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第20話

「この女誑し」


 社交会が終わった後。

 僕は金髪の青年を罵倒した。


「ダンスパーティーで女性と踊るのは当然だろう?」


 僕のことを放って、女の子と散々に踊って、口説き倒していたこの男の名前はエルミカ。

 世間では勇者と呼ばれている。


 彼と出会ったのは、僕が十二歳の誕生日を迎えた日だ。

 いつものように僕は王都周辺をパトロールしていた時、魔族が出現したと聞き、村に駆けつけた。

 しかしすでに魔族は討伐されていた。

 その魔族を討伐したのが、このエルミカだった。


 もっとも、どういうわけか彼は顔に仮面を付けて、正体を隠していた。

 そのせいで戦闘になってしまった。

 ……あの時、生まれて初めて負けた。

 押し倒され、「可愛い顔をしている」と言われ、とてもドキドキしたのを覚えている。


 その後、社交の場で僕はあらためてエルミカと対面した。

 僕は一目で「あの時の仮面野郎だ」と分かったが……素知らぬ顔で「始めまして」と言われてしまった。


 未だにエルミカは、「仮面の男」の正体が自分であることを隠し通せていると思っているらしい。

 案外、抜けているところがある。

 可愛いやつだ。

 

「いくらなんでも、見境がなさすぎだろ! 事あるごとに口説くし」

「口説いているつもりはないが」

「そうかな? 随分と女の子たちを褒めそやしていたけれど?」

「印象は悪いよりは良い方がいいだろう? 魔王軍の戦いのために必要なことだ」


 実際、エルミカが誰か女の子と「寝た」みたいな話は聞かない。

 女の子に好意があるふりをするのも、きっと自分の政略結婚を匂わせて、利益を引き出すため。

 そしてそれは全て魔王を倒し、世界に平和をもたらすため。

 ……というのはわかるけど、何だろう。

 ちょっと気に入らない。


「パーティーメンバーの半分が女の子というのもどうかと思うけど」


 ファルティナ司祭と……確かララという名前の女の子だったか。

 以前、パーティーを組むならあと後方支援が二人欲しいと言っていたし、おそらくあの二人が僕たちの“仲間”候補なのだろう。

 四分の三が女だ。

 恣意的な物を感じてしまう。


「たまたまだよ」


 本当だろうか?

 ララはともかくとして、ファルティナ司祭は絶対にエルミカのことを男として見ている。

 さっきなんて、聖女ナディア様のことを引き合いに出して、自分がエルミカのパートナーだって主張してきたし。

 ナディア様の直系子孫は僕なんだから、聖女ポジションは僕で、君は賢者ポジションだと言い返してやったけど……。

 僕の方が付き合い長いのに! 僕の方が先に好きだったのに!


 僕のエルミカの隣で、エブラム教の司祭がパートナー面してるのが気に食わない。


 というか、司祭のくせに男の隣でメスの顔するなよ!

 教えはどうなってるんだよ、教えは!


 これだから一神教徒は!!


「ところでクルシュナ。話は変わるけど……」

「わわ! な、なに!?」


 急にエルミカが僕の肩を掴んできた。

 彼はじっと僕の顔を見つめてくる。

 爛々と輝く碧い瞳。

 この目に見つめられると、僕は腰が砕けそうになってしまう。


 こんなの、ずるい……。


「や、やめてよ! ……君はいつも近すぎる」


 僕はエルミカの胸を軽く押す。

 分厚い胸板の感触にドキっとする。

 僕の胸と大違いだ。


「そこまで恥ずかしがることないだろ」


 エルミカは僕の正体に気づいていない。

 彼は信用できる人だし、正体を明かしてもいい……というか明かしたいのだが、どうにも言い出せない。

 機会がないのもそうだが、何よりもエルミカとの今の関係が壊れてしまうんじゃないかと思うと二の足を踏んでしまう。

 できればエルミカの方から気付いてくれないだろうかと思って、散々匂わせているけれど、全然気づいてくれない。


「目に隈があるな。寝不足か?」

「あぁ……うん。ちょっと最近、変な夢を見ることが多くてね」

「変な夢? どんな夢だ?」

「起きた時には覚えてないんだよね」


 ただ、起きた時には心拍数が上がり、寝汗で寝具がぐっしょりと濡れている事が多い。

 しばらく、恐怖で体が震えて動けないこともあった。

 ……夢が怖くて眠れないなんて、子供っぽいこと、エルミカには言えないけど。


「ふーむ。……明日にするか? もう遅いし」

「別に体調が悪いってわけでもないから。大丈夫だよ」

「そうか? 無理するなよ」


 打ち合わせのため、サーヴィア卿が用意してくれた部屋へと向かう。

 防諜対策を確認してからソファーに腰を掛ける。


「と、ところで……“お詫び”ってのは、何をすればいいんだい?」


 話し合いの前に確認しないと。

 そう思って切り出したのだが、エルミカは不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

「“お詫び”?」

「別に何でもいいけど、あまり引っ張られると、緊張するというか。決まっているなら、今のうちに言ってくれた方が僕も覚悟できるというか……」


 僕の説明にエルミカはようやく思い出したと言わんばかりの反応をした。

 薮蛇だったかな……。


「そうだなぁ……そう言えば、何でもするって言ってたよな?」

「う、うん……。僕にできることであれば」

「じゃあ、一緒に風呂に入るってのはどうだ?」

「お、お風呂!?」


 な、何を急に言い出すんだ!

 そ、そんなこと、ダメに決まっているじゃないか!!

 だって、僕は……あ! そうか、エルミカは知らないんだっけ……。


「男同士、裸で話すことで進む話もあるだろう」

「べ、別に裸になったからって……」

「それとも、裸を見られて困る理由でもあるのか?」

「うっ……!」


 理由はある。

 裸を見られたら。僕の正体が露見してしまう……というかそれ以前の問題として恥ずかしすぎる。

 で、でも男同士なのに恥ずかしいなんて、変だよね……。


 よ、よし……やってやる!


「なーんて、冗……」

「い、いいよ」

「え?」


 顔が熱い。

 胸がドキドキする。

 今すぐ逃げ出したい……そんな気持ちを抑え、僕はエルミカの目をじっと見つめる。


「え、エルミカと一緒なら……いいよ?」


 僕の正体を明かしてやる!

 つ、ついでに気持ちも伝える!!

 裸を見られてもいい。

 も、もちろん、責任はとってもらうけどね!?

 えへへ……。


「冗談を本気にするなよ……。アホか」


 ……え?

 冗談……?


「な!! ま、また僕をからかったな! 僕は君となら良いって、思ってたのに!!」


 もう、知らない!!





 聖王国は千年を優に超える歴史を持つ、古い大国だ。

 そしてその王家も国と同じ長さの歴史を持つ。

 魔族という脅威があり、戦乱が絶えず続くこの大陸においてこの歴史の長さは異常だ。


 他国……都市連合や神聖教国なんて、五百年程度の歴史しかない。

 なぜ、聖王国だけがこの大陸において、存続し続けているのか。


 それはアマティア神の加護があるからだ。

 これは比喩でも、思想でも、信仰でもない。

 “アマティア神”は実在し、この国を幾度も救ってきた。


 大地には永遠の豊穣を齎し、災害を防止し、疫病が流行ればこれを祓い、外敵には天罰を与えた。


 王家の姫君を生贄として捧げることを条件に。


 贄巫女。

 それはアマティア聖王国を支えるシステムであり、恩寵であり、そして悪習である。


 僕――クルシュナはそんなアマティア聖王国の王子として生まれ、育った。


 僕はこの国が好きだ。

 豊かな自然、歴史ある街並み、温かくて優しい人々。


 この国に生まれたことが、僕にとっての誇りだった。

 王子として、騎士として、この国に命を捧げたいと思っていた。


 僕は王子として、この国に侵入した魔族を倒し、国民を守るために戦い続けた。

 彼らに頼られることが、彼らが僕に「ありがとう」と言葉を掛けてくれることが、何よりの喜びだった。


 唯一の気がかりは、被害をゼロにはできないことか。

 魔族との戦いの中で重症を負った兵士や国民が苦しみながら死んでいく様を見るのは辛かった。


 仕方がないことだ。

 治癒魔法という分野において、アマティア式神聖魔法は、エブラム式神聖魔法に遠く及ばない。

 神聖教国と同盟が結べれば、もっと被害は減らせるだろう。

 噂では、神聖教国のファルティナ司祭という人物は、手足の欠損まで治せたという。

 もしそのような人物がいれば、兄上たちだって今頃生きていたはずなのに……。


 もっとも、歴史的な経緯や国民感情を考えると両国が同盟を結ぶというのは不可能だ。

 何より、神聖教国も信用できる国とは言い難い。

 先のファルティナ司祭も政争で殺されてしまったと聞くし……。


 だからこそ。

“エリクサー”……その奇跡の薬が現れた時、僕たちはそれに飛びついた。


 その薬はどんな傷でも一瞬で治すことができる。

 まるでエブラム式神聖魔法の治癒術のようだった。


 それだけじゃない。

 服用すれば身体能力や魔力、そして判断能力までも跳ね上がる。

 世界の時間が止まったように動かなくなる。


 弱い兵士でも、歴戦の騎士のように強くなれる。

 夢のような薬だ。

 しかも量産が可能。


 エリクサーはあっという間に末端の兵士、そして国民全員に行き渡った。

 この薬があれば、魔王だけじゃない。

 北方の脅威も、東の海域を根城にする竜たちも駆逐できる。

 神聖教国や都市連合を征服し、大陸を統一できる。


 みんなが沸き立った。


 ……いくら何でも、都合が良すぎやしないだろうか。 

 そう思わないでもなかった。


 原料も製法も公開されていたが、しかし誰もその原料を使って薬を再現することはできなかった。

 この薬には本当に何の危険もないのか?

 何度も問いただしたが、しかし薬の製造者……アマティア大神殿の神官たちの回答は変わらなかった。


 この国の主神であるアマティア神を祀る彼らの権威と権力は絶大で、僕たち王家も強く出ることができなかった。


 いや、本来は大神殿の神官長は国王が兼任するのが伝統で、介入できるはずだが……父は入り婿で、正当な国王じゃない。


 そして本来、王位に付くはずの僕はまだ子供だ。

 今の王家には力がなく、一方で神殿はエリクサーという功績を上げたことでその権力と権威は絶頂に達していた。


 あの時、ちゃんと調べていれば。

 もしくは、兄上たちが生きてさえいれば、変わったかもしれない。




 ――まさか、こんなことになるなんて……。




 ――これ以上は見過ごせません。僕は本来の務めを果たします。




 ――ち、違う……! か、隠していたわけじゃ……。




 ――わ、分かった。何でも言うことを聞くから。お父様だけは……。




 ――許さない。絶対に僕は、お前たちは許さない。




――予言する。



――街も大地も、この国も、この世界も、全て焼き尽くされ、灰塵に帰するだろう。



――呪いは空を覆い、雨となり、大地を穢し、そこに命が芽吹くことは二度とない。




――逃げ場はない。逃がさない。皆殺しだ。




――お前たちには生きる国も安らぐ場所も、逃げ道すらも、与えない。




――飢えと渇きと病に悶え苦しみながら、絶望の中で溺死しろ。












「あぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は慌てて飛び起きた。

 慌てて両手両足を確認する。

 ……ちゃんとある。


 どこも痛くない、熱くない、苦しくない。


「こ、ここは……」


 辺りを見渡し、思い出す。

 あぁ、そう言えば……都市連合の貴族のダンスパーティーに出席したんだっけ。

 それで確か、昨日はエルミカと喧嘩しちゃって……あまり話もできなかったんだ。


「仲直りしないと……はぁ」


 手を胸に当てる。

 エルミカの――男性の硬い胸板とは程遠い、大きく膨らんだ柔らかい胸。

 僕が女の子であることの証。

 

 その奥にある僕の心臓は、嫌な音を立てていた。

 







 クルシュナとの会談は、彼女が急にキレてしまったことにより、翌日に持ち越されることになった。

 しかし幸いにも翌日の昼には機嫌を持ち直したらしく、話し合いの席についてくれた。


「それで、何の話だっけ?」


 クルシュナはフンっと小さく鼻を鳴らしてそう言った。

 まだちょっと拗ねているようだ。

 少しからかいすぎたな。


「昨日は悪かった。今度、埋め合わせするよ」

「埋め合わせ、ね」


 クルシュナは顎に手を当て、少し考え込んだ様子を見せてから小さな笑みを浮かべた。


「……じゃあ、一段落したら、埋め合わせしてもらうから。その約束、忘れないでよ」

「了解」

「ふふ……」


 クルシュナの機嫌が急に良くなった。

 一体、俺に何をさせるつもりなのだろうか……。

 もっとも、クルシュナは良識ある人間だ。無茶なことは言うまい。


「じゃあ、本題に入ろうか」


 クルシュナが一言そういうと、後ろに控えていた従者が小さな箱を持ってきた。

 テーブルの上に置き、それを開ける。

 怪しい色の液体が入った小瓶が現れる。


「“エリクサー”という名前の万能魔法薬が現れたら俺に言え。君はそう言ったよね。君の予言通り、現れたよ」


 “エリクサー”、通称「人間カブトガニ液」。

 聖王国を崩壊させる遠因になるクソみたいな薬である。




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