9 崖っぷちの財務コンサルタント
融資された12金貨を手に、俺たちは早速、屋台からほど近い場所に工房を借り、テオの専用錬金工房として改装を始めた。
彼のリストに基づき、必要な機材や資材を買い揃えていく。
出費を少しでも抑えるため、社畜時代に培った相見積もりのスキルをフル活用し、比較的安価でありながら、テオの要求を最低限満たせる設備一式を選び抜いた。
こうした涙ぐましい努力の結果、工房の設立費用は、最終的に10金貨ちょっとで済んだ。
残りの金について、商業的な分析を行った。
テオの工房が本格稼働すれば、事業規模は間違いなく爆発的に拡大する。
そうなれば、今のボロい屋台では到底対応しきれない。
皆の同意を得て、残りの金で屋台をちゃんとした店舗へとアップグレードすることに決めた。
店の場所は、元の屋台があった場所からそう離れていないところにした。
家賃と改装費で、合計1金貨ほどかかった。
店名についても、皆で頭を悩ませた。
「赤字同盟」ではあまりに縁起が悪い。
当然、却下だ。
最終的に、「オパロア材料店」という名前に決まった。
「オパロア」とは、帝国の公用語で「繁栄」を意味する言葉だ。
テオの錬金工房と材料店が本格的に稼働を始めると、生産能力の大幅な向上に伴い、「赤字同盟」の日収は、またしても爆発的な成長を遂げた。
わずか3日で、売上はあっさりと30銀貨の大台を突破した。
懐に余裕ができたところで、約束通り、ボルグの加工道具一式を最新のものに新調し、ルナには高価な「魔力鑑別石」をいくつか購入した。
これらの新しい設備投資によって、生産効率はさらに一段階引き上げられた。
ともかく、事業の大きな成功により、月収は初めて全員の借金の合計利息を上回った。
俺たちはかつてないほどの自信に満ち溢れ、もはや「成功は目前だ」とさえ感じていた。
そして、さらなる生産能力の向上と市場拡大を目指し、次の投資方針について会議を開くことにした。
「次の重点は市場の独占だ。支店をいくつか出して、市場競争力を高めるべきだと思う。」まず、自分の考えを述べた。
「いやいや……現段階で投資すべきは、生産能力の継続的な向上、つまり生産効率の改善だろう。」隣でテオが異を唱えた。
「そうだそうだ!テオの言う通りだ!生産能力の向上が最優先だろ!」
「私も、テオさんの意見が正しいと思います。」
ボルグとルナも、ここぞとばかりに便乗する。
おいおい、示し合わせたな?
なんで自分の仕事の効率化ばっかり考えて、市場の反応を一切考慮しないんだ?
まあいい。今はまだ一店舗で手一杯だし、先に生産効率を上げるのも悪くない。
「分かったよ。で、具体的に何をどうしたいんだ?」ため息交じりに尋ねた。
「優先すべきは、新製品の研究開発だ。今の工房は、あくまで『基礎インフラ』に過ぎない。より高性能な錬金製品を開発するためにも、もっと希少で、不安定な触媒材料を仕入れたい。」
テオが得意げに語る。
「違う違う!重要なのは原材料の加工だろ!今の低品質な下処理が、テオの製品の安定性を著しく損なってるんだ!だから、独立した『専門加工工房』を建てて、『高精度魔力カッター』とか『魔動力コンプレッサー』みてえな設備を導入すべきだ!」
ボルグが興奮してテーブルを叩く。
「私は……現段階では、素材選別の質を高めることこそが重要だと思います。私一人と数個の鑑別石だけでは、もう品質管理の需要に応えきれません。なので、『初級魔力分離塔』を建設して、高品質な素材を効率的に選別できるようにしたいです。」
ルナも、いつになく真剣な表情だ。
「違うね、僕の研究こそが製品の付加価値の核なんだ…」
「今は新製品に手を出す時じゃねえ!この俺様の素材加工こそが最重要だろうが!」
「でも、より良い素材を選別する方が、もっと必要だと思います…」
やがて三人はお互いに一歩も譲らず、自分の仕事こそが「赤字同盟」の発展の鍵だと主張し、収拾のつかない大喧嘩へと発展した。
しまいには「マイクロ太陽炉」「タイタン・フィスト重圧機」「アストラル級魔力集束塔」などという、聞いているだけで頭が痛くなるような、無茶苦茶な要求まで飛び出す始末だ。
俺はただ、その茶番を黙って眺めていた。
その時だった。
「あなたたちの財政状況、本当に自分たちが思っているほど楽観的かしら?」
いつの間にか、美しい銀髪の女性が店の入り口に現れ、優雅に戸口にもたれかかっていた。
服装は少し露出が多く、エルフの血を引いているようだ。
口論していた三人は、ぴたりと動きを止め、訝しげに彼女を見た。
「……誰だ?なぜここに?」
警戒しながら尋ねた。
店はもう閉めたはずだぞ?
「あなたたちの『赤字同盟』には、前から注目していたの。そのビジネスモデル、とても興味深いわ。」
女性は微笑みながら、店の中へ入ってきた。
興味?まさか、同業者が送り込んできたスパイか?
「いったい、何の用だ?」
「そんなに緊張しないで。スパイじゃないわ。ただ、あなたたちの事業の先行きが、少し心配になっただけ。その帳簿、少し見せてもらっても?」
俺たちの反応を待たず、彼女は素早くテーブルの上の、くたびれた帳簿を手に取った。
まずい!帳簿を盗んで雇い主に渡されたら……!
いや、なんとしても阻止しないと!
だが、予想に反して、彼女は逃げ出す素振りも見せず、パラパラと数ページめくると、どこからか紙とペンを取り出し、なんと俺たちのために帳簿の整理を始めたではないか。
「ふむ……帳簿は災害レベルね。収入と支出がごちゃ混ぜで、全く体系化されていないわ。」
それからの三十分、俺たち四人は、彼女が紙の上で何かを書きなぐりながら、「財務計画が杜撰」「無駄な支出が多すぎる」などと、ひたすら毒づくのを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
ご丁寧に、それぞれの借金の請求書まで要求し、それも計算に含めている。
最終的に、彼女はあの混沌とした帳簿を見事に整理し、プロ顔負けの収支バランスシートまで作り上げてみせた。
彼女はそのグラフを指差し、冷ややかに言った。
「ここ一ヶ月の売上は、一見すると莫大に見える。けれど、最近の無計画な設備投資と運営コスト、それにあなたたちの巨額の借金の利子を差し引くと……残念ながら、収支は、マイナスよ。」
マイナス!?
俺たちは……まだ赤字だったのか!?
「でも、本当に深刻なのはそこじゃない。あなたたちが巨額の借金で事業を成長させてきたことは理解しているし、その投資判断そのものは評価するわ。」
「……」
「問題は、将来の成長を、あまりにも盲目的に楽観視していること。その楽観が、これからの無謀な追加投資を招く。大胆に予測させてもらうわ。このままいけば、三ヶ月以内に、借金に完全に押し潰される。」
三ヶ月以内……!?
俺を含め、その場にいた四人は、全員が息をのんだ。
「でも、追加投資と運営コストを厳格に管理できれば、まだ助かる道は残されている。それどころか、あなたたちの未来には、大きな可能性があるわ。」
この女……何者だ。
たった三十分で、俺たちが全く気づいていなかった財務のブラックホールを、ここまで鮮明に描き出してみせた。
これこそ、今、俺たちに最も必要な人材だ!
「あんたの分析は的確すぎる。まさに天の助けだ!ぜひ仲間になって、うちの財務管理を専門にやってくれないか!利益が出たら、必ず報酬を出すと約束する!」
興奮しながら一歩前に出て、右手を差し出した。
「ええ、そのつもりよ。私の名前はフレイヤ・モルゲンシュテルン。ブラックな雇い主に罪をなすりつけられて、50金貨以上の借金を背負わされた、元財務管理者。まあ、レンジャーといったところかしら。」
フレイヤは、俺の手を軽く握り返した。
現在の経済状況(帝国暦523年6月19日):
収支状況(5月18日-6月19日):
•期首資産:1.2337金貨
•収入:店舗売上、冒険者依頼報酬:11.8369金貨、融資:12金貨、合計:23.8369金貨
•支出:工房・店舗の改装費:11.4087金貨、営業コスト、設備投資費、個人生活費:5.6709金貨、合計:17.0796金貨
•期末資産:7.991金貨
負債:アレックス:120.0701金貨、ルナ:28.6178金貨、ボルグ:41.8303金貨、テオ:50.0533金貨、フレイヤ:57.4327金貨