっかり夜になっていた。
机に置かれたカカシは綺麗に元の姿へと戻っていた。
しかしシーナの表情は暗い。
「どうしたんですか・・?カカシはしっかり直ってるようなんですが」
「トッド・・どうしても直せないんですか?」
シーナは震える声で呟いた。
「何を・・ですか?」
「カカシのワラの中に・・職人魔法士の魔法陣がありました・・
でも、ボロボロに擦り切れて、もう原型をとどめていませんでした」
「・・・そうだったんですか」
トッドは状況を理解した。
「このカカシ・・生きてたんですね。きっと、話せたんでしょう?」
「・・シーナが、悲しむかと思って黙っていたんです。
その通りです、このカカシはかつて生きていました」
「・・・嵐で亡くなっちゃったんですか」
「全部・・・話した方がよさそうですね」
シーナはぐっと涙をこらえて、トッドと向き合う。
「先日、街にこのカカシを引き取りに行った時に、僕もこの魔法陣を見つけました。
カカシの持ち主の農家の旦那様は、去年お亡くなりになったらしいんです。
その時、このカカシが自分もついていくと言ったらしいんですよ。
雲の上までの道中をお守りしたいと。
奥さまが寂しがらないようにこのカカシの体は置いていく、
奥さまがいつか雲の上に行く時に、この体も燃やして一緒に行くと。
そう言ったそうなんです」
「じゃ・・自分から?」
「えぇ、カカシを贈った職人魔法士は古い友人だったそうです。
旦那様より少し早く亡くなったそうで、その方と再会したいともおっしゃられていたみたいで。
奥さまが魔法陣を供養されたらしいんです。
だから、カカシは傷ついて亡くなったわけじゃありません」
「・・・・私・・職人魔法士の魔法陣は、その人にしか直せないって分かってたけど・・
もし嵐で傷ついたんだとしたら・・やりきれなくて」
「魔法なんて、無力なものです。
失った命を蘇らせることなんて出来ません。
もしカカシが、嵐で亡くなっていたとしても
そうでもシーナが気に病むことはありません。」
トッドはシーナの頭を優しく撫でる。
「よく頑張りましたね。きっと奥さまもお喜びになると思います。
シーナは立派にやり遂げました。
もう誰も落ちこぼれだなんていいっこありません」
「うわぁ~~~ん」
「あぁあぁ、まったく」
シーナの初修理は大粒の涙で幕を閉じたのだった。
「お疲れさまでした、ココア飲みますか?」
「ありがとうございます!」
2人は夕食が済み、家で夜長を過ごしていた。
「今日は・・、シーナを少し羨ましく感じてしまいました。」
「え?」
「僕はきっと、シーナみたいに思いっきり泣いたりすること・・
きっと今でも出来ないと思うんです」
「どういう・・事ですか?」
「一生懸命、楽しそうに作業していた。
とっても羨ましかったんです。
僕は今もどこか、変な使命感とかプレッシャーとか
雑念持ちながら作業してますから。」
「・・・・」
「もう知ってるんでしょう?
僕が元職人だって」
「・・・実は」
「うっすらとね、酔った時話してたかもしれないし
ギルバートも何か話していたんだと思ったんです。
でも、職人の時なんてもっと嫌な気持ちでいたなぁ・・
何にも楽しくなかった」
「・・・・今も・・ですか?」
「変わった気がする。」
シーナは目を丸くする。
「シーナといたら、いつかもっと純粋な気持ちで
楽しんで仕事が出来るんじゃないかって思い始めてきた。」
「ほんとですか!?」
「はい、本当です」
「・・・うぅ~~」
「ほんっと、よくまぁそんなに涙出ますね。ほら拭いて」
トッドは服の袖口で涙をぬぐう。
その後、涙交じりの他愛のない話は続き
ゆっくりと夜が更けていった。