【第三十二章】1989年5月17日 天安門広場(翔平の物語)
「高志軍……。王昊天と協力する男か。わざわざ話しかけてくるとは、どういうことだ?」
チャガンが言った。
こいつの態度は相変わらずだ。しかも、父さんのことを知っているらしい。
ただ、外見が現代と多少違っていた。
ひとつは、シガリロのかわりに紙タバコを吸っていること。もうひとつは、鼻の下のよく整えられた髭だ。体格もやや小さいように見える。
チャガン・トルムバートル。モンゴル族。
38年後の新中華界域の幹部、チャガン・バトエルデネの父親。中国版シークレットサービスである8341部隊、つまり党中央弁公庁警衛局中央警衛団の大校(大佐)である。白一族の警護責任者だ。
「こんな場所で、チャガン大校をお見かけするのは意外でしたから」
なぜか自然に言葉が出た。父さんの口調らしい。
トルムバートルが「この状況だぞ。意外なものか」と短く言った。
おれたちがいるのは、北京の繁華街の老舗百貨店。西単商場の4階だ。
さきほど、この周囲で凄まじい人混みにぶつかり、自転車を百貨店の駐輪場に停めた。せっかくなので店内をのぞこうと、燕芳の手を引いて歩き回っていたら、最上階の窓のそばに立つこいつを見つけたのだ。
このチャガンが、父親のほうだと気づいたのは燕芳である。
1989年当時、白家はまだ滅びていない。むしろアイスのひいおじいさま、白一泉が党中央顧問委員会で絶大な権力を握っている時期だ。もちろん新中華界域も存在しない。
この時代のチャガン親父──。つまりトルムバートルは、おれたちにとって大きな脅威とは思えない。なので、情報収集も兼ねて話しかけてみたのである。
「目下の異常事態を前に、高所から情勢監視というわけですか」
「言わずもがなだ」
彼がタバコを1本突き出した。幹部向け国産最高級タバコ「中華」。1箱の値段は、庶民の月給の3分の1。わざわざそれを渡すのは、自分の地位に敬意を示せという意思表示か。
一緒に吸った。ニコチンがぐっと染みる。
この時代にタバコを吸わない男はいない。建物内も全面喫煙可だ。
■
おれたちの眼下では、シュプレヒコールを叫ぶ人波が延々と続いていた。
本日5月17日、天安門広場を占拠する学生たちを応援するため、百万人以上の市民や知識人が大規模な街頭デモを打ったのだ。さっきおれたちが遭遇した人混みは、デモを見にきた野次馬たちだった。
「なにあれ……。うそお」
燕芳が小さく叫んだ。
なんと、党中央機関紙の人民曰報の記者たちが「民主を勝ち取り自由な報道を」と横断幕を出して歩いていた。
さらに国営TVの中国中央電視台の職員たちもいる。プラカードの内容は「李鵬の党籍を剥奪しろ」。まじかよ。李鵬ってこの国の現在の総理だぞ。
「こりゃ、謝雨萌が見たら卒倒するな」
「その前に、わたし自身が卒倒しそう。……なんなの、これ? あ、えっ?? ええええっ???」
絶句している。
デモ隊のなかに「学生運動を断固支持! 中国外交部有志一同」という横断幕を見つけたからだ。彼女の先輩たち、38年前はこんなことやってたのかよ。
さらに党のインテリジェンス部門の統一戦線工作部や、言論統制を担当する中央宣伝部、人民解放軍兵士や公安の現役隊員たちも「自由万歳」「腐敗追放」とか墨書きした布を広げて歩いている。
新中華界域のサイバー人民公社よりもよっぽど非現実的な光景だ。ここ、マジで中国か??
「……党は目下、趙紫陽総書記の一派と、李鵬総理の一派でまっぷたつだ。国家の行く末はどうなるのだろうな」
中華の紫煙を漂わせながら、トルムバートルが言った。
実はこのデモは、ややこしい事情がある。
この時点だと、横断幕を出している人たちも、あながち「反体制」とは呼べないのだ。
なぜなら、当時の党総書記である趙紫陽は改革派。デモを事実上支持している。なので、いま外を歩いている人民曰報や外交部の連中は、自分たちが党の方針に反していませんと申し開きが可能なのである。
もっとも、趙紫陽と仲が悪い総理の李鵬、つまり党と国家の現役ナンバー2は、デモに強硬に反対する保守派。
会社で言えば、社長と専務の経営方針が180度違い、大ゲンカが勃発中ってことだ。社員たちは右往左往するしかない。
なので、この時期の党は学生デモについて、趙紫陽が愛国運動だと持ち上げたり、李鵬の意向を受けた人たちが動乱扱いをしたり……。と、非常にゴチャゴチャしている。
どっちを支持すれば、安全な勝ち馬に乗れるのか。社内政治どころじゃないシリアスな問題だ。
当時の中国人は、誰も答えがわからなかったはずである。
「ゆえにご心痛なのだ。白一泉さまは」
トルムバートルがつぶやいた。さらにややこしい事情があるのだ。
会社でいう会長とか相談役──。
つまり、鄧小平や白一泉みたいな中国共産党の長老連中は、目下のデモに大反対している。社長と専務のケンカで、実は専務側の黒幕にいるのだ。
対してデモ隊は「長老政治の終結」を主張している。要するに、老害は経営に口を挟むなと言っている。
民主化とかの難しい話は横に置く。そういう事情を抜きで考えれば、天安門デモの構図はすごく単純である。
どこの会社でも「あるある」のお家騒動。それが、世界最多の人口を持つ大国で起きてしまったのだ。
「……しかし高志軍。なぜ、われわれと組んだ? 井村の意向と聞いたが、大学講師のお前は改革派側だろう?」
トルムバートルが尋ねた。井村、つまり人体科学研究所の井村所長だ。
いや。そう聞かれてもな。おれにも事情がよくわからんのよ。
■
「目下の事態について、私なりの問題意識があるのです」
突然、自分の口から父さんの言葉が飛び出した。
「状況はすでに、学生の純粋な民主化運動から党内路線対立に変質しています。仮に保守派が勝利した場合、秋後算賬(落とし前)は必然。これは結果的に中国の民主改革を後退させ、われらの理想を──」
おお。父さんすげえ。
さすが大学講師。アイスみたいなことを喋ってるぞ。
「ふむ。呉越同舟だが短期的な目的が一致する。ゆえに長老側に協力か。食えんやつだな」
──仁間が言っていた史実イベント。こういうことか。
父さんはおそらく、おれが身体を借りていない場合でも、この時間にチャガンの親父と──。つまり、トルムバートルと会っているのだ。
話の流れからして、王昊天は白家の協力者だろう。そして、父さんは改革派にもかかわらず、なぜか白家と利害が一致する行動をとっている。具体的に何をやっているかは、おいおい知るしかないんだろうな。
「……あの、察罕同志。志軍の妻でございます」
話が途切れたところで、燕芳が口を挟んだ。
「同志は本日、白一泉老同志にお目にかかられますか?」
ふむ? トルムバートルがすこし驚いた顔をした。
燕芳が体制内の言葉づかいをしたからだ。しかも、アナウンサーみたいに完璧な標準語。この時代、こんな喋り方の中国人は、ごく限られた階層の人しかいない。
「申し遅れました。わたくしも党員なのです。白老(=白一泉)の最初のご夫人、斉碧齢さまの遠縁にあたりまして。山東省の出身です」
「ほう、それはそれは」
トルムバートルがガードを崩した。
アイスの天才外交官スキル。相変わらず、こういうときの言葉づかいと話の持っていきかたが、ゾッとするほど上手い。
白一泉は過去、2回結婚しているのだ。彼の最初の夫人は山東省の人で、アイスの曾祖母。この夫人が国共内戦中に亡くなり、白一泉は中国建国後に再婚した。
この2番目の夫人の子が、アイスの「おじさま」。つまり、彼女に箱入り娘教育を施した白錫来にあたる。
最初の婦人
‖─── 子 ── 子 ── アイス
白一泉
‖─── 白錫来おじさま
2番目婦人
「それで奥さん、いかがなさいましたか?」
最初の夫人の名を知る一般人はほぼいない。明らかに体制内っぽい話し方も含めて、トルムバートルは彼女を関係者だと判断したようだ。
「夫がお世話になっていると知りまして……。白老にご挨拶を申し上げたいのです。近日、お伺いできませんか?」
「かしこまりました。うかがってみましょう」
彼の息子が後年、アイスに仕えるときとそっくりな口調である。
「……しかし、高志軍。お前は何者だ? 妻は完全に体制内保守派、なのにお前は改革派。それでいて王昊天と動く。腹の底でなにを考えている?」
しまった。燕芳が体制側だと、別の矛盾点が出るのか。
「ええと、それは……」
おれが返答に困っていると、燕芳がいきなり山東訛りで喋った。
「いえー。大した事情じゃないですよ。夫はいつも小難しいことばかり言ってますが、あたしのお願いは聞いちゃうんです。家ではあたしが強いんですから」
母さんの人格が強引に表に出てきた。
とっても中国。強い奥さん。この人、こういう性格だったのかよ。
っていうか、うちの両親の力関係、ダンナが頭上がらない系なんすか?
「ふはは。そういうことか!」
おれたちの顔を見て、トルムバートルが豪快に笑った。
「事情は察した。男の甘い理想主義と、現実的な美しき奥方との板挟み。なかなかの苦労人だな、お前も」
親しげにおれの肩を叩く。
モンゴル版ターミネーターみたいな息子と比べると人間味があるぞ。割といいやつじゃないか。チャガン親父。
彼は後日、おれたちの胡同の派出所に電話をくれると話した。
ああ、この時代の北京。個別の家庭に固定電話なんかありゃしないのだ。
■
「ねえあなた、あたしが自転車を押そうか?」
「いや、私も矜持というものがある」
「刀槍不入があるから疲れないよ?」
「そういう問題ではない。大学の知人に会いかねない場所だからだ」
もう、この人は変な意地を張っちゃって。
自転車の荷台に座る妻が笑った。
西単から東は人混みだ。彼女を乗せた自転車を押して歩くしかない。
1キロほど進めば、学生たちが数多くいる天安門広場だ。
教え子や……。他の知人もいるだろう。
私たちは広場に向かうことにしたのである。この時代に来ている息子たちに、やはり見せてやりたい光景であり──。
……ん?
あれ?
なんだか意識がごっちゃになったぞ。
ああ、天安門広場だったな。おれたちは行ってみることにしたのだ。
──1989年5月17日、中国の中枢部を学生グループが占拠した非日常空間。
野宿のテント。北京と全国各地の大学の旗。
人民英雄記念碑を囲み国際歌を歌う学生。
横断幕。人混み。
大量の救急車。医療テント。白い鉢巻。「絶食」と書かれた巨大な白布。
一部の人たちは街頭デモに呼応して広場から出ているとはいえ、世界一広大な広場が大量の若者で埋まった光景は壮観だった。ただし。
「……臭うな」
「うん。かなり」
すでに1カ月以上、数十万人の学生が寝泊まりしているのだ。すなわち動員人数はフジロックの数倍、期間はなんと8倍。トイレの数がまったく足りない。必然的に、学生たちは広場近くの溝や植え込みで用を足す。
加えて、当時の人は1週間に1回くらいしかシャワーを浴びない。自宅にいれば濡れ布で毎晩身体を拭くので、それなりに衛生的なんだが、広場ではそれも難しい。さらに残飯とゴミ問題。学生有志が頻繁に掃除をしていても限界がある。
「広場上的民主! この広場には民主主義がある!」
学生が叫んでいた。
体臭と便臭と腐敗臭。民主主義は臭い。
とはいえこの時代だ。衛生に構っちゃおれない。おれたちもほどなく慣れた。
──あらためて眺めた天安門広場には緊張感が漂っていた。
一部の学生がハンガーストライキ中なのだ。今日はハンスト4日目で、体力の限界を迎えた学生がばたばた倒れている。広場内の救急車は、ダウンした学生の救護用だ。
「なあ、分析名人のおまえとしては、あの子たちの行動をどう見る?」
「客観的な論評だけ述べるなら……。要求を通す上では得策じゃない。非妥協的になると、対話による解決がいっそう困難になる。戦略的には誤り。ただし」
おれたちは囁きあった。
「命を懸けた覚悟を後世の目線から笑うほど、冷たい考えは持ちたくないかな。わたしとあなただって、新中華界域から逃げるときは相当な無茶をやったもの」
やはり、こいつの性格は最近すこし変わった。
追い詰められて無茶をやる。人間、そんな状況は誰しもあるのだ。
「あ!」
燕芳が声を上げた。広場の近くに、フランス通信社のAFPの取材チームを見つけたのだ。
「現在の状況を聞きに行ってみるね。ちょっと待ってて」
白いワンピースの裾を揺らして走っていった。
うむ、かわいい。
アイスだろうと燕芳だろうと、うちの彼女/奥さんマジで超かわいい。父さんと固い握手を交わしたい気持ちだ。
この時代の天安門広場は喫煙天国だった。
彼女を待つ間に一服するかと思ったが、あいにくマッチが汗で湿気ていた。
適当に近くにいた学生の肩を叩くと、「高老師?」と小声で驚かれた。
「今日は深夜……。と聞いていましたが」
なんだ。顔見知りか?
相手は四角いのっぺりした顔の男子大学生だ。背がやや高い。
「ああ、すまない。たまたまだ」
父さんの声が言った。火を借りながら彼の耳元に囁く。
「しかし范中行くん。せっかくだから多少、今日は時間を早めるか。いつもの場所に5時」
なんだ?
范中行は時間を聞くと、無言でスッと離れていった。普段の授業で教えてる学生って感じじゃない。
范中行。
この名前、どこかで……。
そうだ。例の89年ノート。
「5/13 香姐3万人→杜文青」
「5/15 小桜3万人→孫立軍」
「5/17 鷹兄4000人→范中行」
范中行。間違いない。
この人物だ。




