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第13話


「……凄まじいな」


 ネクロスが、塩を掛けられたナメクジのように消滅していく。

 

 ネクロスの弱点は神聖魔法である。

 厳密には、唯一まともにダメージが入るのが神聖魔法だ。


 原作では、ズバーラ司祭の影響でネクロスに有効打を与えられる神聖魔法の使い手が全滅している。

 だからリーゼを救出し、彼女に神聖魔法を習得させてから攻略するのが本来の流れだ。


 それでも通常プレイでは、最低でも十発は当てないと死なない。

 ネクロスは“強いボス”なのだ。


 それが一撃である。

 単純に考えて、ファルティナはリーゼの十倍の出力を持っていることになる。

 もしかしたら百倍はあるかもしれない。


 原作ではここまで強くなかったのだが……しかし冷静に思い返していると、俺が知っているファルティナは「闇堕ちファルティナ」である。


 神聖魔法の出力は「才能×努力×知識×信仰心」の乗算であるため、信仰心が揺らげば低下する。

 原作ファルティナの精神状態はどう考えても良くないので、弱体化していてもおかしくない。


 本来はネクロスを一撃昇天させるほど強かったのだろう。


 俺のチャートだと、俺がファルティナを守りながら戦い、隙を突く形でファルティナにはネクロスに神聖魔法を当ててもらうつもりだった。


 屍兵の数によっては守り切れない可能性も考慮し、ファルティナには最低限の近接能力を身に付けさせた。

 しかし……。


 結果論ではあるが、ファルティナを鍛える必要は全くなかったな。

 ま、まあでも、自衛能力は今後、必要だし!?

 

 ガバのリカバリーのためにも、やはり筋力は必要だ。

 決して無駄にはならない。


 つまりガバじゃない。

 Q.E.D.証明終了。


「腐敗のネクロス。どうか、彼が罪を贖うことができますように……」


 ファルティナは目を瞑り、祈りの言葉を口にした。

 その姿はとても清らかで、神々しい。


 ナメクジが交尾するようなキスで俺の唇を奪った女には見えない。


「ファルティナ。奴隷商人や傭兵たちを治療してやってもらえないか?」

「言われなくとも。そのつもりです」


 ファルティナは頷くと、ララに倒されている人間たちを治療しに向かった。

 他人がいくら死んでも俺の心は全く痛まないが……見殺しにするのは勇者ロール的に問題がある。

 それにこれ以上、ララに人を殺させたくない。


「一先ず、安全な場所に移ろう。煙に巻かれると危険だ」

「え? あ、ちょっと……!?」


 俺はララを抱き上げた。

 ファルティナと共に駆け付けて来たらしいリリと共に移動する。


「ひ、一人で歩けるから! こ、これ以上、迷惑をかけるわけには……」

「迷惑じゃないさ。君は今まで、一人で頑張ってきたんだろう? こういう時くらいは、素直に助けられていなさい」

「そ、そうじゃなくて、その……臭いが……」


 ララは真っ赤な顔で、消え入りそうな声でそう言った。

 俺は思わず自分の服に鼻を当てた。


「え? 臭い……?」

「そっちではなくて……その、私が……」


 あぁー、そっちね? 

 良かった、俺じゃなくて。


「私は気にしない。安心しなさい」

「せ、せめて否定して! お、降ろして!」


 ララはバタバタと両足を動かして暴れた。

 意外と元気そうだ。

 

 俺は火事が起きている場所から、十分な距離を取ってから、ララを地面に降ろした。


「……助けてくださり、ありがとうございます。勇者エルミカ様」


 ララは恭しく、頭を下げた。

 それに連れられる形でリリも俺に頭を下げる。


「先日はとんだご無礼を……。私たちを助けようとしてくださったのですよね? それなのに、私はあなた様のご厚意を無碍にして……。申し訳ございません」

「我々も変装していた。君の対応は正しかったと思う」


 それに今回のごたごたは俺のガバのせいである。


「それに君が欲しいという気持ちは本当だ」

「……え?」

「私と……俺と一緒に来てくれ。ララ・シーリウス」


 驚いた様子でララは目を見開いた。

 動揺した様子で視線を泳がせる。


「ほ、欲しいというのは……えっと、どういう意味でしょうか?」

「俺を支えて欲しい」


 ステゴロ(接近戦)で連戦連勝し、ネクロス相手にまあまあの善戦をしていたララだが、彼女は本来、魔法職(後衛)である。

 ご存じの通り、俺は前衛で、ファルティナは後衛だがヒーラー。


 ララがパーティーに加わるだけで、安定感が変わる。


「私はアルヴ族の浮民です。よろしいのですか?」

「大事なのは出自ではない。力と知恵と勇気と、そして正しき心だ」

「私は少なくない数の人を、殺しましたが……」


 闘技場での戦いのことだろう。

 妹を助けるため、身を守るため、強制された戦いで、ララ自身に罪があるとは思えないが……。


「それなら、世界を救うことで贖罪としよう」


 俺は膝を折り、ララの目をじっと見つめる。


「俺には君が必要だ。どうか、力を貸してくれ」


 目を合わせるのが気まずいのか、ララは恥ずかしそうに視線を逸らした。

 そして仄かに赤らんだ表情で、俺の手に自分の手を重ねた。


「私は少し人より器用なだけです。大した人間ではありませんが……」


 それから俺に目を合わせて来た。


「お役に立てるように、頑張ります」

「ありがとう。心強いよ。……ああ、そうだ。俺のことはエルミカと呼んでくれていいよ」

「え? し、しかしあなたは貴族で……」

「仲間だからな。公の場じゃない限り、敬語も不要だ」

「で、ですが……」


 ファルティナよりも渋られた。

 この世界は身分制度があるので、このリアクションは当然だ。


「君のことは必ず認めさせてみせる」


 魔王を……いや、七魔将を倒せば十分におつりがくるだろう。

 英雄を無禄に扱う者はいない。


「ご、ご冗談を……」

「冗談ではない。本気だ」


 俺はララの目をしっかりと見つめた。

 彼女は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに顔を覆い隠した。


(勇者様が私を妻にだなんて、冗談のはずなのに……)


 そしてモジモジし始めた。

 自分には荷が重いと思っているのだろうか……?


「わ、私のような卑しい身分の者が勇者様の隣にいては、ご迷惑をかけてしまいます。釣り合いません」

「これから共に歩いていくんだ。お互いに迷惑をかけることはあるだろう。気にしないよ」

「そ、そういう意味ではなく……」

「それに二人だけの関係に、肩書は関係ない。俺はエルミカという一人の男で、君はララという一人の女の子だ」

「お、男と女って……」


 ララは緊張した様子で息を呑んだ。

 そして首を縦に振る。


「で、では……その時が来たら、そうさせていただきます。……エルミカ」

「よろしく、ララ」

「……っ! あ、あくまで、その時が来たら、です! 私はまだあなたのことをあまり知らないし……。魔王を倒すまで、力を貸すだけ! 将来のことは、それからだから……!」

「あぁ、もちろん、分かっている。それにしても将来か……」

「な、なに?」

「いや、アルヴ族の復興もしないといけないと思ってね」


 二人はアルヴ族の最後の生き残り……だと思っているようだが、実は少数ながら他にも生き残りはいる。

 アルヴ族は戦闘能力が高いので、できるだけ仲間に引き込みたい。


「一緒に頑張っていこう」

「え、えっち! そ、そんなこと、妹の前で言わないでください!」


 うん……? そんなに変なこと、言ったか?

 民族問題はセンシティブだし、言わない方が良かったな。


「……ところで、ネクロスは最後、何やら重要なことを口走っていたような気がしますが、良かったのですか?」

「知っているからな、問題ない」


 魔王の正体とか、不死の秘密とか。

 その辺りはファルティナにも共有済みである。

 後でララにも教えておかないとな。


 その後、奴隷商人たちの治療を終えた様子のファルティナが、俺たちのところへとやってきた。

 そして俺とララを見比べ、一言。


「この、女たらし……」


 失礼だな。

 純愛……ではないけど。


 いやぁ、しかし今回も蓋を開けてみれば完璧な勝利だったな!

 少し想定外のことはあったが、問題なくリカバリーできた。

 

 むしろ明日決着予定が、今日中に決着できてしまったので、むしろタイムは縮まっている。


 つまりガバなんてなかった。

 いいね!?






 それはどこかの、いつかの記憶。


「ごめんなさい、お姉様」

「こんなの不公平でしょ? だから……私と同じになって?」


 私の指が■■の喉を締め上げる。

 このままでは■■が死んでしまう。

 

 誰か……私を止めて。

 私を殺して。

 ■■を助けて……!


 誰でもいいから……何でもするから! 

 そう願った瞬間だった。




 ――タスケテヤル。





 声が聞こえた気がした。


 同時にフっと、体が自由になるのを感じた。

 私は■■――リリの首を締め上げていた手を咄嗟に離す。


「リリ……」

「お、お姉様!?」

「……聞いて」


 私はリリの肩を掴み、彼女の体を抱きよせる。

 そしてネクロスに聞こえないように、伝える。


「ネクロスの弱点は、魂に直接、ダメージを与えられる、神聖魔法よ」

「……え?」

「歓楽都市に、神聖魔法が使える……リーゼという、女の子がいる。その子と協力して……」


 そこまで言いかけた途端、口が動かなくなる。

 体の制御が利かなくなる。


「一先ず、撤退だ! リリ!!」

「……うん!」


 リリと、その仲間たちが逃げるように去っていく。

 ……それでいい。今のあなたたちじゃ、勝てないから。


「うーむ……一時的に制御が利かなくなったが、どうしてだ? 再調整せねば」


 また、頭を弄られる。

 は、早く……助けて……。


 それからどれだけの時が経っただろうか。

 一か月か、半年か、一年か、それ以上か。


 私の目の前には、以前よりも逞しくなった妹と、そして以前に遠目で見た奴隷の女の子……神聖魔法の使い手がいた。

 私の助言を聞き入れてくれたようだ。


「あなたの魂に救いあれ」

「こ、こんなはず……こんな、小娘ごときに……」


 激闘の果てに、ネクロスの肉体が消滅していく。

 フっと体が軽くなる。


「お、お姉様……!」

「あなたたちは、馬鹿ね。……甘すぎる」


 私はリリと、その傍らの赤い髪の男の子に笑いかける。


「ネクロスよりも先に私を倒した方が楽だったでしょうに」


 今のリリの実力なら、私の肉体を粉々に砕くこともできたはずだ。

 でもリリはそうはせず、私の体をずっと取り押さえていた。

 私だけじゃない。

 できるだけ屍兵たちを傷つけないように、戦っていた。


「俺たちは魔王を倒すためじゃない。……世界を、みんなを救うために、戦っている」

「……そう」


 その言葉を聞き、ふと思い立つ。

 私は彼らに伝えなければならないことがある。

 あるはずだ。

 でも、頭に靄が掛かったように、思い出せない。


「お姉様……申し訳……いえ」


 リリが私を強く抱きしめてくれた。

 全身の力が抜ける。動けない。


「一緒に生まれてきてくれて、ありがとうございます」

「うん、私も……ありが、とう」


 そうじゃない。

 大事なことだけど、もっと伝えないといけないことがある。

 あぁ、そうだ!!


「リリ、聞いて……」

「……はい!」

「ま、魔王を、殺し……」


 ――殺してはいけない。


 最後までその言葉を言えたのか。

 リリの耳に届いたのか、分からない。


 そんなことを気にしている余裕は私にはなかった。


 体が溶け、消えていくのを感じる。

 肉体から魂が離れていく。

 

 冷たくて、狭くて、深くて、暗い穴へと落ちていく。


 ……私、死ぬの?

 ……嫌だ。

 死にたくない!!


 どうして、私ばっかり、こんな目に遭わないといけないの?

 嫌だ……嫌だよぉ……。


 誰か、助けて……。

 誰か……。


 ――タスケテヤロウカ?








「あぁあああ!!」


 私はベッドから跳び起きた。

 辺りを見渡す。

 そこは見慣れた牢獄……ではない。

 

 暖かくて、清潔な部屋だ。


「お姉様……大丈夫ですか?」


 ボロボロの貫頭衣ではなく、綺麗な寝間着を身に纏ったリリが私の顔を覗き込みながらそう言った。

 ……あぁ、思い出した。


「変な夢を見ただけ。……大丈夫よ」

「へ、変な夢? それはどんな……」

「死ぬ夢」


 夢の中で私は死んだ。

 どうして死んだのかは、全く覚えていない。

 ただ、穴に落ちていくような感覚だけが残っている。


「し、死ぬ夢!? そ、それは……」

「別に珍しい夢でもないでしょう」


 私はリリにそう言ってから、毛布に包まる。

 とても暖かく、心地の良い感触だ。


 この部屋も、服も、毛布も。

 全て、エルミカ様が用意してくださったものだ。


 それだけじゃない。

 あの人は私たちを、屋敷の使用人として雇ってくれた。

 仕事を与え、給金まで貰ってしまっている。


 ……これをただの親切心だと思うほど、私は馬鹿じゃない。


 確かにエルミカ様は数多くの人を助けている。

 魔族から人々を助けるだけではなく、低利子でお金を貸したり、貧者に施しをしたり、農民たちに種籾を与えたり。

 でも、その一環にしては、私たちは好待遇を受けすぎている。


 きっと見返りを要求される。

 ……どういうわけか、エルミカ様は私のことを高く評価している。

 

 私なんか、少し器用なだけなのに。


 きっと、いつの日か、失望する日が来る。

 そうなったら、今の生活も失ってしまう。

 住む場所も、着る服も、食べる物も失えば、待つのは死だ。


 ……嫌だ。

 死にたくない。


 何とかして、エルミカ様に気に入られないと!

 エルミカ様の役に立たないと!


 でも、私にできることなんて……。


「やっぱり、これくらいしか……」


 私は自分の胸に手を当てる。

 ファルティナ様よりも小さいけど……。


 その分、技術でカバーすれば!



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エルミカ様のタラシー
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