第12話
「神聖魔法の浄化、か。……私がその程度、対策を立てていないとでも?」
ネクロスはファルティナを嘲り、笑う。
屍兵がネクロスを守るように、取り囲む。
その屍兵たちは、ファルティナと同じ司祭服を身にまとっていた。
「神聖魔法の耐性は獲得済みだ」
「それは残念です」
ファルティナは悲しそうに目を伏せた。
「あなたはきっと、長く苦しむことになるでしょう」
「やれ!!」
屍兵たちは一斉に、ファルティナに襲いかかる。
彼らの腐った手が、ファルティナに触れる。
その瞬間。
『悪行に悩むなかれ』
ファルティナの口から聖句が漏れる。
屍兵が溶けていく。
安らかな顔で、消滅する。
ネクロスの表情が驚愕で歪む。
「ば、馬鹿な! そんなはず……」
『不義を妬むなかれ。怒るなかれ、憤りを捨てよ』
ファルティナは細い指を組みながら、ゆっくりと歩む。
彼女を中心に白い光が辺りを包み込む。
『耐え忍び、救いを待ち望め』
光に触れた瞬間、屍兵たちが消滅する。
ネクロスの顔に焦りと恐怖の色が浮かぶ。
『悪をさけ、善をなせ』
「や、やめろ……近づくな!」
『悪しき者の剣は己の胸を刺し、その腕は折られる』
「早くその女を殺せ!!」
アルヴ族の屍兵が、ファルティナに襲いかかる。
『正しき道を歩みなさい。例え倒れても、私はその手を助け支える』
救いは一瞬だった。
二人の屍兵が、微笑む。
「ララ、リリ……愛してる」
「どうか、健やかに……生きてくれ」
「お、お母様……」
「ごめん、なさい……」
そして消滅する。
『正しき者が悪しき者にゆだねられることはない』
救いを求めるように、屍兵たちはファルティナに手を伸ばす。
一人一人、数が減っていく。
ファルティナの歩みは止まらない。
止められない。
「ば、馬鹿な……こんな、ことが! 私の、俺の五百年が……」
『悪しき者の勝利は決して続かず、必ず断ち滅ぼされる』
最後の屍兵が消滅する。
ファルティナとネクロスの距離は、一メートルもない。
ファルティナは一歩前へと踏み出す。
「かくなる上はぁああああ!!」
ネクロスの肉体が膨れ上がる。
数百の死体が組み合わさった、異形の姿。
五百年かけて、ネクロスが死者を冒涜し、作り上げた最悪の肉体。
ネクロスの体に組み込まれた、死者たちが苦悶の表情で呪詛を吐く。
生者であれば、決して耐えられない毒素が、ファルティナを襲う。
『祈り、讃え、寄り、頼られよ』
無数の呪詛は、ファルティナの小さな聖句でかき消される。
「ぐぉおおおお!! やめろぉおおお!!」
ネクロスは無数の死体で組み上げられた巨大な腕を、ファルティナに伸ばす。
その巨大な腕は、容易くファルティナの頭を砕く……。
『私は悪しき者から、あなたを解き放つ』
その前に、崩壊し、塵となり、消滅する。
ネクロスの肉体が溶けていく。
あっという間に縮み、元の姿に戻る。
急速に老いていく。
醜い老人の姿へと、変わっていく。
「ま、待て……ワシは、魔王の不死の秘密を知っている!」
ネクロスの足が溶けていく。
ひざまずくように、ネクロスは地面に崩れ落ちる。
「う、嘘じゃない……本当だ!!」
『正しき者に永久の休息を』
ファルティナはゆっくりと、膝を折る。
「こ、これは知っているか? ま、魔王はワシと同じ、元人間だ! やつは……」
ネクロスは助けを求めるように、手を伸ばす。
ファルティナはその手を取り、微笑む。
『悪しき者には永劫の贖罪を』
「ぎゃああああああああ!!!」
ネクロスの絶叫が辺りに響く。
五百年。
避け続け、逃げ続け、押し付けてきた死が、やってくる。
「し、死にたくない……や、やめてくれ……嫌だ、嫌だぁ……助けてくれ……」
ネクロスは泣きながら、呻く。
ファルティナはその手を固く、強く握りしめる。
「あぁぁぁぁぁ………」
ネクロスの肉体が塵となる。
夜風がその塵を吹き飛ばす。
闇夜に溶け、消えていく。
「ぁぁ……エブラム、マリウス……」
『あなたの魂に救いあれ《イアーラフ・ユッージャーナ》』
ファルティナの祈りの言葉だけが、その場に残った。
神聖魔法について。
神聖魔法と通常の魔法が区別される所以は、その力の源泉が「神」にあるからである。
神々から力を借り受け、自身の魔力と混ぜ合わせることで神聖魔法は行使される。
それ故に神聖魔法の効力は、使用者の精神状態――特に信仰心に左右される。
神聖魔法は大別するとアマティア式神聖魔法と、エブラム式神聖魔法の二種に分かれる。
一般に「神聖魔法」と呼ばれるのはエブラム式である。
エブラム式神聖魔法はエブラム教徒のみが使用可能である。
これはエブラム教が一神教であり、他の神々に対する信仰を否定しているからである。
この排他性による「制約」により、エブラム式神聖魔法はその効力を底上げしていると考えられる。
エブラム式神聖魔法は治癒力に優れていることで有名であるが、それ以上に高い反魔法作用があり、また霊体に対して効力を発揮する。
エブラム式神聖魔法は預言者エブラムが残した聖典から聖句を引用することによって発動することができる。
現在のエブラム式神聖魔法のうち、おおよそ三分の二はエブラムによって作られたものであり、残りの三分の一は後世の弟子たちによって「発見」されたものである。
エブラムが残した術式の中には、その用途が不明な物や、限定的かつ弱い効力(人の心を穏やかにするなど)しか持たないものも存在する。
これらの魔法について、預言者エブラムはこのように残している。
「来たるべき時が来れば分かる」
――約束しよう。私の末弟子たちが、必ず君に終わりを届ける。




