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16 貴族流交渉術

「ええ、一肌脱いであげましょうか、ですって?なぜだ?」

「アタシ、あなたたちの起業計画に興味があるのよ。でも、地方から出てきた平民のあなたたちじゃ、帝都の役人や貴族との付き合い方なんて知らないでしょ?プレトリウムの人間関係は、あなたたちが思うよりずっと複雑よ。アタシの助けがなければ、一歩も進めないんじゃないかしら。」

「なるほど……それじゃあ、ローレンツさん。あんたなら、学生課のあのおばあさんをどうにかできるってことか?」

「当然よ。ウォルトン様とは、ちょっとした知り合いなの。もし、今日の午後、お時間があるなら……」


イザベラは豪華なハンドバッグから、同じく豪華な封筒を取り出した。


「アタシからのお茶会への招待状よ。ウォルトン様もお招きするつもりだから、あなたたちもご一緒しない?」


そう言うと、イザベラは封筒を俺に手渡し、軽く挨拶をしてから、優雅に学生課へと向かい、もう一通の同じ封筒をドアの郵便受けに入れた。


招待状を開くと、そこには非常に美しい花文字で、丁寧な招待の言葉と住所が書かれていた。

場所は、校外からさほど遠くない、かなり高級そうなレストランだ。


「……すげえ高級そうだ。お前ら、どうする?」


俺は仲間たちに尋ねた。


「いいわ。イザベラは悪い人間ではなさそうだし、助けがあるに越したことはない。」


フレイヤが最初に答え、他のメンバーも頷いた。


午後、なんとか時間を捻出し、手紙の住所にあるレストランへ向かった。

入口のウェイターは、俺たちのような質素な身なりの田舎者を見るなり、すぐに追い返そうとした。

だが、あの豪華な招待状を見せると、渋々といった顔で中へ通された。


レストランの内部は、想像をはるかに超える豪華さで、見渡す限り、着飾った貴族ばかりだ。

これまでにそれなりに稼いできたとはいえ、このレベルの場所は初めてだった。


「うおっ……なんだここ、豪華すぎんだろ……俺たちみてえなのが来ていい場所かよ?」


ボルグは驚きのあまり、顎が外れそうだ。

他の仲間も似たようなものだった。


「あら、皆様、お待ちしておりましたわ。」


イザベラが、礼儀正しくこちらに手を振っている。


「いやはや、ローレンツさん。まさか俺たちみたいな平民を、こんな場所に招待してくれるとはね。少し気後れしますよ。」

「お気になさらず。あなたたちも大切なお客様ですわ。」


イザベラは微笑むと、個室へと案内した。

テーブルは屋外のテラスにあり、手入れの行き届いた小さな庭園を見下ろせる、非常に美しい場所だった。


「お座りになって。ウォルトン様はまだいらしてないわ。」


俺たちは少し緊張しながら席に着いた。

イザベラと二言三言、世間話をしたところで、学生課のおばあさんが、ようやく到着した。


おばあさんは俺たちを見るなり、たちまち不機嫌な顔になった。

だが、イザベラに気づくと、その顔は一瞬で菊の花のような満面の笑みに変わった。


「あらまあ!アイゼンローゼ家のローレンツ様ではございませんか!このような場所にお招きいただき、感謝の言葉もございません!」

「とんでもないですわ、ウォルトン様。いらしていただけて、こちらこそ光栄です。どうぞ、お座りになって。」


おばあさんは、イザベラの向かいに腰を下ろした。


「こちらの方々は……?」

「最近知り合った友人たちですの。とても良い方々なので、身分のことはお気になさらないでくださいませ。」

「こんにちは、ウォルトン様。」


俺たちは、無理やり笑顔を作って挨拶した。


「はあ、はあ、どうも。ローレンツ様がわざわざ私めを、何かご用件で?」

「ウォルトン様にお願いがありまして。この友人たちを、少し助けてさしあげてほしいのです。」

「助ける、と申しますと?ローレンツ様は、私に一体……」

「この者たちの、学内サークルの申請を、許可していただきたいのです。」

「なるほど……しかし……」

「失礼いたします。ご注文の紅茶とお菓子でございます。」


メイドがワゴンを押して現れ、華やかなカップをテーブルに並べていく。


「ウォルトン様のために、特別に『仙泉の露』をご用意いたしましたわ。『仙女の泉』の湧き水で淹れた、極上の紅茶でございます。お口に合いますとよろしいのですけれど。」


イザベラが、優雅なカップをおばあさんの前へと押しやった。


「まあ!ローレンツ様が、この私めにこれほど高価な紅茶を!この一杯だけで、少なくとも金貨2枚はいたしますでしょう!もったいなくて、とてもとても……」

「いいえ、いいえ。ウォルトン様は紅茶がお好きだと伺っておりましたので。どうか、楽しい午後のひとときをお過ごしくださいませ。」

「で、では……お言葉に甘えさせていただきます!」


おばあさんは目を細め、嬉しそうに紅茶を一口含んだ。


「それで、先ほどの友人たちのサークル申請の件ですが…」

「ローレンツ様のお紅茶、本当にありがとうございます!しかし、あの方々の申請は、どうにも……」


おばあさんは、こちらをちらりと見て、顔をしかめた。


「平民だから、ということですの?学院の規則には、平民がサークルを組むことを禁じる条項は、なかったはずですけれど。」

「ええ、確かに。しかし、申請の規則に則っておりません。」

「どの規則に抵触すると?彼らの活動内容は常識の範囲内ですし、学院にとっても有益無害かと存じますが。」

「物品の取引を画策しております。これは校則違反です。」

「規則は規則、ですが、融通を利かせることも大切ではございませんこと?ウォルトン様。」

「融通、と申されましても、この者たちは……」


おばあさんは、再び不機嫌そうな顔になった。


「あら、お気に召しませんでしたか。申し訳ありません。こちら、ささやかですが、お詫びの印でございます。」


イザベラは微笑むと、傍らに置いてあったボトルから、深紅の液体をグラスに注いだ。


「『妖姫の血』という、大変希少な果実から作られたワインですの。どうか、お納めくださいませ。」

「まあ!ローレンツ様、紅茶だけでも十分すぎるほどですのに!こ、このワインは、一本で金貨5枚は下らないのでは……!とても、受け取れませぬ……」

「どうぞ、どうぞ。ほんの気持ちでございますから、ご遠慮なさらず。」

「あ……で、では……ありがたく、頂戴いたします!」


おばあさんの顔が、満開の菊のようにほころんだ。


「お喜びいただけて、何よりですわ。それで、先ほどのお願いなのですが……」

「ローレンツ様のワインは、本当に素晴らしいですわ!しかし、学院の規則を破るわけには……」

「規則は、学院の利益のためにあるもの。彼らは、学院に害をなすようなことは考えておりませんわ。ウォルトン様が、そこまで杓子定規にお考えになる必要はないのでは?」

「そ、そうです!ローレンツ様のおっしゃる通りです!」


俺も、すかさず援護射撃を入れた。


「しかし、この者たちを信用しろと申されましても……」

「何か、彼らがご気分を害するようなことを?遠路はるばるやってきた彼らも、きっと、あなた様への贈り物を用意しているはずですわ。」

「え?」


俺は、完全に不意を突かれた。

その瞬間、イザベラが、テーブルの下でこっそりと、美しい箱をこちらに差し出してきた。


なるほど!俺に、代理で渡せということか!


「あ、そ、そうです!ウォルトン様!こちら、私どもからのささやかな気持ちです!どうか、お納めください!」


俺は最大限の誠意を込めた笑顔で、その箱を差し出した。


「まあ……これは……」


おばあさんは、おそるおそる箱を開けた。

そして、中の物を見た瞬間、驚きのあまり、言葉を失った。


「こ……これは……『天使の涙』の宝石!?なんて……なんて美しく、希少な……!こ、これでは、少なくとも金貨10枚は……!こ、こんなもの、受け取れませぬ!」

「いえいえ、あなた様のために、特別にご用意したものです。きっと、お似合いになるかと。どうか、お受け取りください。」

「ああ……な、なんて……本当に、ありがとう、坊や!わ、私は……本当に……嬉しい……!」


おばあさんは感動のあまり、目に涙を浮かべ、その豪華な贈り物を、ありがたく受け取った。


「お気に召して、何よりです。それで……」

「いやはや、これほどのお心遣い、どうお返しすればよいか!皆様がこれほど気前が良いのであれば……ええ、ええ、今回だけは特別ですぞ。サークルの申請、許可いたしましょう!」

「本当ですか!ありがとうございます、ウォルトン様!」

「礼を言うのは、こちらの方ですよ。」


その後、俺たちはしばらく談笑し、そのとんでもなく高価なアフタヌーンティーを堪能した。


おばあさんと別れた後、俺たちは、口々々にイザベラに礼を言った。


「礼には及びませんわ。もっとも、アタシも、ただで手伝ったわけではないのだけれど。」

「どういうことだ?」

「実は、アタシもあなたたちの『赤字同盟』に入れてほしいの。あなたたちと同じ、アタシも借金持ちでね。だいたい……270金貨ほど、かしら。」

「はあ!?」

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