【第三十一章】1989年5月17日 8964リターンズ!(翔平の物語)
……信じがたい。
狭い室内。壁の新聞紙。
赤い牡丹の花が描かれた暖水瓶。
脚の1本が短くてガタガタいう食卓。白いホーロー製の食器。
玄関先のユリの鉢。永久牌の実用自転車。
練炭と油の匂い。石の涼しい空気。
部屋は2つ。部屋の半分が父さんの本で埋まった寝室兼書斎と、居間兼食堂。
五感で感じるものすべてに覚えがあった。
北京市西城区、横水坊胡同。
複数の房(建物)が組み合わさった、旧時代の名家の伝統家屋「四合院」。それらが立ち並ぶ旧市街。四合院は社会主義革命後に政府に没収されて房ごとに分割され、政府によって一般人民の住居としてあてがわれた。
その東廂房(東側の棟)。それが、わが家。
おれはランニングシャツと綿ズボンを身につけていた。
腕を上げて顔を触る。手が重い。なんだ?
触った顔はおれの顔じゃない。
立ち上がる。やはり身体が重かった。
刀槍不入を持たない人間は、こんな身体で暮らしてるのか。
窓枠近くの棚に、この家に見合わないソフィア電子製の真新しいカレンダーラジオがあった。
1989年5月17日 午前7時50分。
隣りにちいさな鏡。のぞき込んだ。
おれと似た顔立ちだが、アゴのあたりがごつい。整えていない眉は濃く、頬に肌荒れ。やや肉体労働系の筋肉がついている。文化大革命末期に下放先の農村で鍛えたやつだ。
──高志軍。
父さんの顔だった。
感動だ。父さん、こういう人だったんだ。
転魂先としてはベストの行き先である。
……まてよ。おれが父さんってことは。
そう思ったところで、玄関に気配があった。
振り向いた。懐かしい顔が立っていた。
母さんだ!
生きて動いているところを見られるなんて。
彼女の服装は寝間着がわりの綿のキャミソールと、露店で買った緑色のショートパンツ。いままで共用の水場にいたらしく、花柄のナイロンエプロンをつけている。
刀槍不入のせいか、実年齢よりも若く見えた。髪型も服装も完全に下町の主婦だが、アイスとは違うタイプの愛嬌がある。おれの母さん、思い出補正を抜きでもきれいな人だったのだ。
感情が。
すべてが懐かしかった。泣きながら抱きつきたいくらいだ。
だが、母さんはひどく狼狽していた。
血相を変えている。なんだ。
「あの、失礼いたします! 変なことをおうかがいしますが、今日は何年の何月何日でしょうか??」
おれに尋ねた。
懐かしい声だ。しかしこれ、夫婦の会話か? しかも、妙に標準的な発音の現代中国語。
日付と時刻を伝えた。彼女は続けた。
「ここは北京市内ですよね? わたしが誰か、あなたはご存じでしょうか?」
おい。まさか。
「……おまえの転魂先、もしかして」
おれの言葉に、母さんの顔をした女が目を丸くした。
■
高志軍。32歳。北京朝陽学院中国文学科講師。
田燕芳。26歳。西城区第二文化用品商店服務員。
それが、おれたちの身借り先だった。
ちなみに仕事はずっと休みだ。
目下、市内で空前絶後の大規模民主化運動が進行中。なので、大学も国営文房具店もここ1か月ほど休業状態らしい。なのに給料は出る。
家の外からは、朝食後に路上で石蹴りをはじめた近所の子の声が聞こえた。小学校の先生がみんなデモに行き、授業がなくなったのだ。おおらかすぎる時代である。
「仁間に感謝だな。ベストの転魂先だ。気兼ねもいらねえし」
「いや、わたしは気兼ねする」
「親族の白一泉になってるほうが大変だぞ」
「……たしかに。それは困るな」
会話のテンポは、完全に現代のおれたちだった。
出発前に仁間から「2人でひとつの宝具を握っていれば、近くに転魂できるはず」とは言われていた。おれが父さんになったことで、彼女が引っ張られたのだろう。
「でも、わたしが燕芳さんでいいの? 翔平、お母さまと話をしたかったでしょ?」
「心配ない。今後、たまに母さんも出てくるはずだから」
──仁間いわく。
転魂状態は「シナリオ体験型のテレビゲームに似ている」らしい。
つまり、街歩きや買い物みたいな行動はプレイヤーが自由に操作できるが、動かない史実が起きてるときは、自動再生のイベントムービーを見ている感じになる。確かにRPGとかAVGっぽいな。
「魂の相性が普通以上なら、2日目くらいからはうまくやっていけます。初日はまだ慣れないので、難しい情報収集は慣れてからやってください」
魂が馴染むと、元の人格しか知らない人やものごとの知識も、その都度で思い出せるそうだ。
■
「ところで、思ったんだが」
おれが言うと、彼女が何かに気づいた顔をした。
「わたしたちが、翔平のご両親ということは」
言葉が終わらないうちに、四合院の庭から「媽ー!」と無邪気な声が聞こえてきた。
見覚えのある小さな人間が、玄関からとてとて走ってきて母親の太ももに抱きつく。
翔翔児。
つまり、3歳のおれ。
パチもののドラえもんが描かれたボロい幼児用タンクトップを着ていた。
「……ねえ。あの。これ。わたしは」
なにをどうすれば?? 彼女が戸惑っている。こいつに育児スキルを求めるのは無理がある。
仕方ない。おれはおれを抱き上げてあやした。おれが「かあちゃんがいい」と言って暴れる。おいおれ、君はおれなんだからおれの言うことを聞きなさい。
ああああああ。ややこしい!
まさか、3歳の自分の面倒を見て転魂タイム終了ってオチじゃないよな。
「そうだ! とりあえず解決法があった」
「どうしたの?」
「西廂房の李さんの家だ。こいつを預ける」
「ちょっと。よその人の家でしょ。駄目よ」
いや。よその人じゃない。
胡同の住民は、全員が家族ノリで生きている。同じ四合院ならばなおさらだ。
子どもを預けるどころか、隣の家の子が勝手に家に上がり込んでメシを食ってても気にしない。逆に自分の家の子が隣の家で食ってるときもある。
この時代の中国人は貧富の差がほぼない。家も食事もインフラも育児リソースも、多少の礼儀を欠かさなければ近所で共享できる。真の共有経済だ。参ったか。
「ええと。よしよし? 翔……、ちゃん?」
はじめて猫カフェに行った人みたいな顔をしている彼女を置いて、玄関にあったナスとキュウリを竹籠に入れた。昨日、母さんが自由市場で買ったものだろう。それを手に、金魚のいる睡蓮鉢と共用の洗濯台と大きなヤナギの木がある中庭を抜けた。
隣の房のおばさん、この時点で40歳手前。彼女の娘の……。誰だっけ、そうだ、6歳の蘭蘭がおしゃまな子で、なにかとおれの世話を焼いてくれていた。
「すいません。今日、うちの子お願いしていいですか」
自宅にいたおばさんに声をかけて野菜を置くと、「ありゃま、ご丁寧に。どうしたんだい高老師!?」と逆に驚かれた。
ああ、これだよ、この感じ!
現代の北京じゃねえ。ここがおれの故郷だ。
■
託児問題を解決して戻ると、燕芳がもじもじしていた。
なにかをためらっている。
「……ああ。トイレは四合院の門を出て左。道のまんなかの共厠だ」
ちなみに水場も共用である。洗濯板で服を洗う。厨房は屋外。東廂房の庇にトタン屋根を伸ばした空間の下に、プロパンガスボンベ直結のボロいコンロがある。中華鍋ひとつで調理だ。でも、煮込みと炊飯は隣の竈で、蜂窩煤(練炭)を使うほうが安全だぞ。
洗濯、炊事、育児。あいつにやらせるのは酷だな。4日間おれがやるしかないかもしれん。
「ごめん! わたし無理!」
家事分担を考えていたら、もっと赤い顔になった燕芳が走ってきた。
当時の胡同の共厠。
いわゆるニイハオトイレ。
扉などない。溝一本に向けて用を足す。他者の排泄物もそのまま。
無理と言われても。この時代はみんなそうなんだぞ。まあ、家にある花柄の陶器製の尿壺に出して、あとで捨てに行く裏技もあるが。夜間はこれで済ませて……。
「絶対無理!!」
現代に帰るかを本気で悩んでいる。待て。来て10分後にトイレ問題で撤退するな。こっちでひいおじいさまの白一泉を見てみたい、と申し出たのはおまえだろ。
「心を無にしろ。仁間が言っていた」
おれは言った。
ほぼ無意識で営む日常行動は、元の人格(田燕芳)に任せられる。一種のセミオートモードがあるらしいのだ。
「……ん。わかった」
彼女が赤い顔のまま目を閉じ、深呼吸した。
ぱちっと目が開いた。
「あたし、ちょっと用足しにいくわ」
彼女の口から、いきなり山東訛りの言葉が飛び出した。髪をかきあげ、家を出ていく。
うわ、本物だ。母さんだ。
あまりにも懐かしすぎた。
なので、母さんが戻ってきたときに、玄関の戸を閉めて抱きついてしまった。
ほわんとした匂い。炊事の匂いが染みた髪。キャミソール姿なので皮膚が直接触れる。思わず肩に頬をつけた。すべすべの白い肌だ。ああ、こういう人だったな。
おれの胸元に、わりと大きめの胸が当たった。この時代なので、自宅で下着は着けていない。当たり前だが心臓が動いている。耳を当てて音を聴いた。頭を抱きしめられた。
「また甘えてる。仕方のない人ねえ」
うん。すこしだけ許してください。
あなたと38年ぶりに会えたんです。しかも、昔のままの姿で。
「……もう。昨日の晩もしたのになあ。うちの亭主も困ったもんだ」
彼女はあきれて笑いつつ、寝室に向けておれの手を引いた。
わわわ、待て待て待て!
無意識で営む日常行動。それじゃない!
アイス戻ってきて!!
▪️
「この家、いまの北京だとどこにあるの?」
「わからん。大きな道まで出てみるか。道路名は同じのはずだし」
人格が戻った燕芳とそんな話をしながら家を出た。
ひとまず、周囲の状況を知ろう。
出発前、彼女はタンスで見つけた白いワンピースに着替え、戸棚にあった婦人雑誌を参考に髪型を一瞬で仕上げていた。メイクは最小限だが、決めるところはきっちり決めている。たとえ異世界に行こうと、身なりを整える習慣は絶対に変えないらしい。
永久牌の荷台に、両足を上品に揃えて横座りする彼女は絵になった。山口百恵ヘアスタイルの80年代北京美人。チャン・イーモウ映画の新作と言われても違和感がない。
おれは水色のワイシャツに着替え、父さんの愛用品である茶色いアビエーターサングラスを胸元に引っ掛けた。左腕に上海牌の腕時計。この時代の男の流行である。
自転車を2人乗りで走ると、道幅がやけに広い道路に出くわした。道の中央にコンクリートの柱が何本も立ち、工事中。おかげで走行車線が混乱している。
四角い車両と黄色いタクシーとトロリーバスが立ち往生。もうもうと立ち込める土埃と排気ガスの間を、大量の実用自転車が行き来している。末期的な交通状況だ。道路脇に「阜成門南大街」と地名標識があった。
「……あの工事は、たぶん二環(北京第二環状道)の立体道路よね」
荷台で燕芳がつぶやいた。
後の時代、中国のマネー政策の大本営になる場所らしい。やがて中華メガバンクの巨大なビルが立ち並ぶが、この時代は低層の四合院が瓦を連ねる下町だった。いちおう、3階建てくらいの中国銀行の支行は建っていたが。
■
1989年の北京市民はみんな痩せていて、服装もシンプルだった。
街を眺める。のんびりしている人は限りなくダラけており、仕事をしている人は全員がしかめ面だった。
そもそも笑顔でサービスする発想がない。多少は個体戸(個人経営商店)も登場した時期とはいえ、働く人間の大部分が国家管理下で雇用されていた時代なのだ。
ある国営企業の小さなオフィス前を通りかかると、社内で延々と黒電話が鳴りっぱなしだった。自分の担当じゃなきゃ、意地でも電話を取らないらしい。
大音量のベル音のなかで働くほうが仕事に障りがあるだろうと思えたが、そもそもガチの社会主義体制。みんな仕事の効率なんかどうでもいいのである。
「……いまの中国と同じ国とは信じがたいな」
「党の改革開放政策は正しかった。仮に社会がこのままだったら、中国は現代みたいに強くも豊かにもなれてない」
燕芳が言った。
こいつは最近、おれの前で党官僚めいた意見をほとんど言わない。だが、さすがに思うところがあったんだろう。
「でもまあ、海外旅行に来たと思えば」
「うん。自分が来た先が田燕芳さんでよかったと思ってる」
彼女がおれの背中に、山口百恵ヘアをもたせかけた。
もちろん、おれたちはこの時代でやるべきことがある。
ただ、せっかく2人でいる。多少はこういう時間を持ってもいいはずだ。しかも、こっちの世界のおれたちは夫婦だぞ。なんと。
そんなことを思いながら、二環からちょっと入った胡同を南に下った。
1キロほど進んで、異常にでかい道路に進路を阻まれた。通り沿いに進路を東に変えるか。右手に復興門の立体交差橋が見える。あれを背に進めば、繁華街の西単に行けるはずだ。
「あ、そうか。この道路」
荷台から小さな声が聞こえた。
「なんだ?」
「……あと16日後の夜、戦車が通る」
浮かれた旅行気分が一気に消し飛んだ。
いま見ている道──。
世界で最も広い道路。天安門広場に続く道。長安街。
この道に戦車が走る晩。
高志軍と田燕芳。
おれたちが身体を借りている2人は死んでしまうのだ。
そして──。
30分後に西単に着いたおれたちは、さらなる衝撃を受けた。
人混みにぶち当たり、休憩もかねて付近のデパートに入ったのだ。
最上階。
そこで見た男。
服装は濃紺の人民服。
長身。鞭のように締まった細身の身体。
路上の人混みを見つめ、絵になるポーズでタバコを吸っていた。
足元は乗馬靴。
なぜこいつが、この時代に現代と同じ外見で存在するんだ?
……チャガン。




