8 天才への投資
テオが加入してから、「赤字同盟」の収入は、まさに爆発的な勢いで成長し始めた。
手始めに、テオには今ある材料で「蜂鳴爆音丸」「高速修復軟膏」「強力腐蝕薬」といった製品をいくつか錬成してもらった。
市場に出回っている同種の製品と比べてみると、テオの作るものは、その効果が軒並み段違いに強力だった。
この発見に基づき、テオの錬金術製品には、市場の平均価格より少し高い、それでいて競争力は抜群だと踏んだ値段をつけた。
案の定、テオの製品は発売されるやいなや大人気となり、行列ができるほどだった。
初日だけで、一日の売上はあっという間に銀貨3枚の大台を突破した。
この勢いに乗って、テオは次々と新製品を開発。
あまりの人気に生産が追いつかず、店頭に並べたそばから売り切れていく、なんてことが日常茶飯事になった。
もちろん、原料の安定供給を確保するため、定期的に街の外へ素材収集に出ることは欠かさない。
テオが加わったことで、収集効率も格段に向上した。
同時に、奴の戦闘スタイルも、だいたい分かってきた。
テオは「錬金術魔法」とでも言うべき、錬金反応を利用してダメージや治癒効果を生み出す、ルナの直接的な攻撃魔法とは全く系統の違う魔法を使う。
その実力は……言うまでもなく、俺より少し下のF級だ。
それに加えて、戦闘の最中に自作の錬金術製品で、様々な「実地テスト」を始めるのが大好きらしい。
ともかく、商売は順風満帆で、日収も安定して伸び続け、わずか20日あまりで銀貨5枚に迫る水準にまで達した。
懐が温かくなった俺たちは、あのボロ宿から少しだけマシな宿へと引っ越し、金遣いも自然と荒くなっていた。
もちろん、商売が永遠に順調なわけがない。
最近、テオは現在の錬金設備が粗末すぎ、品質も生産性も低いと、ことあるごとに不平を漏らし、「新しいものが欲しい」と俺に詰め寄るようになった。
今使っているのは、すべて彼のあのボロボロの工房にあった年代物ばかりなのだ。
良い仕事には良い道具が必要だ、ということくらいは分かっている。
だが、コストを考えると、そう簡単には頷けず、いつも適当な理由をつけては、今あるもので我慢するように言いくるめていた。
だが、とある事故が、テオの要求を真剣に考え直すきっかけとなった。
最近の旺盛な需要に応えるため、テオは一度に大量の製品を錬成するという試みを始めた。
そして、いつも通りの錬成作業の最中、彼の目の前にあった巨大な陶器の釜が、突如「ボンッ!」という音を立てて爆発し、中の薬液が工房中に飛び散ったのだ。
物音を聞きつけた俺たちが、現場に駆けつける。
「終わった……終わった……釜一杯の薬液が……全部……」
テオは床に散らばった破片と薬液を、呆然と見つめながら呟いていた。
「どうした、テオ?」
「大丈夫か?」
「見ての通りさ。明日の『魔力活性原液』、一日分の在庫が、全部パーだ…」
なんだと!?今日の納品分が全滅!?
まずい、今日、街の薬局の主人と、明日「魔力活性原液」を30瓶納品する約束をしたばかりだぞ!
これはいけない。
こんなことが二度とあってはならない!
俺たちの信用問題に関わる!
もし信用を失えば、何もかも終わりだ。
「テオ、原因は分かるか?」真剣な顔で問い詰めた。
「うん……おそらく、陶器の釜の熱伝導が不均一だったせいだろうね。要するに、設備の質が低すぎたんだ。」
「分かった。お前から何度も設備の更新を求められていたのに、俺がなんだかんだ理由をつけて渋ってきたせいだ。悪かった。言ってみろ、何が欲しい?」
「フッ、ようやく分かったようだね。まず、紙とペンを。」
テオは得意げに片眼鏡を押し上げた。
テオは、流れるような筆致で、長い長いリストを書き上げた。
それを受け取った俺は、あまりのことに目が飛び出そうになった。
これはリストなどという生易しいものではない。
専門的な錬金工房の建設計画書そのものだ!
そこには「耐魔金属製錬金釜」「三段式水晶冷却塔」「竜骨級換気システム」など、聞いたこともないような設備がずらりと並び、果ては工房全体の防音・防爆工事まで含まれている!
その見積総額……なんと、12金貨!!
冗談じゃない!俺たちの手元にある運転資金は、全部かき集めても金貨1枚そこそこだぞ!
12金貨もあれば、アクシアの郊外に立派な家が一軒買えてしまう!
「ちっ!そんな大金があるなら、俺様に魔鋼で伝説級の『重破壊槌』一式を作らせろ!」
ボルグが不満げに鼻を鳴らす。
「そのお金で……高級な『魔力鑑別石』がいくつか買えたらいいのに……」
ルナも隣で小声で呟いている。
おいおい、お前らまで何を夢みたいなことを!
俺たちの懐事情が見えていないのか!
「テオ、その設備があれば、さっきの問題は確実に解決できるんだな?」
「当たり前さ!この僕が自ら設計したプロ仕様の錬金設備だ、生産の安全性と安定性は絶対に保証する!それに、生産効率も大幅に向上させられる!」
生産の安定化は、今や最優先事項だ。
奴がそこまで言うのなら、この金は払うしかない。
問題は、どうやって12金貨を工面するか……また、借りるのか?
「テオの案に賛成する。」
「マジかよ、アレックス!?」
「アレックスさん、その金額は少し……」
ボルグとルナから、同時に待ったがかかった。
「聞け。お前たちが新しい装備を欲しがっているのは知っている。だが、今はその時じゃない。」
「なんでだよ!俺様の道具だって効率を上げられるぜ!」
「さっき何が起きたか思い出せ。俺たちは大口の顧客との約束を破るところだったんだ。俺たちの商売の根幹はなんだ?信用だ!生産が不安定なせいで信用を失ったら、この商売は完全に終わりだ!」
「……」
「だから、今一番優先すべきは、製品を安全かつ安定的に生産できる体制を整えることだ。」
「じゃあ、俺たちの要望は?」
「約束する。今回の投資で利益が安定したら、次に金が貯まった時には、お前たちの欲しいものを優先的に考える。だが今は、一番重要なところに金を使うべきだ。」
「……分かったよ。」
「はぁ、仕方ないですね。」
「で、また借りに行くのか?」
ボルグが尋ねた。
「ああ、12金貨、追加融資だ!」
翌日、俺たちはいつも通り屋台を出した。
約束していた薬局の主人に事情を説明すると、彼は怒るどころか、快く理解を示し、在庫ができたら知らせてくれと言ってくれた。
その日、早めに店をたたみ、俺たちは再び、見慣れたあの「ゴリアテ皇立銀行」の扉を叩いた。
「こんばんは、皆様。今回はどのようなご用件で?」
またしても、あの胡散臭い笑顔が出迎える。
「12金貨の追加融資をお願いしたく。」
「はあ?」支配人の笑顔が、顔に張り付いたように固まった。
俺は彼が我に返る隙も与えず、プロも真っ青の分厚い融資申請書をカウンターに叩きつけた。
これは昨夜、前世のビジネス知識とこの世界の状況を照らし合わせながら徹夜で書き上げたもので、「技術的実現性レポート」「期待生産能力向上分析」「新興産業への技術投資の必要性」など、もっともらしい章立てで構成されている。
支配人はパラパラと数ページめくり、「非常に専門的ですね」「感銘を受けました」などと口では言っていたが、おそらく一文字も理解していなかっただろう。
ダメ押しに、ここ一ヶ月の「商業的奇跡」とでも言うべき、驚異的な売上の伸びを示した帳簿も提示した。
その数字を見た支配人は、衝撃のあまり、しばらく言葉を失っていた。
短い内部協議の後、支配人は最終的に「地方の新興技術産業への先進的投資」などという、もっともらしい名目のもと、この12金貨の融資を承認した。
もちろん、この巨額の負債も、俺たち四人で仲良く分け合うことになった。
現在の経済状況(帝国暦523年5月17日):
収支状況(4月21日-5月17日):
•期首資産:0.1782金貨
•収入:屋台売上、冒険者依頼報酬:1.273金貨
•支出:営業コスト、鍛冶場賃料、個人生活費:0.2175金貨
•期末資産:1.2337金貨
負債:アレックス:114.3525金貨、ルナ:27.255金貨、ボルグ:39.8384金貨、テオ:47.6698金貨