第54話 平原
「はぁぁぁ」
俺はため息をつく。
そして、同時に一つの疑問が頭をよぎる。
なぜ、ワイバーンはあんなに群れていたのだろうか。
Bランクのモンスターで群れずに単独行動を好む……それが俺の知っているワイバーンだ。
夕方の東京にいるカラスくらい大量に群れるワイバーンなんて知らない。
しかし、これ以上考えても仕方がないので俺は何とか自分を奮い立たせて立ち上がる。
“え”
“こっっっわ……”
“グロ”
“やっぱり、救助待った方がいいんじゃ……”
視聴者のみんなも俺と同じ気持ちなのかコメント欄は困惑と畏怖の言葉に溢れていた。
「救助を待った方がいい……か。多分、救助隊の人も来れないと思う」
ダンジョンでの人命救助はダンジョン協会が行っている取り組みだ。
そのため、ダンジョン協会非公認の探索者である俺にはそもそも救助は来ない。
……まあ、ダンジョン協会に属していても深層に救助が来るわけないけどな。
“深層は無理やな”
“二次被害懸念して派遣しなさそう”
“Sランク探索者でもこの状況はキツそうだもんな……”
“ちな、なんで柊は襲われなかったんだ?”
「俺が襲われなかったのはこの1週間で入手した、気配を薄くするスキルのおかげだな。これがなかったらマジで危なかった」
俺はそうやって誤魔化す。
今はまだ、魔法のことは全てスキルということにするつもりだ。
説明したところで混乱を招くだけなのは見えている。
……それどころか、謎の力を使う男として解剖とかされそうで怖いし。
“おお、すげえ”
“いつの間に、そないなスキル手に入れてたんか、ワレ”
“ビジ狂が意外と有能で草”
俺はコメント欄の質問に答えつつ、〈魔力探知〉で周囲を索敵しながらどんどん森の外に向かって歩いていくこと数分。
いつの間にか、霧はほとんど無くなっていた。
「そろそろ、この森は抜け出したいな――っ?!」
俺がそう思っていると、木々の間から燦々と輝く太陽が見えた。
「よっしゃぁ! 外だ!」
俺は嬉しさのあまり、疲れも忘れて木々の間を駆けていくと――
その先には草原がどこまでも、どこまでも広がっていた。
“ひっっっろ”
“草原かぁ”
“どこまで続いてんだよこれ……”
“ダンジョンの中で地平線を見る日が来るとは……”
地平線が見えるほどに広がっている階層なんて前代未聞だ。
マジでこれ、どこに次の階層への階段があるんだ?
正直、草原だと障害物がなく、モンスターに見つかりやすくて野宿なんて出来たものじゃない。
だから、今日は次の階層まで行ってから野宿しようと思っていたんだが……難しいかもしれない。
「でも、とりあえず、進むしかないよな」
俺は重い腰を上げて、草原に入っていく。
「あれ……?」
草原に一歩踏み入れた時、一瞬だけズキリと頭痛が俺を襲う。
頭をぶつけたような痛みではなく、病気の時に感じるような痛みだ。
しかし、本当に一瞬だけだったのでそこまで気にせずに俺は草原を進んでいく。
ザクザクと草を踏みながらただひたすらに。
“頑張れ”
“昨日の俺なら、これをダンジョンって言われても信じない自信あるわ”
“お前、北海道に転移したんじゃね?ww”
最後のコメントは北海道民に失礼だろ。
それはそうと、しばらく草原を歩いて気づいたことがある。
「なあ、やけに静かじゃねえか?」
モンスターの咆哮も鳥の鳴き声も聞こえない。
それどころか、森の中だと聞こえていた草木が風に揺れる音も聞こえないのだ。
聞こえるのは自分の息の音と草を踏みつけるザクザクとした音、ドローンカメラが飛んでいる音……それだけだ。
“そりゃあ、何にもないからな”
“草原だし、そんなもんなんじゃない? 知らんけど”
“神経質になりすぎちゃう?”
“このコメント欄、深層で遭難してる奴に対して楽観的やなww……まあ、でもこんなもんなんじゃない?”
「まあ……確かに神経質になりすぎか」
さっきのワイバーンの件で気が動転してしまっているのだろう。
俺がリラックスするために水を取り出そうとした時だった。
「キュイ!……」
そんな可愛らしい鳴き声が背後から聞こえてきた。
俺は咄嗟に振り返るとそこにはクリスタルホーンラビットがいた。
「うん?」
モンスターであれば普通は襲ってくるところだが、クリスタルホーンラビットは何故か、微動だにしなていなかった。
それどころか……弱ってる?
クリスタルホーンラビットの瞳からは生気が感じられず、今にも倒れてしまいそうな感じだ。
「モンスター同士で争ったのか?」
俺はクリスタルホーンラビットをまじまじと観察してみるが、弱っているのにどこにも外傷らしきものは見られなかった。
「……待て、嫌な予感がする」
外傷じゃないが弱っている……つまり、何か精神系の攻撃や毒を喰らったということだ。
“ケガしてないのに弱ってるのが変ってことだよな”
“ワイみたいに3日、何にも食べてないとかなんじゃね?”
“ちなみに、モンスターは強くなるために食事するけど、食事しなくても普通に生きていけるぞ”
“うさぎ可哀想”
“毒とか?”
しかし、精神系の攻撃や毒といってもどこからだろうか?
森の中にそういう攻撃を使ってきそうなモンスターはいなかったし、この平原にはそもそもモンスター自体がほとんど居ない。
じゃあ、一体、誰から……。
俺は頭を抱える。
仕方がない、こういう時は――




