第10話
私たち、アルヴ族はかつて大陸北方で暮らしていた種族だ。
しかし五百年前の“厄災”により、北方が死の灰で覆い尽くされたことで、住処をなくした。
厄災によって故地を失ったのは私たちだけではないが、しかし私たちアルヴ族は特徴的な尖った耳があった。
また、生まれつき魔法の素養が高かった。
それ以外には、他の人々との違いはないが……それだけ違いがあれば、迫害されるには十分だった。
私たちは少しずつ数を減らした。
時が経つにつれ、迫害は弱まったが……元々数が少なかったこともあり、他種族と混じり合い、薄れていった。
唯一、“純血”を保っていたのは百人程度の集団だけだった。
強い選民思想と、古い宗教と伝統を頑なに守り、大して根拠もない“純血”に固執する。
偏狭な集団の一人として、私は生まれた。
私は忌み子だった。
髪が赤かったから。
赤は破滅をもたらす、不吉な色である。
そんなくだらない迷信のせいで、私は迫害された。
私は天才らしい。
生まれてすぐに話せるようになり、魔法も扱えるようになった。
一目見ただけで、ほとんどの魔法を習得できた。
気がつけば両親を抜き去り、一族で一番強くなっていた。
最初はみんな褒めてくれたが、すぐに気味悪がるようになった。
私には■■の■がいる。
名前は■■。
どんくさくて、ドジで、物覚えが悪くて……でも私と違って笑顔が可愛い。
そして青い髪をしている。
青は救いをもたらす、幸運の色だ。
どれだけ成功しても私は褒めてもらえないのに、彼女はどれだけ失敗しても褒めてもらえた。
羨ましかった。妬ましかった。嫌いだった。
でも、私と話をしてくれたのは、彼女だけだった。
いつも二人で遊んでいた。
嫌いだったけど、一緒に過ごす時間は嫌いじゃなかった。
ある時、村に魔王軍が攻めてきた。
腐敗のネクロス。
人間でありながら、魔族に転じた死霊魔術師。
死者の軍勢を率いる、魔王の側近の一人だ。
逃げるべきだと思った。でも、両親は戦うことを選んだ。
■■は両親と一緒にいることを選んだ。
だから私も戦うことを選ぶしかなかった。
私は負けなかった。でも、他のみんなは負けた。
■■を人質に取られた。
私は降伏するしかなかった。
私と■■はネクロスが支配する都市――『ネクロス市』へと連行された。
ネクロスは笑った。
「闘技場で十三連勝すれば、お前と■を解放してやろう」
信じるしかなかった。
そして私は戦い続けた。
私と同じ奴隷が、魔族に食われながら殺されるのをみた。
私と同じ奴隷が、魔族に犯されながら殺されるのをみた。
私と同じ奴隷が、人間に犯されて死ぬのをみた。
私を犯そうとする奴隷を、何人も殺した。
私に命乞いをする奴隷を、何人も殺した。
そして十三戦目。
それは動く屍と化したアルヴ族だった。
その中には両親がいた。
その肉体は生前と比べて強靭となっており、またどれだけ肉体を損壊させても、死ななかった。
当然だ。だって、もう死んでいるから。
しかも死体のくせに、痛がるのだ。
辛い戦いだった。
精神的にも肉体的にも。
しかし私は勝った。
ネクロスから鍵を受け取り、私は自分と■■の枷を外した。
「約束は守った」
ネクロスは笑った。
同時にネクロスの部下たちが私たちに襲いかかった。
騙された。
すでに体はボロボロで魔力も使い果たしている。
勝てるはずもなかった。
「いやぁ! 助けて、お姉様!!」
■■の悲鳴が聞こえた。
豚面の魔族が■■を食い殺そうとしていた。
私は咄嗟に叫んだ。
「やめて! お、お願いだから……■■だけは!」
「ほう……」
ネクロスは意地悪い笑みを浮かべると、今にも■■を殺そうとしている豚面の魔族を止める。
そして静かに見下ろす。
「では、十四試合目だ。ここにいる全員に勝てたら……いや、勝てるまで、戦わせてやる」
ネクロスは笑いながら、私にまた提案する。
あぁ、きっとまたこいつは約束を破るのだろう。
それでも今はその提案に乗るしかなかった。
「……分かりました。お願い、します」
「ダメ、お姉様!」
私が言葉を言い切るよりも先に、魔族たちが私に飛び掛かった。
魔族が、奴隷商人が、そして奴隷の男たちが。
私を■■の前で殴り、蹴り、拷問した。
試合と言えるものではなかった。
「お姉様、お姉様! や、やめてください……そんな、私のために……」
「大丈夫、大丈夫だから……」
大丈夫。
あなただけは、守り抜くから……。
朦朧とする意識の中。
奴隷商人から、一本の鍵を抜き取った。
「精々、休んでおけ。お前が動けなくなったら……次は大切な出涸らしちゃんだぞ?」
魔族か、奴隷商人か、それとも奴隷か。
下種な声をあげながら、男は私を牢に放り込んだ。
「お、お姉様……」
「……こっちに、きて」
気付くと足は折れ、目も見えなくなっている。
どういうわけか、話しにくい。
「これを……」
「こ、これは……?」
「裏口の、鍵」
私は盗み取った鍵を、■■に手に握らせた。
どうせ、ネクロスは約束を守らない。
一か八か、逃げるしかない。
「今から、魔法で、檻を壊す。……私が、暴れている、隙に、逃げて」
「そ、そんな! お、お姉様も一緒に……」
「私は、足、動かないから……」
魔法も撃てて数発だろうか。
命をすり減らして、どれだけの時間を稼げるか、分からない。
「大丈夫、後で抜け出して、見せるから」
「でも……」
「私は、天才よ?」
精一杯、笑って見せる。
果たして、笑えているだろうか?
もう顔の感覚がないから、分からない。
「い、嫌です……お姉様と一緒が……」
「■■……。お願い」
私は■■を抱きしめる。
■■が泣きながらも、頷いてくれたのが分かった。
良かった……。
「■■」
「……はい」
私は■■に最後の言葉を口にする。
「一緒に生まれて来てくれて、ありがとう」
私は全力で魔法を放つ。
檻を破壊し、音と煙を辺りに撒き散らす。
火を放ち、辺り一面を燃やし尽くす。
「行って!!」
走り去る音が聞こえる。
ちゃんと逃げ出してくれたようだ。
後は■■が逃げられるように、時間を稼がないと……。
それから私は何度も魔法を放ち、暴れ回った。
しかしすぐに取り押さえられてしまった。
魔族や奴隷商人たちにも少なくない被害が出たらしい。
彼らは怒りに身を任せ、私に暴力を振るった。
気を失うたびに、何度もクスリを打たれた。
もう、何も考えられない。
良かったことは、二つ。
■■は無事に逃げられた。
そしてもう、痛くない。
あぁ、ようやく、死ねる……。
「あぁ……?」
私は目を開ける。
気が付くと、目の前に男がいた。
私はその男を知っている。
しかし思い出せない。何も考えられない。
「どうにか魂は定着したが……やはり運動機能も思考力も落ちているな。脳味噌が半分、溶けて、これで済んでいるのは素体が良いからだろうが……クソ。馬鹿共め、ほどほどにしろと言ったはずなのに。せっかくの逸材をダメにしよって!」
男が何を言っているのかも、分からない。
ただ……。
「いた、い……」
「ほう、痛みがあるか! これだけ損壊して尚、痛覚は維持できているか。改造次第ではどうにかなるかもな」
痛い。痒い。熱い。寒い。苦しい。
何、これ……。
「まずは脳味噌の手術から始めよう。溶けた脳味噌の代わりに、寄生虫を埋め込む。ほら、そこに横たわれ」
嫌……。
もう、ヤダ。
「む、抵抗するか。これでどうだ?」
体が硬直し、動けなくなる。
男はメスを取り出し、ゆっくりと私の顔に近づけて来る。
誰か、助けてよ……。
どうして、■■は助ける人がいるのに。
誰も私を助けてくれないの?
嫌、嫌、嫌、嫌……!!
「死ぬほど痛いだろうが、我慢しろ。おっと、もう死んでたな」
その日から私の地獄が始まった。
体を弄られ、改造され。
全身を蟲に齧られ、卵を植え付けられ。
耐久実験と称し、全身の骨が砕けるまで攻撃され。
玩具にされ……。
それでも私は死なない。死ねない。
死にたい、死にたい、死にたい、死にたい。
そう願っていた時だった。
青い髪の女の子と出会った。
私と同じように耳が尖った、しかし私よりも背が高く、成長した女の子。
■■だ。
「お、お姉様……」
「ねぇ、どうして逃げたの? あなたのせいで、私は、こんなになっちゃったよ?」
私の手と口がひとりでに動く。
指が頭に突き刺さり、グチャグチャと脳みそを掻き回す。
「ごめんなさい、お姉様」
「こんなの不公平でしょ? だから……私と同じになって?」
私の指が■■の喉を締め上げる。
このままでは■■が死んでしまう。
誰か……私を止めて。
私を殺して。
■■を助けて……!
心の中で叫んだ時だった。
――タスケテヤロウカ?
私は声を聞いた。
「あぁあああああ!!」
私は飛び起きた。
辺りを見渡す。
そこは見覚えのある牢獄。
私と■■が一緒に暮らしている場所。
「お、お姉様……大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと、悪い夢を見ただけ」
■■――リリが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
妹の……リリの名前を忘れていたなんて!!
「リリ!!」
「お、お姉様……!?」
「ごめんね。忘れちゃって……酷いこといって、酷いことをして……」
「えっと……何の話でしょうか?」
「それは……」
……何の話だっけ?
思い出せない。
夢の中で、リリと離れ離れになって、それで……。
「お姉様?」
「な、何でもない……」
思い出そうとしただけで、吐き気がした。
恐怖で体が震える。
「やはり……明後日の試合でしょうか?」
「……うん」
明後日、私は十三戦目を迎える。
きっと、ネクロスは私が勝てないような強敵を用意しているだろう。
でも、私はまだ本気を出したことがない。
上手く騙せていれば、勝てるはずだ。
勝つことができれば……。
「あの、お姉様。もし体調が優れないようでしたら、棄権とか……できませんか?」
本当にあの腐った死体は約束を守るだろうか?
私とあいつの約束は、魔法契約だ。
そう簡単に破れない。
でも……解放後に襲わせたりはできるのではないか?
今日も、奴隷商人はこっそりリリを売ろうとしていた。
私が止めなければ売られていた可能性もある。
やっぱり、彼らは私とリリの約束を守るつもりはない。
……そんな気がした。
「あの……」
「ねぇ、リリ」
「はい」
ずっと、考えていた。
でも失敗するのが怖くて、決断できなかった。
「今日、逃げましょう」
「え?」
チャンスは今しかない。
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