13 未来への巨額投資
「借金して学院に!?」
「ああ。帝都にある、ゴリアテ皇立学院に通うんだ!」
俺は興奮しながら、どこからか手に入れた学院のパンフレットをテーブルに叩きつけた。
帝都プレトリウムにそびえ立つゴリアテ皇立学院は、帝国最高峰の冒険者育成機関であり、三大学院の筆頭に数えられる名門だ。
講師陣は超一流で、教鞭を執るのは全員がA級以上の実力者だという。
「費用……すごく高そうですね。普通クラスの学費が、一人年間20金貨、寮費が4金貨……」ルナはパンフレットの料金表を、小さな声で読み上げた。
「つまり、五人が一年間通うだけで、最低でも120金貨が必要になるわ。教材費や施設利用料、その他の雑費は別にしてね。それに、従業員の解雇手当を支払ったら、手元の現金はほとんど残らないわ……」
フレイヤが素早く暗算する。
「ってことは……また120金貨の借金か?」
ボルグが目を丸くした。
「ああ、借金して学院に通う!それが、実力を手っ取り早く引き上げる最善の方法だ!だが、120金貨じゃ、全然足りねえ!」
「ま……まだ足りないのか?」
「俺たちが入るのは、ただの普通クラスじゃない。S級講師が直々に指導する、『特別クラス』だ!」
「特別クラス……学費……一人年間……200金貨!!」
「学費だけで1000金貨……」
「お前、正気か!?そんな大金、どこから湧いて出るんだよ!」
全員が、声を揃えて叫んだ。
「分かってる。1000金貨なんて、今の俺たちにしてみりゃ、天文学的な数字だ。田舎に立派な屋敷が買えるほどの額だ!だが、20金貨の普通クラスじゃ、実力アップのスピードが遅すぎる!」
「遅すぎる?」
「調べたんだ。普通クラスはほとんどがA級講師の担当で、S級講師が顔を出すことは滅多にない。おまけに、管理はずさんで、貴族の子弟が遊び半分で通ってるような場所だ。そんな環境じゃ、三、四年通ったところで、B級にすらなれるかどうか怪しい。」
「だから、特別クラスじゃないとダメだと?」
「そうだ!特別クラスは、学院に五人しかいないと言われる、伝説のS級講師が直々に教える!指導は超スパルタだが、その分、質は折り紙付きだ!一年間耐え抜けば、A級の実力が保証される!」
「で……でも、本当にそこまで必要なのでしょうか?」
「必要だ!絶対に必要だ!これから相手にする敵は、ますます強くなる!圧倒的な力がなきゃ、せっかく築き上げたものを、どうやって守るんだ!?」
「……」
「それに、費用対効果で言っても、特別クラスの方が断然上だ!四年と80金貨を無駄にして、不確かなB級を目指すくらいなら、200金貨を払って、一年で確実にA級になる方がいい! A級とB級の実力差は、少なくとも五倍はあるんだぞ!」
「理屈は分かるが……その何千金貨もの借金、どうやって返すんだよ?」
「返済方法なら、もう考えてある。また、起業するんだ。」
「また、起業?」
「ああ。これまでの成功で、俺たちのビジネスモデルが通用することは証明済みだ。だが、今の実力じゃ、最下級の素材しか集められず、利益にも限界がある。市場に出回る高級素材は希少で、目ん玉が飛び出るほど高価だ。だが、もし実力が上がれば、そういった高級素材を、自分たちの手で手に入れられるようになる。そうなった時の利益は、今の何十倍、いや、何百倍にもなるはずだ!」
「……計画は壮大ね。でも、そんな大金を、銀行が貸してくれるかしら。」
「やってみなけりゃ、分からねえだろ?」
俺は、ニヤリと笑った。
その後、フレイヤが改めて今後の総支出を算出した。
学費1000金貨、寮費、高額な施設利用料、そして帝都の恐ろしく高い生活費、さらに再起業のための初期費用を合わせると、合計でおよそ1200金貨が必要だという。
「全く、狂気の沙汰ね。」
俺たちは、これが最後になるであろうと願いながら、再び、アクシアのあの銀行へと向かった。
支配人は、俺たちの常軌を逸した融資計画を聞き、驚きのあまり、顎が外れんばかりだった。
「も……申し訳ございません、スターリング様。これほどまでの巨額となりますと、皆様の現状を鑑みましても、私どもの権限では、到底……」
彼は、怯えたような顔で言った。
「そうですか……。では、この金を借りる手立ては、もう?」
「どうしても、ということであれば……プレトリウムの本店にご相談なさってみてはいかがでしょう。ただ、成功は保証いたしかねますが。」
「ありがとうございます。」
どうやら、帝都まで、直接出向くしかないようだ。
一週間かけて従業員の解雇手続きなどの後処理を済ませた俺たちは、全ての荷物をまとめ、エマさんや銀行の支配人、取引のあった商人たちに別れを告げ、長く、そして無謀な旅へと出発した。
正直、この街を去る時には、一抹の寂しさを感じていた。
なんといっても、一年以上も暮らし、この五ヶ月間、奇跡のような日々を過ごした場所なのだ。
馬車に揺られること、実に20日。
俺たちはついに、帝都プレトリウムに到着した。
帝国の心臓部であるプレトリウムの賑わいは、アクシアのような辺境都市とは比較にならない。
前世の東京には及ばないものの、異世界の田舎者にとっては、度肝を抜かれる光景だった。
俺たちは観光もそこそこに、中心商業区にそびえ立つ、ゴリアテ皇立銀行本店へと直行した。
「こんにちは、皆様。どのようなご用件でしょうか?」
女性の支配人が、にこやかに俺たちを迎えた。
単刀直入に来意を告げ、三日三晩かけて練り上げた『ハイリスク・ハイリターン人材資本投資計画書』を手渡した。
「ええ……非常に専門的ですし、皆様の起業経験も、大変素晴らしいものですね……」
支配人は数ページめくり、俺たちの債務記録を確認すると、残念そうに言った。
「しかし、誠に残念ながら、これほど高額の融資は承認いたしかねます。ですが、もしよろしければ、私の上司に、一度掛け合ってみましょうか?」
「ええ、お願いします。」
それから二時間以上、俺たちはまるで判決を待つ罪人のように、執務室でただ時が過ぎるのを待った。
そして、戻ってきた支配人の顔には、申し訳なさそうな色が浮かんでいた。
「本当にすみません。頭取に相談したのですが……どうやら、お断りするようでして……」
血の気が引いた。
20日以上かけて、ここまで来た苦労は……全て、水の泡だったというのか?
その時、執務室の扉が、勢いよく開かれた。
「誰が断ると言った!?少し、考えさせてくれと言っただけだ!」
豪華な貴族服に身を包んだ、恰幅のいいおっさんが入ってきた。
「も、申し訳ありません、頭取!すぐにお断りになるものと、早合点してしまい……」
支配人が、慌てて頭を下げる。
「君はいつも、そうやってすぐに返事をする!だから、大口の顧客を逃すのだ!」
頭取は彼女をそう叱りつけると、こちらに向き直り、極めて大げさな笑顔を浮かべた。
「皆様が、1200金貨の融資を希望されているお客様ですね?あなた方の起業経験、そして皇立学院の特別クラスを目指すという、その驚くべき気概!私個人として、大いに賞賛いたしますぞ!」
「……お褒めに預かり、光栄です。」
「正直なところ、先ほどまで、同業者たちとあなた方の話をしておりました。最初は、皆、冗談だろうと笑っておりましたが、これまでの軌跡を詳しく知るにつれ、もはや怪物のような若者たちだと、舌を巻いておりました。」
「……そんな、大げさな。」
「いや!全く大げさではない!私の数十年の商売人生で、一度打ちのめされて、二度と立ち上がれなかった人間を、数え切れないほど見てきました。あなた方のように、破滅的な打撃を受けながらも絶望せず、むしろ、さらに巨額の資金を元手に、より壮大な未来に賭けようとする……その気概!実に、血が騒ぎますな!」
「……恐れ入ります。」
「つきましては、その決意を支援すべく、我々で協議した結果、この1200金貨の融資を、承認することに決定いたしました!さらに、皆様全員の返済期限を、三ヶ月猶予いたしましょう!」
「ほ……本当に、ありがとうございます!頭取の絶大なるご支援に、心より感謝いたします!」
興奮のあまり、言葉がしどろもどろになった。
「いやいや。これからの一年間、あなた方が、どのような素晴らしい劇を見せてくれるのか、大いに期待しておりますぞ。」
頭取は、さらに大げさな笑顔を見せた。
こうして、奇跡的に1200金貨という莫大な融資を、手にすることができた。
もちろん、そのうちの1020金貨は、直接懐に入るのではなく、銀行から学院へ、今後一年間の学費と寮費として、直接振り込まれることになった。
現在の経済状況(帝国暦523年9月17日):
収支状況(8月17日-9月17日):
•期首資産:6.1389金貨
•収入:店舗売上:2.0554金貨、融資:180金貨、合計:182.0554金貨
•支出:従業員解雇手当:4.61金貨、個人生活費、医療費、旅費:1.4536金貨、合計:5.9636金貨
•期末資産:182.2307金貨
負債:公共債務:1383.2835金貨、アレックス:100.3549金貨、ボルグ:9.7826金貨、テオ:19.3018金貨、フレイヤ:27.8443金貨