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【第十九章】2027年7月30日 戦争ショウ(アイスの物語)

「みなさま、準備が整いました。こちらへ」

 白い制服姿のチャガンが、待機ラウンジにいたゲストたちをうながした。

 ロシア、セルビア、エチオピア、ジブチ、ルワンダ、ナイジェリア、パキスタン、スリランカ、カンボジア。中国政府の一帯一路政策と関係が深い諸国の外交使節たちと、ミャンマー国軍の武官、さらに中国本土や香港・台湾などの華人の金持ちたちが、部屋をぞろぞろと出ていく。

 わたしは私用のスマホをこっそりとしまい、謝雨萌といっしょにその末尾についていった。

 高台に設けられたバルコニー。中央にはアイランド形式のビュッフェ台が置かれ、中華から洋食、インド・アフリカ料理まで豪華な食事がずらりと並んでいる。敷地の端には複数のライブキッチンがあり、白衣の料理人が低温調理した仔牛肉を焼いたり、だんざいみえんを茹でたり。アテンダントオフィサーの女性たちが手際よくゲストの飲み物を確認して、シャンパンやノンアルコールワインをサーブしていく。


 空は柔らかな薄曇り。

 どう見ても、VIPたちの和やかな屋外立食パーティーだ。

 ──付近の山腹に、固定式対空ミサイルやレーザー防御塔が見えることと、遠雷のように爆音が響いてくること以外は。

 ここは戦場から50キロ離れた、観戦用の特設シートなのだ。


「どうぞ、お手元の機材で南方の盆地をご覧ください」

 軽い挨拶とともに乾杯してから、チャガンがそう言った。

 機材は軍用スマート双眼鏡「ちえんりぃむー-ゆぃちょん」という。

 のぞいてみると、戦場の上空に雲霞うんかのように広がるドローン部隊が見えた。

 その下は地獄だった。

 地方軍閥のピックアップトラックやジープが、投下された爆弾で次々と燃え上がり、民兵たちが逃げまどっている。

 千里目の視界はARになっており、空中のドローン部隊や敵部隊の進撃方向が矢印で表示された。画面端では、当方の残存機数と推定殺害数のカウンターが回り続けている。残存機数は母数350機から1機減っただけ。対して殺害数は現在534人。

 バルコニーの前方の空中には、シミュレーションゲームの画面のような3Dホログラムが浮かび、戦場の全景を示していた。オペレーション名はQMDJ-act730(ちぃめんどぅんじゃあ七三〇(ちーさんりん)しんどん)。死の盆地に敵を誘い出す手法から名付けたらしい。


 敵軍は界域のかつてのライバルだった、ワ州同盟軍の南方残存勢力である。

 2年前、ワ州本体が滅ぼされた際に降伏していたが、このたび反乱を起こしたので掃討する──。とは、界域側の説明だ。

 実際は今回のVIP戦場観戦ショウのために暴発させられたのだろう。旧式の武器しか持たない軍閥軍の残党が、現在の界域にあえて歯向かうはずがない。ちなみに外交代表団に混じっている華人の富豪たちは、それぞれたっぷりとお金を払って生の戦場を見にきた、悪趣味な好事家の人々だ。


  自律索敵AI搭載中型爆撃ドローン 12万 US$

  熱探知式小型索敵ドローン 6.5万 US$

  全地形用四足歩行輸送ロボット 15万 US$


 千里目の画面に、映り込む兵器の価格が自動ポップアップで表示された。ロシアやパキスタンの使節たちが、手を上げてじぇゆぃびんちーごんいぇじぃとぅあんの営業担当者を呼びつける。

 このショウの目的は、界域の兵器の見本市だ。一帯一路の各国が気になっている商品を実戦で運用してみせ、セールスすることにあるようだ。


 爆撃が終わった。千里目のタッチパネル操作を指示される。

 これから突撃する地上兵士の戦闘用スマート外骨格、NZ-type02(ねぇぢゃー(ある)はお)の搭載カメラの視点に切り替えられるという。

 覗き込んだ。潰乱状態に陥った敵兵の顔が自動認識され、赤いターゲットマークが表示されている。

 AIロックオン式のスマートライフルが発砲。キル。

 推定殺害数カウンターが回る。現在1024人。

 次の顔が認識されて赤いマークがあらわれ、再び発砲。キル──。


 わたしは気分が悪くなり、端末から目を離した。

 隣の謝雨萌も同じような表情で、千里目を首からぶら下げている。

「あたしが『リアルFPS超興奮すんぜ!!』とか、言うタイプだと思ったか?」

「……そうじゃなくて安心したわ」

 小声で会話する。

「自分の狂気は創作で発散済みだ。あいつらと同じにすんな」

 謝雨萌はそう言って、前方の集団に視線をやった。

 殺害数が増えるたび、華人富豪たちが「又殺了(また殺した)」「好棒的(いいぞ)」と歓声を上げる。ナイジェリア使節が指笛を吹き、ロシア使節とセルビア使節が雄叫びを上げてシャンパンを酌み交わした。カンボジア使節はずっとニコニコと笑い、ミャンマー国軍の武官は手を叩いて喜んでいる。


「商売目的の虐殺を、人間は酒飲みながら笑って眺められんだよな」

 わたしは謝雨萌のペンだこだらけの手をこっそり握った。

 自分は立場上、おおやけの場で軽々しく感想を口には出せない。でも、伝われ。

 謝雨萌が手を握り返した。


 昨日から開幕した新中華一帯一路経済協力フォーラムは、ごく形式的なものだった。

 実際の会議は初日の2時間だけだ。それも一部の界域幹部によるプレゼンテーションが主で、あとは宴会や接待ばかりである。

 王昊天は出ず、政権序列2位のライ・クワンミンがあらゆる場を取り仕切っていた。実質的には兵器や先端技術の個別商談や、投資誘致が目的のイベントなのだ。


 今朝は、午前10時半にホテルの前に迎えの車が来た。

 わたしはチャガンの意向で半強制参加だったが、他は希望者のみ加わる形だ。15人ほどが城市(シティ・)戦術(タクティカル)警備隊(・セキュリティ)のeVTOL機2機に乗せられ、80キロ先にある後方指揮所まで連れて行かれた。

 それではじまったのが、この戦争観戦ショーだ。なお、そん科長はあらゆる行事をサボり、ホテルで特別接待とやらを楽しみ続けている。彼がまさか初日の会議すら欠席するとは思わなかった。あの人はどうして外交官やっているんだろう。

 まあそれはいい。


「こちらに王昊天氏はおられないのですね」

 他の参加者が戦争観戦に熱中している隙に、チャガンにそっと尋ねた。

 意外にも「前線指揮所にいらっしゃいます」と教えてくれた。機密事項ではないのか。

「王氏の地位で前線に?」

「総司令の悪い癖です。現場で動くのがお好きなのですよ」

 新中華界域では、軍隊と警察がまとめて城市戦術警備隊と呼ばれている。設立された当初、中国とミャンマーの両国政府を刺激しないために自衛部隊を名乗ったなごりだ。

 チャガンは局長とはいえ、本業は警察・司法分野である。なので軍セクションは、最高司令官の王昊天が直々に指揮する(指揮したがる)という。副局長に人民解放軍の元少将がおり、この人物が王とチャガンの橋渡しや補佐をおこなう体制らしい。

 戦場では地上兵力の掃討が完了し、付近に隠れた敵スナイパーや逃亡兵を熱探知ドローンであぶりだして潰す最終局面に入っていた。哪吒2号は周囲を歩き回り、地雷をサーチしている。埋設はまったくないようだ。


 やがて、VIPたちがざわめいた。

 完全に掃討された戦場の中央に、4〜5mの巨大な四足歩行ロボットが歩みを進めたのだ。

 MLDW-8ND(むー鹿るーだーわんばーなーどん)。

 千里目のARに機種名が表示された。

 全身を光沢のあるホワイトの装甲で覆い、金の装飾を随所にあしらった儀仗用のメカニカル戦象だった。

 背に乗る男が防弾ガードを開ける。ちょうど雲が切れ、太陽の光が戦象の背に射した。

 光のなかで男が立ち上がり、こちらに敬礼してみせる。

 あごの髭と筋肉質の体型。王昊天だ。


 通常、戦場で最高司令官が高所に身をさらすのは最大の禁忌だ。だが、界域のスマート兵器の制圧能力を示すパフォーマンスとして、あえてやっているのだろう。

 そうした芝居がかった行動もおこなう人物なのか。しかし。

「……エモい。たまんねえな」

 謝雨萌がつぶやいた。ときめく気持ちは理解できた。

 王昊天は──。美しかったのだ。


 光が射したのは偶然だろう。

 しかし、彼はそれを味方にできる運を持っている。

「好きなことを目いっぱいにやってる男だけが持つ、武骨な色気とカリスマ性。創作意欲がビキビキ刺激されるよ。冬コミはもう決ま」

 創作意欲はさておき、謝雨萌の指摘自体に異論はなかった。

 あの人物は、魅力的なんだ。


 ──ホテル。謝雨萌の部屋。

 ドアを開け、わたしは彼女が使っていないほうのベッドに倒れ込んだ。

「おまえの部屋、隣……。だろが」

 そう言う彼女も、靴を履いたままベッドに身を投げている。

 時刻は午後9時前だ。界延安市内で戦争ショウご一行との夕食が終わり、やっとホテルに戻ってきたのである。

 沈香が焚きしめられたベッドカバーの香りがする。すこしでも気持ちを落ち着けたい。

 わたしは私用のスマホの画面を見た。

 ここ数日、この行動がことあるたびに習慣として染み付いている。

 

 RINEの通知は、ない。

 アプリを開き、いちばん上に固定してある見慣れたアイコンをタップする。

 右側が緑色の吹き出しだらけになったトーク画面が出た。

”連絡をください。待ってます”

 文字を打ってから悩む。ここ3日間、すでに同じ文面を何度も送った。いや、それだけではなくて……。

 考え直す。


”なんで連絡しないの。心配かけないで”

”大丈夫ですか”

”ちゃんとご飯食べれてる? 泊まるところあった?”

"既読つかないの怖い"

”お金足りてる?”

”無事に日本に帰ったら、横浜に連れて行ってくれるはずでしょう”


 かなり悩んでから、最後の文面候補は消した。

 でも、残りはすべて送ってしまおう。

 トーク画面に緑色の吹き出しがさらに5通、積み重なった。もちろん既読はつかない。


「待つ女はつれーな」

 すぐ近くから声が聞こえる。謝雨萌がこちらのベッドに身体を移していた。

「つらい」

「若作り無職中年男性、高田氏。あいつマシンガンで撃たれても死なねえんだろ。どうせ便所でスマホをうんこに落としたとかそういうのだ」

「それでも心配はする。界域はスマホなかったら行動できない場所だし」

「あー、おまえのこの顔、写真撮っとくか。日本戻ったら高田にシェアしてネタにするわ」

 よかった。彼女の部屋に来ておいて。

 自室に一人でいれば、悪い想像ばかりしてしまいそうだったのだ。


 28日の朝、翔平から到着の連絡があったとき、わたしはホテルのプールで泳いでいた。

 水から上がり、午前7時過ぎに返信したメッセージは既読がつかなかった。

 最初はSIMカードを買い忘れたのかと思ったが、夕方まで返事がないのは変だ。フリーWi-Fiをどこでも拾える土地なのに。

 スマホの窃盗や紛失も考えにくかった。タチレクや界延安は──大量の監視カメラと顔認証AI、個人のスマホのデジタルIDの複合警備で、窃盗はほぼ不可能なのだ。

 紛失物も、監視カメラがないジャングルや個人宅に落としていない限り、たいてい見つかると聞いている。謝雨萌が言うようにトイレに落としてスマホを回収できない状況なら、まだしもマシなのだけれど。


 翔平を探す最後の手段は、界域の警察(城市戦術警備隊)に届けることだ。

 しかし、わたしや謝雨萌が届け出た場合、間違いなくトップのチャガンに伝わる。

 彼はわたしの身辺を調査済みのはずだ。すくなくとも、翔平がわたしの監視任務のターゲットであることは知っている。なぜ、そんな人間を探すのですか? 詮索されると非常に面倒だ。

「白希冰さま。悪い虫がついているようですな」

 あの声と表情で言い放つ姿も容易に想像できる。別に翔平が悪い虫呼ばわりされる関係はなにもないけれど、チャガンはそういう人だ。

 彼の忠誠の対象は白家である。

 白希冰(わたし)の個人の人生や、友人関係に対しては何の配慮もない。


「ねえ、雨萌。今夜こっちに泊まっていい?」

「いいけど。おまえ、歯ぎしりうっせえんだよな」

 前に外津軽村に出張したとき、旅館の部屋でばれた。

 仕方ないでしょう。ストレスに満ちた生い立ちなんだから。

 しかし、彼女の寝言も相当うるさいと思うのだが。

「まあよかろう。さみしいキミを寝かしつけるため、第●回党大会の裏側で繰り広げられた前総理✕前主席✕主席のめくるめく三角関係の物語をお姉さんがじっくりと聞かせてあげ──」

 彼女の言葉を聞きながら、わたしはなんとなくスマホの画面に目を落とした。

 ん?

 ……あれ?

「ごめん。待って! ストップ!」


 わたしは叫んだ。

 RINEのトーク画面に既読がついたのだ。

”読めた!? 大丈夫?? すぐ電話して! いま大丈夫だから!”

 隣で画面をのぞきこむ謝雨萌があきれるような速度で文字を打ち、送信する。

 焦ったので感嘆符が増えた。消して書き直そうかと思ったら、再び既読がついた。


 よかった。無事なんだ。

 すべては杞憂だった。全身から力が抜けていくのがわかる。


 やがて──。

 翔平から返信がきた。

 わたしは画面をのぞき込み、目を疑った。

 そこには、こう書かれていたのだ。


”あなたは2度と、私に連絡しないでください”

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