表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

プロローグ 金貨100枚の借金地獄、開幕

「人生ってのは、壮大なクソゲーだ。」


俺の名前はアレックス・スターリング。

表向きはどこにでもいる十六歳の黒髪黒目の少年。

だが、その中身は――魂をすり減らされ続けた社畜である。

まあ、物理的に死んだのは一度きりだがな。


死因?言うまでもなく、過労死だ。

目を覚ましたら、見知らぬ世界の孤児院で赤ん坊になっていた。

そう、ライトノベルでよくある転生ってやつだ。

トラックに轢かれたわけでもなければ、女神様が出てくるわけでもない。

ただ、目を閉じて開けたら、人生がリスタートしていた。


十五歳で孤児院を放り出され、なけなしの金を握りしめてゴリアテ帝国の辺境都市「アクシア」へやって来た。

ここは広大な「迷いの森」に隣接しており、新米冒険者のメッカとなっている。

金もコネもない孤児にとって、手っ取り早く稼ぐには冒険者になるしか道はなかったのだ。


「よし!目指すはS級冒険者!お姫様と結婚して、勝ち組人生を歩むぜ!」――なんて熱血主人公ムーブは、コンマ一秒たりとも考えたことはない。

目標は至ってシンプル。

さっさと金を稼いで、どこか静かな場所でスローライフを送ることだ。


だが、世の中そんなに甘くはなかった。


「F級依頼、廃神殿の『遺跡蜘蛛(ルイン・スパイダー)』討伐。報酬、銀貨一枚。……よし、これにするか。」


冒険者ギルドの掲示板に貼られた依頼書を眺めながら、懐具合を計算する。


全財産は、5.32銀貨。

銅貨にして532枚。


この世界の貨幣価値は、金貨1枚が銀貨100枚、銀貨1枚が銅貨100枚に相当する。

銅貨1枚の価値は、前世の日本円でだいたい100円くらいだ。


冒険者の依頼はF級からS級まであって、報酬もピンキリだ。

F級依頼の相場は銀貨1枚程度だが、最高位のS級にもなると、報酬は200金貨というとんでもない額に跳ね上がる。


もちろん、今のF級では、S級依頼なんておとぎ話の世界だ。

F級依頼を安定してこなし、二、三日で銀貨1枚を稼ぐ。

それができれば御の字だった。


「あら、アレックスくん、また蜘蛛の依頼?」


ギルドの受付嬢のエマさんが、笑顔で声をかけてきた。


「ええ、まあ。これが一番、性に合ってるんで。」


廃神殿にはもう何度も足を運んでいて、道も覚えている。

蜘蛛自体も大した脅威じゃない。

……そのはずだった。


まさか、その帰り道でE級の「ガーゴイル」に遭遇するなんて、神様のイジワルにもほどがある。

全身が岩でできた凶悪な見た目のそいつは、そこにいるだけで足がすくむほどの威圧感を放っていた。


あ、詰んだ。

死んだわ、これ。


脳裏に浮かんだのは、そんな絶望的な二言。

F級風情がE級に挑むなんて、自殺行為以外の何物でもない。


頭が真っ白になる中、身体だけが勝手に動いていた。

考えるより先に、足がもつれるように走り出す。

向かうは、傍にあった古代遺跡らしき石柱群だ。

確か、この辺りには何かの仕掛けがあったはず……!


背後に迫るガーゴイルを尻目に、一番脆そうに見えた石柱に、やけくそで蹴りを入れた。


頼む、動いてくれぇぇぇ!


ゴゴゴゴゴゴ――!


効果は、ばつぐんだ!


地面が激しく揺れ、蹴り飛ばした石柱が轟音と共に倒れる。

それを皮切りに、想像を絶する連鎖反応が始まった。

砕けた石と土煙が天を衝き、もはや天災レベルの大惨事だ。


よし、これで奴を……。


待てよ。

この揺れ、ちょっとデカすぎないか?


なんか、とんでもないことをやらかした気がする……。


◇◆◇


時を同じくして、廃神殿からほど近い丘の上。


「はっはっは!さすがはフィリップ殿下!これほど希少な『妖精の涙』をいただけるなど、望外の喜び!」

「まことに!このような美味、まさに人間界の宝ですな!」


金髪の若者――ゴリアテ帝国第三王子、フィリップ・フォン・オースティンを、取り巻きの貴族たちが必死に持ち上げていた。


王子は足を組み、その賛辞を浴びながら悦に入っている。

古の遺跡を眺めながら茶を嗜むことこそ、己の非凡なセンスの現れだと、わざわざ王都から最高級の茶器や骨董品を持ち込んでお茶会を開いていたのだ。


「フン、たかが紅茶だ。余のコレクションは、こんなものでは済まさんぞ……」


王子の言葉が終わらないうちに、突如、大地が激しく揺れた。


「む?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ――ッ!


凄まじい轟音と共に、丘全体が激震に見舞われる。


「うわあああああっ!」

「殿下!お気を確かに!」


華やかだったお茶会は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

貴族たちは無様に転げ回り、精巧な磁器のカップや高価な骨董品の花瓶が木っ端微塵に砕け散る。

白玉石でできたテーブルセットも粉々だ。

王子が何より大事にしていた「妖精の涙」は、その中身を王子自身の頭上にぶちまけた。


揺れが収まった後、そこにあったのは見るも無残な光景だった。


「余の……余のお茶会が……」


王子は濡れた髪をかき上げ、わなわなと震える。


「誰だ!どこのどいつだ、余のお茶会を台無しにしたクソッタレは!そいつを余の前に引きずり出してこい!」

「はっ!殿下!」


王子の護衛たちがすぐさま四方へ散り、ほどなくして、瓦礫の中で呆然と立ち尽くす薄汚い少年を見つけ出した。


◇◆◇


死んだ犬のように引きずられ、いかにも高貴そうな連中の前に突き出された。

辺りはテーブルや食器、見るからに高そうな壺なんかが砕け散って、目も当てられない有様だ。


その中心にいる金髪のイケメンが、殺意のこもった目でこちらを睨みつけている。


一体、どんな特大地雷を踏み抜いちまったんだ……?


「無礼者!ゴリアテ帝国第三王子フィリップ殿下の御前であるぞ!頭が高い!」


側近らしき男が怒鳴りつけた。


王子?


その言葉を聞いて、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

理解するより先に、身体が動いていた。

勢いよく五体投地し、地面に額を叩きつける。


「も、申し訳ございません!この罪、万死に値します!小人、フィリップ殿下とは露知らず、大変なご無礼を!」

「ほう?謝罪の一言で済むとでも?この下賤な虫けらが。余のこの服がいくらするか、分かっているのか?」


王子は目の前に立つと、脇腹を思い切り蹴り上げた。

ぐっ、痛ぇ……!


「殿下、この身の程知らずをいかがなさいますか?」

「うぅむ……『黒鉄の焼きごて』でその顔に一生消えぬ印を刻んでやるのがいいか……。それとも、『指潰しのペンチ』で、二度と剣を握れなくしてやるのがいいか?」


王子は顎に手を当て、楽しそうに思案している。


「殿下?」

「いや!まだ生ぬるい!そうだ、斬首だ!そうだとも!斬首だ!斬首!斬首!ざーんーしゅーだーっ!」


王子は突如狂ったように笑い出すと、腰の剣を抜き放ち、その切っ先を眉間に突きつけた。


「はははは!この余が直々に、貴様をあの世へ送ってやろう!」


終わった。

こいつ、マジもんの狂人だ……。


「殿下!殿下、お鎮まりください!」

「早く殿下を押さえろ!」

「危険です、殿下!ご冷静に!」


周りの側近たちが真っ青になって飛びかかり、数人がかりで王子を押さえつけ、手から剣を奪い取った。


「離せ!貴様ら、余を誰と心得る!」

「お考え直しください、殿下!このような場所で私刑に処しては、王室の威厳に傷がつきます!」

「左様です、殿下!いっそ殺さず、賠償を命じ、己の愚行を一生かけて償わせるのがよろしいかと存じます!」

「ふぅ……ふぅ……。なるほど、それも一興!たしかに、殺すだけでは生ぬるいな!」


ようやく落ち着きを取り戻した王子は、皆に羽交い締めにされながらも頷いた。


「行け!会計官を呼んでこい!こいつに全てを弁償させる!一つ残らずだ!」

「御意!」


助かった……のか?


すぐに、一枚の羊皮紙が眼前に突きつけられた。

そこには、流麗な書体で賠償項目がずらりと並んでいた。


「古代エルフ王朝の花瓶、30金貨……」

「白玉石のテーブルセット、20金貨……」

「殿下御用達『妖精の涙』および特注茶器一式、15金貨……」

「殿下御用達の儀礼服の汚損および修繕費、15金貨……」

「アンティーク・ドワーフ製の銀燭台、10金貨……」

「宮廷楽師の七弦琴の破損、5金貨……」

「王子殿下への精神的慰謝料、5金貨……」


その他もろもろ、合計すると――


「……ひゃっ、金貨100枚?」


目の前が真っ暗になった。

いっそ、さっき斬り殺してくれた方がマシだった。


金貨100枚!

銀貨にして1万枚、銅貨なら100万枚だ!

日本円に換算したら、実に1億円!


S級依頼の報酬ならその倍近くになるが、帝国広しといえどS級冒険者は百人もいないだろう。

駆け出しのF級冒険者に、一体何十年かかるんだ?


「払えぬと?構わん。余は困っている者を助けるのが好きなのだ。誰かある。こやつをゴリアテ皇立銀行へ『ご案内』してやれ。」


数人の衛兵に『ご案内』され、アクシアにあるゴリアテ皇立銀行の支店へと連行された。

豪華な執務室で、噂に聞く『黄金契約』とやらに対面することになった。


銀行の支配人は、にこやかにその契約書を差し出した。


「スターリング様、こんにちは。こちらがお客様の債務契約書、帝国の法と神々の祝福を受けし『黄金契約』でございます。一度結べば、空間を超えて強制執行が可能となります。たとえ地の果てまで逃げようとも、決して逃れることはできません。」

「……」

「もちろん、期日通りに元本と利子をご返済いただければ、何の問題もございません。ですが、もし返済が滞るようなことがあれば……ええ、それはもう、大変なことになりますよ。」


「大変なこと」が何を意味するのか、聞かずとも想像はついた。

皇立銀行に逆らった人間の末路は悲惨だと聞く。

良くて全財産を没収され奴隷落ち、最悪の場合は契約の神力によって存在そのものを消し去られるとか。


契約書の条項に目を落とす。


「金額:100.0000金貨。返済期限:12ヶ月。月利:5%(月ごとの複利計算)……」

「月利5%……。これ、典型的なヤミ金じゃないですか?」

「いえいえ、当行の標準金利でございます。どなた様にも同じ条件でご案内しておりますよ。」


支配人は、あくまでもにこやかだ。


「では、こちらにサインを。」


傍らに立つ無表情な衛兵と、目の前の契約書を交互に見やり、観念して羽根ペンを手に取ると、そこに自分の名前を書き殴った。


現在の経済状況(帝国暦523年3月15日):

資産:5.32銀貨

負債:100金貨


なろう初投稿です。

至らない点も多いと思いますが、心を込めて書きました。

楽しんでいただけたら嬉しいです!

ご感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ