第19話
貴族の条件、定義とは何だろうか。
問いかけておいて何だが、この世界においては明確な法的条件のようなものは存在しない。
みんなが貴族だと思えば貴族だし、貴族じゃないと思われれば貴族ではない。
ただし、「地主であること」「家臣・臣民を持っていること」「三代遡って貴族の家系に行き着くこと」「貴族に相応しい教養を身に着けていること」の四つの条件が揃えば、貴族を名乗っても文句は言われない。
最低、三つは欲しいところだ。
貴族は基本的に「地主」であるため、地元至上主義である。
また、誰かに支配されたり、指図されることを嫌う。
そんな貴族たちが連合して作った国家が、エブラム神聖教国とマリウス都市連合である。
エブラム神聖教会が中心となり、貴族たちを取りまとめて作られたのがエブラム神聖教国(つまり神聖教会と神聖教国は別の組織である)。
冒険者ギルドのような広域ギルド、一部の自治権を持つ都市、そして貴族たちが緩い横の繋がりで結ばれたのがマリウス都市連合。
つまりどちらも国家というよりは、組織同士の連合体・同盟であり、また明確な国家元首はいない。
神聖教国の方が、神聖教会という旗頭がある分、中央集権的と言えるかもしれない。
もっとも、当の神聖教会自体も高位聖職者たちによる寡頭政治体制だが。
また、どちらも五百年前に先代勇者(真)のパーティーメンバーが建国したという点でも共通している。
一方、聖王国――アマティア聖王国は他の二国と異なる。
聖王国は五百年以前、伝承では神話の時代から存在する由緒正しい国であり、国王を頂点とする王政が敷かれている。
他の二国よりも中央集権的であり、人口も多く、大陸最大の穀倉地帯を抱えてる。
単純な国力では、都市連合や神聖教国よりも頭一つ抜けている。
そんな国がなぜ大陸を統一していないかといえば、外交方針が内向きだからだ。
侵略してくることはないが、対魔王軍との戦いに援軍を出してくることもない。
それにしても援軍出さないくせに知らないところで勝手に滅亡してこっちにダメージを与えてくるとは、たちの悪い連中である。
加えて、原作で登場する盗賊とかろくでもない犯罪者のほとんどが聖王国出身である。
そのせいでプレイヤーからの印象は悪く、元聖王国民は“名誉魔王軍”とあだ名されている。
魔王でも滅ぼせなかった都市連合を滅ぼしたからだ。
もっとも、故国が滅亡して難民化している状態では犯罪に走るのも無理はない。
それに確かに犯罪者のほとんどは聖王国出身だが、同時に虐げられている奴隷も聖王国の出身なので、彼らは彼らで可哀想な人たちである。
もっとも、それを加味しても俺は聖王国は嫌いだが。
そんな聖王国の第三王子クルシュナと俺が知り合ったのは、今から二年ほど前。
俺が十三歳の時である。
ちょうど、鍛錬を終えて俺が勇者として活動を開始した時期。
クルシュナの十二歳を祝う誕生会(社交デビュー)に招待されたのだ。
聖王国は閉鎖的な国であるが、シーメオン家と聖王家は遠い親戚同士であり、交流があったので、招待を受けることができた。
もっとも、俺たちが出会ったのは王宮ではない。
その道中である。
とある村が魔族の襲撃を受けていたため、俺は素性を隠し、救援に向かった。
素性を隠したのは、後で外交問題になったら面倒だったからだ。
「君は冒険者か? 感謝はするが……しかしここは聖王国。許可を得た者以外が帯剣することは、禁じられている。その仮面を外し、名を名乗れ」
魔族を皆殺しにしたところで、ハスキーな声とともに背中に剣を突きつけられた。
振り向くとそこにはいたのがクルシュナだった。
クルシュナが原作で死亡するのは十四歳の時であり、原作での姿よりも二歳ほど幼かったが、しかし俺は一目でそれがクルシュナだと分かった。
クルシュナの人柄については知っている。
おそらく本当に顔と名前を知りたいだけだろう。
俺がどこの馬の骨かわからない冒険者であっても、「我が国の民を守ってくれてありがとう。しかし聖王国は排他的な国だ。悪いことは言わないから、目立つ行動は避けた方がいい」と忠告し、見なかったことにしてくれるだろう。
俺がシーメオン家のエルミカであれば、尚更だ(というか、俺は帯剣許可を得ている)。
しかしつい、魔が差してしまった。
クルシュナと戦ってみたいと。
先に述べたとおり、クルシュナは原作最強キャラである。
カタログスペック上、その力の真価が発揮されれば、魔王を一撃で倒せると言われている(もっとも、その力が発揮されるようなシチュエーションは俺にとってバッドエンドなので、絶対にやらせるつもりはないが)。
今の俺とどちらが強いのか、試したい。
経験値が欲しい。
最悪、負けてもシーメオン家の人間だし、殺されることはないだろう。
そう考えた俺は……。
「教えて欲しければ、力尽くで聞いてみな」
勇者の剣(鞘)でクルシュナを斬ろうとした(殴ろうとした)。
しかしできなかった。
クルシュナの方が剣の方が早く、弾かれてしまったのだ。
首に剣を突きつけられる。
「素性を明かせ。三度目はない」
「その剣は飾りか? 三度目も言わないぞ」
今度は油断しない。
俺は体に身につけていた錘など、デバフ装備を全て外し、クルシュナと戦った。
それでもなお、クルシュナは俺よりも早かった。
剣の技量も俺を上回っている。
しかしそれ以外は俺の方が上だった。
筋力と耐久力のごり押しで消耗戦に持ち込み、クウシュナを徐々に追い詰める。
「っぐ!」
カン! と高い金属音と共に、クルシュナの剣が宙を舞う。
俺の勝ちだ。
そう思ったが、しかしクルシュナは拳を握りしめ、俺に殴りかかってきた。
「お、おい! もう勝負はついた! 離せ!!」
「離すものか! 貴様のような怪しい男、野放しにできない!」
そのまま互いに縺れ合う。
もっとも、取っ組み合いなら当然、筋力で勝る俺の方が有利だ。
「っく、この……」
俺は馬乗りになり、クルシュナの両腕を押さえつけた。
クルシュナは悔しそうに俺を睨みつける。
……少しからかってやるか。
「よく見たら、男のくせに、可愛い顔してるな」
「……え!?」
クルシュナは大きく目を見開いた。
そして顔が青くなる。
俺はそんなクルシュナの顔に自分の顔をゆっくりと近づける。
「お、おい! や、やめろ!! ぼ、僕は男だから……」
俺はそんなクルシュナの耳元に口を近づけた。
「じゃあな、クルシュナ」
「な、なぜ僕の名前を!?」
それには答えず、俺は飛び退くようにクルシュナの上から降りた。
そして地面に転がっていた筋トレ用具(勇者の剣)を拾い、一目散に逃げた。
これが俺とクルシュナの出会いである。
言うまでもないことだが、一国の王子様と一戦交えてから押し倒したなんてスキャンダルどころの騒ぎではない。
故に不審者の正体が俺であることを明らかにしていない。
だから公的には俺たちの出会いは、聖王国の王宮で行われた社交である。
なお、後日「怪しい仮面の男」は大逆罪で指名手配されていた。
クルシュナ曰く、「僕の手で必ず殺す」だそうだ。
墓まで持って行く秘密が増えてしまった。
と、そんなクルシュナとの出会いを思い出していると……。
「と、というか、近いから! 離れろ!!」
クルシュナは顔を真っ赤にしながら、俺の胸を強く押した。
どうしてかわからないが、男同士にも関わらずクルシュナは俺に距離を詰められると恥ずかしがったりする。
いやぁ、どうしてだろうなぁ……。
「俺との友情よりも、女との恋路を優先するとは。女誑しめ」
「な! そういう状況じゃないのは、見ればわかるだろ! 僕だって……」
迷惑している。
と、口にしようとしたのだろう。
しかし女の子たちに気を遣ってか、口を噤む。
「俺との約束よりも優先したのは本当だろう」
「そ、それは結果的にはそうだが……」
俺の適当な言い分にも一理あると思ったらしい。
純粋過ぎて心配になる。
「後で“お詫び”してもらおうか」
俺はクルシュナの耳元でそう囁く。
するとクルシュナは露骨に動揺し、目を大きく見開く。
「お、お詫び!? お、お金でも払えってこと!?」
「聖王国の税金なんぞ、貰っても困るだけだ。……クルシュナ自身でできることだ」
「……ま、まあ。僕個人で完結することなら。それで君の気が済むなら、な、何でもするけど……ひ、酷いことは嫌だよ?」
クルシュナは仄かに赤らんだ表情で、俺を上目遣いで見上げる。
……冗談を真に受けるなよ。
薄い同人誌(BL)ごっこはここまでだ。
「一先ず、合わせたい相手と話したいことがある。こっちに来い」
「あ、うん……」
俺はクルシュナの手を軽く引く。
それから俺たちを取り囲んでいる貴族令嬢たちに向き直った。
「クルシュナとの逢瀬を邪魔して、申し訳ございません」
「い、いえ、そんな……」
「むしろ私たちの方が邪魔というか……」
貴族令嬢たちは顔を赤くしながら、目をそらす。
俺はそんな彼女たちに向かって笑みを浮かべた。
「用件が済んだら、すぐにお返ししますから。それと……お詫びと言ってはなんですが、この後お時間があったら、一緒に踊りましょう」
俺は微笑みながらウィンクした。
それから呆気にとられ、立ち尽くす貴族令嬢たちの横を通り抜ける。
少し時間を置いてから、歓声が聞こえてきた。
「……女たらしは君の方だろ」
クルシュナは不満そうに口を尖らせながら言った。
何故か拗ね始めたクルシュナを引き連れ、俺はファルティナのもとへと帰還する。
ファルティナは都市連合の貴族と何やら盛り上がっている様子だったが、俺たちが戻るとその貴族は遠慮した様子で立ち去ってしまった。
「話している最中、悪いな」
「いえ、キリの良いところでしたので」
空気を呼んでくれた貴族には、後でフォローしに行こう。
こういう気遣いができるか否かが、人間関係には大きく影響するのだ。
「紹介しよう」
俺はファルティナとクルシュナを引き合わせ、二人を紹介する。
クルシュナはファルティナが来ることを知っていたようだが、ファルティナは俺の知り合いがクルシュナだとは思っていなかったらしい。
驚いた様子だった。
「誉高き、聖王国の黒薔薇騎士団長とお会いできるとは。光栄の極みです」
「こちらこそ。ぜひ、お会いしたいと思っていたよ。ファルティナ第四位……失礼。今は第三位司祭か」
ファルティナとクルシュナの二人は握手を交わした。
ファーストコンタクトは悪くない。
俺は少しだけ安心する。
というのも神聖教国と聖王国は仲が悪い。
どっちも国名に「聖」と入っている時点で主張強いところからお察しいただけると思うが、どちらも宗教色が強い国である。
神聖教国は一神教であるエブラム教を国教としている。
一方で聖王国はアマティア教という多神教を国教としており、聖王国の王家は大地母神アマティアの子孫だ。
その教義は水と油だ。
というか、そもそもエブラム教そのものが、アンチ・アマティア教なので仲が悪いのは当然である。
どちらも悪い宗教ではない……と言いたいところだが、アマティア教はともかくとして、実在するアマティア神はクソみたいな神だ。
それなら最初から実在しないエブラム教の創造神の方がマシだ。
実在しないならキル数はゼロである。
「そちらは……」
「後で紹介する」
「そうかい」
一瞬だけララに視線を向けたクルシュナに俺はそういった。
ララについては事前に説明済みである。
王子という身分上、ただの従者に声を掛けたりできないけど、無視するつもりはないよ……というクルシュナなりのパフォーマンスだろう。
それはララにも伝わったようで、彼女は小さく頷いた。
「しかし女の子ばかりじゃないか。……人のことを女たらしというけど、君の方がずっと女誑しだね」
あ、こいつ口滑らしたな。
……気付かないフリをするか。
「女の子ばかり? 半分は男性だと思いますが」
ファルティナはわざとらしく首を傾げた。
やはりファルティナは気づいたか。いや、気づいていたか。
「え? あぁ……僕を含めずだよ」
「なるほど。失礼いたしました」
ファルティナは笑みを浮かべ、頷いた。
クルシュナは誤魔化せたと思ったようで、小さくため息をついた。
「……しかしエルミカが女誑しというのは同意します」
「……エルミカ?」
クルシュナがぽつりと呟く。
「私をダンスパートナーとして誘ってくれた時、代わりは他にもいると言っていましたからね」
「待て、そんな言い方はしていない!」
確かにファルティナが嫌なら、別の人を誘うとは言ったが……。
「そうでしたか?」
「ファルティナが嫌じゃなければと、気を遣ったんだ。……今日は本当に助かった。君の代わりを務められる人はいないよ」
「そうですか。それなら良かったです」
ファルティナは満足そうに笑みを浮かべ、軽く俺の腕を肘で突いた。
冗談だったようだ。
全く……クルシュナの前で誤解を招くようなことを言わないで欲しい。
「エルミカの女癖の悪さは、昔からだからね。昔から女の子のためなら危ないことを平気でするし、すぐに口説くし。昔から」
「男性女性子供老人で区別はしたことはないが」
鍛冶師のおっさんとか、男だぞ。実は女の子なんてコテコテのオチはない。
ただ、原作がエロゲなせいで重要人物の女率が高いだけである。
俺は悪くない。
……もっとも、この無駄に整った顔は男よりも女に効果が高い。
おっさんの大物政治家と知り合うために、まずその周囲の女性と親密になるという手段は多用している。
だから女性を数多く口説いていることは間違いではない。
しかし最終的におっさんもたくさん口説いているので、男女比は偏っていないはずだ。
「昔から、ですか」
「家同士の繋がりでね。いわゆる、幼馴染というやつだ」
幼馴染……?
果たして十二歳(二年前)の時に出会った関係を幼馴染と言っていいのだろうか?
その理屈だと、田舎の公立中に通っている連中はみんな幼馴染にならないか?
せめて小学校入学前には知り合っていないと、幼馴染とは言えない。
個人的には幼稚園入園前くらいからの関係からじゃないと、幼馴染じゃないと思う(原理主義)。
できれば生まれた病院が同じでベッドが隣くらいの方が好き(過激派)。
「知っていると思うけど、エルミカとは何度か共に戦ったことがあるしね」
七魔将の一体は聖王国で討伐した。
その時はクルシュナも一緒に戦ったのだ。
「……仲がよろしいのですね」
「まあね」
クルシュナは胸を張り、自慢気にそう言った。
ファルティナはジッとクルシュナの胸に視線を向けてから、笑みを浮かべた。
「そういえば、聖女ナディア様はアマティア聖王家のご出身でしたね。納得しました」
先代勇者(真)と先代聖女ナディアは恋仲であり、子を二人作った。
男子はシーメオン家の始祖となり、女子は聖王国の王家を継いだ。
なお、先代勇者も先代聖女も、エブラム教では聖人として崇敬されており、一方で聖王国では神として崇拝されている。
この辺りも揉める原因とか。
「ご存知ではあると思いますが、私は不遜ながら聖女と呼ばれることがあります」
どうでもいい話だが、貴族や聖職者は俺やファルティナを「勇者」や「聖女」と呼ばない傾向がある。
英雄であることは認めるけど、その前に同格の「貴族」「聖職者」だよね? というプライドがあるのだろう。
もしくは崇拝(崇敬)するのは死んでからということか。
まあ、生きている以上、悪いことする可能性はあるからな。
生者を過度に聖人扱いするのは厳禁だろう。
そもそも、俺なんか偽勇者のニセモノだし。
「聖女ナディア様に並び立てるとは到底思えません。しかしナディア様のような偉大な方に少しでも近づけるように、努力しております」
「素晴らしい心構えだ」
クルシュナは大きく頷いた。
「今、ここに勇者と聖女の血、そして賢者の知を継ぐ者が揃ったわけだ」
エブラム教を創始したのは先代勇者(真)パーティーの一人、賢者エブラムである。
先代勇者(真)パーティーのギスギスっぷりが、そこはかとなく伝わってくる。
「きっと魔王を倒すことも夢じゃないだろう。共に頑張ろう」
「はい、よろしくお願いします。……ところで」
「うん?」
「そのお召し物は聖王国の男性服でしょうか? 都市連合の物とは少し趣きが違いますが」
「あぁ、うん。今の流行……らしいよ。僕はあまり興味ないから、詳しくは知らないけど」
「大変、よくお似合いですね」
ファルティナは両手を合わせ、満面の笑みを浮かべた。
「あ、あぁ……うん」
クルシュナは視線を逸らす。
それからあらためて俺に向き直った。
「僕はそろそろお暇せてもらうよ。……パーティーが終わったら、話をしよう」
「ああ。忙しいところ、呼び出して済まないな」
「他ならぬ君の頼みだからね!」
クルシュナは早歩きでその場から立ち去った。
遠くなっていく背中を見送りながら、俺はファルティナに尋ねる。
「気づいたか?」
「……やはりそうですか? しかしなぜ……」
「本人は気づかれていないと思っているから。そのまま気づいていないふりをしてやってくれ」
「そうですか。分かりました」
話が早くて助かる。
……どうした、その目は。
「友人同士、ですよね?」
「そうだよ」
「ふーん」
俺の回答にファルティナは不満そうに唇を尖らせた。
そして小さな声で呟く。
「この女誑し」
何でだよ。




