2 最初の借金仲間
「よし、今日のところはこれくらいにするか。」
剣を収め、パンパンに膨らんだ大きな麻袋に目をやった。
中身は、朝からせっせと集めてきた魔物のハズレ素材でいっぱいだ。
この迷いの森は魔物の数がやたらと多く、深部にさえ行かなければ、ほとんどが新米でも対処できるF級のザコばかり。
多くの冒険者は、依頼達成に必要な素材だけを剥ぎ取ると、残りの亡骸はその場に放置していく。
そのおかげで、森の中には大量の「ハズレ素材」がゴロゴロ転がっている。
わざわざ魔物を狩る手間も省け、森の掃除屋に徹することができた。
昨夜は、板切れ一枚のベッドしかない安宿で、興奮のあまり一睡もできなかった。
そして今朝、夜が明けるなりギルドへ駆け込み、ついでになるような迷いの森での「猪討伐」依頼を適当に受注したのだ。
ギルドのエマさんは、まるで別人のように活気づいた俺を見て目を丸くしていた。
壮大な起業計画を聞かせると、驚きのあまり顎が外れんばかりだった。
不運な猪をあっという間に片付けた後、早速この「ゴミ拾いビジネス」を開始したというわけだ。
ちなみに、この森は生態資源もなかなか豊かだ。
「蛍光キノコ」や「鎮痛草」といった植物系の素材も少なくない。
どれも多少の魔力を含んでいるため、ポーションの材料になる。
道中、目についたものは片っ端から採取しておいた。
元来た道を引き返していると、不意に切羽詰まったような少女の詠唱が聞こえてきた。
「アインズエンニムイフラメイ……」
「クルミネルミオルドレイ……」
ん?
声のする方へこっそり近づいてみると、俺とさほど年の変わらない金髪の少女がいた。
服装からして、おそらく魔術師だろう。
足首に蔓が絡みつき、木から逆さ吊りにされてブラブラと揺れている。
逆さまになっているせいで、丈の短いワンピースの裾がめくれあがり、その……なんというか、無防備なことになっていた。
どうやら「魔蔓」に捕まったらしい。
普通の蔓に擬態して獲物を捕らえる、この森ではありふれた魔物だ。
新米がよく引っかかる。
「ティスイフルインナゲイ……」
少女はまだ、よく聞き取れない呪文を必死に唱え続けている。
両手を足首の方へ伸ばし、その指先からはか弱い火花がパチパチと散っていた。
声は焦っており、身体の揺れもだんだん大きくなって、まるで振り子のようだ。
「イヴィオレンシイホルダル……」
やれやれ、またツイてない奴がいたもんだ。
腰からナイフを抜くと、頭上の蔓めがけて投げつけた。
キラリと刃が光り、蔓がぷっつりと切れる。
少女は「きゃっ」という短い悲鳴とともに、下の柔らかな草むらにボフッと落下した。
「いたたた……っ。」
少女は尻をさすりながら起き上がると、傍らに落ちていた杖を拾った。
「大丈夫か?」そう声をかけた。
「は、はい……!あの、貴方が助けてくださったのですか?ありがとうございます!私、ルナ・アストリアと申します!魔術師です!あの、お名前は?」
「アレックス・スターリング。一応、剣士だ。次からは気をつけろよ。」
「お恥ずかしいところを……。実は『精霊兎』を追いかけていたら、つい夢中になってしまって……」
「『精霊兎』?」
「はい。なんだか、すごく魔力の強い方へ走っていくみたいで。ちょうど『聖光茸』を探していたので、ついていけば見つかるかもしれないって……」
「聖光茸」だと?
聞いたことがある。
一株で金貨1枚は下らないという、超希少素材だ。
だがそれ以上に驚いたのは、ルナが魔力の流れを感知できるらしいことだ。
「精霊兎」が魔力を追っていると感づいたということは、何かの才能か?
「……魔力が分かるのか?」
「え、はい。図書館に入り浸って、魔法理論だけはそこそこ詳しいので、魔力の識別くらいは基礎スキルみたいなものです。でも、実戦経験は全然で……」
ルナは恥ずかしそうに俯いた。
「だからさっき、魔法を使おうとして……」
「うっ……そ、そうです!『火球術』を使おうと思ったんですけど、本に書いてあった呪文の通りに唱えても、なぜか……」
「まあいい。ちょっと、頼みたいことがある。」
「ゴミ」で満タンの麻袋を指差した。
「この袋の中身の魔力がどんなもんか、見てもらえないか?」
「え?は、はい。見てみますね……。」
ルナは興味深そうに近づくと、袋の中に手を入れた。
「これは『スライムの粘皮』ですね。うーん……魔力のほとんどは内皮にあって、微弱な水属性ですけど、とても純粋です。」
「こっちの『フォレストウルフの尻尾』は、先端に本当に、ごくごく僅かな風属性の魔力が残っていますね。普通の人にはまず感知できないと思います。」
「わあ、これは『ロックリザードの鱗の欠片』ですね!土属性の魔力は濃いんですけど、すごく不純物が多くて……何か別のものも混ざっているような……」
……。
ルナがこれらの「ゴミ」の魔力特性や含有量をいとも容易く、的確に分析していくのを見て、頭の中のビジネスプランが一気に鮮明になった。
そうだ!
こいつこそ、必要としていた人材だ!
この加工法には、精密な分類作業が不可欠なのだ!
「なんで『聖光茸』なんか探してるんだ?」探りを入れた。
ここは森の外縁部で、低級な魔物や素材ばかりだ。
そんなお宝が見つかるはずがない。
「そ、それは……お金に困っていて。」
「金に?ってことは……あんたも借金持ちか?」
「えっ!?なんでそれを!?わ、私……20金貨以上の借金が……。」
借金仲間じゃないか!
やったぜ!これは思わぬ収穫だ!
ルナは申し訳なさそうに語ってくれた。
以前、研究に没頭するあまり、ゴリアテ皇立図書館の貴重な蔵書を一枚破ってメモ代わりにしてしまい、弁償を命じられたらしい。
もちろん払えるはずもなく、銀行に「ご案内」され、晴れて借金少女の仲間入りを果たしたそうだ。
その話を聞いて、俺も自身の借金100金貨に至る顛末を語った。
話を聞いたルナは最初、あんぐりと口を開けていたが、やがてホッと息をついた。
自分より不幸な人間がこの世にいたと安心したのだろう。
その様子を見て、好機だと確信した。
「ルナ、実は計画があるんだ。」
「計画、ですか?」
「俺たちの借金を、まとめてチャラにする計画がな。」
「ゴミ」の袋を指差す。
「見ての通り、こんなものは冒険者にとってゴミだ。だが、あんたがさっきやったみたいに、価値を見抜く目さえあれば、ゴミは宝に変わる。俺の計画は、こうして見過ごされた『ハズレ素材』を大量に集め、特殊な加工を施して高価な商品に変えることだ。」
ルナは呆然と、俺の言葉を咀嚼しているようだった。
「ゴミを……商品に?」
「ああ。だが、俺一人じゃ無理だ。ただの剣士に、どのゴミに価値があるかなんて見分けがつかない。だが、ルナは違う。その知識、そして魔力を見通すその目は、この計画の最も重要な核になる。」
「私の……知識……。」
「あんたの20金貨も、俺の100金貨も、普通に依頼をこなしたって一生かかっても返せやしない。俺たちは、この理不尽な世界に追い詰められた者同士だ。だったら、一緒に一世一代の賭けに出てみないか?」
ルナに向かって、右手を差し出した。
「あんたの知識と、俺のやり方で、このガラクタを本物の富に変えるんだ。仲間になってくれ。」
ルナはしばらく黙っていたが、揺れていた青い瞳に、やがて決意の光が灯った。
「……はい!やります!」
感極まった様子で俺の手を握り返す。
その目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
その後、二人で近くを少しだけ見て回ったが、伝説の「聖光茸」が見つかるはずもなかった。
ひとまず、街へ戻ることにした。
現在の経済状況(帝国暦523年3月16日):
資産:アレックス:6.22銀貨、ルナ:3.27銀貨
負債:アレックス:100金貨、ルナ:21金貨




