未解決捜査録:〇〇県某所祠破壊に伴う変死事件について
祠 ―― ある刑事の記録
本稿は、県警の元刑事・山岡(仮名)の私物PCに残されていたテキストデータと、関連する動画・SNS投稿の記録を、時系列に沿って再構成したものである。
〇 前書き(山岡作成メモ冒頭より)
今日、例の事件の担当を外された。
「事件性なし」課長はそう言って、私の机から二人分のファイルを持っていった。
確かに、事件性はない。
二人の遺体が見つかった部屋は、内側から施錠されていた。
窓は嵌め殺し。争った形跡もない。
死因は二人とも急性心不全。
若い人間が二人、同じ夜に、同じ部屋で、同じ原因で。
偶然だと言われれば、偶然だ。
だが私は二十数年この仕事をしてきて、偶然がこれほど並ぶのを見たことがない。
あり得ない。ただの刑事としての直感でしかないが、それが警告を告げている。
これは誰にも見せるつもりのない、私的な記録だ。
業務ではないから書類にはならない。
だから、ここに全部書くこととする。
◇ ◇ ◇
一 動画①「【心霊】地元で有名な呪いの祠に突撃してみた【検証】」
(投稿者:ナオトの駆け出し貧乏心霊チャンネル/再生数:投稿時点で451回)
以下は、山岡が視聴しながら文字起こししたもの。
00:03 男の声(尚人)「はいどーも! ナオトのガチ心霊チャンネル、始まりました! 今日は地元でマジでヤバいって噂の祠に来ちゃってまーす!」
00:07 女の声(茉莉)「いえーい! みんな見てる? マツリでーす! ちょー雰囲気あるんだけど! ウケるぅ」
00:15 画面が揺れる。懐中電灯の光が木々を舐める。足音。
00:31 尚人「今回はなんと、道を教えてくれた子がいまーす! はい、萌絵ちゃーん!」
00:34 画面の端、闇に溶けるように、紺色の影が一瞬だけ映る。返事はない。
00:36 茉莉「ちょっとぉ、ノリ悪くなーい? もっと前来なよー」
00:39 尚人「いいのいいの、ビビリなんだって。雄哉、ちゃんと撮っとけよ」
00:41 雄哉(画面外・小声)「……撮ってるよ」
映像は十数分続く。
全編、尚人と茉莉の顔のアップが中心で、二人は途切れなく喋り、笑い、騒いでいる。
萌絵と雄哉は、ほとんど映らない。
私はこの時点では、それを撮影者の都合としか思わなかった。
09:12 尚人「……着いた、かな? これ?」
09:15 苔むした小さな石の祠。高さは人の腰の高さほど。その扉は閉ざされ、しめ縄のようなものは半ば朽ちている。
09:20 茉莉「えっ、ちっさ。これがヤバいの?」
09:41 尚人「……はい、何も起きませーん。ねえ、全然何も起きないんだけど」
10:30 尚人(声のトーンが落ちる)「……チッ。つまんねえな」
画像は一旦ここで途切れる。
◇ ◇ ◇
二 動画②(編集前の素材データ)
編集前のデータは、雄哉が尚人の指示で保管していたもので、後日、本人から任意で提供を受けた。
切れた直後から、続きが入っていた。
00:00 尚人「これ、一回止めよう。……いや、音声だけ回しといて。後で使えるかもしれん」
00:10 尚人「このままじゃ上げらんねえだろ。なんかもっとさぁ、絵が欲しいんだよ。バズんなきゃ意味ねぇだろ」
00:19 尚人「……壊すか、これ」
00:22 雄哉「いや、さすがにそれは……やめた方が……」
00:25 尚人「はぁ? ノリ悪いこと言うなよ」
00:31 (それまで一度も聞こえなかった、第四の声)
萌絵「……壊したら、祟られるかもしれませんよ。それこそ何か映るんじゃあ」
00:36 尚人「いーじゃん、いーじゃん。祟りでも何でも来いだよ。映ればこっちのもんさ!」
00:40 茉莉「えー、ウケる。やっちゃお」
その後の約四十秒、石を打つ鈍い音が続く。
私はこの音声を三度聞き、三度目で気づいた。
祠が壊される間、萌絵は何も言っていない。
悲鳴も、制止も、息遣いすらない。
怖がりで、後ろを歩く少女。
そのはずの人間が、祠の破壊という場面で、あまりにも静かすぎる。
何かが変だが、それが分からない。
◇ ◇ ◇
三 動画③「【閲覧注意】深夜に呪いの祠へ行ったら、壊されていた。これはきっと祟りです」
(投稿は同日深夜/投稿から48時間で約107万回再生)
壊れた祠の前で、尚人と茉莉が、いま見つけたかのように騒ぐ映像。
台詞は完全な演技だ。
足元に、ハンマー代わりに使った石が転がっているのが映り込んでいる。
だが、その直後だった。
01:47 崩れた祠の中の暗がりに、懐中電灯の光が当たる。
01:49 ――白い、細い腕が、ゆっくりと伸びる。
01:52 尚人「えっ」
01:53 画面が激しくぶれる。悲鳴。映像終了。
この数秒が拡散された。コメント欄には、こうある。
「CGでしょ」
「いや本物じゃね?」
「腕の関節、一個多くない?」
「後ろに映ってる女の子、笑ってない?」
最後のコメントに、私は目を留めた。
この時点で私が見た映像に、笑っている女の子は映っていない。
少なくとも、最初に見た時には。
◇ ◇ ◇
四 発見(山岡メモより)
遺体の発見は、動画の投稿から三日後。
尚人の自宅アパートだった。二人はリビングの床に向かい合って倒れていた。
鍵は内側から。
しっかりとチェーンもかかっていた。
スマホは二台とも、動画③の再生画面を開いたまま、バッテリーが切れ。
鑑識の報告書にはこうある。
「第三者の侵入形跡なし。外傷なし。薬物反応なし。事件性は認められない」
課長は言った。
「祟りだなんだと騒ぐのはネットの連中だけで十分だ。いい歳したお前まで、そんなのに感化されるな」
乗るつもりはなかった。
ただ、あの動画の何かが、引っかかっていただけ。
◇ ◇ ◇
五 萌絵という人物
私は非番の日に、一人で動いた。
茉莉の通っていた県立高校を訪ね、担任、学年主任、同級生と順番に話を聞いた。
だが萌絵という少女はどこにもいなかった。
しかもその名は、在籍名簿にも卒業生名簿にもない。
誰に訊いても、知らないと首を傾げる始末だ。
なぜなのか。
俺が何かを見落としているだけなのか。分からない。
「萌絵ちゃん、ですか? いたっけ……」
「茉莉からもそんな子の名前、聞いたことないけど」
茉莉のスマホにも、萌絵の連絡先はない。
またそれだけではなく、通話履歴や写真などもなかった。
ただ尚人のスマホのメモには、道順が残っていた。
国道から外れて、三つ目の鳥居。
そこから先は、振り返らない。
尚、このメモは誰が書いたのかは分かっていない。
◇ ◇ ◇
六 雄哉の証言
唯一の生存者、雄哉に会えたのは、事件から二十三日後だ。
尚人と同じ大学生。ただ尚人は退学している。
親からの仕送りがなくなったことが原因らしい。
雄哉は細身で、顔色が悪い。
何かに警戒したように喫茶店の隅で、コップの水にすらほとんど口をつけなかった。
以下は、了承を得た録音の書き起こしである。
山岡:あの夜のことを、もう一度聞かせてほしい。
雄哉:僕は人数合わせで。機材持ちだったんです。ああ、編集も手伝うように言われていましたが……。でも、あの祠に行くの嫌だったんです。
山岡:なぜ嫌だったんだ?
雄哉:だって怖いじゃないですか。でも断れなくて……。
山岡:それはなぜ?
雄哉:僕はあいつのパシリのような存在だったので。断ったらどうなるか……。
山岡:あそこへ行くことは、誰が決めた? 道などは?
雄哉:……萌絵さん、です。
山岡:その子は茉莉さんの同級生だった?
雄哉:そう聞いてました。尚人も、茉莉も、そう言っていたので。
山岡:萌絵さんという名前の子は、実在しなかった。
雄哉:……え?
(沈黙。約数十秒)
雄哉:でも僕、萌絵さんと普通に話したんですよ。歩いてる間、ずっと後ろにいて、「怖いですよね」って。僕も「怖いですよね」って。同情してたんです。あの人、本当に嫌そうだったから。
山岡:祠を壊す最後の一押しをしたのは?
雄哉:……ああ、萌絵さんです。
山岡:彼女は怖がりだったんじゃないのか。
雄哉:そう思ってました。でも、あの瞬間だけ、どこかその言葉と違ってすごく……嬉しそうで。
雄哉:刑事さん。僕、動画を何度も見返したんです。でも萌絵さんの顔、一回も映ってないんです。いつも画面の端で、後ろ向きか、闇の中で。
雄哉:撮ってたの、僕なのに。
雄哉:僕、あの人の顔がまったく思い出せないんです。
どこか興奮したように言い切ったあと、何かを思いついたのか、見たのか。
ハッとした顔をして、下を向く。
雄哉はそれ以降、何も話さなかった。
翌日、一通のメッセージが届いた。
もうこれ以上、この話には関わりたくないです。ごめんなさい。
それ以降、彼とはまったく連絡が取れていない。
一度教えてもらった住所を訪ねてみたが、不在だった。
◇ ◇ ◇
七 再生
私は動画を見返した。
尚人が上げていた動画の①、②、③。
それを順番に一晩で何十回も。
何かが少しずつ、変わっていくように思えた。
最初に気づいたのは、画面の隅に映る紺色の影の位置。
始め影は、もっと遠くにあった。
……と、思っていた。
だが、最初に見た映像をもう一度確認すると、そこにも少女の影はあった。
それが数日後、影は、少しだけ前に出ていた。
さらに数日経つと、その影の輪郭がはっきりしてくる。
茉莉と同じ高校の制服。長い黒髪。俯いた顔。
そして動画③の最後、祠から伸びる白い腕の、その後ろ。
コメント欄にあった指摘通りだった。
少女が、笑っている。
口角を吊り上げて。
口の中が、異様なほど赤い。
私は再生を止めた。
画面を閉じても、まぶたの裏にあの真っ赤な口が残っていた。
◇ ◇ ◇
八 山岡メモ(最後の数ページ)
何を書いても、幾度考察しても、結論は同じになる。
祠を壊させたのは、萌絵だ。
道を教えたのも、あの夜に彼らを連れて行ったのも、萌絵だ。
怖がりで、後ろを歩き、同情を誘う少女。
あれは、ただの演技だったのではないか。
祠に封じられていたのが何なのかは分からない。
だが、壊されるのを待っていたモノがいた。
壊した人間を、順番に「次の撮影」へ呼び込むために。
あの動画は、きっと餌なのだ。
見た人間を、祠へ向かわせるための餌。
私は今、この文章を書きながら気づいていることがある。
こうしてこのメモを書いている間も、動画の再生を止めることが出来ない。
何度止めようとしても、だ。
そして同時に三つ目の鳥居までの道順が、頭の中で勝手に繰り返される。
行ってはいけない。
それは分かっている。
分かっているのに、足が玄関へと向かう。
行って、確かめなければ。
私が見つけなければ……あの子の顔を。
……あの子が誰なのかを。
(以上でメモは途切れていた)
◇ ◇ ◇
九 現場確認記録(別紙・担当外の署員による)
山岡刑事の失踪後、有志の署員が内密に確認した内容。
祠のあった場所には、崩れた石の残骸があるのみ。
付近に、真新しい靴跡が一組。
それは山岡刑事の物と一致した。
石の残骸のそばに、山岡私物のスマートフォン。
画面は割れていたが、録画アプリが起動したままだった。
そこに残された映像は、約三十秒。
00:00 夜の森。山岡の荒い息。
00:08 懐中電灯が、苔むした石を照らす。
00:13 石の傍らに、紺色の制服の少女が背を向けて立っている。
00:17 山岡「……君が、萌絵さんか」
00:22 少女がゆっくりと振り向く。
00:24 顔だけ、画面の外。何も映っていない。
00:26 少女の声「……また一人、来てくれたのね」
00:28 画面の端に、一瞬だけ、真っ赤な口が大きく開くのが映る。
00:33 山岡の悲鳴。その後ろから伸びてくる、白い、細い、関節の多すぎる腕。
ここで映像は終了。
署員たちは、この映像を見なかったことにした。
そして誰一人、この話をする者はいなくなった。
◇ ◇ ◇
十 新着動画
(アカウント:ナオトの駆け出し貧乏心霊チャンネル/投稿日:山岡刑事の失踪から約三日後)
尚人のアカウントは、本人の死後、誰も操作できないはずだった。
だがその日の午前三時十三分、新しいショート動画が一本、投稿された。
【新着】祠から白い腕が伸びて人を掴む瞬間
再生時間:0分13秒。
暗い森。男の背中。
祠の闇から、白い腕がゆっくりと、ゆっくりと伸び男の肩を掴む。
男が振り向く。その顔は、山岡のものだった。
その顔は恐怖で歪み、ただ悲鳴を上げる。
画面の右下に、小さく紺色の影が映っている。
ソレは笑っていた。
再生数は、投稿の一時間後には三万回を超えていた。
コメント欄がざわめいている。
「これ、どこの祠?」
「場所、特定した」
「ヤバ、行ってみようぜ」
◇ ◇ ◇
十一 追記
そこからまた三日後、あるライブ配信が始まった。
タイトルは【恐怖心霊】バズってる祠に突撃してみた。
配信者のアカウント名は「鳥肌パトロールチャンネル」
画面には、白い仮面で顔を隠した男二名と女が一人の計三名が映っている。
「はいどーも! 鳥肌パトロールチャンネルの時間です。今日はね、あの有名な祠に来ちゃってまーす!」
「で、なんとですね、ここへの道を教えてくれた子がいます。紹介者の萌絵ちゃんです!」
画面の端で、紺色の影が、一瞬だけ振り返った。
コメント欄は盛り上がっている。
「後ろの子、可愛い」
「顔、見せてー」
配信は、まだ続いていた。
本稿は、以上をもって終了する。
この記録を読んだあなたへ。
その心霊動画を、再生してはいけません。
もし、すでに再生していたのなら――
三つ目の鳥居までの道順は頭の中で再生されましたか?




