【第三十八章】1989年5月19日 戒厳前夜(翔平の物語)
「はい、お父さんもっと革命的に勇ましく。お母さんちゃんとお花持ってポーズ。ほら坊っちゃん、前向いて」
現像用の薬品の匂い。
背後に広がる、西洋絵画の庭園がプリントされた謎の布。しかも微妙にホコリをかぶっている。
俺は左手に、プラスチック製のバラの花を持たされていた。燕芳は妙にけばけばしい椅子に座らされ、翔翔児を抱いている。
彼女の前のテーブルには、謎のおもちゃの赤電話。
「あのー。師傅。この背景と小道具は必要なんですか?」
「当たり前だ。芸術的じゃないか」
──転魂3日目、午後4時。
おれたちは胡同の写真館で、家族写真を撮ろうとしていた
白黒なら3人民元(日本円で数百円)……。だが、為替レートはともかく生活者の実感としては、7000円ぐらい払って贅沢した感じ。大学講師の月給が120元だった時代なのだ。
しかも、この時代は写真館の店主やタクシーの運転手のような技術職が尊敬されていたので、師傅はめちゃくちゃ威張っている。ご意見は絶対である。
「いえ、でも! すいません! やっぱチェンジ!!」
燕芳が声を上げた。
謎造花・謎電話・謎背景・謎ポーズ。まだ多少は心の底に残っている現代人の感覚で考えると、やはり勘弁願いたい。
どちらにしても写真は現代に持ち帰れないとはいえ、気分の問題である。
「……まったく。こんなに文句ばかり言う家族、北京じゅうを探しても見当たらん。いまの時代は自由すぎるよ」
師傅が偉そうに言う。
うそつけ、そう思うのだが、この時代は民営の写真館でもサービスの概念がない。こっちは撮っていただく立場。弱いのだ。
ひらに頭を下げ、背景を無地のスクリーンに変更してもらった(謎に薄ピンク色だったが、白黒写真なのでよしとする)。造花もおもちゃ電話も、変な椅子も撤去。おれたちは立ち姿で、燕芳が翔翔児を抱く形で写真に収まった。
「ヘラヘラと歯を見せるなぁ!」
いや、そう言われても。ニッコリ笑ったりチャラけたポーズを取ったりすると、師傅に叱られてしまう。だが、彼の指示通りに革命的な写真を撮られるのもイヤだ。
交渉を重ねたうえ、おれたちはなんとなく微笑することでごまかしてもらった。
現像は明日午後4時。まだ、こちらにいるうちに見られるはずだ。
■
──今日もなかなか大変な日だった。
午前中は、志軍が民主化仲間と極秘の折衝があるいっぽう、燕芳が人体科学研究所の井村所長に呼ばれていた。だが、李さんの家で蘭蘭が熱を出したので、翔翔児をあずけられない。
結果、永久牌の荷台に母子2人を乗せ、おれは研究所まで8キロの道のりを漕ぐことになった。この時代だとあるあるの話とはいえ、それにしても亮馬橋は遠い。燕芳はマイカー(=実用自転車)での家族移動を喜んでいたので、必死で頑張ったが。
彼女は井村所長と、今後の日本移住について話し合うという。ソフィア電子にビザ取得を頼んでいるのだ。所長のコネで父さんを特別研究員にして、日本側のソフィア・エスパー研究所による招聘の形式を作り、その帯同家族という形で日本に渡るつもりだったらしい。
実は日本移住は、母さんの非常に強い希望だった。父さんは当初、中国に残って学生の指導と民主化運動をやりたがっていたらしいが、妻に頭が上がらず折れた。結果、民主化仲間が進めていた日本拠点の建設計画に手を上げ、日本側のリーダーを引き受けた。
意外な話である。おれはてっきり、父さんが政治的理由で亡命を計画し、妻子を日本に連れて行く気だったと想像していたのだ。
なぜ母さんが日本行きを望んでいたか。これも、こっちにいるうちに知っておかなきゃな。
その後、おれは研究所から1人で自転車に乗って移動し、范中行たちと今後の方針を協議した。
今朝の早朝5時前に、すでに権力を失った趙紫陽が天安門広場に慰問にきて、「来るのが遅すぎた」と泣いていたそうだ。北京市内への戒厳令の布告は、もはや確定的。党官僚の親経由で情勢の変化を知った北京のエリート学生を中心に、ひそかに広場を離脱する動きが強まってきたという。
武力鎮圧の予定日は、やはり6月15日。その情報は変わらない。消息筋によると、15日当日になってもさすがに大規模な武力行使はないという見方が強い。
もちろん、史実の六四天安門事件は6月4日(正確には3日夜から)に起きるはずだ。しかし、体制のコアに近い情報源ほど、武力鎮圧に消極的な意見が強く聞こえてきた。昨晩のチャガン親父も、そんな話をしていたよな。
仲間との会合を終えて、研究所に妻子を迎えに行く。井村所長が昼食を出してくれたので、3人でトンカツ定食を食べた。
井村所長は性格がうざいだけで、別に悪い人ではない。わが家の美人妻(=燕芳)に優しいだけかもしれないのだが。でも、一家の食事が1回浮いたので深く感謝する。翔翔児は生まれて初めてトンカツを食べたらしく、口元をソースだらけにしていて微笑ましかった。所長も孫を見るような顔で眺めている。
その後、再び8キロの道のりを漕いで帰宅。隣の胡同で写真館を見つけ、せっかくだから家族写真を撮ろうと燕芳が言い出して──。
■
ああ、その後にもうひとつあった。
おれが汗だく。なので、写真を撮る前に身体をきれいにしておこうと、家族3人で澡堂に行ったのだ。
当時の北京式銭湯。一般人民はだいたい、週1回〜数回程度行って、身体をきれいにする。近所のおっさんとのトークが楽しい時間でもある。老北京の澡堂文化ってやつだ。
「じゃあ、翔翔児はわたしが連れていくね」
おう、と言って澡堂の入り口で別れた。
もはや転魂3日目になると、おたがいにアイスか燕芳か(翔平か志軍か)自分でもよくわからなくなりつつある。
いちおう、言葉が標準中国語だとアイスで、山東訛りだと燕芳(日本訛りだと翔平で北京話だと志軍)。だが、おれもアイスもだんだん本体の言葉づかいに引っ張られてきたうえ、家族の会話は半分くらいは雰囲気でコミュニケーションする。なので、やっぱりよくわからない。
ただ、翔翔児と過ごすときは、本人の希望でアイスが担当していることが多いようだ。
澡堂の女湯に翔翔児を連れて入ったのも、アイス。あいつ、元の世界にいたときは日本の日帰り温泉すら恥ずかしくて入らなかったのに、もはや胡同の生活に適応しすぎてなにも構わなくなっている。
おれは熱い湯に浸かり、隣の四合院に住む劉さん父子と駄弁った。息子が天安門の座り込みから2週間ぶりに戻ってきたら、とても臭い。なので、親父が問答無用で澡堂にぶち込みに来たそうだ。
「党の腐敗をただす前に自分の服が腐ってたんだぞ、このバカ息子は」と、国営工場で働く親父が専門学校生の息子の頭をいきなりどついた。息子が「父さんは何もわかってねえ!」と反論する。「偉民、親父の言うことが聞けんのか」。
待て、風呂で全裸で戦うな。なにが正しいかなんて、この段階だと誰にもわからねえんだ。親父も息子も正しい。
隣の女湯からは、頭を洗われて嫌がる翔翔児の声と、燕芳が近所のおばちゃんたちと総出で彼をあやしている声が響いてきた。
ああ、天安門広場は大騒ぎだが、胡同は今日も平和。でも、2027年の北京では、こんな空間はほとんどなくなっちまうんだよな。
■
──2027年の世界、か。
そもそもあの世界こそ、本当に現実だったんだろうか。
さくらぎソフトの五徹生活も、アイスの奇妙な監視任務も、ドローンテロも新中華界域の冒険も。ずいぶん遠い話に思える。
今の暮らしのほうが、よっぽど自分が本来生きるはずだった世界のように思える。おれはひょっとして、3歳のあの日から先、ずっと夢を見て暮らしてきたんじゃなかろうか。
あっちの世界のおれは、いい年になるまで結婚しなかった。
理由は仕事の忙しさ──。を口実にして、怖かったからなのだ。
おれは3歳で両親を失って、養父母とも大学時代に死に別れた。養父母に対しては最期までなんとなく距離感を覚えていたが、それでも家族だった。
つまり、おれは過去2回、家族を失っている。
3回目を失ったら、どうしよう。自分が従来、家庭的なものを忌避して生きてきた理由は、つまりそういうことだ。
だが、こっちに来てから気づいた。
幸せなのだ。震えるくらいに。
おれは3歳からずっと、本当はこの時間を取り戻すために、ずっと人生を迷っていたんじゃないか。そう考えてしまう。
昨晩、アイスも同じことを言っていた。
本当に自分が外交官だったとは思えない、と。
白一泉に裏切られ、暗殺者を送り込まれたことはショックだった。でも、そもそも白家なんか、自分となんの関係もない。もはやそう考えたほうが、ずっとしっくりくる。
いまの自分は、ごく普通の北京の奥さんである以外に、他人からいかなる役割も求められない。党内の政治も白家の誇りも、外交官としての配慮も、なにも考えなくていい。普通に暮らして、あなたと笑い合いながら子どもを育てている。
かつてあんなに惜しんでいた自分のキャリアも。……いらない。いまのほうが、よっぽど人間として生きている実感がある。自分が生まれたときからほしかったもの、他の人をずっと羨んでいたものが。いまはある。
どっちの世界が夢なのか、よくわからない。
でも、絶対に間違いない現実は、あなたと翔翔児のことを、心から──。
「愛してる」
彼女は寝台でそう言って、おれと翔翔児をぎゅっと抱きしめた。
■
この日の深夜。
正確には20日午前0時半。
北京市内に同日10時からの戒厳令の布告が発表された。
昼に澡堂で会った劉さんの家にはテレビがあるので、おれと燕芳は夜ふかしして見に行かせてもらった。すでに近所の大人が大量に集まっており、テレビの前は十数人が集まるプチ映画館状態だ。
画面のなかでは、真っ黒な人民服姿の李鵬総理が喋り続けている。黒縁のメガネをかけた、どことなくパンダを連想させるおっさんだ。
やがて切り替わった画面では、戒厳部隊の総責任者である楊尚昆国家主席が、不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。
「遠くに出んほうがええねえ。食べ物を貯めとかないと」
「李鵬を嫌う部隊が反抗するって話もある。内戦が起きなきゃいいんだが」
胡同の住民たちがささやき合う。
文革みたいなことは勘弁だわね、と蘭蘭の母ちゃんがつぶやくと、数人のじいさんが冷ややかな目を向けた。彼女の紅衛兵時代を知っているらしい。
「息子よ、わかったな。もう広場に行くんじゃねえぞ」
劉さんが息子の偉民に声をかけた。
「……仲間を支えなきゃいけない。戒厳令はただの脅しだ」
「頭に腐乳(中国版豆腐餻)が詰まってんのかバカ。脅しでもなんでも、兵隊は鉄砲を持ってんだ。なにがあってもおかしくねえ」
劉さんが食卓をひっくり返して怒り、偉民が殴りかかって家庭内バトルが再発した。
近隣住民一同でなだめてから、解散。
──外に出ると、なんとなく空気が張りつめている気がした。
未来の世界で、新型コロナの緊急事態宣言が出た日を思い出した。だが、いまの北京で進んでいるのはさらに残酷な歴史だ。
「明日の遊園地、やめたほうがいいな」
おれの手を握っている燕芳にそう話した。もともと、転魂最期の日の午後は、北京遊楽園(当時の北京の遊園地)に行って家族3人で過ごそうと思っていたのだ。
しかし、この情勢では無理だろう。
「気を落とすな。月がきれいだぞ」
2人で夜空を見上げた。
胡同の瓦屋根のうえに、ほぼ満月に近い月が出ていた。
「日本の文豪は、『月がきれいですね』に別の意味を持たせてたよね」
ふふふん。
彼女が笑った。すごく機嫌がいいときのアイスの表情だった。
たしか、界域から2人でバイクで逃げ出した夜は、これとは逆の新月に近い空だったっけ。
……新月。
そうなのだ。待て。
あることに思い当たり、おれは足を止めた。
あと半月後。
6月3日から4日にかけて。
この空の月がやがて欠け、ほとんど光を失う夜に──。
天安門の学生の夢も。
おれたち家族のちいさな幸福も。
いま見ている世界はすべて、滅びるんだ。




