1 逆転のアイデアはゴミの中に
重い足取りで冒険者ギルドに戻った。
気分はまるで、死刑宣告を受けた囚人だ。
蜘蛛の討伐で得た素材を換金し、たった一枚の銀貨を受け取る。
「おかえりなさい、アレ……ックスくん?どうしたの?すごく顔色が悪いわよ。」
カウンターの向こうから、エマさんが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
この街に来てから、気にかけてくれる数少ない恩人だ。
「いえ……ちょっと、厄介ごとに巻き込まれまして。」
「『ちょっと』、ですって?」
エマさんの追及に根負けして、事の顛末をかいつまんで話した。
もちろん、遺跡の石柱を蹴り倒したなんていうマヌケな部分はしっかり隠蔽し、帰り道で運悪く地震に巻き込まれ、理不尽な八つ当たりをされた、という筋書きで。
話を聞き終えたエマさんの表情は、心配から驚愕へ、そして深い同情へと変わっていった。
「ひゃ、百金貨……!?うそでしょ……。ね、ねえ、アレックスくん!まさかとは思うけど、早まったりしないでよ!」
「大丈夫ですよ、エマさん。まだ死にたくないんで。」
早まる?まさか。
俺はただ、この天文学的な数字をどうやって返済していくか、至って真剣に考えているだけだ。
借金100金貨……。
今のままF級依頼をこなしたとして、頑張って二日で銀貨1枚の稼ぎ。
一年で約180枚……たったの1.8金貨だ。
あの鬼のような利子を完全に無視しても、元本を返すだけで……55年以上?
ふざけるな!55年後なんて、とっくにおじいちゃんだ!
もっと上の級の依頼を受ければいい、と思うかもしれない。
だが、才能のない人間がF級から、E級の魔物を安定して狩れるようになるまで、普通は最低でも一、二年かかる。
そう、この世界ではE級こそが、多くの新米にとって越えられない壁なのだ。
帝国の冒険者学院に通うという手もあるが、年間十数金貨という法外な学費は、今の俺には夢物語でしかない。
前世の日本と比べ、この世界の庶民は遥かに貧しい。
帝国の農民の日収は銅貨7、8枚、市民ですら20枚そこそこだ。
コネも才能もない身で冒険者をやっているだけでも、かなりマシな方なのだろう。
「……失礼します。」
ポケットの哀れな硬貨を握りしめ、ギルドを後にした。
アクシアの外れにある貧民街で、安宿を探すつもりだ。
一泊銅貨5枚、夕食一回分ほどの値段で泊まれる宿は、環境こそ劣悪だが、金のない冒険者にとってはありがたい存在だった。
あてもなく商業区をぶらついていると、いかにも冒険者といった風体の連中が、素材屋の店主と値引き交渉をしているのが目に入った。
「集めてきたスライムの核と、フォレストウルフの牙だ。いくらになる?」
男が、粘液のついた核と数本の牙をカウンターに置く。
「ふーむ……銅貨200枚でどうだい?」
「安すぎる!300は出せ!」
「やれやれ、じゃあ250だ。これ以上は無理だぞ」
「ちっ、分かったよ。それでいい」
スライムの核にフォレストウルフの牙か。
ああいう換金素材は、戦闘で傷つきやすく、まとまった数を集めるのは骨が折れる。
正直、割に合わない。
普通に依頼の報酬をもらう方が手っ取り早い。
男は金を受け取ると、素材を入れていた汚い布袋を、そばのゴミ捨て場に無造作に放り投げた。
袋から、中身の残りがいくつか転がり出る。
「スライムの粘皮」や「ウルフの尻尾」といった、いわゆる「ハズレ素材」だ。
こういう「ゴミ」は……加工に手間がかかるくせに、二束三文にしかならない。
だから、ほとんどの冒険者はこうして捨ててしまう。
だが、量は多い……そして、タダで手に入る……。
待てよ。量が多い?
脳天に、稲妻が走った。
そうだ!これだ!
前世では金融や商業に興味があって、関連書籍を買い漁って「研究」したものだ。
大学で専門知識を学んで、いつかは起業なんて夢も見ていた。
まあ、生憎と頭の出来が悪くて、高卒で社畜になるしかなかったんだが。
壮大なビジネスプランは、結局、経営シミュレーションゲームの中でしか実現しなかった。
だが、その時の知識は無駄じゃなかった。
例えば、この「スライムの粘皮」!
そのまま売っても5枚で銅貨1枚、ゴミ同然だ。
だが、ひと手間かけて魔力のない外皮を剥ぎ、魔力を豊富に含んだ内皮を丸めて「ゲル状の球」に加工すれば、なんと1個あたり銅貨5枚で売れる!
これは、ビジネスチャンスじゃないか!
最高の起業ネタだ!
こういう「ハズレ素材」を意図的に集めて、まとめて加工する。
そして加工品を売れば、F級依頼をちまちまこなすより、遥かに効率よく稼げるはずだ!
これなら、あの借金も返せるかもしれない……!
よし!やってやる!起業だ!
「おいおい!人が捨てたゴミ漁って何してんだい!」
素材屋のオヤジが、ゴミの山に目を輝かせる俺を見て、怪訝な顔をしていた。
「あ、すみません!すぐ行きます!」
俺は慌てて手に取った「スライムの粘皮」を捨て、興奮で高鳴る胸を抑えながらその場を走り去った。
「ったく、変な奴だな」




