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未解決捜査録:〇〇県某所祠破壊に伴う変死事件について

掲載日:2026/10/15

 祠 ―― ある刑事の記録


 本稿は、県警の元刑事・山岡(仮名)の私物PCに残されていたテキストデータと、関連する動画・SNS投稿の記録を、時系列に沿って再構成したものである。


 〇 前書き(山岡作成メモ冒頭より)


 今日、例の事件の担当を外された。

「事件性なし」課長はそう言って、私の机から二人分のファイルを持っていった。


 確かに、事件性はない。

 二人の遺体が見つかった部屋は、内側から施錠されていた。


 窓は嵌め殺し。争った形跡もない。

 死因は二人とも急性心不全。

 若い人間が二人、同じ夜に、同じ部屋で、同じ原因で。


 偶然だと言われれば、偶然だ。

 だが私は二十数年この仕事をしてきて、偶然がこれほど並ぶのを見たことがない。


 あり得ない。ただの刑事としての直感でしかないが、それが警告を告げている。


 これは誰にも見せるつもりのない、私的な記録だ。

 業務ではないから書類にはならない。

 だから、ここに全部書くこととする。



     ◇     ◇     ◇



 一 動画①「【心霊】地元で有名な呪いの祠に突撃してみた【検証】」


(投稿者:ナオトの駆け出し貧乏心霊チャンネル/再生数:投稿時点で451回)


 以下は、山岡が視聴しながら文字起こししたもの。


 00:03 男の声(尚人(なおと))「はいどーも! ナオトのガチ心霊チャンネル、始まりました! 今日は地元でマジでヤバいって噂の祠に来ちゃってまーす!」


 00:07 女の声(茉莉(まつり))「いえーい! みんな見てる? マツリでーす! ちょー雰囲気あるんだけど!  ウケるぅ」


 00:15 画面が揺れる。懐中電灯の光が木々を舐める。足音。


 00:31 尚人「今回はなんと、道を教えてくれた子がいまーす! はい、萌絵(もえ)ちゃーん!」


 00:34 画面の端、闇に溶けるように、紺色の影が一瞬だけ映る。返事はない。


 00:36 茉莉「ちょっとぉ、ノリ悪くなーい? もっと前来なよー」


 00:39 尚人「いいのいいの、ビビリなんだって。雄哉(ゆうや)、ちゃんと撮っとけよ」


 00:41 雄哉(画面外・小声)「……撮ってるよ」


 映像は十数分続く。

 全編、尚人と茉莉の顔のアップが中心で、二人は途切れなく喋り、笑い、騒いでいる。

 萌絵と雄哉は、ほとんど映らない。

 私はこの時点では、それを撮影者の都合としか思わなかった。


 09:12 尚人「……着いた、かな? これ?」


 09:15 苔むした小さな石の祠。高さは人の腰の高さほど。その扉は閉ざされ、しめ縄のようなものは半ば朽ちている。


 09:20 茉莉「えっ、ちっさ。これがヤバいの?」


 09:41 尚人「……はい、何も起きませーん。ねえ、全然何も起きないんだけど」


 10:30 尚人(声のトーンが落ちる)「……チッ。つまんねえな」


 画像は一旦ここで途切れる。



     ◇     ◇     ◇



 二 動画②(編集前の素材データ)


 編集前のデータは、雄哉が尚人の指示で保管していたもので、後日、本人から任意で提供を受けた。

 切れた直後から、続きが入っていた。


 00:00 尚人「これ、一回止めよう。……いや、音声だけ回しといて。後で使えるかもしれん」


 00:10 尚人「このままじゃ上げらんねえだろ。なんかもっとさぁ、絵が欲しいんだよ。バズんなきゃ意味ねぇだろ」


 00:19 尚人「……壊すか、これ」


 00:22 雄哉「いや、さすがにそれは……やめた方が……」


 00:25 尚人「はぁ? ノリ悪いこと言うなよ」


 00:31 (それまで一度も聞こえなかった、第四の声)

 萌絵「……壊したら、祟られるかもしれませんよ。それこそ何か映るんじゃあ」


 00:36 尚人「いーじゃん、いーじゃん。祟りでも何でも来いだよ。映ればこっちのもんさ!」


 00:40 茉莉「えー、ウケる。やっちゃお」


 その後の約四十秒、石を打つ鈍い音が続く。

 私はこの音声を三度聞き、三度目で気づいた。


 祠が壊される間、萌絵は何も言っていない。

 悲鳴も、制止も、息遣いすらない。

 怖がりで、後ろを歩く少女。

 そのはずの人間が、祠の破壊という場面で、あまりにも静かすぎる。

 何かが変だが、それが分からない。



     ◇     ◇     ◇



 三 動画③「【閲覧注意】深夜に呪いの祠へ行ったら、壊されていた。これはきっと祟りです」


(投稿は同日深夜/投稿から48時間で約107万回再生)


 壊れた祠の前で、尚人と茉莉が、いま見つけたかのように騒ぐ映像。

 台詞は完全な演技だ。

 足元に、ハンマー代わりに使った石が転がっているのが映り込んでいる。

 だが、その直後だった。


 01:47 崩れた祠の中の暗がりに、懐中電灯の光が当たる。


 01:49 ――白い、細い腕が、ゆっくりと伸びる。


 01:52 尚人「えっ」


 01:53 画面が激しくぶれる。悲鳴。映像終了。


 この数秒が拡散された。コメント欄には、こうある。


「CGでしょ」

「いや本物じゃね?」

「腕の関節、一個多くない?」

「後ろに映ってる女の子、笑ってない?」


 最後のコメントに、私は目を留めた。

 この時点で私が見た映像に、笑っている女の子は映っていない。

 少なくとも、最初に見た時には。



     ◇     ◇     ◇



 四 発見(山岡メモより)


 遺体の発見は、動画の投稿から三日後。

 尚人の自宅アパートだった。二人はリビングの床に向かい合って倒れていた。


 鍵は内側から。

 しっかりとチェーンもかかっていた。

 スマホは二台とも、動画③の再生画面を開いたまま、バッテリーが切れ。

 鑑識の報告書にはこうある。


「第三者の侵入形跡なし。外傷なし。薬物反応なし。事件性は認められない」


 課長は言った。


「祟りだなんだと騒ぐのはネットの連中だけで十分だ。いい歳したお前まで、そんなのに感化されるな」


 乗るつもりはなかった。

 ただ、あの動画の何かが、引っかかっていただけ。



     ◇     ◇     ◇



 五 萌絵という人物


 私は非番の日に、一人で動いた。

 茉莉の通っていた県立高校を訪ね、担任、学年主任、同級生と順番に話を聞いた。


 だが萌絵という少女はどこにもいなかった。


 しかもその名は、在籍名簿にも卒業生名簿にもない。


 誰に訊いても、知らないと首を傾げる始末だ。

 なぜなのか。

 俺が何かを見落としているだけなのか。分からない。


「萌絵ちゃん、ですか?  いたっけ……」

「茉莉からもそんな子の名前、聞いたことないけど」


 茉莉のスマホにも、萌絵の連絡先はない。

 またそれだけではなく、通話履歴や写真などもなかった。


 ただ尚人のスマホのメモには、道順が残っていた。


 国道から外れて、三つ目の鳥居。

 そこから先は、振り返らない。

 尚、このメモは誰が書いたのかは分かっていない。



     ◇     ◇     ◇



 六 雄哉の証言


 唯一の生存者、雄哉に会えたのは、事件から二十三日後だ。

 尚人と同じ大学生。ただ尚人は退学している。

 親からの仕送りがなくなったことが原因らしい。


 雄哉は細身で、顔色が悪い。

 何かに警戒したように喫茶店の隅で、コップの水にすらほとんど口をつけなかった。


 以下は、了承を得た録音の書き起こしである。


 山岡:あの夜のことを、もう一度聞かせてほしい。


 雄哉:僕は人数合わせで。機材持ちだったんです。ああ、編集も手伝うように言われていましたが……。でも、あの祠に行くの嫌だったんです。


 山岡:なぜ嫌だったんだ?


 雄哉:だって怖いじゃないですか。でも断れなくて……。


 山岡:それはなぜ?


 雄哉:僕はあいつのパシリのような存在だったので。断ったらどうなるか……。


 山岡:あそこへ行くことは、誰が決めた? 道などは?


 雄哉:……萌絵さん、です。


 山岡:その子は茉莉さんの同級生だった?


 雄哉:そう聞いてました。尚人も、茉莉も、そう言っていたので。


 山岡:萌絵さんという名前の子は、実在しなかった。


 雄哉:……え?

 (沈黙。約数十秒)


 雄哉:でも僕、萌絵さんと普通に話したんですよ。歩いてる間、ずっと後ろにいて、「怖いですよね」って。僕も「怖いですよね」って。同情してたんです。あの人、本当に嫌そうだったから。


 山岡:祠を壊す最後の一押しをしたのは?


 雄哉:……ああ、萌絵さんです。


 山岡:彼女は怖がりだったんじゃないのか。


 雄哉:そう思ってました。でも、あの瞬間だけ、どこかその言葉と違ってすごく……嬉しそうで。


 雄哉:刑事さん。僕、動画を何度も見返したんです。でも萌絵さんの顔、一回も映ってないんです。いつも画面の端で、後ろ向きか、闇の中で。


 雄哉:撮ってたの、僕なのに。


 雄哉:僕、あの人の顔がまったく思い出せないんです。


 どこか興奮したように言い切ったあと、何かを思いついたのか、見たのか。

 ハッとした顔をして、下を向く。

 雄哉はそれ以降、何も話さなかった。


 翌日、一通のメッセージが届いた。

 もうこれ以上、この話には関わりたくないです。ごめんなさい。


 それ以降、彼とはまったく連絡が取れていない。

 一度教えてもらった住所を訪ねてみたが、不在だった。



     ◇     ◇     ◇



 七 再生


 私は動画を見返した。

 尚人が上げていた動画の①、②、③。

 それを順番に一晩で何十回も。


 何かが少しずつ、変わっていくように思えた。


 最初に気づいたのは、画面の隅に映る紺色の影の位置。

 始め影は、もっと遠くにあった。

 ……と、思っていた。


 だが、最初に見た映像をもう一度確認すると、そこにも少女の影はあった。


 それが数日後、影は、少しだけ前に出ていた。


 さらに数日経つと、その影の輪郭がはっきりしてくる。

 茉莉と同じ高校の制服。長い黒髪。俯いた顔。


 そして動画③の最後、祠から伸びる白い腕の、その後ろ。

 コメント欄にあった指摘通りだった。


 少女が、笑っている。

 口角を吊り上げて。

 口の中が、異様なほど赤い。


 私は再生を止めた。

 画面を閉じても、まぶたの裏にあの真っ赤な口が残っていた。



     ◇     ◇     ◇



 八 山岡メモ(最後の数ページ)


 何を書いても、幾度考察しても、結論は同じになる。

 祠を壊させたのは、萌絵だ。

 道を教えたのも、あの夜に彼らを連れて行ったのも、萌絵だ。


 怖がりで、後ろを歩き、同情を誘う少女。

 あれは、ただの演技だったのではないか。


 祠に封じられていたのが何なのかは分からない。

 だが、壊されるのを待っていたモノがいた。


 壊した人間を、順番に「次の撮影」へ呼び込むために。


 あの動画は、きっと餌なのだ。

 見た人間を、祠へ向かわせるための餌。


 私は今、この文章を書きながら気づいていることがある。

 こうしてこのメモを書いている間も、動画の再生を止めることが出来ない。

 何度止めようとしても、だ。


 そして同時に三つ目の鳥居までの道順が、頭の中で勝手に繰り返される。


 行ってはいけない。

 それは分かっている。

 分かっているのに、足が玄関へと向かう。


 行って、確かめなければ。

 私が見つけなければ……あの子の顔を。


 ……あの子が誰なのかを。


(以上でメモは途切れていた)



     ◇     ◇     ◇



 九 現場確認記録(別紙・担当外の署員による)


 山岡刑事の失踪後、有志の署員が内密に確認した内容。


 祠のあった場所には、崩れた石の残骸があるのみ。

 付近に、真新しい靴跡が一組。

 それは山岡刑事の物と一致した。


 石の残骸のそばに、山岡私物のスマートフォン。

 画面は割れていたが、録画アプリが起動したままだった。


 そこに残された映像は、約三十秒。


 00:00 夜の森。山岡の荒い息。


 00:08 懐中電灯が、苔むした石を照らす。


 00:13 石の傍らに、紺色の制服の少女が背を向けて立っている。


 00:17 山岡「……君が、萌絵さんか」


 00:22 少女がゆっくりと振り向く。


 00:24 顔だけ、画面の外。何も映っていない。


 00:26 少女の声「……また一人、来てくれたのね」


 00:28 画面の端に、一瞬だけ、真っ赤な口が大きく開くのが映る。


 00:33 山岡の悲鳴。その後ろから伸びてくる、白い、細い、関節の多すぎる腕。


 ここで映像は終了。

 署員たちは、この映像を見なかったことにした。

 そして誰一人、この話をする者はいなくなった。



     ◇     ◇     ◇



 十 新着動画


(アカウント:ナオトの駆け出し貧乏心霊チャンネル/投稿日:山岡刑事の失踪から約三日後)


 尚人のアカウントは、本人の死後、誰も操作できないはずだった。


 だがその日の午前三時十三分、新しいショート動画が一本、投稿された。


【新着】祠から白い腕が伸びて人を掴む瞬間


 再生時間:0分13秒。

 

 暗い森。男の背中。

 祠の闇から、白い腕がゆっくりと、ゆっくりと伸び男の肩を掴む。


 男が振り向く。その顔は、山岡のものだった。

 その顔は恐怖で歪み、ただ悲鳴を上げる。


 画面の右下に、小さく紺色の影が映っている。

 ソレは笑っていた。


 再生数は、投稿の一時間後には三万回を超えていた。

 コメント欄がざわめいている。


「これ、どこの祠?」

「場所、特定した」

「ヤバ、行ってみようぜ」



     ◇     ◇     ◇



 十一 追記


 そこからまた三日後、あるライブ配信が始まった。


 タイトルは【恐怖心霊】バズってる祠に突撃してみた。

 配信者のアカウント名は「鳥肌パトロールチャンネル」


 画面には、白い仮面で顔を隠した男二名と女が一人の計三名が映っている。


「はいどーも! 鳥肌パトロールチャンネルの時間です。今日はね、あの有名な祠に来ちゃってまーす!」

「で、なんとですね、ここへの道を教えてくれた子がいます。紹介者の萌絵ちゃんです!」


 画面の端で、紺色の影が、一瞬だけ振り返った。

 コメント欄は盛り上がっている。


「後ろの子、可愛い」

「顔、見せてー」


 配信は、まだ続いていた。



 本稿は、以上をもって終了する。


 この記録を読んだあなたへ。

 その心霊動画を、再生してはいけません。

 もし、すでに再生していたのなら――

 三つ目の鳥居までの道順は頭の中で再生されましたか?

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