【間奏9】2026年12月17日 官二代の狂宴(梁思琪の物語)
Telegram経由で受信したファイルを眺めて、私は目眩がした。
画面には夫と複数人の女。さらに複数人の男。
彼らが裸で絡み合う画像や動画が延々と表示されていた。誰一人として顔は写っていないが、うち1人の身体的特徴は明らかに夫である。
1週間前。
彼の行動に怪しさを感じて、ハッキング業者に依頼した。
ミャンマー東部にある新中華界域のIT企業。それなりの対価は必要だが、調べてほしい人物のスマホの中身を丸ごと抜き取ってくれる。おそるべき会社だ。
自分が独身時代から持っている仮想通貨USSTの口座で代金を支払い、夫の電話番号と身分証番号を伝えた。わずかそれだけで、すべてが判明した。
だが、知るべきではない真実だった。
半年前に結婚した夫、林昭宇。
8歳年上。中国銀行の党委組織部副書記。つまり国有メガバンク人事部門の副本部長。
もとより、愛があって結ばれた関係ではない。
だが、こんな画像を見て平然としてはいられない。
日付は、古いものでは1年前から。
つまり、夫は裏でおぞましい振る舞いを繰り返しながら、私と結婚生活を送っていたのだ。
トイレに立ち、げえげえと吐いた。
それから浴室に向かい、身体を何度も洗った。
夫婦生活の回数は多くないが、夫は毎晩、私の隣で寝ているのである。
■
──梁思琪。
私の名前だ。友人や夫からはキキと呼ばれている。
職業は外交官。中国外交部新聞司(広報部門)に所属する三等書記官だ。出国機会は限られている部署で、25歳のときに結婚した。
父の名は梁吉発。
もとは中国公安部の副部長だが、先日、北京をぐるりと取り巻く大省である河北省党委書記に抜擢された。5年後の党大会では党政治局委員、つまり党内の上位25人の高級幹部の枠に入る可能性が充分にある。
従来、党幹部としては「中の上」クラスだった父の、異例の出世。
その理由は私だ。
党内序列7位の高官の息子──。つまり、林昭宇と結婚したからである。
父は過去、主席が新設した中央国家安全委員会(中国版NSC)の連絡業務において、党指導部と一定の接点があった。そこであらゆる手段を講じ、ついに私を使って縁戚関係を作ったのだ。
破処昇官。
中国の官僚が出世するうえで、純潔な娘の嫁入りは政治的な切り札になる。夫となる相手以上に、その親である党高官の体面が大いに保たれるからだ。
私自身、結婚に納得していた。
官二代(建国後の党幹部子女)として、そのように教育されてきたからだ。大量の習い事と勉強、そして異性と隔絶された学生時代。周囲も似たようなお嫁さん候補の子たちばかりであり、奇異にも思わなかった。これが中国の中堅官僚の娘が果たすべき役割であり、義務だ。
なにより、私は適任だった。
自分で述べるのも気恥ずかしいが、私の外見は比較的よい。中国の男性が好む、長身細身で手足の長い、長い黒髪を持つ色白の女なのだ。髪は父に言われて、学生時代からずっと長く伸ばしてきた。
結婚後に聞いた話だが。大学でも就職先でも、私は二番目の美人として男性の間で評判だったらしい。高气质美女。高嶺の花の女。
それが適切な評価かは知らない。
だが、「一番」ではないことは、自分でもよくわかっている。
「僕もピンチだったんだよ。数年前、『一番』との結婚を打診されたことがあってね。例の人物が失脚寸前だと聞き、親父がうまく断ってくれたが」
結婚直後、夫はそう話して笑っていた。
私は彼女のかわり、控え選手である。
「一番」──。
北京外交大学の同級生で、外交部の同期。
マッシュボブの髪に形のよいアーモンドアイ。理知的な顔立ちと優雅な挙措。八頭身でやや筋肉質の、完璧なスタイル。
同性の私でもうっとりしていた。高貴な血統と環境が作り出した、美の芸術品。
私たち官二代と違い、彼女は建国の元勲子女である紅二代。しかも建国八柱石の曾孫だった。中華人民共和国の共産貴族の血筋としては、最高ランク。
だが、あの子は親族の失脚で、畑違いの駐日大使館に左遷された。
党体制のもとでは、社会的に死んだも同然の立場である。
彼女からは、日本に着いてからも数カ月間、長文の微信メッセージが何度も届いた。だが、私は一通も返信していない。
白錫来の遠縁の娘、白希冰。
関わることは政治的リスクしかない。
たとえ自分が往年、彼女の養育のために白家のスタッフたちが選抜した「学友」のメンバーで、傍目には親友に見えた関係だったとしても。
■
「どうしたんだ? こんなに早い時間にシャワーを浴びたのか」
帰宅した夫に声をかけられた。
私は無言で彼を睨み、スマホの画面を見せた。
夫はまったく顔色を変えなかった。特権層の子弟は感情を表に出さない。それが不気味だった。
「どうやって知った?」
「業者に頼みました」
しばらく無言だった。
それから「新中華界域の業者か?」と尋ねられたので、うなずいた。
「……なんだ。お前も界域を知っていたのか」
そう言って爽やかに笑った。
夫は見目がよい人だ。だが、なぜいま、この状況で笑えるのか。なにを考えているのか。
愛もなく結婚したこの男が、ゴムのラバーでもかぶった異物のように見えてきた。
「それなら話が早い」
夫が鞄から、5センチほどの長方形の平べったいパックと、緑色の丸薬を取り出した。
「飲んでくれ。身体に害はない」
断った。
あれだけの裏の顔がある人間だ。「私を殺す毒ですか?」と、冷めた目で言った。
「馬鹿な。だが、仕方ないな」
夫が苦笑いを浮かべ、私をはがいじめにした。彼はスポーツマンだ。筋力が強く、逆らえない。片手でソファの近くにあるスマホを持ち、殴りつけようとしたが、力が入らなかった。
リビングは広い。壁の防音も完璧だ。夫の父親が特に選んだ新居である。音を立てても隣家には気づかれない。
──死ぬ。
意識を失いかけたところで、夫が私の鼻をつまんだまま手のひらを離した。
呼吸。口を開ける。
そこに、二つ折りにした長方形のパックから液体を流し込まれた。
今度は顎を押さえられた。鼻で呼吸できたが、口を開けない。
「飲まなきゃ殺す。だが、害はない。信用しろ」
飲んだ。ゼリー状で、バナナフレーバーがついていた。
夫が手を離して自分の鞄をまさぐり、同じ長方形のパックを割って、中身を飲む。本当に毒ではないのか。
「あと、これを」
緑色の丸薬も飲めと言われた。もはや逆らっても無駄だと思い、飲んだ。
10分ほど経つと、視界がクリアになるような不思議な感覚があった。
「そろそろかな」
キッチンで水を飲んでいた夫が、私の隣りに座った。優しく首筋を触る。
なんだ、これは。
全身にぞわぞわするような快感がはしった。
私は声を上げ、夫にむしゃぶりついた。
■
その後の2週間。
私は人生ではじめて幸福になった。
──幸福。
いや、肉体的快楽を幸福と呼ぶべきかはわからない。ただ、満足だった。彼から日本のポルノを何本も見せられ、同じことをすべてやった。あらゆる知識と経験を得た。おそるべき愉悦だった。
唯一の問題は、リビングから寝室にかけて──。いや、台所も玄関もベランダもすべて、2人の分泌物や排泄物や吐瀉物で汚れ尽くしたことだった。
清掃に呼んだ霊活用工(界域が中国国内でも展開する中国版タイミー)のおばさんが悲鳴を上げたため、2日目からは毎晩ホテルを予約した。
夫のスマホのフォルダは、私の画像と動画だらけになった。画面のなかであられもない行為をおこなう自分は、日本のポルノ女優よりもはるかに淫らで、美しかった。
私は夫を愛することができた。
いや、愛の対象が「夫」かはわからない。
人間の腕ほどの太さの玩具も、縄もキュウリも犬もヤギも、ゼリーさえあれば私は深く愛せるからだ。
「まだ、僕のこの行動を怒っているか?」
ある夜、界域がハックした写真フォルダを見ながら彼が言った。
怒るわけがない。私は夫の動機を誰よりも理解している。
▪️
3週間目の週末。
夫と北京郊外の百泉山にある完全会員制の高級ヴィラに行った。
ゲートをくぐって敷地内に入り、約束された建物の隣に車を止める。周囲は森だ。外部の人間は誰も立ち入れない。
「ようこそ。今日は奥さんも来てくださったんですね」
ヴィラの敷地を丸ごと所有するマックが言った。夫の友人。体制内の子弟は、本名を呼ばれたがらない人や偽名を使う人が多い。なので、友人同士ではしばしばイングリッシュネームで呼び合う。ちなみに夫の林昭宇も、通称はダミアンだ。
天津市書記の息子であるマックのことは、前から知っていた。彼の妻はリリーといい、私の以前の学友の1人なのだ。この日は2人でいっしょにいた。
ヴィラ内のダイニングの机の上には、年代物の赤ワインとアイラ・ウイスキー、オードブルが並び、特注ケースに入った葉巻も置かれている。
その周囲に、10人ほどの若い男女。見知った顔が多い。中央党校校長の孫、党中央宣伝部長の息子夫婦。北京大学党委書記の息子と、前国防部長の孫夫婦。官二代以外は来られない集まりのようだ。奥さんたちはいずれも、私やリリーと似たような経緯で結婚したらしく、揃って美しかった。
──おや。
部屋の端で話し込んでいる2人は知らない顔だ。1人は20代後半、大柄で愛嬌のある丸い男だが、もう1人は50代以上に見える。痩身で生真面目そうな、眼鏡をかけた壮年の男性だった。場違いなスーツ姿である。
「ああ、この人は界域の営業さんですよ」
丸い男がもうひとりを指して言った。范中行。新中華界域の国際事務戦略協調局の副局長、つまり界域外交部門の副代表。なんと3年前までは中国外交部で勤務していたという。
いっぽう、丸い男はトニー。
本名を夫に耳打ちされて、彼が誰なのか理解した。党常務委員の孫。夫と同クラスの人物ということだ。トニーは独身なので、私は顔を知らなかったのである。
▪️
全員が集まったのを見て、マックが軽く挨拶した。
それから、みんなで雑談をして親睦を深めながら、周囲の山を1時間ほどハイキング。
抜けるような北京晴れの秋空と紅葉。西の尾根に連なる万里の長城がよく見えた。観光地で有名な慕田峪長城は、ここから直線距離でわずか5キロだ。
戻ってからワインで乾杯。
軽い食事をとる私たちを前に、界域から来た范中行が話し出した。
「みなさん、ご存じかとは思いますが、こちらのゼリーはくれぐれも仲間内だけでお使いください。身元のしっかりしたみなさんだからこそ、特例でお売りしております」
言わずもがなだ。
こんなものを、自制心のない庶民が手にしたら大問題だ。
われわれのように節度のある階層、相互に秘密を守る人間だからこそ、使いこなせる。
話し終えてヴィラを出て行こうとした范中行に、トニーが声をかけた。
「今日はいっしょにどうですか? あなたとの仲ですから、構いませんよ」
「ははは、トニーさん。私はもう年ですから」
体良く断ったのだろう。
ちなみに、1年前にはじめてゼリーを入手したのはトニーだ。バンコクで開かれた東南アジア投資カンファレンスに参加中、新中華界域ナンバー2のライ・クアンミンが率いる商務代表団と知り合い、同席していた范中行を紹介されたらしい。
その後、秘密を守れる官二代の子女に限定して、界域からゼリーを売ってもらえるようになった。トニーの家はゼリーにどっぷりハマり、なんと党常務委員の祖父まで愛用しているという。
まあ、そんなことはどうでもいい。
全員がうずうずしていた。みんなでゼリーを飲んだ。
「男たちだけ、ヴィラの浴室でひと風呂浴びてきます。女性の方は必ずそのままで」
どういうことだろう。まあ、なんでもいい。
■
──前国防部長の孫が、私のスカートの中に頭を突っ込んで匂いをかぎ続けていた。
胸には北京大学書記の息子の手が差し入れられている。彼もわたしの首筋にへばりつき、襟元で鼻を鳴らしていた。室内ではリリーや他の奥さんたちも同じ目に遭い、喜悦の表情を浮かべている。
なるほど。こういうことか。
わざわざハイキングに行ったのは、参加者のアイスブレイクだけが目的ではない。
蒸れるからだ。私たちが。
前に夫に聞いたところでは、中国の特権層の男はマゾヒストが多い。普段は常に自信満々に振る舞わなくてはならない反動で、性癖がこじれる。
黒いストッキングに包まれた私の足を、トニーが一心不乱に口に含んでいた。
これも中国の男性の特徴だ。
中華民族は纏足の文化があった。なので、重度の脚フェチの男性が伝統的に多い。加えてトニーは動画マニアだった。やがて自分のスマホのスイッチを入れて、私の黒ストッキングの太ももを舐めるように撮影しはじめた。
隣では夫が、服を脱がせたリリーの股間に葉巻を突っ込んでいた。
リリーが「小さい」とわめき、4分の1ほど残っていたワインのボトルを一気飲みしてから、自分で根本までずぼずぼと挿入した。夫はそれを見て笑い、彼女の乳房にかぶりついた。
「トニー。おまえ、結婚は?」
しばらく後。
ベッドルームに移り、四つん這いになったトニーの口腔に性器を突っ込みながら夫が言った。私は腰に玩具をつけて、巨大な包子(肉まん)のようなトニーの肉体を後ろから犯していた。
「まだいやでひゅ」
暴発した夫の白い体液を口からだらだら流しながらトニーが言った。
でも、祖父が結婚をさせたがっている。キキさんと同じような、体制内子女の美しい娘と。そうすれば、一族みんなでゼリーで遊べる。彼は喘ぎながらそう言った。
「理解ある相手との結婚は素晴らしいぞ。キキもようやく、完全にこちら側に来てくれた。全中国で一番の女だ」
認められた。
私は夫を心から愛していることを自覚した。
「私が一番なの! わかる?」
そう叫んで、トニーの白い尻を思い切りひっぱたいた。
キキさんちんぽいちばんでひゅ、と歓喜の呻きをあげるトニーを貫き続ける。
「ここまでやってくれる奥さんなんて、他にいないわ」
彼の嬌声が大きくなった。宦官みたいに甲高い。
腰の動きを早めた。
「もっと! ジジイ以来の福建省ド田舎農民の本性をさらけ出しなさい! 変態ブタ野郎の戴梓豪!!」
私が大声で彼の本名をわめき、思い切り突き上げると、トニーは股間から夫と同じ液体をどろどろと溢れさせて崩れ落ちた。
「えらい子」
思い切り褒めてキスしてあげた。それから顔をぶん殴って唾を吐きかけ、抜き取った玩具をそのまま彼の口に突っ込む。掃除しろ、界域タイミーの清掃ババアよりもきれいにだ。
涙を流して喜んでいた。
ド変態の戴梓豪。トニー。
祖父は党内序列4位、常務委員の戴奇。
隣の部屋からリリーが飛び込んできて、私に抱きついた。夫が彼女と私に交互にキスをした。
ああ、幸福だ。
中華人民共和国万歳。中国共産党万歳。
私たちは官二代。祖国の高貴なる支配層。全員がその兄弟姉妹なのだ。
私はすべてを──。
愛せる。




