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【第四十一章】2027年10月17日 おじさん文体(翔平の物語)

「てめえ! 何度言ったらわかんだこのスカトロビッチ姫がぁっ!!」 

()()()がなんでビッチなの!」

「スカトロは否定しねえのかよ!」

「そっちも違う!!!」


 ──ああ、現代。なんと低俗な会話。

 北京亭の2階。自室。

 階下のトイレから響くのは、心配しておれたちの様子を見にきてくれた謝雨萌と、アイスの叫び声だ。

 階段をドタドタ走る足音。謝雨萌がバンと襖を開けて顔を出した。


「おい高田! どうすんだよ、また希冰が便所の扉を全開で──」

 ……続くセリフは、うちの彼女の名誉のために伏せる。

「しょうがねえだろうが。まだ頭が1989年のふぅとんなんだよ」

「おめえもおめえだ! さっき扉開けてうんこしてただろ。突如として極北のジャンルに目覚めやがってド変態カップルめが」

「違うよ謝雨萌くん、それは妻と私に対する大きな誤解だ。きんぺいばいにそのような嗜好の描写は存在しない」

 あ、間違えた。これは父さんの話し方だ。


「……おまえら。ちゃんと令和の日本に適応できんのかよ?」

 わからん。おれが知りたい。

「高田はむっつりスケベの昭和の文豪みたいだし、希冰は昼下がりの団地妻のいけないオーラを放ってるし」

 団地妻をリアルで見たことあんのか、お前は。

「しかも……」

 謝雨萌が自分の指先を見た。

 午前中。彼女が最初にトイレ全開に出くわしたとき、アイスが驚いて締めたドアに指先を挟んでしまったのだ。

 しかし。


 ──たんたんふぇいふーふー


 あとでアイスが息を吹きかけると、謝雨萌の指が治った。

 痛いの痛いの飛んでいけ。すごく軽いケガと病気だけを治せる人体特異効能。ただし、効果があるのは自分が大事に思う人だけ。

 ちなみにおれも、花屋で買った百合の花や茎を硬化できた。父さんの能力、つぁおしんるぅがん。釣りやキャンプに役立つかもしれんな。

 あと、中国語の読み書きがめちゃくちゃ上手になった。古典を余裕で読める。漢詩の章句を引用しながら格調高い文章を書けたりもする。すげえぞ親父。


 仁間によると、おれたちと転魂先との相性は、異常に良かった。

 シンクロ率が仁間と野村沙知代の10倍くらい高く、彼が嫉妬したレベルらしい。結果、魂が混ざり、能力や知識の一部を引き継いだ。

 こういう形の能力継承もあるんだな。

「いや、普遍化できないケースですよ。とりわけアイスさんの場合、あと一歩で魂が燕芳さんと分離不能。危険なので、転魂は2度としないことをお勧めします」

 事実、現在はこれでもだいぶマシになったのだ。

 昨日は2人ともさらに危うかった。おれは天安門広場に行きたがるし、アイスは翔翔児を探しに出ようとするし。

「これが資本主義の悪魔か……」

 まいばすけっとの品揃えを見て、2人で30分くらい固まったからな。


 彼女をこの状態で大使館宿舎に帰せないので、昨夜はうちに泊まらせた。

 いちおう、転魂の影響が落ち着くまで、午後の秘密の続きは控える約束だ。ただ、2人とも頭が1989年の夫婦なので──。その結果が冒頭の状況である。

 ああ、着替えも風呂もトイレもお互いがっつり見たよ。ドア閉めねえもん。というか意識すらしてない。

 おれたち、男女としてこれで大丈夫なのか。恥じらいの感情とか、あとで多少は元に戻るよな? キス拒否やお小遣い帳の義務化も困るが、現状も多大な問題が。


 だが、さておきだ。

 父さんと母さんはいまでもすこしだけ、おれたちのなかで生きている。これは素直にうれしい。

 願わくば、現代社会に多少は適応してもらえるとありがたいんだが──。


▪️

「ところで、むっつりスケベ文豪の高田。お前、現在の気持ちは安定してるか?」

「ああ、いま台所でエプロンつけてる団地妻よりはマシだ。どうした?」

 その後、昼過ぎ。

 アイスが厨房に立っている間に、謝雨萌に尋ねられた。


「……陳さんが調べた王昊天の前世の経歴だ」

 A4のレポート用紙を手渡された。

「文革当時の話が相当キツいから、読むのは後日でもいいと思うが」

 いや、むしろいま読むべきだ。

 文革のときの人間の行動は、あの時代を内面化した精神じゃなきゃ理解できない。

 ふむ──。

 なるほどな。1989年に王昊天本人から聞いた話が、詳細に裏付けられた感じだ。


 文革世代の2面性。

 気さくで男ぶりのいい王昊天の性格は、おそらく文革後の世渡りの必要から身につけたものだろう。そのほうが生存に適していたからだ。

 だが、あいつは柔らかい人格の仮面の下に、おそるべき非情さを秘めている。

 自分の母親を死に追いやり、いっしょに戦った紅衛兵仲間を平気で陥れ、おそらくは前世の仁間の生き胆を食った。目的のためには一切の手段を選ばない思考。


”高志軍・田燕芳夫妻の殺害は、任務外の行動であった”


 ただ、陳さんレポートのこの一文は驚いた。

 父さんの民主化運動も、母さんと白一泉の縁も、事件の動機とは無関係だったのだ。やつは誰かに命じられて動いたわけじゃない。

 王昊天は、本人の意志にもとづいて、あの夫婦を殺していた。


 北京亭1階。

 食卓に料理が並んでいる。(じゃん)(ばお)(じー)(ろう)(鶏肉とピーナッツの甜麺醤炒め)、(りゃん)(ばん)(こん)(しん)(つぁい)(空芯菜の和え物)、(ばい)(つぁい)(どう)(ふぅ)(たん)(白菜と豆腐の塩茹でスープ)。

 アイスが燕芳から継承したもうひとつの能力。山東省の絶品家庭料理のスキル。

「ちくしょう。あたしは引っ越しを早まった」

 謝雨萌がガツガツ食べている。確かに、地味に周囲の人のQOLが高まる特技である。

「料理よりも刀槍不入がほしかったけどね」

 アイスが言う。さすがにこの力は継承されなかったのだ。


 ──刀槍不入を100%継承する方法。

 王昊天は現代の世界でも、それを探し続けている。彼らが新中華界域からおれを日本に帰した理由も、王本人とは別のチャンネルでその方法を調べさせる目的があったからだ。

 対して、おれたちは過去への転魂で、継承方法を正確に把握した。

 もっとも、これは王昊天が知ったところで実践不可能だ。

 彼に限らず、大人が受け継ぐのは無理なのである。


「つまり……」

 アイスが豆腐スープを飲みながら言った。

 刀槍不入を持つ人が、死期を察したとき。自分が愛する小さな子どもに手を触れることで、能力が伝わる。

 燕芳の曽祖父の田大勇じいちゃんも、実は義和団で能力を身につけたわけじゃない。自分の肉親からの継承だった。その記憶も、アイスは1989年の最後の瞬間に見たらしい。


 むしろ、清朝末期に他の義和団の兵士たちが刀槍不入を持っていた理由は──。

 田大勇じいちゃんが自分で腹を割いて胆をえぐり、仲間に喰わせて力をあたえたからだった。能力を半分だけ継承させる方法である。

 義和団の反乱はやがて鎮圧されたが、その理由も納得できる。胆食い兵士たちの刀槍不入は不十分だったのだ。敵の攻撃を一撃だけ無効化できても、二撃目は無理とか。一定以上のダメージは普通に通るとか。おそらくそんな感じ。

 当時、反乱に対処した西洋軍隊は大砲やガトリングガンを持っていた。それなら、やはり負けてしまう。


 昼食を食うおれたちの隣で、食堂のテレビがお昼の番組を流していた。


”中国西南部各省の財政危機深刻”

”反政府デモでハンガリーの政府機能が崩壊”

”ボリビアの麻薬組織の拠点で謎の大爆発か”

”クライマックスシリーズでヤクルト勝利”

”衆院解散、総理が否定”


 雑多なニュースにタレントが適当にコメントしている。すごく現代日本だ。

「……喰べる、か」

 番組が食レポに移ったのを見て、アイスがそうつぶやいた。

 あっ。

 それから、なにかに気づいた顔で息を呑んだ。

「言うな。もうわかったから」

 おれは言った。 

 当時の王昊天が、父さんと母さんを殺した理由。

 彼女じゃなくても推理できる。


 ──胆を食べるためだ。

 彼は母さんの刀槍不入を知り、やがて一家の日本移住予定を知った。たとえ半分の力だとしても、目の前から消えるくらいなら奪おうと考えた。相手が「友人」の妻だろうが、そんなことは関係ない。

 六四天安門事件の夜を選んだのは、武警の彼が市内で堂々と民間人を殺せるからだ。民主派を粛清したと主張すれば、それ以上の証拠隠滅は一切不要。目撃者がいても問題にならない。そんな機会はこの日しかない。


 あいつの誤算は、現場に乱入した父さんの人体特異効能だった。玄関に植えてあった百合の花をナイフがわりに投擲され、頸動脈に致命傷を負った。

 反撃して父さんを射殺。さらに瀕死状態のまま、銃を1分間乱射して母さんを殺し、死体の胆を食べて生き延びようとした。だが、果たせず力尽きた──。

 これが、あの事件の全容なのだ。


「そんな身勝手な理由で、翔翔児をあんな目に」

 いつしか、完全に箸が止まっている。

「……」

 目元がぴくぴく動いている。おれ以上にすさまじい怒りを見せていた。

 徹頭徹尾、王昊天の都合だ。こちらに落ち度なんてなにもなかった。それで志軍と燕芳は殺され、子どもが孤児にされた。


「……いま唯一、溜飲が下がるのは、継承の実態がわかったことだ」

 今後、王昊天がどう努力したって、刀槍不入を100%奪うことは不可能だ。

 いや、半分だって決して渡すものか。あいつに自分の生き胆を食われるわけにはいかない。


 それだけじゃない。

 現在も転生して好き勝手をやっているあの魔王を、絶対に止めてやる。それが復讐だ。

 まずは、連中の弱点やほころびを、なんとか見つけるところからだ。

 おれの刀槍不入とアイスの頭脳。謝雨萌の情報力。仁間の活仏の力。

 そして──。

 志軍の行動力。燕芳の胆力と自由な発想。

 おれたち()()の力で、やり返す。


「……待って。あれ?」


 なんだ?

 アイスが机の上のスマホの通知に気づき、困惑の色を浮かべた。

「ちょっと変。宋科長からうぇいしんが来てる」

 内容は月曜日の出勤を求めるものだった。


”希冰ク〜ン❄️ 週明けは必ず絶対☆出勤してネ〜(๑˃̵ᴗ˂̵)و ヨロシク!! 大事なお仕事なんだヨ〜(`・ω・´)キリッ ぬかりナシでお願いしマスねっm(_ _)m✨ おじさんもビックリ丸Σ(゜д゜;) ナンチャッテ〜(≧▽≦) ナンチャッテ〜(≧▽≦) ナンチャッテ〜〜〜\(^o^)/”


 宋科長が変なのはわかってる話だ。キモいおじさん文体はさておき、内容自体は業務連絡じゃないか。

「そうじゃなくて。普通、左遷対象の私は微信で出勤を求められたりしないの。過去の3年弱で、例外は1回だけ……」

 アイスが画面をスクロールさせた。

 ひとつ前のメッセージ。同様のキモ文体。日付は7月18日。

 つまり、こいつが前回、新中華界域に「出張」を命じられた前日。


「……まさか、また界域に出張」

「わからないけど、面倒な命令の可能性が大いに」


 ある。

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