始まりの物語3
アーネとミルティは、思わず後ずさるが……それでも瞳に宿るのは、絶望の中にあっても消えない決意だった。
「アーネ、ミルティ……踏ん張りどころよ! 倒す必要はない。あの湖からなら、別の世界に飛べる。Sword of Victoryで空間を斬り、トライデントで水の流れを経つ! そうすれば、異世界への扉が開かれる筈……バルドル様を、必ず連れて行って!」
フレイヤの声は、自らの命を削る事を厭わない覚悟の籠った悲痛な叫びだった。
フレイヤの瞳が、深蒼に輝く……水の翼が龍の翼の様に形を変え、風を切り裂く。
水を纏った龍の翼は、まるでフレイヤの命を燃やしているかの如く儚く揺らめく。
「今の私では、これが精一杯。でも、道ぐらいは作ってみせる! 私の子供達に、これ以上は手を出させない!」
ミステルテインが碧の光を放ち、森が命を得たように動き出す。
木々が……枝が……バロールとスルトを襲う。
1つは鞭の様な変則的な動きで翻弄し、1つは鋭い槍のように突き刺さしにいく。
全方位からの猛攻……だが、届かない。
炎が、全てを焼き尽くす。
攻撃を仕掛けた木々や枝は、バロールとスルトに触れる前に灰と化し風に散る。
しかし周囲の木々は激しい炎で燃やされ、バロール達の周りを熱で赤く染めていく。
「さすがは、フレイヤじゃ。しかし、木と火では相性最悪じゃよ。火の力に、木の力はあまりに無力じゃ……レーヴァテインの前では、ただの薪じゃったのぅ」
「そうかな? 燃やされる事も見通せない、フレイヤ様だと思うのか? 木の力は、穏やかな柔の力。心を癒し、その存在をも隠す!」
舞い散る炎が、アーネの炎の翼を隠す。
鳳凰の翼へと変形したその翼は、まるでアーネの心の最後の灯火だった。
だからこそ、儚くも力強く輝きだす。
「燃えろ、オレの魂! バロールを討つ、刃になれ!」
アーネの咆哮は、自らの犠牲をも厭わない程の気迫を吐き出していた。
Sword of Victoryの炎が周囲の炎に溶け込み、攻撃の軌跡を掴ませない。
「うおおぉぉぉ!」
閃光のような一撃が、バロールの右目の横を切り裂いた。
「ぐはぁぁぁぁ!」
バロールの絶叫が森を震わせ、闇を切り裂く。
その声には、初めての動揺が滲んでいた。
「今よ! アーネ、ミルティ、走って!」
ミステルテインに導かれた木々が、バロールの言う通り薪になっていった。
自ら炎の中にはいり、その身を焼いていく。
炎が、アーネとミルティの姿を隠す。
ミルティは咄嗟にトライデントで水の膜を張り、アーネを炎から守る。
「アーネ、フレイヤ様が!」
炎の先に、フレイヤがいる。
バロールとスルト……ただ1人で、強敵の矢面に立っているのだ。
「心配だが……今は、やる事をやる! ミルティ、バルドル様を救う事……それが、最優先事項だ!」
炎の嵐の中、2人は湖を目指して走り始める。
「やってくれたのぅ! もはや、手加減はせん! 碧よ、戻れ! 奴らの力を半減させるんじゃ!」
バロールの瞳が……3つの魔眼が、禍々しく輝いた。
右の魔眼は、碧に……
左の魔眼は、蒼に……
そして、額の魔眼は、涅に……
その力が、Sword of Victoryとトライデントに注がれる。
アーネは、剣の力が割れる感覚を直感的に右手に感じた。
その時、凝縮した熱さに気付く。
周囲を燃やし尽くす、白き炎……
「ミルティ、Sword of Victoryがもたない! だが、このままじゃフレイヤ様が!」
「アーネ、分かってるわ! トライデントも、力が半減しそう! でもバロールは、力を使った直後で動けない! スルトは、フレイヤ様を狙っていて隙がある! 反撃するなら……フレイヤ様を救うには、今しかないわ!」
アーネは頷き、魂を燃やし尽くす覚悟を決める。
「俺が……仕掛ける! スルトを斬ったら、俺を抱えて湖まで飛んでくれ! 神剣の力が半減したら、湖を割る力が出なくなる可能性がある! 頼む、ミルティ。オレの全てを……託す!」
「分かったわ! でも……力、少しは残しておいてよ! 全ての記憶を失ったら……私だけの力じゃ、湖は割れないんだからね!」
アーネは静かに頷き、瞳に最後の力を込める。
その瞳は、赤く……紅く。
炎の翼が鳳凰の翼として具現化し、アーネの命そのものが燃えているかのような力を宿す。
「鳳凰……転身!」
その叫びと共に、アーネの姿が消える。
一瞬の瞬き……その刹那で、アーネはスルトの背後に回り込んでいた。
スルトがレーヴァテインを振り下ろす直前、Sword of Victoryの刃が届く。
スルトの背を切り裂き、その力を弱めた。
レーヴァテインから放たれた白い閃光にフレイヤの華奢な身体は吹き飛ばされるが、炎には焼かれていない。
「くっ……ミルティ、頼む……」
アーネの声は、まるで魂が砕けた後の様に弱々しい。
一瞬の攻撃で……鳳凰転身で、アーネの心は蝕まれ始めていた。
感情が……
心が……
闇の中に、引き摺り込まれる様な感覚……
まるで自らの存在が、消えゆくような恐怖。
それでも、まだ終われない。
「アーネ、行くわよ。もう少し……頑張って!」
アーネを抱えたミルティは、水の翼を開く。
「私も、使命を果たす! 最後の力……私達の希望を繋いで! お願い、トライデント!」
2人の叫び声に呼応するように、Sword of Victoryとトライデントが最後の光を放つ。
湖が、神聖な輝きに照らされる。
空間が割れ、その空間に吸い込まれていく。
次の瞬間……アーネとミルティは、浜辺に倒れていた。
2つに割れた剣と……
1つの槍と、2つの剣……
「おーい、誰か倒れてるぞ!」
空襲を逃れた者が、浜辺で倒れている2人を見つけた。
「疎開するのに、連れていくのかい? 日本の敵かもしれないよ?」
「異人さんみたいだがな……しかし、こんなボロボロの身体の人間をほっとく訳にもいくまい? それに、この剣と槍……今時、こんな武器で戦争するかねぇ?」
リアカーに乗せられたアーネとミルティは、疎開先で生活する事になった。
フレイヤがバロールに囚われた事が、レヴォレット・エルフフォーシュによってミルティに伝えられた。
それは、ようやく疎開先での生活が慣れてきた頃であった。
そして、80年程度の時間が流れる……
7国の騎士の物語は終わり、新たな物語が産声を上げる。
繋げた希望が、動き出す時がきたのだった……




