第28話 兜の中
「でも……やるしか……ねぇよな」
俺は小さくそう呟いた。
正直めちゃくちゃ逃げたいが……逃げれば視聴者から投げ銭が貰えなくなってしまう。
それだけは避けなければならない。
全ては金のために……!
“流石に柊負けるんじゃね?”
“いや……ブラックフェンリルを追い返した実力だぜ? 俺は柊が勝つと思うね”
“流石にSランク探索者だろww、ブラックフェンリル倒せてない時点で柊の実力はSランク探索者相当じゃねえんだよなぁ”
“柊……大丈夫か?”
“俺はSランク探索者が勝つ方に1万賭けるわ”
“俺は5万賭けれるね”
“俺はビジ狂に10万賭けるぜ”
“馬鹿乙、Sランク探索者に10万賭けるね。柊が勝てるはずがないww”
おい、なんか俺のコメント欄で賭けが始まってねえか?
それも、俺に賭ける奴ほっとんどいねぇじゃねえか!
「クソ視聴者共が……いいぜ、今俺に賭けた奴、大儲けさせてやるよ……あっ、勿論、儲けた金は全部俺の物な?」
“草”
“最後の一言が無ければ惚れてた”
“ただのジャイアンで草”
“暴論じゃねえか!”
“ww……いいぜ、儲けは全額投げ銭してやるよ”
おっと? 言ったな……?
その言葉、絶対に忘れないからな?
「〈ショックブラスト〉〈ショックブラスト〉」
俺は連続で〈ショックブラスト〉を放った。
胴体に向かって放てば打ち消されるなら、足に当てれば良い。
そう思って両足へ1発ずつ撃ったのだが……。
「小癪だな」
男はショックブラスト目掛けて大剣を1振り。
2つのショックブラストは散って消えた。
「は……?」
ほぼ音速で動くショックブラストに反応してあんな重たそうな大剣を振っただと?
意味がわからない……。
ショックブラストを知覚する事自体はSランク探索者の実力であれば十分可能だろう。
しかし、知覚した上で対応した?
絶対に人間に出来ることじゃない。
となれば……スキルか。
「動かぬか……ならこちらから攻めさせて貰おう」
その時、男の姿が視界から消えた。
不味い、なんか嫌な予感が――
「〈ショック〉」
俺は足から〈ショックブラスト〉を短縮詠唱で放ち、真上に退避する。
「は?」
次の瞬間、真下から轟音と爆風が襲ってきた。
下を向くと、俺がいた場所の後ろの壁に巨大な斬撃の痕が残っていた。
「ふん……外したか」
……い、いやいや、『外したか』じゃねえよ!
自分の勘を信じておいてよかった……でなければ今頃、俺は真っ二つになっていただろう。
「お前……マジで何者だよ……そんなに強くてどうして迷惑系配信者に手を貸したりするんだ?」
「……」
男は何も言わずに黙りこくる。
チッ……黙秘かよ、じゃあ――
「その鎧をひん剥いたら教えてくれるか?」
俺だけ顔を晒すなんて……そんなの不公平じゃないか。
これが終わったらこいつの顔をインターネットの海に迷惑系配信者の仲間ってパワーワードで晒してやる……!
「さぁてと、てめえの兜の下はどんなブサイクなのかなぁ……〈ショックブラスト〉」
直接撃って意味が無いなら俺がぶん殴りに行くまでだ。
俺はショックブラストで加速すると、拳を振り上げ――
「〈ショック〉」
男の顔面を右手で殴り付けると同時にその手からショックブラストを撃つ。
超至近距離からのショックブラスト。
それをモロに食らった男は壁まで吹き飛び、壁に衝突すると、砂埃が舞った。
「へっへ……これを食らったら流石に――」
刹那、砂埃の中の一点が光った。
まさか――
「その程度か」
次の瞬間、俺の目の前には剣を構えたフルプレートアーマーの男がいた。
「っ――〈ショック〉」
俺はもう一度、足の裏からショックブラストを撃ち、上空へ離脱する。
なんで? どうなってんだよ……!
体感50mくらいは吹き飛ばしたはずなのに、その距離を瞬きするくらいの時間で詰めてきただと?
俺がショックブラストで加速してもあんなに速く動けないぞ?
男は俺を見上げると、膝を曲げ、俺の方へ大きく飛び上がった。
不味い――
「〈ショック〉」
「甘い」
俺は男に向かってショックブラストを放つも大剣で振り払われてしまう。
この距離じゃ、もう一発ショックブラストを撃とうとしても詠唱が間に合わない。
これじゃあ……俺は――
「あれ?」
俺は男の動きを見て違和感を覚えた。
さっきに比べてこいつ……やけに遅くないか?
勿論、これでも滅茶苦茶速いのだが……瞬きする程の時間で50m移動してきた時に比べれば圧倒的に遅い。
つまり、彼は上への移動にはそこまで優れていないのでは?
ならば――
「殴るのみ!」
男は真下から、俺の首目掛けて大剣を横一文字に振ってきたため、俺はその大剣を左手で掴み、右手で男の兜をぶん殴る。
「ぐっ――」
左手だけでは大剣の勢いを打ち消しきれず、衝撃で俺は天井に衝突する。
だが――それは男も同じようだ。
「ふはっ……やるねえ、君」
フルプレートアーマー男の兜は粉々に砕け散っていた。
よし、やったぞ!
俺はハナからSランク探索者なんかを正面から相手する気なんてなかった。
あいつの素顔さえ明らかにしてしまえば、あいつは迷惑系配信者に味方したSランク探索者として社会的に死ぬ。
「まさか、俺が兜を壊されるなんてな……」
男は大剣を顔の前に掲げ、顔を隠しながら喋る。
どうやら兜には声を変える効果があったようで、兜をかぶっていない男の声は渋い声から、若い青年の声に変わっていた。
“うおおおおおお”
“柊が勝った!”
“嘘だろ……Sランク探索者なんだろ?!”
“はい乙、普通に考えてSランク探索者がここに居るわけないじゃん”
“↑お前、さっき『柊が勝てるはずがないww』って言ってた奴じゃん……”
“こ、これは負けじゃない! 兜壊されただけだからな!”
“社会的に死ぬんだから負けだろww”
「ふん、もう降参したらどうだ? 柊幸人様に喧嘩売ってすみません、慰謝料として10億円をお支払いしますって」
俺は天井から地面に降りると、肩についた砂を払いながらそう言う。
「ははっ……それで要求するのが金銭かい? そこはつまらないんだね」
「は?」
金が……つまらない?
どうやら、こいつは金の価値を知らないようだな、金っていうのはあればあるほど色々なことができるようになるのだ。
例えば、清潔な家でふかふかベッドでハーゲンダッツ爆食いできるようになったりな!
“ごめん、柊、それは俺もフルプレートアーマー野郎と同意見だわ”
“なんでこいつ、いっつも一言余計なんだろ”
“狂人とは……?”
“金の亡者の間違えだろww”
「と、とりあえず、フルプレートアーマー野郎! お前は降参してその大剣退けて素顔見せろよ!」
「え? ……嫌だけど」
「は?」
いやいや、こいつ、今の状況わかってるのか?
兜を壊されて、声もバレて絶体絶命。
今のうちにカメラの先のみんなに弁明するのが賢い判断だろう。
馬鹿なのか?
「だって素顔見せたらみんなが僕の顔に見惚れてしまうじゃないか」
「は、はあ……? 意味がわからん」
「そうかい? ――こういう意味なんだけど」
刹那、フルプレートアーマー男の姿がかき消えた。
「え……? に、逃げた?」
そう認識するには時間がかかった。
だって俺ですら、男の動きを全く視認することができなかったのだから。




