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第23話

 僕が自分が本当は女だと知ったのは、初潮を迎えた時だった。

 父の口から僕の本当の性別が女であることを知らされた。 

 驚嘆と納得が僕が覚えた感情だった。


 すんなりと、僕は自分の性別が女であることを受け入れることができた。

 僕が受け入れられなかったのは、それを隠し続けることだ。


 母が亡くなったのは、贄巫女になったからだ。

 国中に疫病が流行った時、国民を……そして同じく流行り病で命の危機に瀕していた僕を助けるために、自らアマティア神にその身を捧げた。


 母は僕のために死んだ。


 だから僕の命は、僕だけの物じゃない。


 確かに、贄巫女としての力を使わなければならないような厄災はこの国に訪れていない。

 でも、だからといって僕という「贄巫女」の存在を隠し続けるのは、ただ逃げているだけじゃないか。

 贄巫女がいるから、みんな安心して暮らしていられるんじゃないか?

 

 僕はずっとそう思っていた。

 しかし父も兄たちも、口を揃えて首を左右に振った。


「贄巫女は悪しき風習だ。……私の代でこれを断つ」

「そもそも国の統治は人の手で行われるべきだ。神の力がなければ滅ぶ国など、滅んでよい」

「あれほど割に合わない奇跡はない。間違っても、贄巫女などになろうとするな」


 本当に?

 役目と義務を放棄していいのか。

 ずっと思い続けて来た。

 ずっと、罪悪感を抱えて生きて来た。


 だから……。


「正直に子を解放したことは、評価しよう。若い女を一万、それで許してやる」


 竜王の言葉を聞いた時、思ったのだ。

 ついに僕の番が来たんだと。


 しかし父も兄も、僕を贄巫女にしようとしなかった。

 本当に一万人、犠牲にしようとしている。


 僕が一人死ねば、みんな助かるのに。


 だから僕はクル山に向かった。

 これで僕もようやく、みんなの役に立てる。

 ……母を殺してしまった償いが出来る。


 そう思う、大穴を覗き込む。

 深く暗い、大地の底に繋がる大穴。


 この下にアマティア神が……。


 ゴオオオオオ!!


 その時、大地が大きく揺れた。

 同時に大穴の底から轟音が聞こえてくる。


 クル山はよく、地震を起こす。

 日に何度も揺れることも間違いではない。

 僕にとっては日常の光景であり、音のはずだった。

 はずなのに。


 ガァアアアアアアア!!


 何故か、それが悲鳴に聞こえた。 

 全然似ていないのに。

 ただの噴火に伴う爆発音のためなのに。


「……お母様?」


 僕の耳には、それは何故か、母の声に聞こえた。

 母の叫び声に聞こえた。


「そ、そんなはず……」


 いや、母だけの声じゃない。

 もっと、身近な声もあった。


 ――熱い、嫌だ、苦しい! 誰か、誰か助けて!!


 それは聞き覚えがある声だった。

 僕の声だ。


「何、これ……し、知らない……」


 思わず僕は自分の体を抱きしめる。

 震えが止まらない。

 死ぬことなんて、怖くないと思っていたのに……。

 いや、違う。


 僕が怖いのは、死ぬことじゃない。

 この大穴に落ちて、囚われて、死ねないこと……。


「違う、違う、違う! そんなこと、ない。責務を果たすんだ。僕が、僕がやらないと……」

「クルシュナ!!」


 誰かに肩を掴まれた。

 後ろから羽交い絞めにされる。

 《《あの時》》の記憶が蘇ってくる。


「違う! 隠していたわけじゃない!! ちゃんと、やるから! 何でもするから! だから、もうお父様には……」

「落ち着け」

「エルミカ……!?」


 どうしてここに?

 混乱しているうちに、大穴から引き離される。

 

 どこか安心している自分に嫌悪する。


「何をしに来たんだ」

「クルシュナを止めに来た」

「放っておいてくれ!」


 僕はエルミカの手を振り払う。

 止めに来た。

 ということは、僕がこれから何をしようとしていたのか、僕の正体まで知っているのだろう。


「これは聖王国の問題だ!」

「俺は国王と君の兄である第一王子の頼みでここに来ている。王国の問題なら、上位者の命令は聞くべきだと思うが?」

「……二人は私的な感情に流されている」


 僕が娘だから、妹だから。

 守ろうとしてくれているのは分かる。


「だからといって、僕一人のために一万もの人が犠牲になるのはおかしい!」

「おかしいのは一人の犠牲で、一万の人間が救えてしまう力の方だろう」


 ……何が言いたい?


「贄巫女などという、安易な方法があるから、そこに逃げる。最後に贄巫女を犠牲にすれば解決すると思っている」

「僕が逃げていると言いたいのか?」

「解釈は自由だが」

「あぁ、そうか……」


 僕は剣を抜いた。

 この問答に意味はない。話は平行線だ。


「剣で語り合おうか。初めて出会った時のように」

「……何だ、バレてたか」

「君のような女誑しが二人もいて、堪るか」

「俺が勝ったら、その女誑しっていうのは訂正しろ」


 エルミカは『勇者の剣』を地面に放り投げた。

 そして普段から使っている剣を抜く。

 

 ……隠し事が多いのは、お互い様か。


「何だ、君。もしかして……意外と気にしてたのかい?」 


 剣と剣が交差する。

 甲高い音と共に、僕の剣が宙を舞う。


「迷いがあるやつの剣は弱い」


 押し倒され、喉元に剣を突きつけられる。

 抵抗する気は起きなかった。


「……仕方がないだろ。だって、僕が犠牲になれば、全部解決するんだぞ」


 僕だって、死にたいわけじゃない。

 痛いのも、苦しいのも、辛いのも、嫌だ。


 気が付いたら、目から涙が溢れていた。


「でも、だって、お母様は僕のせいで……なのに、僕だけが、逃げるなんて、そんなこと、許されるわけ……」

「俺にとって、クルシュナは大切な人だ」

「……え?」


 きゅ、急に何を言い出すんだ!?

 今はそういう話をしている時じゃないだろ!!


「クルシュナには生きて欲しい。クルシュナのいない世界に価値なんてない。俺と一緒に生きてくれ」

「そ、そういうのは、は、反則だろ……」


 ぜ、絶対に僕以外の女の子にも、同じようなことを言っている!

 大切って、どうせ「友達として大切」とかだろ!!

 分かっている。

 分かっているのに……!!


 そんなこと言われたら、本当に死にたくなくなっちゃうじゃないか……。


「この、女誑し……」

「訂正しろって言っただろ」

「女殺し……」

「意味、同じだろ」


 エルミカに抱きしめられ、背中を撫でられる。

 うぅ……こ、こんなことで誤魔化されるなんて……。


「でも、僕はこのまま何もしないなんて……」

「そうだなぁ……。正直、今回の件は聖王国に非があるというのも本音だが……クルシュナのためなら、仕方がない」


 エルミカは僕をゆっくりと引き離した。

 そして僕の頭を撫でながら答えた。


「俺が倒してきてやる。これで誰も犠牲にならない。そうだろう?」


 ……本気で言っているのか?



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