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第21話

 都市連合の崩壊を防ぐためには、聖王国の崩壊を防ぐ必要がある。

 そのためにはクルシュナの闇落ちを防止しなければならない。

 そのためにはエリクサー、通称「人間カブトガニ液」の製造を止めなければならない。


 というわけで俺としては未然にこの「人間カブトガニ液」の開発と製造を止めたかったのだが、結論から言えばそれは難しい。


 理由は薬の製造にアマティア大神殿が関与しているからだ。

 アマティア聖王国の国教、アマティア教。

 その総本山であるアマティア大神殿の権力は相当なものだ。


 何も悪いことをしていない状況で、家宅捜索というわけにはいかない。

 ましてや俺は都市連合の貴族だ。

 下手なことをして聖王国との関係が拗れると困る。


 というわけで、聖王国内部に人脈を作りつつ、大神殿がエリクサーを製造するのを待ってから介入することにした。


 後の先というやつである。

 決して面倒くさかったからじゃないぞ。

 

「どれくらい流通している?」

「まだ流通してないよ。父と兄に掛け合って、流通と使用を差し止めた」

「さすが、仕事が早い」

「見るからに怪しかったからね。……こんな怪しい薬、無警戒に歓迎する方がおかしいよ」

 

 クルシュナは小さくため息をつきながら言った。

 どうやら聖王国内部ではこのエリクサーは好意的に受け止められているらしい。

 それもそうか。

 結局、原材料が明らかになっても、歓迎する人間の声を抑えられなかったせいで、国ごと滅亡したわけだし。


 最悪、こっそり忍び込んで関係者を皆殺しにする方向性で行こう。

 どのみち、人間カブトガニ液なんて精製している時点でロクな奴らじゃないしな。


「それで、これはどんな薬なんだい? まあ、君の反応からして、ろくでもないことは分かるが」

「それについては、俺よりも詳しいやつがいる」


 俺は後ろに控えさせていたララに目配せした。

 彼女はゆっくりと前に進み出てから、クルシュナに一礼する。


「ララ・シーリウスと申します。お目にかかれて光栄です、クルシュナ殿下」

「君のことはエルミカから聞いている。頼りとさせてくれ」


 クルシュナはララに手を差し出した。

 二人は握手を交わす。


「僕のことはクルシュナと呼んでくれていいよ」

「それでは……クルシュナ様と」

「うん、まあ最初はそれでいいかな」


 クルシュナは一度だけララの耳に視線を向けた。

 ララの出生について、いろいろと気になっている様子だ。


「今後もエルミカのことを頼むよ。世間だと英雄だの勇者だのと持て囃されているけれど、抜けているところも多いからね」

「頼むよって……お前は俺の何なんだ?」

「僕は君の相棒で、親友のつもりだが。何か、間違っているか?」


 相棒で親友。

 そこを否定するつもりはないが、しかしだからといって俺の世話をララに頼む立場ではあるまい。

 俺がそう反論するよりも先にクルシュナはララに視線を向けた。


「エルミカに何か、酷いことをされたりはしていないかい? 彼は女たらしだからね」

「そうですね……」


 ララは少し言葉を選ぶように。考え込む様子を見せた。

 ……考える必要、あるか? 「そんなこと全くありません。エルミカ様は誠実な人です」で終わりだろ。


「いつも手枷と足枷を付けられながら生活しています。少し前までは疲労のあまり、ベッドの中で気絶してしまうほどでした」

「……は?」

「誤解を招く言い方をするな」

「誤解? 事実しか言っていませんが」


 ララはいつもの澄ました表情でそう答えた。

 答えてから、一瞬だけクルシュナに対してニヤっと笑みを浮かべた気がした。

 勝ち誇ったような表情だった。

 しかし気づいたときにはいつもの無表情に戻っていた。

 ……気のせいだったか?


「な……!」


 ララの誤解を招く表現に驚いたのか、クルシュナは目を見開いた。

 それから何故か悔しそうに歯ぎしりする。


「ぼ、僕だって……」

「クルシュナ。何を懸念しているか想像はつくが、全て誤解。ララの悪ふざけだ」


 俺は筋トレについてクルシュナに説明した。

 幸いにもクルシュナは俺がアイテムボックスなどを使って鍛錬をしていることは知っている。


「なるほど。要するに君のイカれた修業に付き合わされていただけか」

「効率的と言って欲しいな。せっかくだし、クルシュナにも今度、作って贈ろうか?」

「いや、僕は……」


 クルシュナは少し考え込んだ様子を見せてから、わずかに口角を上げた。


「それって、こちらからデザインの指定はできるかい?」

「デザイン? どうしてだ?」

「僕は王子だからね。普段から身につけるなら、違和感のないデザインにしないと。……指輪とか」

「なるほど! 確かに指輪なら普段から身につけられるな。今度、聞いてみることにするよ」

「ふふ、ありがとう」


 クルシュナは何故か勝ち誇ったような笑みを俺――いやその隣のララに向けた。

 ララはいつもの無表情だ。


「私はエルミカ様と……」

「親交を深められて何より。……それでララ。薬の説明を」


 いい加減、話が脇道にそれ過ぎている。

 本題に戻るようにララに促すと、彼女は一瞬ムスっとした顔をした。

 後で機嫌取らないとな……。


「おそらく、その薬の正体はアルヴ族に伝わる秘薬の一つです。五百年前の大戦の折に使用されたと聞きます」


 アルヴ族は五百年前に失われた知識の多くを口伝で保存している。

 ネクロスに狙われたのもそれが原因と言われており、原作においてリリが重要人物だったのも、彼女が両親から知識を受け継いでいたからだ。


「使用者に莫大な力と回復能力をもたらします」

「それだけ聞くと素晴らしい薬のようだけど……」

「副作用があります」


 精神の高揚、痛覚の麻痺、強烈な快感、幻聴・幻覚、依存性。

 そして地獄のような苦しみをもたらす離脱症状。

 ララは淡々と薬の副作用を語った。


 しかし原作でリリがしていた説明よりもずっと具体的で正確だ。

 二人とも同じような内容を両親から口伝継承しているはずだが……。

 まあ、出涸らしちゃんは知力より筋力が上がりやすいキャラだしな。しゃあない。


「ふーん。聞くところによるとアヘンチンキみたいな感じなのかな?」


 ちなみにこの世界、アヘンは合法である。

 そこら辺の雑貨屋で気軽に買える。

 どれくらい気軽に買えるかというと、日本人がコンビニでエナジードリンクを買うくらい気軽に買える。

 ファンタジーにありがちな回復薬、存在しないからね。

 冒険者の必需品である。

 痛み止めなしで戦えとは俺も言えない。


 ……原作では一応、あったんだけどな。回復薬。

 ゲームと現実は違うということか。


 そのような理由もあってか、クルシュナの反応は鈍かった。

 

「ダウナー系ではなく、アッパー系ですから。コカやサボテンが近いかと」

「ふーむ。すでに治験目的で使用者もいるのだが……彼らは大丈夫か」

「一度なら問題ないかと。副作用は複数回、使用することで出てくるそうです」


 なお、初見プレイヤーはそんなことを知らずにジャブジャブ使う。

 そして中毒になってゲームオーバーになる。

 このゲームの初見殺し要素の一つである。

 回復薬で中毒死はいくらなんでも酷すぎない?


「ふむ。話を聞くと用法・用量を守れば有用な薬であるように感じるけど?」

「完成品であれば、おっしゃるとおりです。しかし本来のエリクサーは透き通った赤をしています。おそらく、そのエリクサーは精製が不十分な未完成品です」


 俺たちはテーブルに置かれたエリクサーへと視線を向ける。

 色はピンク色で、ねっとりとした粘性を帯びている。

 体にとても悪そうな見た目だ。


「つまり未完成品だと、より重篤な副作用が出ると」

「はい」


 ララは小さく頷いてから答える。


「低確率ですが、竜痘に罹患する可能性があります」

「はぁ!? 竜痘!?」


 クルシュナの表情が変わる。

 竜痘は極稀に人間に感染する病気であり、致死率は九割を超える。

 本来は人間に対する感染力は低いのだが、何故かエリクサー起源の竜痘は凄まじい感染力を発揮する。


 この凶悪な病気に感染した難民が都市連合に押し寄せてくるわけだ。

 さすがは名誉魔王軍だな。


「まさか、これの原料は竜の血か!? 竜に手を出すなんて、あの馬鹿共!!」


 クルシュナは頭を抱えた。

 この世界の竜は生態系の頂点に君臨している。


 もちろん個体差はある。

 特に強い個体は魔王も手が出せない裏ボス級だが、弱い個体――子供なら人間でも生け捕りにできる。

 もっとも、子供には親がいる。

 子供を誘拐すれば、怒り狂った親がカチコミ掛けてくるのは当然の流れ。


 かくして聖王国は滅亡……すれば楽なんだけどな。


「確かに竜の血は傷を治す効力がある。……でも、それを投与された人間は徐々に肉体が腐敗して死んでしまうとも聞くが」

「厳密には、竜の血を投与された人間から抜き取った血液が原料です」

「……正気の沙汰じゃない」


 クルシュナは絶句した。

 そして怒りに震えながら、立ち上がる。


「ダンスパーティーなんて、している場合じゃない! 今すぐにでも……」

「落ち着け、クルシュナ」

「しかし……」

「証拠が必要だろう?」


証拠がララの証言だけでは弱すぎる。

 加えて今の国王は入り婿だ。

 要するにクルシュナの母親が本来女王で、今の国王は国王代理に過ぎない。

 彼の権力基盤は不安定だ。 

 その微妙な立場で大神殿に介入するのは戸惑われるだろう。


「しかし具体的な証拠なんて……」

「ララ」

「はい」


 ララは手に持っていた鞄の鍵を開け、中から書類の束を取り出した。


「これは……?」

「この前、ネクロス市を落とした際に押収した資料だ。アマティア大神殿が都市連合から原料を取り寄せた記録が残っている」


 要するにエリクサー云々ではなく、人身売買や魔王軍と取引した罪で調査をすればいい。

 竜の飼育なんて、隠し通せるようなものでもないしな。


「この証拠があれば、陛下も重い腰を上げるだろう」

「……」


 クルシュナは無言で書類の中身に目を通す。

 そしてこれがあれば父を動かせると確信したのだろう。

 小さく頷いた。


「ありがとう」

「礼には及ばない。……どうした?」


 クルシュナはなぜか、浮かない顔をしている。

 何か不安や懸念がまだあるのだろうか?


「君にとっては、他国のことだろう? どうしてそこまで……」

「勘違いするな、クルシュナ」


 俺はクルシュナの目をジッと見つめる。


「な、なに!?」

「俺にとって大切なのはクルシュナだ」

「な、何の話!? そ、そんなこと、急に言われても……」

「クルシュナの大切な物を守りたい。それだけだ」


 クルシュナは王子を名乗っているが、本当は女だ。

 要するに贄巫女となる資格を持っている。

 そのため国が竜に攻撃され、国民に被害が出ると、クルシュナは自ら女であることを名乗り出て、国を救おうとする。


 そして民度がオワっている聖王国民は、「お前が早く生贄にならなかったから人が死んだんだぞ!」と意味のわからないキレ方をする。


 彼らは失態を王家に押し付けたいアマティア大神殿の神官たちに扇動され、クルシュナと国王をリンチする。


 そしてクルシュナは両手両足を削ぎ落とされ、暴行を受け、目の前で父親を惨殺されてからアマティア神が眠る大穴に投げ込まれるのだ。


 なお、聖王国伝統の因習、贄巫女というシステムは、実はアマティア神に生贄を捧げる儀式ではない。

 贄巫女を一時的にアマティア神にする……アマティア神そのものと合一させるシステムなのだ。

 アマティア神そのものとなった贄巫女は、一時的とはいえこの世界の創造神であり星神であるアマティア神の権能を振るうことができるというわけだ。


 つまり生贄を捧げた人間の願いが叶うのではなく、生贄にされた贄巫女の願いが叶うのだ。

 というわけで「お前ら全員死ね」というクルシュナの願い通り、聖王国は滅亡する。


 なお、クルシュナの贄巫女としての適正は歴代最高峰で、聖女ナディアに匹敵する。

 その力は魔王を十回消し飛ばして余りあるらしい。


 クルシュナが原作最強と言われる所以である。


 うーん、この……。


 大人しく竜を解放すれば解決するのに、なぜ自国の王女をリンチするのか。

 人のせいにしているけど、割と早い段階から「竜の子供を解放しないと」と主張していたのは王家で、イヤイヤしていたのは大神殿や民衆の方ではないか。

 いろいろ言い訳しているけど、キマりたいだけでは?


 というか全部王家が悪かったとして、大人しく生贄になるって言っているんだから生贄になってもらえばよかったのでは?

 リンチする必要、皆無だっただろ。


 ツッコミどころ満載である。


 というわけで正当なプレイヤーである俺は聖王国とアマティア大神殿が嫌いだ。

 聖王国は世界のために滅んだ方がいいんじゃないかなと思っている。

 

 なお、この胸糞悪い話には続きがあるというか、実は続きの方が重要で、だからこそ俺はクルシュナが生贄になるような事態は避けたいのだが……。


 ともあれ、俺はクルシュナを助けたいのだ。

 断じて聖王国を助けたいわけではないので、そこを勘違いされては困る。


「そ、そんなに僕のことを……」


 クルシュナは感激した様子で自分の胸を抑えた。

 クルシュナは原作では序盤に登場するボスの一体であり、ついでにプレイアブルキャラの一人でもある。

 そのため思い入れがあるのは本当だ。


「ね、ねぇ……エルミカ」

「うん?」

「この件が片付いたら……その、君に伝えたいことがある」


 急にフラグっぽいことを言い出したな……。

 いや、どうせ女であることを打ち明けるとか、そういう話だろうけど。


「二人きりになる時間が欲しい。……いいかな?」

「もちろん」


 俺は笑みを浮かべて頷いた。

 まあ、知っているけどな。

 

 俺たちは握手を交わし、クルシュナと別れた。

 クルシュナは急いで帰国するつもりのようだ。

 社交の途中ではあるが、それが一番だろう。


「じゃ、じゃあね! エルミカ!! 約束、覚えておいてよ!!」


 晴れやかな表情で去っていくクルシュナを、俺は見送った。

 それから俺をジト目で睨みつけるララに視線を向ける。


「……どうした?」

「……女誑し」


 お前までそれを言うか。









 斯くしてクルシュナとの会談も、無事に成功した。

 後はクルシュナが父親を説得し、アマティア大神殿から竜の子供を助け出すだけだ。


 もっとも、クルシュナは政治とかはあまり得意なタイプじゃないので、その辺りは心配だが……。

 幸いにも彼女には兄が二人いる。


 第一王子は国王の補佐としてすでに国政を担っており、第二王子は監査役としてアマティア大神殿の神官となっていたはず。


 二人は戦闘力という面ではクルシュナに大きく劣るが、政治関係の能力はかなり高いし、信頼できる。

 父親と違って、正当な王位継承権を持っているし、政治的な発言力も強い。

 大神殿相手に後れを取ることはないだろう。


 ……しかしあれだけ優秀な政治家がいれば、原作のようにならなかったと思うが。

 原作ではあの二人は何をしていたのだろうか?


 原作では二人とも影も形もなく、登場しない。

 唯一、クルシュナが「第三王子」と明かされた時に第一王子と第二王子がいたのだろうと推察できるくらいだ。


 もしかして、とっくの昔に死んでいたとか?


 確かに俺とクルシュナが七魔将を倒した時、あの二人の王子もあの場に居合わせていた。

 俺が間に合わなかったら、危なかったのかもしれない。


 どうやら、知らず知らずのうちに原作未登場キャラを救済していたようだ。

 いやぁ、さすが俺。


 完璧なチャートだ。

 これはもう、勝ちでしょ!


 この件が終われば、あとはこそこそ隠れて寿命待ち勝負している残りの七魔将共をぶち殺し、魔王を倒しに魔大陸へと乗り込むだけだ。


 勝ったな、ガハハ!!


 こうして俺は安心し、サーヴィア卿らと共にダンスパーティーをしながら、今後の連携方針について話し合いを続けた。

 そして社交の閉幕と同時にある情報が届けられた。


「急報です! 聖王国が竜王に襲われたとの報告が!!」


 な、何でぇ……!?


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