【間奏8】2027年10月17日 破処升官(ノイナーの物語)
”程立坤副局長、ご昇進おめでとうございます。つきましては”
友の肩越しに、パソコンの画面が見えた。
中国西南部の貴州省。省都・貴陽市。
雲岩区の公安局長だった程立坤氏が、市の公安局副局長に昇進した。
画面に表示されたのは、地元の部下・孟剛との微信のやりとりである。
時刻は一昨日の午後3時。
”明日はこちらでいかがでしょうか?”
画像。区の中学の制服であるジャージ姿の少女。
デュアルディスプレイの隣画面に身元が表示された。
氏名、藍春妹。少数民族プイ族出身。14歳。初中2年級。
両親が重慶市に出稼ぎ中の留守児童。養育を担当する祖父がオンラインカジノに熱中して破産。祖母は3年前に食中毒死。家庭の経済環境、劣悪。
孟剛から祖父に支払われる謝礼は4万元。
程立坤が「好。不錯」と短く返信した。
続いて、翌日の場所の打ち合わせ。孟剛はバイアグラを準備しているようだ。
さらに続いて、翌日夜10時半。
程立坤が送信した、血のついたティッシュの画像。親指を立てた「讚」の絵文字。
部下の孟剛からの返信。両手を合わせた拱手(中国式挨拶)の絵文字。
「中国の官僚って相変わらずバカだらけね。なんで、処女ロリ接待の証拠画像を微信で送るかな」
友が言う。
バカは程立坤氏だけではない。
そもそも性的な接待そのものが愚かしい。だが、愚昧な快楽に抗える人間は、多くない。
■
──破処升官。
中国共産党の官僚体制の深層に、幅広く存在する潜規則(不文律)。
上司の昇進の際に、部下が女性を贈答品とする。
中国の党幹部には等級が存在する。
最下層が郷科級(たとえば、中国駐日大使館の宋建峰氏がこちらである)。
そこから、県処級、庁局級、省部級と昇進……。各級は副◯級と正◯級に分かれており、一番上が正国級。国家主席や総理のクラスとなる。
中国官僚の出世双六における大きな関門が、県処級から庁局級への昇格だ。相手が身をただす身分の壁。政治権力もそれに付随する利権も、「処を破る」ことで大幅に増大する。
ゆえに、祝い事に語呂を踏みがちな中国官界で誕生した習慣が、破処升官。
県処級を脱した上司に少女を贈り、その処女を破らせる。以後も昇進のたび同様。中華文化圏における処女の血は、長寿に益があるとみなされる。これは特殊性癖よりも文化に近い。
貴州省のような田舎の省は、「贈答品」の調達が容易だ。なおさらこの風習が強い。
ディスプレイ上にはあらゆるデータが表示されていた。
当日、程立坤が乗車したEV車の走行履歴。不動産ディベロッパーが市内に準備した接待部屋がある高級マンション内の監視カメラ映像。彼の部下が区内の中学校の校長に「贈答品」候補者を見繕わせた履歴。帰宅後の藍春妹が泣きながら友人に掛けた電話の音声。
そして最後に再び、程立坤の微信。彼は破処ティッシュの画像を友人4人に送っていた。
「……中国官界の奴隷君、44万4756人目をゲット。こいつは小物だけどね」
彼女は机の上の珈琲を啜った。
やれやれ、この人は。
「なぜ今回は、AIにやらせなかったんです?」
「たまには手動が楽しいのよ。人の運命が変わる瞬間のダイナミズム。次のイノベーションの源泉になるでしょ?」
ならば理解した。
しかし、珈琲の習慣はいただけない。
珈琲、茶、酒、煙草。これらは心を乱す。
ゆえに吾は好まない。匂いも苦手である。
だが、この人は珈琲を好む。
仕方ない。友の嗜好は、許そう。
■
わが友。
諸葛詩月。シーラ。24歳。
通称、Root Archmage "LUNA"。魔道士。
浙江省杭州市出身。父親は中国工程院院士の物理学者。核エネルギー研究でノーベル賞候補になったが、欧米人の中国嫌悪のせいで受賞を逃した人物だ。母親は南宋大学数学系の准教授。
幼少期から知能が高く、4歳時の趣味は家庭内のあらゆる機械の分解だった。自宅のテレビを回路レベルまでバラバラにしても両親に叱られなかったが、飼い犬を分解したら叱られた。なので「自宅のペットは分解すると面倒」と学んだ。
6歳からパソコンに熱中。
12歳で地元のIT超大手企業・アバリバ(Abaliba)の全ユーザーデータをぶっこ抜き、国家主席にアナルバイブを送りつけて田舎の農民にフェラーリ5台を買ってあげた。なお主席はその後、自分の陶宝アカウントでおすすめ製品を5個購入した。
ついでに人民解放軍のホームページをおそ松さんの熱狂的ファンサイトに書き換えた。軍の人に叱られた。「人民解放軍で遊ぶときはバレると面倒」と学んだ。
……この少女を処分すべきか否か。
当局内で侃々諤々の議論の末、以下のような結論が出た。
「──諸葛詩月の傑出した才能は明らかであり、国家の政策として育成が望まれる」
結果、彼女は13歳で清華大学信息工程技術学院の計算機科学系に飛び級入学。直後の知能検査でIQ220を叩き出したが、周囲はハッキングによる改竄を疑い、本人もニヤニヤ笑って否定しなかった。ゆえに真相は不明。
その後も、アメリカのQアノンを陰謀論で釣ったり香港の反政府デモを暴走させたりして遊びつつ、アバリバを含めた中国先端企業や国家安全関連の技術を支援した。
ショート動画サービスTicTokのAIアルゴリズム。フードデリバリーの每団や餓啦么の整備、自動運転車とドローンの制御、中国製スマホやIoT製品のバックドアシステム搭載、新疆の全住民デジタル監視網、その他。中華テックの表から裏まで、あらゆる設計に関与。
「2010年代の中国ITの異常な成長は、シーラのおかげ」
「2020年代の中国ITの停滞は、シーラが飽きたせい」
中国のテック界隈に詳しい人間の間では常識だ。
事実、彼女は2019年10月。
封切り直後のジョーカーと間違えてバットマン&ロビン(※超駄作)を見てしまった腹いせに、湖北省武漢市ウイルス研究所コウモリ檻の制御システムをハッキング。人類が滅びかけたので中国政府に叱られた。結果、「映画はAIに選ばせないと面倒」と学び、姿を消した。
──その後。
いろいろあって、新中華界域で吾の同僚になっている。
■
世の人は天才を羨む。
だが、それは天才ならざる者の思考である。
極度のギフテッドは、高位の人体特異効能者に近い。われわれは異端者であり、常に他の惑星で暮らすような孤独のなかにいる。
天才の友となる者、解り合える者。
それは、同じ「天才」という種族だけだ。
東洋哲学と情報科学。得意なものは対極であれ、吾と彼女は同種族だった。
ゆえに、友。
吾は心に神を持たない。
ゆえに以下は、おのれの信仰ではなく存在の客観的定義に関する話である。
シーラは、人より「神」に近い。
ITとAIは現代世界でもはや人類の能力を凌駕し、全知全能の存在となり久しい。その力を完全に使役できる者は彼女の他にいない。ゆえに論理的帰結として、彼女は全知全能に限りなく近い、無二の存在と位置づけられる。
──無二?
確かに。台湾にもオーガスト・タン(唐凰)というテックの天才がいる。だが、タンは人として生き、人のために力を用いる人物だ。
神らしい神。
人にとっては理不尽な、神の論理で生きる神。
それはシーラだけだ。
「あー。ガチ文系のキミはすぐに変な理屈考える。黙ってりゃ、黒い猫ちゃんみたいでかわいいのにな」
おーよしよし。
いきなり、自分のおかっぱ頭を抱かれて喉元をごろごろ撫でられた。
嫌ではない。
私にとっての彼女は、神ではなく友だからだ。
■
「……で、中国官僚の奴隷君50万人プロジェクトの達成まで、本来の予定はあと半年。だけど、もう1ヶ月もすると終わりそうなのよ」
中国の党幹部は、おおむね腐っている。
仮に本人が清廉でも周囲が腐っているので、なにかしらの非倫理的行為に一切手を染めないで生きることは不可能だ。
しかも自国がサイバー国家であるにもかかわらず、本人たちはセキュリティ意識がまるでない。
──性賄賂、買春、乱交、薬物、マネロン。
中国全土の監視カメラと出入境系統(移動履歴)、IT利用履歴をハッキング。証拠を固めて本人に突きつける。
そして告げる。醜聞を告発されたくなくば、われわれの要望に応じよ。すくなくとも、黙認せよ。
一切のプロセスはAIで進行させる。
ゆえに同時に何千人もの「奴隷君」を作れる。
新中華界域は、中国国家と中国共産党をこのようにしてハックし、コントロールしている。
もちろん、台湾有事みたいな国策レベルの関与はまだ不可能だ。
だが、中国駐日大使館の白希冰や、人民曰報東京支局のレッドスター先生を新中華界域に出張させるくらいは、ごく簡単。小規模な人事異動や現場命令くらいなら、いかなる省庁や党機関にも介入できる。
「……でも、いま。チャガンに依頼されてるのよ。白一族に関連する件で、党の指導者レベルの人間を動かせと」
党中央政治局常務委員。序列4位の高官、戴奇。
主席の腰巾着として有名な人物だ。われわれが握る奴隷君の最高位である。本人・息子・孫の3代にわたり、界域が供与したエロゼリーの乱用者なのだ。
「政策レベルの介入ですか?」
「ううん。多少の司法操作以外は、大した作業はない。チャガンも執念深くて呆れるけどね。もらうものもらったから、やるわ」
チャガンが供与した見返り。『地球へ…』のサンコミックス初版著者サイン本全巻。あの武骨な男が恥を捨ててオタクの古典を買ってきた。その心意気を評価して、シーラは彼を手伝ってあげることにした。
神の行動は常に気まぐれだ。
「だけど。頼まれ仕事ってつまんないでしょ。いま別の遊びも走らせてんのよ」
国家崩壊RTA。
AIにランダムで選ばせた中堅国に、ディスインフォメーションによる世論分断工作とインフラハッキングを仕掛け、爆速で国家体制を崩壊させる暇つぶし。
「ナイジェリアで実行したら3時間で国家崩壊したから、このあいだハンガリーに仕掛けたの。そしたら3日でオルドン大統領が血祭りに上げられて大爆笑。あ、これも一応は次の仕事用よ? 9割は趣味だけど」
やれやれ。
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