第18話
ダンスパーティー、当日。
「緊張しているか?」
俺は燕尾服を身に纏った桃色の髪の少女――ララに尋ねた。
基本的にこの手の社交では、パートナーとは別で、護衛兼書記として従者を一人連れて来るのが一般的である。
今後、ララには魔王軍の戦いで活躍してもらう予定だ。
ララを援軍として、どこかの都市に派遣することもあるだろう。
そういった時に「誰だお前」となるよりは、「ああ、勇者の従者か」となった方が物事がスムーズに進む。
というわけで今回、従者としてララを抜擢したのだ。
「いいえ、大丈夫です」
ララはいつもの無表情でそう答えた。
しかし普段よりも肩に力が入っているように見える。
「エルミカ様に恥を掻かせぬように、頑張ります」
「そうか。最悪、今日は俺の後ろを歩くだけでいい。そこまで気負わなくていいから」
「はい」
真面目な表情でララは頷いた。
当然ではあるが、やはり緊張しているようにも見える。
「いつものメイド服も可愛いが、燕尾服も凛々しくていいな」
ララもリリも顔は同じだが、しかしララの方がキリっとしているように見える。
それ故か、可愛い系よりもカッコいい系の服装の方が似合う気がする。
彼女の職責は既にメイドの域を超えているので、これを気に執事にさせた方が良いのかもしれない。
何より、動きやすいのはスカートよりズボンだ。
「あ、ありがとうございます」
俺が褒めると、ララは嬉しそうに耳をピクピクとさせた。
従者は主人の付属物なので、感情を出すのは良いことではない。
とはいえ、今すぐ指摘して治る物でもあるまい。
それに可愛い動きだし、これはこれで場が和むかもしれない。
今日は気付かないフリをしておこう。
「では、ファルティナを迎えに行こう」
「はい」
俺たちはファルティナが着替えているだろう控室へと向かう。
ドアの前にはファルティナの従者である女性の低位司祭が立っていた。
彼女は俺に一礼すると、ドアを開ける。
ドアの向こうではすでにドレスに着替えを終えたファルティナがソファーに座っていた。
「エルミカ殿」
俺に気づくと、ファルティナは立ち上がり、少し照れくさそうに微笑んだ。
片膝を付き、彼女に手を差し出す。
「お迎えに上がりました。麗しきファルティナ姫」
「ありがとうございます」
ファルティナは俺の手に自分の手を重ねた。
それから恥ずかしそうに目を逸らした。
「……こそばゆいですね。普段通りに致しませんか」
「それもそうだ」
お姫様を迎えに来る王子様の茶番はおしまいだ。
「ところでエルミカ。……どうでしょうか?」
ファルティナはスカートの端を掴み、たくし上げた。
仄かに赤らんだ表情で、俺を見上げる。
ファルティナが着ているドレスは青を基調としている。
この世界で一般的な露出の多いオフショルダーのドレスと、肘までを覆うイブニンググローブの組み合わせだ。
結い上げられた髪は金とルビーの髪留めで飾られている。
ただ、司祭という立場もあり、肌の露出はあまり良くない……ということで胸の半分から首元までは、薄い生地で覆われている。
ただし、普通に胸の谷間は透けて見ているので、肌色を隠しているだけである。
肩は剥き出しで、背面は肩甲骨どころか背中の半分まで開いていることを俺は知っている。
「良く似合っている。大人っぽくて素敵だ」
果たして何度口にしたか分からない賛辞を俺はファルティナに贈った。
何しろ、デザインを決めるのに六時間も費やしたのだ。
似合っていないと困る。
――私はドレスのことは分からないので、エルミカが選んでください。
というわりには、あれはやだ、これはやだと不満を口にするものだから、大変だった。
「ありがとうございます」
ファルティナは嬉しそうに微笑む。
時間かけただけあって、本人も満足している様子だ。
それだけが救いである。
「じゃあ、行こうか」
「……はい」
俺はファルティナの手を取り、会場へと向かった。
「エルミカ・シーメオン様、並びにファルティナ司祭。ご到着!」
そんな掛け声と共に俺とファルティナ(とララ)はパーティー会場へと入場した。
今回はダンスパーティーが初めてのファルティナ、ララの二人がいるため、普段よりも余裕をもって到着した。
が、しかし普段よりも多くの人が集まっていた。
単純に出席者が多いからか、それともみんな早めに来たのか。
おそらく両方だ。
ネクロスを浄化で倒した聖女ファルティナが出席すると聞き、集まってきたのだろう。
周囲からの視線を感じる。
ファルティナは緊張していないだろうかと心配したが、しかし彼女は平然としていた。
司祭をやっているだけあり、人慣れしているようだ。
「おぉ! これはこれは、シーメオン卿!!」
会場に入るや否や、一人の男が大股歩きでこちらにやってきた。
年齢は四十半ばほど。
筋肉に包まれた大柄な体、豪奢な衣装、そしてにこやかに張り付けたような笑み。
「お久しぶりです。サーヴィア卿」
この都市連合の貴族の見本のような男は、このサーヴィア市の支配者。サーヴィア卿である。
今回の社交の主催者だ。
「本日は遠路はるばる、娘の誕生会にお越しくださり、感謝する」
「サーヴィア卿には世話になっている。当然のことだ」
俺はサーヴィア卿と握手を交わす。
今回の社交の建前は彼の娘の十二歳の誕生会と、そして|社交デビュー(お披露目)だ。
そして俺はサーヴィア卿から、娘のエスコート役……つまりダンスパートナーを頼まれていた。
このサーヴィア卿の目的は単純明快、俺と娘の縁組である。
エスコート役の依頼は、その外堀埋めの一環であろう。
しかし俺はこのサーヴィア卿の娘と結婚したくない。
なぜかといえば、彼の娘は原作ヒロインの一人だからだ。
原作ヒロインを主人公からNTRするのは俺のポリシーに反する。
だから外堀が埋まるような行為はできるだけ避けたいが……しかしパートナー役を断ることでサーヴィア卿との関係が悪くなるのも困る。
サーヴィア卿は魔王軍との戦いに協力的な大貴族の一人であり、神聖教国にも顔が利く。
特に前回の神聖教国のごたごたでは、サーヴィア卿にあれこれ暗躍してもらった。
恩もあるし、ヘソを曲げられて魔王討伐に支障が出ると困る。
悩みに悩んだ結果、俺はファルティナを連れてくることにした。
「それとネクロスの討伐、おめでとう。さすがは我らの英雄殿だ」
サーヴィア卿は俺を褒め称えながら、隣で佇むファルティナに視線を送った。
早く紹介しろという催促だろう。
せっかちなおっさんである。RTAじゃないんだから。
「その賞賛はどうぞ、彼女に。……私とともに戦ってくれた仲間。ファルティナだ」
「ご紹介に預かりました。シーメオン市管区長司祭並びに都市連合大管区主席司祭補佐のファルティナです」
ファルティナはドレスの端をつまみ、優雅に一礼した。
聖女ファルティナ、第三位司祭ファルティナ、どちらを名乗るかと思っていたが、都市連合担当の司祭であることを強調する名乗りにしたらしい。
聖女だの第三位司祭だのと名乗るよりも、こちらの名乗りの方が貴族からの受けは良いだろう。
この辺りの感覚はさすがである。
「おぉ! あなたがあの! お会いできて光栄だ!!」
白々しい態度でサーヴィア卿はファルティナと挨拶を交わし、握手をする。
ファルティナをパートナーとして連れていくことで自然と俺のパートナー役をブロックしつつ、ファルティナという大物ゲストを連れてくることでサーヴィア卿の顔を立てる。
それが俺とサーヴィア卿の取り決めだった。
「ネクロス討伐もだが……第三位司祭へと昇格したともお伺いしている。おめでとう」
ネクロス討伐の功績も手伝ってか、ファルティナは最近、第四位から第三位に昇格した。
しかしこれはまだ教会内部の通達であり、正式に発表されたことではない。
どこで知ったのやら。
「ありがとうございます。位階に恥じぬように、精進していきたいと思います」
「わはは! ネクロスを倒した英雄が第三位に相応しくないはずがなかろうに」
どうやらツボに嵌ってしまったらしい。
サーヴィア卿はひとしきり笑うと、ファルティナの目をジッと見つめる。
「私はあなたのような高潔な方が隣人であることを望む」
現在、行われている神聖教国内部の政争について、ファルティナ側につくことを宣言する。
そして一瞬だけ、俺の背後で立っているララに視線を送る。
それから俺とファルティナの目を交互に見つめ、ゆっくりと一礼する。
「此度は我が娘の社交デビュー。不慣れ故、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、ご容赦いただきたい。それでは皆様、肩の力を抜き、ごゆるりとお楽しみください」
優雅に、しかし堂々とその場から立ち去っていく。
サーヴィア卿が立ち去ると同時に、空気がわずかに弛緩したのを感じた。
「今回の社交で一番の曲者はあの人だ」
「それを聞いて安心いました」
ファルティナはホッとした様子で息をついた。
一方で俺の後ろで、ララが小さな声で呟く。
「……気を使われてしまいました」
「それに気づけるだけで上出来だ」
その後も俺はファルティナを連れて、都市連合の貴族たちに挨拶をして回る。
さすがは見栄っ張りなサーヴィア卿というべきか、招待客は大物ばかりだった。
ファルティナの顔合わせ、そしてララの周知という目的は達成できそうだ。
ところでどうして俺がこんなに都市連合の貴族と積極的に交流をしているのか。
それは第一に魔王軍との戦いに彼らとの協力が必要不可欠だからだ。
いやいや、ご冗談を。
七魔将を一人で倒せるくらい強いんだから、貴族の協力なんていらないでしょう?
と、そう思うかもしれない。
実際、魔王を倒すだけなら最悪、俺一人でも何とかなる。
しかし魔王軍と戦うとなると話は変わる。
分かりやすく例えるなら、ゴキブリ退治である。
俺はどんなゴキブリが相手でも、ゴキブリがどれだけ群れようとも、決して負けない。
しかし部屋の中に隠れ、逃げまどい、食品を漁るゴキブリ百匹を全て探し出して駆逐する自信はない。
全ての食品の衛生環境を守るとなると、さらに難しい。
魔王やネクロス、七魔将のような大物の名前ばかり目立つが、魔王軍の九十九%を構成しているのは雑魚魔族たちだ。
俺にとっては脅威でなくとも、この世界のほとんどの人々にとっては脅威である。
俺の目的は魔王を倒すことではない。
世界を平和にし、主人公と幼馴染ヒロイン(リーゼ)を幸せにすることだ。
魔王を倒せたとしても、リーゼがゴブリンにNTRれて、アヘ顔ダブルピースすることになってしまったら意味がない。
それはバッドエンディングである。
数には数で対抗するしかない。
そして数を揃えられるのは権力を持つ貴族たちだ。
故に貴族たちと足並みを揃えて進めなくてはならない。
第二の理由。
それは魔王軍撤退後の土地と人々の統治である。
魔族は人の負の感情を捕食するため、人間がいなければ生きていけない。
故に奪還した土地には必ず人がいる。
魔王軍という支配者が不在となることで生じた権力の空白を埋める必要がある。
それは政治家、つまり貴族の仕事だ。
……え? 残された住民同士で自治すればいいじゃないかって?
無理に決まってるだろ。
この世界の人間の民度の低さ、舐めるなよ?
放っておくと、魔女狩り染みた私刑始めるからな、こいつら。
俺は魔王軍との戦いに集中したい。愚民どもの世話はまっぴらだ。
できるだけ統治は押し付けたい。
そして第三の理由。
それは貴族同士の内ゲバ防止である。
信じられないことだが、原作では主人公たちが魔王軍の幹部を倒すと、貴族同士で内ゲババトルが始まる。
要するに、生じた権力の空白を誰が埋めるかで揉めるのだ。
そのせいでいくら魔族を倒しても、世界が平和にならないというクソみたいな展開になる。
というわけで、俺は魔王軍との戦いでもっとも貢献している貴族としての発言力を生かし、内ゲバ防止に努めている。
幸いにもサーヴィア卿をはじめとする、良識ある貴族たちがまだ生き残っているので、内ゲバは発生していない。
と、以上が貴族たちと仲良くしている理由である。
もっとも、個人的には魔王軍との戦い以前の問題として、社会に生きていたければ社会の構成員と交流するのは当然である。
それはどれだけ強かろうと関係ない。……というよりは強いからこそ、交流は必須だ。
冷静に考えてもらいたいのだが、挨拶もして来ないような陰キャゴリラが、自分の隣の家に住んでたら嫌だろ。
何されるかわからん。
同じゴリラなら、何を考えているかわからない陰キャゴリラよりも、人当たりのよい陽キャゴリラがいい。
勇者だって同じだ。
まあ、俺は偽勇者だけどな。
ところで先ほど「生き残っている」と説明したが、実はサーヴィア卿は原作開始時には死亡している。
サーヴィア卿の娘が主人公の仲間になるのも、没落した家を復興するためだ。
そして没落するのはサーヴィア卿だけではない。
都市連合を支える大貴族たちの殆どが没落、壊滅に近い状態になり、国自体が崩壊する。
まともに生き残っているのは「偽勇者エルミカ」のようなしょうもない貴族だけという惨事だ。
これは魔王軍との戦いに積極的な貴族ほど、魔王軍に恨まれて戦死するというある意味当然の法則もあるのだが……。
実は魔王軍との戦いとは全く関係ない理由で、都市連合に深刻なダメージが入る。
それは都市連合の隣国、聖王国の滅亡である。
聖王国が滅亡することで都市連合に大量の難民が流れ込み、都市連合が弱体化し、魔王軍の侵攻に対処できなくなる。
つまり都市連合の滅亡を回避するためには聖王国の滅亡を回避しなければならない。
おつかいのためのおつかいみたいである。
何だか、できの悪いJRPGみたいな話になってきた
そして今日はその鍵を握る人物とファルティナたちを引き合わせようと思っていたのだが……。
「挨拶はこれで一通り済みましたか?」
「いや、もう一人。会わせたい人がいるのだが。……あいつ、どこだ?」
遅刻するようなやつではない。となると、理由は一つだろうな。
「お会いできて光栄です! クルシュナ様!!」
「クルシュナ様のお相手は? もしかして一人で来られたのですか!?」
「もしよろしければ、私と踊って……」
「女性から頼むなんて、はしたないですわよ!」
「い、いや、あの……僕は人と会う用事があって……」
見つけた。
「ファルティナ。少し待っていてくれ」
「え? は、はい」
俺はファルティナ(とララ)を置いて、大股歩きで現場へと向かう。
そこには貴族令嬢に取り囲まれ、壁際に追い詰められている人間が一人いた。
背は俺よりも低め。
青銀に輝く髪、エメラルドのように煌めく瞳。
キリっとした凛々しい顔立ちをしており、どこか色気を感じさせる。
普段はもっと頼もしいはずだが、今は女の子たちに囲まれ、あたふたとしている。
相変わらずのイケメン王子様っぷりである。
「退いてもらっていいかな? 彼に用があるんだ」
「ちょっと! 私たちが先に……エルミカ様!?」
驚いた様子で貴族令嬢たちが道を開ける。
俺は真っすぐ、目的の人物の元へと向かう。
「え、エルミカ!? ……キャ!」
俺は壁に手を付き、そいつの顔を覗き込む。
翠色の瞳の中に俺の顔が映り込む。
キャー! と貴族令嬢たちが黄色い歓声を上げる。
「久しぶりだな、クルシュナ」
「う、うん……ひ、久しぶり。エルミカ」
聖王国第三王子クルシュナは、顔を真っ赤にしながら頷いた。
ちなみにこう見えて原作最強キャラである。
聖王国を滅ぼすのはこいつだ




