第11話
もし、ネクロスが約束を破ったら。
そのリスクは常に考えてきた。
もしもの時のために、逃走ルートは確保していた。
街の構造、兵士の配置、鍵のありか。
事前に把握済みだ。
それでも私が逃走を選ばなかったのは、リリがいるからだ。
人より丈夫な私は、山の一つや二つ、踏破できる。
でも、リリはそうじゃない。この子は普通の子だ。
きっと、追いつかれてしまう。
だからネクロスが約束を守ってくれることを、祈るしかないと思っていた。
……思っていた。
きっと、ネクロスは約束を守らない。
根拠はないが、確信があった。
だから私は逃げることを選んだ。
「リリ、大丈夫?」
「はぁ、はぁ……はい。お姉様」
「……少し休憩しましょう」
何とか、ネクロス市から私たちは逃げ出すことに成功した。
しかし問題はここからだ。
きっと、もう奴隷商人たちは私たちが逃げ出したことに気づいている。
すぐに追っ手が来るだろう。
奴隷商人たちは、逃亡奴隷の追跡のために猟犬を飼っている。
私たちの匂いは、きっと残っている。
早くしなければ、追いつかれてしまうが……。
だからこそ、リリの体力には気を遣わないといけない。
約五分。
リリの呼吸が整うまで、私は待つ。
それからまた歩き、休息し、歩く。
「はぁ、はぁ……お、お姉様。私なんか、置いていって……」
「あと少しだからね、頑張って! もう少しで、沢に出るから!」
川の中に入ってしまえば、匂いを辿れない。
追手を撒けるはず……。
「足跡があるぞ!」
「まだ新しい!」
「こっちだ!!」
声が聞こえた。不味い。
「リリ。このまま真っ直ぐ、走って!」
「お、お姉様は……!?」
「私は……」
敵を足止めする。
そう口にしようとしたが、すぐに言葉が出なかった
心臓がバクバクと激しく鳴る。
敵を足止めして……それからどうなる?
私は逃げられるだろうか?
もし捕まれば、私はきっと死ぬ。
いや、きっと死ぬことも許されない。
屍兵に改造され、永遠の苦しみを味わうことになる。
そんなの嫌だ。
怖い。
このまま、足手まといを置いて、逃げ出したい。
そうすればきっと、私は助かる。
私なら、不眠不休で走り続けることができる。
でも、それを選べばきっとリリは……。
「リリ」
「は、はい。……お、お姉様!?」
私はリリを抱きしめた。
「一緒に生まれてきてくれて、ありがとう!」
「な、何を急に……」
「さあ、走って!」
私は沢がある方向へ、リリの背中を強く押す。
そして踵を返すと、敵に向かって走り、魔法を放つ。
「いたぞ!」
「姉の方だ!」
「妹も近くにいるはず……探せ!」
そうはさせない!!
私は森に火を放ち、煙と炎に紛れ、追手を殺していく。
敵を撹乱し、時間を稼ぐ。
どれだけ戦っていただろうか?
「ミツケタ……」
「ララ、イッショに、イキマしょう」
「お父様、お母様……」
屍兵へと改造された、父と母が私の前に立ちはだかる。
気づけば、私は屍兵たちに囲まれていた。
「約束を破るとは……全く。親の顔を見てみたいものだ」
「ネクロス……」
漆黒のフードを被った、若々しい男。
死霊魔術師、腐敗のネクロス。
私たちの両親の仇。
「よく言うわ。約束なんか、守るつもりもなかったくせに!」
逃げられないなら、勝つしかない!
先手必勝。
私はネクロスに魔法を撃ち込む。
魔法は直撃し、ネクロスの肉体が燃え上がる。
あっという間にネクロスの体は塵となり……。
「凄まじい魔法の威力だ。私には効かないがな」
時が巻き戻るように、ネクロスの肉体が再生する。
やはりそう簡単には勝てないか……。
「私は不老不死。無駄な抵抗はやめろ」
「……不老不死なんて、あるわけないでしょ」
何か、秘密があるはずだ。
それを戦いながら探す。
でも……。
「ララ、タスケテ……」
「オネガイ」
「アツイ、アツイ」
「クルシイ」
「イタイ、イタイ」
「タタカナイデ」
「タスケテ」
「タスケテ」「タスケテ」「タスケテ」
数が多すぎる……。
どれだけ燃やしても、殴り飛ばしても、切り裂いても。
呻きながら、泣きながら、屍兵たちは起き上がる。
傷口があっという間に再生する。
そして私に助けを求めながら、攻撃してくる。
「ララ、ララ……アイシテル」
そんな顔、しないでよ。
私のこと、愛してくれなかったくせに。
「タスケテ……」
助けてくれないくせに。
助けを求めないでよ。
もう、あなたたちは死んでるのに。
そんな苦しい顔で、泣かないでよ……。
「うぐっ……」
「アルヴの神童も、多勢に無勢か」
気がつけば、私は両親に組み伏せられていた。
ネクロスは手に持っていた巨大な鎌を、振り上げる。
「そう言えば、お前の両親の最後の言葉は……『私たちはどうなってもいいから、ララとリリは助けて』だったぞ。だからチャンスを与えてやったというのに……親不孝者め」
「この、嘘吐きが……」
「楽に殺してやろう。もっとも、死んだ後の苦痛は保証しないが」
嫌だ……。死にたくない。
また、あんな目に遭いたくない。
リリなんか、置いて逃げれば良かった……。
誰か、誰か……。
助けてよ。
「私を、助けて……」
首が切り落とされる。
目を瞑る。
永劫の苦痛と地獄を覚悟する。
その瞬間。
ドス!
鈍い音がした。
苦痛は……来ない。
目を開ける。
そこにいたのはネクロスではなかった。
金髪に青い瞳の少年が立っていた。
夜空に浮かぶ星のように青白く、しかし巨海の底のように暗い、不思議な青い色。
「腐った死体の割には、饒舌だな。ネクロス」
「き、貴様は……何者だ」
少年に蹴り飛ばされたネクロスは、頭を押さえながら起き上がる。
そして少年を睨みつけた。
少年は答えた。
「エルミカ」
勇者エルミカ。
私を初めて、助けてくれた人。
それが彼の名前だった。
ゾンビの耐久値が無駄に高い世界の救済、始まるよぉー!
前回は奴隷市場の観光に行ったところだったね?
あの後、俺は「俺の女なんて……」と恥ずかしそうに身悶えているファルティナを引っ張り、適当な宿に宿泊していた。
そしてファルティナと共に、明後日の奴隷解放&ネクロス討伐戦について打ち合わせをしていた。
そんな時、どういうわけか街が騒がしくなった。
何が起こったのか、調べてみると……どうやら奴隷が逃げ出したらしい。
その奴隷の名前はララとリリ。
へぇー……。
ファッ!?
何で? どうして? どこでガバッた!?
あぁ、もう滅茶苦茶だよ。
ええい、こうなったら計画を前倒しするしかない。
アドリブだ!
今から二人を追いかけて、ネクロスをぶっ倒すぞ!
ファルティナ、司祭服に着替えて走れ!!
俺は先に行ってるからな!!
というわけで俺は全速力で街を飛び出した。
逃げるとしたら、多分水の中で匂いを消すだろうなと予想し、沢の近くを探す。
すると泣きながら走っている出涸らしを発見。
姉の姿は……ない。
「ララはどこにいる?」
「お、お姉様は……わ、私のために、ひぐっ!」
「よし、分かった。ファルティナ! リリを頼むぞ」
「え、ちょっと待って……」
俺はようやく追いついてきたファルティナにリリを渡すと、全力疾走。
今にもララを殺そうとしている腐った死体を蹴り飛ばしたのだった。
「エルミカ? まさか、七魔将のうち三体を討ち取った……「噂の勇者」か?」
「世間ではそう呼ばれているな」
ニセモノだからな。
勇者とは名乗らない。個人的なこだわりポイントだ。
「くく……七魔将ごときを倒したくらいで、調子に乗るとはな」
あの、まだ七魔将、四体生き残ってるんだが……。
そういう台詞、せめて七魔将が全滅してから言ってくれない?
後で倒される七魔将が可哀想だろ。
もっとも、こいつは魔王の側近の一人であり、七魔将よりも地位の高い幹部であることは事実なのだが。
……人間の方が魔族より強いってどうなってるんだよ。
「私は死を超越せしもの、腐敗のネクロス。いかに勇者といえども、不老不死の私を殺すことはできない」
「条件付きの不老不死は不老不死とは言わないだろう」
「条件、か。くく……仮にそんなものがあったとして、わからなければ……」
「お前が肉体を屍兵たちと共有していることは知っている。屍兵が残る限り、死なないことも」
俺はネクロスの言葉を遮った。
「屍兵を殺し尽くし、お前の肉体を細切れにすれば、お前は再生できない。そうだろう?」
ネクロスの攻略法、その一。
全体攻撃、もしくは高速攻撃で、再生する前に殺し尽くす。
「……くくく」
ネクロスは笑う。
自身の不死に絶対の自信を持っている様子だ。
「この数の屍兵を相手に、それができると思うか?」
「できないと思うのか?」
俺は全魔力を解放する。
ネクロスは僅かに表情を強張らせる。
「三十分もあれば、十分だな」
この世界のゾンビは無駄に耐久力がある上に、無限に再生する。
なのでまあまあ面倒くさいが、やろうと思えばできる。
問題は三つ。
一つは倫理上の問題。
ネクロスからの魔力供給がある限り、屍兵は無限再生する。
これを防ぐにはサイコロステーキサイズくらいにバラバラにしないといけない。
死体損壊、バラバラ殺人事件である。
ちょっとこれを勇者がやるのはロールプレイ的にアウトだ。
もう一つは俺のSAN値の問題。
このゾンビたち、ゾンビのくせに痛覚がある。個体によっては意識がある。
そのため、攻撃すると泣き叫ぶのだ。
これが結構、メンタルに来る。
俺、まあまあひとでなしの部類というか、人の不幸は蜜の味だと思っている方だが……ちょっとね? 限度があるっていうか。
なお、原作ゲームではこのゾンビたちの叫び声は豪華フルボイスだ。
第三の壁を超えて、プレイヤーに精神攻撃を仕掛けてくるのはルール違反だろ!
最後の一つ。
俺がゾンビを細切れにしている間に、こいつは多分逃げる。
この世界はゲームの世界ではあるが、ゲームではないので、律儀に戦ってくれないのだ。
というわけであまりやりたくない。
そもそも、正式な攻略方法じゃないしな。
「大層な自信だ。では試してみよう。ククク……勇者の死体が手に入るとは、実に僥倖」
「悪いが、もうお前と話すことはない」
時間稼ぎは終了だ。
司祭服を来た銀髪の少女がゆっくりと歩きながら、俺の横に並んだ。
「貴様は……」
「ファルティナ。あなたの死神です」
攻略法、その二。
神聖魔法で魂を浄化する。
原作だとリーゼの神聖魔法で倒すのが、正しい流れ。
それでも十発は当てないと倒せないが……。
「エルミカ。あなたがなぜ私を助けたのか、ここに連れてきたのか。今、わかりました」
「やれるか?」
「ええ、もちろん」
銀髪の少女……ファルティナは笑みを浮かべた。
「一分も掛かりません」
原作最強の神聖魔法の使い手は、そう言い切った。




