7 四人目の借金仲間
「さっき工匠街の、テオって錬金狂いのイカレ野郎がまた来てな!俺の目の前で『あんたらのやり方は素材の無駄遣いだ』なんて喚きやがって、ひとしきり揉めちまったぜ!」
馴染みの素材屋の店主が、不機嫌そうに愚痴をこぼした。
「錬金狂い……錬金術師、ですか?」
「ちっ、あんなのが錬金術師なもんか!あちこちで借金しては高い素材を買い漁って、ワケの分からん実験ばっかりしてるただの貧乏人だ!借金で首が回らねえって噂だぜ!」
「その人の、錬金術の腕はどうなんです?」
「な……なんでそんなこと聞くんだ?まあ、腕は確かだって話だが、あんな実験のためなら借金も厭わねえイカレ野郎を、まともに相手にする奴なんかいねえよ。」
実験のためなら借金も厭わない狂人?腕は確か?しかも借金まみれ?
こいつはまさしく、探し求めていた天才的パートナーじゃないか!
「店主さん、ぜひその人の居場所を教えてください。」
真剣な顔で身を乗り出した。
「お……おい、本気であのイカレ野郎に興味あんのか?言っとくが、関わんねえ方が身のためだぜ。あいつは一度絡むと脳みそが沸騰するくらい面倒くせえぞ!」
三拝九拝して頼み込むと、店主はついに根負けし、呆れたようにテオの住所を教えてくれた。
その目は、完全に変人を見る目だった。
その日、早めに店をたたみ、ルナとボルグを連れて、その「錬金狂い」の住処へと向かった。
そこは、様々な薬品の鼻を突く匂いが立ち込める、ボロボロの工房だった。
中には、雑然とした素材や試薬、奇妙な形の器具が山のように積まれている。
片眼鏡をかけた茶髪の若い男が、一心不乱に実験に打ち込んでいた。
彼がテオで間違いないだろう。
「ふむ……『雷麒麟』の血を加えてみたら、どんな反応が起きるかな?」
テオは試験管に入った謎の液体を、火にかけられた土鍋に注ぎ込んだ。
「失礼、テオさんでしょうか?」
「どうも色合いが良くないな……『アイスシャーク』の牙の粉末で中和しないと。」
テオはさらに、別の謎の粉末を鍋に投入した。
「あの……」
「おお……光った……強い魔力反応だ……成功する……これは絶対に成功するぞ……」
「テオさん……」
「僕が実験してるのが見えないのか!?邪魔するな!」
「一度、手を止めて……」
「んん……様子がおかしい……まずい、まずいぞ……早く『千年樹』の根の粉末を……間に合わない……!」
テオが言い終わる前に、土鍋が「ボンッ!」という音を立てて爆発し、中の液体がそこら中に飛び散った。
テオ本人は、条件反射で机の下に潜り込み、間一髪で難を逃れたようだ。
「テオさん!」
「てめえらのせいだ!僕が苦労して手に入れた貴重な実験の成果が、全部パーじゃないか!」
テオは不機嫌そうに机の下から顔を出し、こちらを睨みつけた。
「すみません、テオさん。邪魔をするつもりはなかったんです。ただ、少しお話がありまして。」
「君たちは誰だい?」
「あなたの錬金術の腕は、相当なものだと伺いました。」
一歩前に出た。
「はっは!ようやく話の分かる人間が現れたか!いいだろう、何が聞きたい?この天才が何でも答えてやる!」
テオは得意げに片眼鏡の位置を直した。
「私たちは素材を加工販売する屋台を経営しています。あなたが錬金術の実験資金に困っていると聞きまして、それで……」
「それで何だい?はした金で僕を買収しに来たとでも?」
「いえいえ、あなたの錬金術への情熱は存じています。なので、あなたに安定した実験材料を提供したいのです。ボルグ、俺たちの『サンプル』を見せてやれ。」
「おうよ!」
ボルグが担いでいた麻袋を地面に広げると、中から小瓶や布で小分けにされた、様々な加工済み素材が現れた。
「どうだ、テオ!こいつは全部、この俺様が魂込めて加工した、高魔力の優良素材だぜ!」
「……なんだい、このゴミは?」
テオの顔には、あからさまな侮蔑が浮かんでいた。
ゴミ?馬鹿な、これらはすべて、ルナが選び抜いた高魔力素材のはずだ!
もしかして、元の素材が低級すぎて、相手にされていないのか?
「な……なんだと、旦那!よく見てみろ、こいつは絶対ゴミなんかじゃ……」ボルグがムキになる。
「テオさん、分かっています。あなたの目から見れば、こんなF級の魔物から剥ぎ取った切れ端など、ゴミ同然でしょう。」
「フン、身の程は弁えているようだね。」
「ですが、ゴミにはゴミの価値があります。優れた錬金術師は、腐ったものから奇跡を生み出すことができる。違いますか?」
「何が言いたい?僕の腕を疑うとでも?」
「とんでもない。ただ……」袋から「火爆蟲」の甲殻と「蛍光キノコ」を取り出した。
「先日、こちらの仲間がこの二つをすり潰していたところ、誤って激しい爆発を引き起こしてしまいまして。あなたの技術で、その『事故』を再現、いや、超越することは可能でしょうか?」
テオはその二つの素材を受け取ると、まじまじと観察し始めた。
「フン……まあ、ゴミの中の逸品、といったところか。いいだろう、見せてやるよ。本物の天才が、いかにしてゴミを奇跡に変えるのかをね!」
テオはすぐさま実験台に戻ると、目まぐるしい手つきで作業を開始した。
最初は、二つの素材を加熱したり、すり潰したりと色々試していた。
ボルグに事故の詳しい状況を何度も聞き返していたが、一向に反応は起きない。
だが、テオはそれで諦めるような男ではなかった。
「ふむ……どうやら、他の材料がいくつか足りないようだね。」
そう言うと、ボルグが持ってきた素材袋から手当たり次第に材料を掴み、実験を再開した。
数度の小規模な失敗の後、混合物はついに不安定な小爆発を起こし始めた。
「うん、そろそろ頃合いか。」
そんな調子で三、四時間が過ぎ、俺たちがうつらうつらと船を漕ぎ始めた、その時だった。
「ドッガーーーン!!」
先ほどより遥かに大きな爆発音が、俺たちを叩き起こした。
見ると、テオが工房の外の空き地で、興奮したように叫んでいた。
「で……できた!できたぞ!ハーッハッハ!」
テオは駆け寄ってくると、手のひらに乗せた灰色の丸薬を見せびらかした。
「見ろ!僕が作った『引火丸』だ!百パーセント低級素材だけで合成した、特製の爆弾さ!」
言うが早いか、テオはその一粒を地面に投げつけた。
「バンッ!」
再び爆発音が響き、眩い火花が散る。
その威力は、市販されている同種の製品よりも遥かに強力だった。
「すごいじゃないか、テオさん。」
「さすがは天才錬金術師……。」
「今の実験は実に興味深かった!もっと材料をくれれば、さらに面白いものが作れるんだが……」
ほう?向こうから材料をねだってくるとは。
チャンスだ。
「テオ、あんたの力が必要だ。」
「僕の力?僕はただの、40金貨以上の借金を抱えた負け犬だよ。」
「俺たちも同じだ!俺は100金貨以上、ルナは20金貨以上、ボルグは30金貨以上の借金を背負ってる!俺たちは裕福な商人なんかじゃない。借金に追われ、ゴミ溜めから這い上がろうとしている、同類なんだ!」
「……」
「俺たちは加工したゴミ素材を売って借金を返してるが、利益が低すぎて、利子に追いつかねえ!利益を倍増させる奇跡が必要なんだ!」
「そして、あんたの錬金術こそが、その奇跡だ!今、自分で証明したじゃないか!一番安いゴミから、これだけ強力なモンを作り出せる!これこそが、俺たちに必要な力なんだ!」
「……つまり、僕に金儲けを手伝えと?」
「俺たちのためじゃない、『全員』のためだ!あんたに、実験し放題の無限の『ゴミ』を提供する。そしてあんたは、その天才的な頭脳で、俺たち負け犬を借金地獄から引き上げてくれ!」
テオに向かって、右手を差し出した。
「どうだ?俺たちと一緒に、一世一代の賭けに出てみないか?」
「……いいだろう!その話、乗った!」
テオは興奮した様子で、俺の手を固く握った。
「僕の名前はテオ・ヴォルコフ、錬金術師だ。君たちは?」
三人もそれぞれ自己紹介をした。
俺たちの負債額とこれまでの経緯を聞いたテオは、錬金術の実験よりも信じられない、と目を丸くしていた。
こうして、「赤字同盟」は、晴れて四人目のメンバーを迎えたのだった。
現在の経済状況(帝国暦523年4月20日):
収支状況(4月19日-4月20日):
•期首資産:15.66銀貨
•収入:屋台売上:1.28銀貨、テオの個人資産:1.5銀貨、合計:2.78銀貨
•支出:営業コスト、個人生活費:0.62銀貨
•期末資産:17.82銀貨
負債:アレックス:106.05金貨、ルナ:23.1金貨、ボルグ:35.0842金貨、テオ:42.5427金貨