第21話 迷惑系配信者
『ビジネス狂人』という言葉がSNSのトレンド1位になった後も、話題が話題を呼び、その言葉はSNSで呟かれ続けていた。
そんな話題の『ビジネス狂人』という言葉をトレンド1位から引き摺り下ろし、新たなトレンド1位となったのは『迷惑系ダンジョン配信者』という言葉だった。
その言葉はとある配信者の配信の切り抜きがバズったため、生まれた。
「どうもー迷惑系ダンジョン配信者のゼウスでーす! よお、クソ野郎共! 今日も馬鹿みてえに人集まってんなぁ!」
金髪オールバックの中年男がドローン型カメラに向かって汚い言葉を吐く。
配信には中年男だけでなく、その後ろに灰色の質素な石壁が映っていた。
灰色の石壁、少し薄暗い空間、どこか不気味な雰囲気……そう、ここはダンジョンの中だ。
《コメント欄》
“また、配信してるよ……”
“なんやこいつ”
“くぁwせdrftgyふじこlp;”
“なんか、タイトルが不吉なんだけど”
“こいつ何なん?”
「あーあー、クソ野郎共うるせえなぁ……今日の企画は題して『ダンジョンの壁は爆弾何個でぶっ壊れるのか』だ! ダンジョンの壁ってくっそ硬えじゃん? だからさ、みんなダンジョンの壁がどうやったら壊れるか知りたくないか?」
“おもろそう”
“;pぉきじゅhygtfrですぁq”
“それ、めっちゃ知りたかったわ”
“待て待て待て、ダンジョン壁を壊すのはマナー的にダメだろ! 過去、戦闘の余波でダンジョンの壁が壊れて壁の向こうにいた探索者が瓦礫の巻き添えになったことだってあったんだぞ!”
“馬鹿なん? ガキじゃないんだからやっていいことと悪いことぐらい判断つくだろ”
「クソKY共は黙っとけよ。みんなが知りたがってんのに空気読めないコメントするとか空気読めなさすぎだろ」
中年男は苛立ちを含んだ声でそう答えた。
“知りたがってんのはお前だけだろ”
“今日、やけにKY多くね”
“初見は黙って見てろよ、一々口挟んでくるんじゃねえよ”
コメント欄は一層、罵詈雑言に溢れていく。
「へっへっへ……、じゃあ早速やってくぜ。今日使う道具はこの裏ルートで仕入れた爆弾だ……こいつは大型のAランク以上のモンスター討伐とか大規模工事とかで使われる爆弾だから威力は抜群だぜ」
中年男は荒れているコメント欄を気にせずに大きなスーツケースから、人の頭くらいの大きさの爆弾を3つ取り出す。
その爆弾には赤と黄色のマークが描かれており、爆弾が明らかに危険であることが伺える。
中年男は爆弾を担ぎ上げると壁の近くまで歩いていき――
「マップによると、どうやらこの壁を壊した先には第6階層に続く階段があるみたいなんだわ……つまり、ここの壁をぶち破れればショートカットできるってわけよ!」
そう言って、壁の近くに等間隔に3つの爆弾を置いていく。
“おい、嘘だろ? 何でよりにもよって壁の向こうに人が居そうな場所でやるんだよ!”
“おもろくなってきたぁぁぁ!!!”
“やっちまえ! やっちまえ!”
“6階層ってまだ上層だろ? そんなとこでやんなよ!”
“もし、誰かに怪我させたらダンジョン法違反で犯罪だぞ?”
「今、犯罪って言った奴、無知すぎだろ! ダンジョン法で禁止されてるのは《《故意》》に人に怪我をさせることだ……つーまーりー! 壁をぶっ壊したせいで誰かが怪我してもそれは犯罪じゃなくて事故なんだよ」
ダンジョンには一部、地上とは違う法律――ダンジョン法が存在する。
その内の1つにダンジョン傷害罪がある。
その法律では攻撃した者に敵意や殺意が無ければ、攻撃した者は罪に問われないのだ。
明らかに欠陥であるこの法律だが、そもそもダンジョンには監視カメラも警察もいないため、仕方がないことだった。
“理由もなく壁爆破しといて故意じゃないって暴論すぎだろ”
“↑は? 調査は立派な理由だろ!”
“何言ってんの? 何のためにその調査が必要なんだよ ”
“コメ欄も配信主も面白すぎる、続けてくれ!”
「ったく、お前らうるせえなぁ……もう準備は終わったから邪魔が入る前にとっととやっちまうか!」
中年男はマッチに火をつけると、導線にマッチを近づける。
導線に燃え移った火は、まるでカウントダウンのようにゆっくりと燃え広がっていき――
ドォォォォォン!!!
爆発した。
耳をつんざく轟音と目を瞑ってしまいそうな眩い光、体を吹き飛ばしそうな爆風と共に。
「くっくっく……! ついに爆破してやったぜぇぇぇ!!!」
中年男は砂埃に包まれながら狂ったように叫ぶ。
“馬鹿だろ”
“やりやがったこいつ”
“もっとやれ! もっとやれ!”
“どうなったんだ?”
“誰かこいつを止めてくれ!”
いつの間に同接は配信開始時の10倍である5万人にまで増えており、コメント欄の流れは一層早くなっていく。
ついに砂埃が晴れると、その先には――
「……ふははっ! マジで全部ぶっ壊れてんじゃねえか!」
そこには大破した壁があった。
開いた穴の向こうには階段のようなものが見えていた。
“こいつやりやがった!”
“ヤバすぎだろww”
“はい、警察に通報するわ”
“なんか、ちょっとだけ人の声しないか?”
“ホンマや、なんか聞こえるぞ?”
配信には微かに人の声のようなものが乗っていた。
「おん? なんだよ? もしかして巻き込まれたやつがいるのか?!」
中年男は心配したような様子……ではなく、逆に興奮した様子で壁に近づいていくと――
「……おい! なんで急に壁がぶっ壊れんだよ! あっぶねえなぁ!!!」
壁の向こうには剣を片手に尻餅をついていた青年がいた。
装備からして、どうやら新米の探索者のようだった。




