【間奏7】2027年10月16日 喰らう(謝雨萌の物語)
「……謝同志你好」
極秘行動中、突然背後から声を掛けられた。
いや。心配はいらない。
声色からは、この道を歩む者に特有の柔らかく腐った空気が感じられた。
振り向く。ああ。はいはい。
「陳同志你好」
全体的にでっかい人。陳さん。
中国情報機関、国家安全部に所属する腐女子。
もともと、今日会う予定であった。
ここは池袋の東急ハンズだ。
あたしは、新居のためのアクスタ&フィギュアの保存および展示のためのケースを吟味中だった。
いきなりAmazonで買うと、変に曇りが多いやつや安っぽいやつが届きかねん。コレクションに関係するものは、実店舗で確認。それを自宅に配送してもらう。オタクの基本だ。
……ん? 新居?
そうなのだ。あたしは引っ越したのである。
人民曰報東京支局の、新しい社員寮が出来上がってしまった。先週、広尾の大使館宿舎を引き払い、現在は恵比寿住まいだ。
まあ、池袋と秋葉原に山手線で1本で行けるようになった点と、1人1室の個室を与えられた点についつは、腐女子的には悪くないんだが。
でも、身近に希冰がいないのはなあ。ウォッチ対象がいなくなったという意味でもさみしい。
「……して、陳同志。例の調査の一件だな」
あたしは彼女に、王昊天のデータを調べてもらっている。
現世の彼についてはまもなく判明したが、問題は前世だった。ただでさえ古い記録のうえ、ハイレベルな国家機密に属する内容が多いらしく、陳さんですら調査に苦労したのである。
だが。
「私に不可能はない。しかし報酬をいただこう。30万……。いや、50万は保証されたい」
東急ハンズの女子トイレの前まで移動して、陳さんはそう言った。
わかっている。
プロのプロに対する依頼なのだ。
「渡そう。あたしの全力手書きイラスト色紙、カラー版。新中華界域のライ×チャガン。おのれの煩悩のすべてを、この1枚にぶつけたつもりだ」
「これはッ……! 100万ESはくだらない逸品! 眼福」
ESは腐女子の世界だけで流通する妄想通貨だ。
激エモ激シコい妄想を惹起する宝物が、主観的に数値で表現される。実に平和だろ?
■
「……しかし、こりゃあヤバすぎるな。メシ食いながら読むもんなのかよ」
昼食どきよりもすこし遅めに入ったサイゼリヤで、あたしはうなった。界域からのハッキングを警戒して、あえて紙でプリントアウトしてもらったレポート。パラパラとめくるだけで、尋常ではない単語が大量に並んでいた。
テーブルの上は3・5人前くらいの肉だのカプレーゼだので溢れている。
「そうだな。私も職業柄、祖国の歴史における暗黒事案をたっぷり見てきたつもりだが。ここまで黒いとは思わなかった」
陳さんがイカ墨スパゲティを頬張りながら言う。百戦錬磨の彼女ですら、まとめるのは相当しんどかったという。
前世の王昊天の経歴は、わが中華人民共和国の負の歴史、そのものなのだ。
──王昊天。
1953年6月15日出生、1989年6月4日死亡。享年36歳。
出身成分、貧農。
死亡時の所属および階級、武装警察北京総隊特勤支隊警衛第7小隊 少校(少佐)
彼の故郷の陝西省延梁県仲家河村は、中国共産党の革命聖地・延安から東に50キロほど山奥に進んだ場所にある寒村だ。省都の西安市よりもモンゴル高原のほうが近い、といえば辺境ぶりの想像がつく。現地の人は山の斜面に穴を掘った窯洞という住居で暮らしている。
実家は貧しい農家で、6歳のときに父親を亡くした。時期から考えて、大躍進政策というムチャな政策で起きた大飢饉の犠牲者だろう。
その後、貧しい母子家庭育ちの王昊天はなぜか、近くの陝延市の小学校に転出。そのまま市内の中学に上がっている。当時ではめずらしい経歴だ。
で、1966〜67年。文化大革命がいちばん盛り上がっていた時期に10代前半。もちろん、彼自身もバリバリの紅衛兵だった。
「……そもそも、プロレタリア文化大革命の本質とはだな」
あたしはレポートを置いて、ディアボラ風ハンバーグを頬張った。
「毛主席の腹黒総受祭りだ。周恩来×毛、劉少奇×毛、鄧小平×毛、林彪×毛! 毛沢東さんがあらゆる男たちの攻めを総受けでさばき続ける神イベント、それが文革」
まあ。ドリンクバーのメロンソーダを持つ陳さんの手が震えた。
「毛主席! さらに幼なじみポジの彭徳懐との関係も切れず、元カレの蒋介石とも遠距離恋愛を継続中。なのに、最後は彼らの愛を全部ソデにして華国鋒みたいなモブ男子に身を任せる! 『あなたがやれば、私は安心だ』とか言って。ああっ、毛ビッチ沢東! 小悪魔すぎてヤバい罪!!」
すごい早口。
「待て陳さん。毛主席はさらに紅顔の紅衛兵をはべらせている」
「中国人民規模のハーレム物だ!」
「そこに参戦するキッシンジャーと田中角栄! さらに乱れる金日成!!」
「越えたッ! 人類の理解を超突破したッッ!!!」
以下、2人で45分妄想。
……さておきだ。文革はこのように妄想の対象としては超最高にイケるが、リアルの歴史としてはだいぶキツい。
当時の親族が誰一人として、迫害する側にもされる側にもなっていなかった中国人なんて、ほぼいないのだ。つまり、あたしも陳さんも希冰も高田も、みんなそうだ。
だが、王昊天の場合はさらにひどい。
文革のなかでも超最悪の裏面史。しかもこいつは、2つもやらかしている。
■
──ひとつめは、親殺し。
家族や親族、友人同士の告発は、文革ではよくあった話だ。うちの一族でもあったと聞いている。
それどころか、党の元老の白一泉ですら、文革中に実の息子から告発され、アバラを3本折られている。これで白一泉は長男を信用しなくなり、末っ子の白錫来に地盤を継がせたというのだが、それはまた別の話である。
肉親やそれに近い濃密な関係性。
極限状態での告発合戦。
これはフィクションの設定だと非常にグッとくる。たとえば陳さん世代はたまらないやつが、チェン・カイコー監督の『さらば、わが愛/覇王別姫』。
「レスリー・チャンが京劇の女形を!」
「なんでレスリー死んだの! 国家の損失だ!」
だめだ、2人でまた30分脱線してしまった。
……とにかくそういうことなのだが、例によってリアルだとキツい。
王昊天は当時、母親が大飢饉後に地方幹部の愛人になることで食糧を調達してきた事実を告発し、自分の手で吊し上げを指揮した。
彼の母親は髪を丸刈りにされ、首から「反革命色誘分子」「破靴」のプラカードをかけられて陝延市内を引き回された。その夜に自殺している。
寒村の貧農の生まれだった王昊天が、飢餓を脱したのも街の学校に行けたのも、たぶん母親が幹部に身体を売ったおかげだ。
彼はその母親を告発して死に至らしめることで、自分の政治的正当性を確保した。
■
さらに文革中、14歳の王昊天が手を染めた罪。それは。
──人吃人。
食人事件。
これは文革の暴走期、完全にコントロールが効かなくなった地方でいくつか見られた。たとえば広西チワン族自治区では、421人が食べられたことが後世の研究で判明している。同様の事態が、陝西省陝延市でも起きていたのだ。
中国では歴史上、飢饉や戦乱のときに人間を食う陋習があり、「両脚羊」(2本足のヒツジ)とか呼ばれたりもしていた。とはいえ、20世紀後半にやっていたとなると……。ドン引きどころじゃない。
当時の陝延市で、紅衛兵に食われた人物は賀存義という。当時45歳。陝延市農業部門の幹部だった男だ。
1967年6月、賀存義は走資派幹部として紅衛兵に吊し上げられ、批判闘争大会で散々に殴打された。そして、河原に連れて行かれ──。
「……陳さん、ここまで詳細なレポートをよく書けたな。グロ耐性あっても、文字だけで相当キツいぞこれ」
「そこは国家安全部だから。とはいえ、私もつらかった。それから半日は、麻辣燙の具に好物の豚モツと鴨血を入れられず」
半日後に普通に食っとるがな。
とはいえ、それは百戦錬磨の陳さんだからだ。あたしじゃ無理である。
彼女のレポートによると。
王昊天に率いられた紅衛兵たちは、まだ生きている賀存義の腹を引き裂き、目の前で胆や肝臓を焼いて喰らった。それから彼を殺した、とある。
賀存義はもともと、仲家河人民公社の党委書記だった男だ。つまり王昊天の地元の幹部。
おそらく、食糧の配給を増やすことと引き換えに、王昊天の母親を手籠めにした張本人だろう。
王昊天は復讐のために、賀存義の生き胆を喰ってみせたのだ。
■
しんどすぎる。
あれだけヤバい悪の帝国を作る人間に相応しい過去、と言えばそれまでだが。
さらに怖いのは、これでまだ話が半分だってことだ。
文革は1967年の秋以降、紅衛兵同士の内ゲバで内乱状態に陥る。結果、人民解放軍が紅衛兵を弾圧し、むりやり混乱を収集していった。
王昊天はこの段階で、いちはやく軍に協力し、かつての仲間をどんどん密告した。その功績なのか、過去にかなりの無茶をやったにもかかわらず、軍への入隊を認められた。やがて1983年、武装警察に転籍、北京市内で勤務する。
──ここから、陳さんファイルは「超極秘」のページに入る。
「まだ極秘があんの?」
「本気の機密です。西側に知られたら巨大な政治的スキャンダルになるレベルの」
王昊天の公式上の所属先はダミーなのだ。
彼が実際に所属するのは、党中央顧問委員会の影子部隊(シャドー・ユニット)、特務第3小組。つまり、当時の党の長老連中──。実質的には白一泉の権力を担保するために密かに設けられた、暗殺テロ部隊だ。
その任務は、党長老たちが党と国家の害であるとみなした極左・極右分子や、台湾・アメリカ・ソ連のスパイ、少数民族の独立主義者などの暗殺である。
王昊天はこの任務のなかで、毎年7〜8人を殺していた。犠牲者の多くはあたしの知らない名前だ。
だが、1989年に入り、鄧小平と白一泉の強い意向のもとで、極めて機密性が高い重要作戦に従事した。
128工程。またの名を斬月行動。
1989年1月28日、パンジュン・ラマ10世に対する暗殺オペレーションだ。かねてから中国共産党の統治に対する不満を表明してきた、チベット仏教の最高位の活仏を消す。そして、チベット側が転生先として擁立する転生霊童も殺し、中国共産党の完全な傀儡をパンジュン・ラマ11世に仕立て上げる。壮大な作戦と言っていい。
そのために選抜された暗殺実行チームが、王昊天と馬石雲、秦大虎という3人の男たちだった。
チベット自治区シガツェ市にあるタルシンポ寺院で作戦が決行され、抵抗した僧侶8人と信者のチベット民兵15人が死亡した。暗殺チームのメンバーである秦大虎も、高山病で動きが落ちたところをチベット民兵に特攻されて死んだらしい。残った王昊天と馬石雲は寺院内で手分けしてパンジュン・ラマ10世を探し、最終的に王昊天が見つけて──。
「パンジュン・ラマ10世の死因って、公式発表は病死だよな」
「そうです。なのでこの一件は極秘中の極秘。主席BLの次くらいには政治的に危険」
結果、チベット最高の活仏は死亡した。
極秘の検死報告書によると、直接の死因は右側頭部を至近距離から狙撃されたこと。しかし、まだ脳死状態のときに腹を切り裂かれた跡があった、という。
■
レポートを精読した後では、さすがにバカ話をする気になれない。あたしは陳さんと別れて山手線に乗った。
前世の王昊天、なんてやつなんだ。
ちなみに彼の前世の死因はご存じの通り。
1989年6月4日の夜に高田の両親を殺害した際、返り討ちに遭った。死体は高田の母親の田燕芳に頭を向け、うつぶせに倒れており、彼女のほうに数十センチにじり寄った痕跡があったらしい。
なお、高田両親の殺害は任務じゃなかった。王昊天の個人行動。
なので、共和国衛士(六四天安門事件鎮圧殉職者)としての表彰は受けていない。天安門事件の夜に起きた、武警隊員の個人的不祥事。公安当局は適当にごまかした模様である。
恵比寿駅で降りて右に歩いた。
このあたりの街は陽の者の圧が強い。あたしには明るすぎる。
自室に戻ってスマホを操作した。ちなみに新居の部屋も、陳さんパワーで盗聴器はすべて外されている。
しばらくコール音が鳴った後、電話がつながった。
「──あ、仁間っち? 今日会える?」
「すいません謝雨萌さん、いまちょっと、手が離せない状況でして」
ちなみに仁間っちとは割と仲が良い。
日本のあらゆる漫画を研究したあたしでも、最後まで理解不能なジャンル、野球漫画。その魅力についてルール込みでみっちり教えてもらったことがあるからだ。
「いま、チベットの術を翔平さんとアイスさんにかけていまして。彼らの魂が戻るまで、あと2時間ほどかかります」
なんだそりゃ。
でも、ひとまず彼が通話するのは大丈夫らしい。
「仁間っちの活仏の力って、どういう方法で奪われたんだ?」
「それが、詳しくはわからないのです」
「仮説が浮かんだ。あくまでも、あたしの推理だが──」
話し終えた。
電話の向こうから、仁間っちが「……あり得ます」と呟く声が聞こえた。




