第52話 杖
『セナヴィアが、セナヴィアが居なくなったんじゃ!!!』
「え?」
俺の背中を冷や汗が伝った。
『昨日の昼から姿が見当たらないのじゃ。他のピクシーたちに聞いてみたのじゃが、今日は誰もセナヴィアの姿を見ておらぬのじゃ』
『風邪とかで家に篭ってるだけなんじゃないのか?』
一日、姿が見当たらないだけなら、そこまで心配する必要はないと思うが。
それに、あいつは俺よりも強いから何か危険があっても一人で何とかしていそうだしな。
『家も確認したが居らんかった……』
師匠はやけに焦っているようだった。
まるで、何かを懸念しているように。
『もしかして、昨日、何かあったのか?』
『……まあ、そうじゃな』
師匠は後ろめたそうに話し始めた。
『実は昨日、セナヴィアにアーティファクトを幾つか借りられないか、と頼まれてのう……お主に間違えてセナヴィアの家の鍵を渡した件もあって承諾してしまったんじゃ』
つまり、あいつはアーティファクトを借りパクした……?
でもなんでだ?
もしかして――
『セナヴィアの家に置き手紙があったんじゃ……要約するとそれは一人でダンジョン攻略しに行くという内容じゃった』
「ッ……なんでだよ……!」
ふざけんな、俺が足手纏いだから1人で攻略するってか?
確かにここに来たばかりの俺であれば足手纏いになったかもしれない。
しかし、今は違う。
この1週間で俺はあいつにギャフンと言わせれるくらい強くなった。
なのに、1人で行くなんてズルすぎる。
お前は俺にリベンジの機会すら与えないって言うのかよ。
「今、行けばまだ間に合うか……?」
もしかしたらもう、色々と手遅れなんじゃ――。
いやいや、あいつは強いし、それはないな。
てか、何を俺はあいつの心配をしているんだよ。
俺が一番気にしているのはあいつにリベンジできないことだ。
『とりあえず、訓練場まで来てくれぬか?』
チラリと神父さんの方を一瞥すると彼はにこりと微笑みながらコチラを見つめていた。
逆に表情に変化がないせいで少し怖い。
「すまん、ガイル君には急用ができたと伝えておいてくれないか?」
「ええ、わかりました」
俺は教会から飛び出ると、駆け出した。
――――――
「師匠!!!」
いつもの訓練場に行くと難しい顔をした師匠がいた。
そして、師匠の手には木の枝のようなものが握られている。
「おっ、予想よりも早く来たのう」
「今なら……今なら、あいつに、追いつけるか……?」
俺の声は息を切らしていたせいで、途切れ途切れだった。
「そうじゃな……お主の速さじゃったら2日もすれば追いつくじゃろうな」
ここはあの奥多摩ダンジョンの深層、普通のダンジョンの何倍も広い。
あいつがダンジョンボスと戦うまでには追いつけそうだ。
俺がそうやって考え込んでいると、師匠は不思議そうな顔をする。
「お主はセナヴィアを助けたいのか?……それとも、お主はこのダンジョンを攻略したいのか?」
「両方違うな」
即答だった。
正直、あいつのことは嫌いだ。
思い込みが激しいし、すぐに暴力を振るうし、口調は荒い。
最近は急に優しくなっていたが、逆にそれはそれで怖いし……。
もし、これが乙女ゲーで俺が攻略対象だったら全くフラグが立たないレベルの好感度である。
「最初にあいつと戦った時、俺は師匠が止めてくれなかったら、あいつにボコボコにされていたんだろ?」
師匠は小さく頷いた。
「あいつにリベンジしたい。成長した俺の実力を見せつけてやりたいだけだ」
「ふぉっふぉ……人と比べることはやめても、負けず嫌いなところは変わらないのじゃな」
あったりまえだ。
なぜか特にあいつには負けたくなかった。
「なら、そんなお主にとっておきのプレゼントじゃ」
師匠は右手に持っていた木の枝を差し出す。
ずっと気になっていたのだが……これは何かの素材とかだろうか。
「この木の枝は……?」
「き、木の枝……これは立派な杖じゃぞ!」
「え? つ、杖?!」
加工の跡すら見えない枝に少し枝先についた緑色の葉。
こんなの誰がどう見てもただの木の枝だ。
「それに、これはアーティファクトじゃぞ?」
「こ、これが?!」
俺は師匠の掌の上の木の枝をまじまじと見つめる。
確かに言われてみれば普通のものではないような気配がする。
「これは精霊樹の枝と呼ばれる超希少なアーティファクトの杖じゃ」
精霊樹……?
またしても異世界ファンタジーな単語が飛び出してきたな。
「精霊樹というのはワシらが元々住んでいたところにあった大きな木のことじゃよ……じゃが、ただの木ではなく、何万年も間、土地を守護していた凄い木じゃった」
「その精霊樹の……枝がこれか?」
「うむ、精霊樹は数千年に1回しか枝を落とさぬ木じゃ。超希少じゃから丁寧に扱うのじゃぞ?」
「は、はい……ちなみにどういう能力があるんだ?」
「ええっと……魔法の高速発動、消費魔力減少、威力倍増、記録魔法じゃな」
「記録魔法?」
一度も聞いたことのない言葉だった。
「記録魔法はこの中で最も重要な能力じゃ……この能力によって所有者は一つだけ記録した魔法を詠唱や魔法陣無しで使うことができるのじゃ」
消滅しないが魔力を消費するスクロールのようなものだろうか?
それであれば、俺でも魔力さえあればどんな魔法でも使えるんじゃ――
「……つまり、俺でも上級の魔法が使えるのか?」
「可能じゃが、所有者の魔力や実力に見合わない魔法を発動する時、とんでもない量の魔力が消費されるぞい?」
流石にそこまでのぶっ壊れではないのか。
「じゃが、今のお主なら簡単な上級魔法くらいなら本来の魔力消費のままで使えるじゃろうな。どうじゃ? なにか希望の魔法はあるか?……ちなみに、ワシのオススメは認識阻害じゃ」
認識阻害って……ああ、最初に会った時のあれか!
上位の探索者である俺ですら全く師匠の存在に気づかなかった魔法だ。
そんな性能の認識阻害をダンジョン内で使えたら相当攻略が捗るだろうな。
「認識阻害でお願いしてもいいか?」
「うむ、認識阻害は風属性の簡単な上級魔法じゃから、本来の魔力消費のままで使えると思う……では、早速、魔法の記録を始めるぞ。ほれ」
師匠から精霊樹の杖が手渡された。
「ワシが合図したら、これを持ちながら〈記録開始〉と唱えるのじゃ」
「おう」
師匠は少し俺に近づくと、精霊樹の杖に向かって手を突き出し、「今じゃ!」と合図をする。
「〈記録開始〉」
「〈認識阻害〉」
師匠の体が淡く青色に光ると、同時に杖は赤色に光った。
「これで記録完了じゃ……一度試してみたらどうじゃ?」
ええっと……この杖に魔力を込めながら〈認識阻害〉って詠唱すればいいのか?
まるで俺の体の一部のように杖へ魔力が流れていき
「〈認識阻害〉」
俺がそう唱えると、自分の体が淡く青色に光った。
成功だ。
「中級魔法を1週間足らずで覚えただけあって流石じゃな」
30分で中級魔法を身につけた人に言われても褒められている気がしないんだよなぁ……。
「じゃあ、俺はもう出発するんで」
一旦、借りている家に戻って荷物を纏めたらすぐに出発しよう。
一刻も早くあいつに追いつき、一発ぶん殴ってやりたい。
「ぬ……そうか。もう行くのか」
師匠は一瞬だけ寂しそうな目をした気がした。
「師匠!」
「なんじゃ?」
「この1週間、本当にありがとうございました」
俺は深く頭を下げた。
脅されるように始まった魔法の訓練だが、俺にデメリットしかないわけではなかった。
実は俺は最近、低迷していたのだ。
俺は〈ショックブラスト〉しかロクに使えるスキルがない上に、〈ショックブラスト〉の熟練度はほぼ最大まで上がりきってしまっていた。
そのため、これ以上どうやって成長すればいいのか伸び悩んでいたのである。
そんな中で魔法を習得できたのは僥倖だった。
「頭を上げるんじゃ……ワシらはお互いの目的のために互いを利用しておるだけじゃ、礼など要らぬ」
「そう……か?」
「さあ、早く行くが良い。モタモタしておるとセナヴィアが先にダンジョンを攻略してしまうかもしれぬぞ?」
「それもそうだな」
俺はカバンに杖をしまうと師匠に背を向け
「じゃあな」
それだけ告げて、歩み出した。
次、再会できるかわからないような別れだからこそ、長く話すのは野暮だ。
セナヴィアを見返す。そして、奥多摩ダンジョンから絶対に脱出してやる。
今俺に必要なのはその決意だけだった。




