第22話 どうして俺がツッコミ役になってるんだよ……
「……おい! これ、お前の仕業か?!」
青年は壁の向こうから現れた中年男を見つけると、苛立ちを含んだ声で言う。
「あー、そうだけど? だからなんだよ」
「危ねえじゃねえか!!! 後ちょっとで巻き込まれてたかも知れねえんだぞ!」
飄々とした態度の中年男に対して、さらに青年は怒りを募らせる。
普通に探索していたのに突然、目の前の壁が吹き飛んだのだ。
青年からすれば歩道を歩いていただけなのに車が突っ込んできたようなものである。
怒るのは至極、当たり前のことである。
「……んだよ、巻き込まれてねえのかよ。つまんねーな」
「は?……今、なんつった? お前」
「だからつまんねーなって言ったんだよ。聞こえてねえのか?」
「っ……お前、頭イカれてんだろ」
青年は強く拳を握りしめる。
場は一触即発の雰囲気だった。
「お? やるか? オレのこと殴ってみるか?」
「ああ、やってやろうじゃ――チッ」
青年は拳を振り上げようとした瞬間、舌打ちをする。
中年男の後ろに飛んでいるドローンが目に入ったのだ。
ダンジョン内には警察も監視カメラもない。
そのため、他の探索者を攻撃しても証拠が残らなく、罪にならないことも多々ある。
しかし、相手が配信していれば、話は別だ。
攻撃した瞬間、その映像は世界に発信され、明らかな証拠になる。
中年男はそれを分かった上で青年を挑発しているのである。
「なんだなんだ? 攻撃してこねえのかよ!」
「お前……」
「腰抜けがよぉ! オレのオーラにビビっちまったか? あん?」
中年男はさらに挑発していく。
中年男としては挑発に乗って攻撃してくれれば慰謝料を請求できる。
乗ってくれなくてもデメリットはないので挑発し得なのだ。
“うっざ”
“マジで誰かこいつを止めろ!”
“そもそもここどこのダンジョンだよ!”
“特定したわ、ここ西東京ダンジョン”
“おっ! オレ、偶々今、西東京ダンジョンにいるから第6階層向かうわ! ちなみにBランク探索者”
“↑有能!”
“Bランク探索者さん頼む!”
「なんだよ、コメント欄うるせえなぁ……は? おいふざけんなよ! 何特定してんだよ!」
打ってかわって今度は中年男が怒りを露わにする。
中年男の実力はCランク……少し強い程度である。
Bランク探索者を相手するには実力が足りない。
「クソがっ……お前ら余計なことしやがって……」
中年男は苦虫を噛み潰したような表情であった。
“効いてて草”
“早くコイツを捕まえろ!”
“ちょっと待って、今、第3階層いる”
「クソぉ……今日はもう終わりだ終わり! じゃあな!」
中年男のその言葉と共に配信はぷつりと切れた。
――――――
【柊視点】
「すっかり、ダンジョンの調査のこと忘れてた……」
緋色さんがクランの勧誘のために家に来た翌日、俺はダンジョンに来ていた。
目的はダンジョン協会から頼まれた西東京ダンジョンの調査である。
一昨日も同じ目的で西東京ダンジョンに来たのだが、お金に釣られたり、狂化スキルの存在がバレたりしたせいでほとんど調査することができなかった。
だから、今日もダンジョン調査に行かなければならないのだ……それも配信をつけて。
俺は配信用ドローンを飛ばすと、ドローン向かって口を開いた。
「あー、あー聞こえてるかー? ダンジョン配信者の柊だ、今日も西東京ダンジョンの調査してくぞー」
“キタァァァ”
“待ってました!”
“わこつです”
“ビジ狂キタァァァ”
“あれ? 前回の配信で調査終わらんかったんか?”
「誰かさんが散々邪魔したせいで調査終わってないどころか、まだ第1階層しか探索終わってないんだよ!」
本当なら今頃、俺は家でゴロゴロしているか中層でモンスターを殴って楽しくなっていたはずなのに……。
“誰やろな”
“そんな奴いるんか”
¥5000“こういうこと?”
「ああ、そういうことだよ!!! 五千円ありがとな?!」
“草”
“それでも感謝は忘れないんやなw”
“流石、ビジ狂”
不味い、また金に釣られてしまった。
しかし、投げ銭してもらったのに感謝しないのも申し訳ないし……。
クソっ! どうすればいいんだよ!
「あーもう! いい加減、調査始めていくぞ!」
俺は諦めてとっとと調査を始めていく。
今いるのは西東京ダンジョンの1階層だ。
一昨日、1階層の調査はしたが一応、もう一回軽くチェックしておくか。
俺は辺りを見渡しながら歩いていくが――
「流石に1階層に異常はないみたいだな」
たまに1、2体のスライムを見かけるだけだった。
一昨日は何故か1階層に大量のスライムがいたが……あれは確実におかしかった。
“普通だな”
“モンスターさん! 狂人はここですよー
“ダンジョンさん、仕事してくれー”
「いや、モンスターを呼ぶな! あと、ダンジョンさんに仕事させないでいいからっ!」
どうして俺がツッコミ役になってるんだよ……。
今まではバーサーカーな俺の行動にコメント欄がツッコんでたのにぃ……。
「次の階層いくぞ!」
俺はいい加減諦めて、
階段を降りると、俺は同じように調査していくと――
「ガウゥゥゥ」
5体の灰色の毛並みをした狼――灰狼が現れた。
こいつはDランク相当のモンスターであるため、2階層で出現してもなんらおかしくない。
気になるのはその数だろうか。
2階層で5体は少し多いような気がするんだが……?
俺は顎に手を当てて考える。
しかし、灰狼はそれを待ってはくれなかった。
「ガウゥッ!!!」
真ん中の灰狼は助走をつけると、口を大きく開けて飛び込んでくる。
口からは鋭い牙が覗いている。
新米探索者があれに咬まれたらきっとタダじゃ済まないだろうな。
「うーん、2階層でこれが5体は流石におかしいか」
しかし、それは新米探索者にとってである。
俺は飛び込んできた灰狼の顎にアッパーを入れる。
すると、灰狼は空高く打ち上げられて、空中で光の粉となって消える。
「ガウゥ!!!」
「ガウッ!!!」
続いて2体の灰狼が正面から、残りの2体が両脇から迫ってくる。
なるほど、1体じゃ無理なことに気づいて総攻撃を仕掛けてきたか。
うーん、俺のショックブラストじゃ範囲攻撃できないからなぁ……どうしようか。
「ガウゥ!」
「ガウッ!」
両脇から2体の灰狼が俺に咬みつかんと飛び込んできたのでとりあえず、バックステップで避ける。
すると、その2体の灰狼が目の前で正面衝突する。
どうやら連携力は大したことないようだ。
「〈ショックブラスト〉」
圧縮された空気の塊は正面でぶつかっている2体の灰狼だけでなく、その後ろから迫ってきていた灰狼も巻き込んで吹き飛ばすと
「キャウゥン……!」
4体の灰狼は壁にぶつかり、そのまま光の粉になって消えていった。




