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【間奏2】2025年8月25日 ホワイト企業(キムラの物語)

 朝8時30分。

 外の駐車場でラジオ体操の後、朝礼。

 みんなで元気に挨拶。


「先週のエースもヤマモトくん! 売り上げ2231万5000円! 2番手はサカイさん! 売り上げ1056万円! さあ、壇上へ」

 湧き上がる拍手。

 部長は30代前半だ。むかしは不動産会社の凄腕の営業マンだったらしく、社員のモチベーションを上げるのが上手い。

 朝礼台に登ったヤマモトは30代なかばの優しげな男。前職は介護職員らしい。業績のよさは、むかし取った杵柄だろう。サカイは27歳の、背が低くやや小太りの女。前職は保育士を経て風俗嬢。社会的弱者に寄り添うアプローチが得意だ。


「しかし、今月の全体売り上げは前年同月比20%減。まことに厳しい数字です」

 前年との比較は毎週月曜日ごとに更新される。

「あと1週間で巻き返す! 月間売上目標2億円!」

「じゃあ恒例のやつ、いきますよッ!」

 俺は大きく息を吸い込む。

 この職場で大事なのは、元気と機転とホスピタリティなのだ。

「資産移転で大金持ちに……! なるぞ! なるぞ! なるぞ!」

「ありがとうございましたッ!!」

 15人の社員たちの大声に驚き、有刺鉄線の柵の外に広がるジャングルから黄緑色のインコが飛び立った。

 俺の名はキムラ。新潟県出身のバツイチ31歳。

 仕事は……。

 いわば外資系企業の社員だ。半年前まではIT関連業。


 オフィスに入りパソコンを立ち上げる。

 業務開始の午前9時、すなわち日本時間の10時までまであと30秒。

 スプレッドシートの1枚目に表示された数十人の()()リストを眺める。


・山崎賢治 大阪市東淀川区 無職

 85歳男性 過去入金45万円 忠誠◯


・佐野和子 栃木県宇都宮市 習字教室経営

 78歳女性 過去入金5万円 忠誠△


・佐々村軍司 高知県高知市 地主

 91歳男性 過去入金1250万円 忠誠◎


 セルの水色は優良顧客。黄色は離脱寸前で要ケアの顧客。赤色は()()()(連絡を拒否した)顧客。

 シートの2枚目は新規開拓対象である。事前にランダムダイヤリングで日本全国に掛けた無言電話のうち、日中に高齢者が電話に出た番号がびっしりと記録されている。

 既存顧客のリピートか新規開拓か。判断は社員の自主性に任される。今日はどうするか。


 朝9時。架電。

 マイク付きヘッドホンをはめた社員たちが、口々に「台本」を読み上げていく。

「大阪府警生活安全課の山田です」

「こんにちはおばあちゃん。実はお孫さんがまた、お金に困ったと相談していて……」

「金融庁マネーロンダリング特捜部の田中です。あなたの口座が国際犯罪に使用されています」

「おやまあ、では、私の方法通りに老後の資産を防衛しましょう。まずは郵便局のATMに行って……。大丈夫ですよおじいちゃん、私たちが全力でサポートしますから」


 30分後。

 隣の席の痩せた女が「やった!」と小さく叫んだ。40代前半のモリシタ。彼女は大阪のリピート顧客から300万円を引っ張ったのだ。

 対して俺は……。畜生、このじじい、無駄な話が長い。デイサービスの女の態度が悪いとか、テレビCMの言葉づかいがなっていないとか、どうでもいいじゃないか。さっさとカネの話を──。ああ、電話が切れてしまった。またやり直しだ。


 すでにおわかりだろう。

 俺の会社は普通じゃない。

 日本のテレビでいう、国内の高齢者を狙う特殊詐欺拠点というやつだ。


 場所はミャンマー、ネオ・中華シーノ・界域フロンティア

 会社があるのは、タチレクという街の新空港近くにある工業団地・大其力第三特別人民公社の低階層ビルの一室である。


 櫻木いんむー軟件るあんじえん科技かーじー公司ごんすー──。

 社名はこちらだ。わが社は日本人だけのチームとなっている。

 俺の月収は日本時代の5倍。

 ただし、部長の上の老板らおぱんは中国人のマフィアみたいな連中だ。

 あまり関わりたくはない。


 午後5時。架電業務終了。

 本日の売り上げ、俺は95万円。

 それから2時間半、社員全員で戦略会議が開かれる。各人の問題を洗い出してPDCAサイクルを回し、「台本」を適宜修正、業務姿勢の改善案の発表。わが社の現場は意外とボトムアップ型だ。

「顧客に最期まで寄り添う。相手の話を傾聴する」

 部長いわく、今日の俺に足りない姿勢はそこだった。

 デイサービスの悪口を延々と聞き続けたっていい。信頼はそこから生まれる。

 2時間垂らした釣り糸が、最後に1億円の魚に化けるかもしれない。真の信頼関係を築けば、高齢者はカネを振り込んだあともこちらに感謝して、警察には相談しない。こうした完璧な仕事の先にこそ、人生の成功がある。

「社会の奥で眠ったままの資産を、未来の世界に移転させましょう。あなたにも夢があるでしょう?」

 部長はうまいことを言う。その通りだ。

 もっとも、わが社のアガリの8割は老板らおぱんの中国マフィアや地主の新中華界域が吸い取ると聞くが。とはいえ俺たちも金持ちになれる。不満はない。


 午後7時半、退勤。

 仕事内容はドス黒いものの、幹部連中以外の勤務時間は常識的な職場なのだ。

 稼げない社員は拷問されたり、他の拠点に人身売買されたりするらしいが。俺は最低限の売り上げはあるのでリスクは低い。日本で普通の社会人経験がある人間なら、わが社ではおおむね通用する。

 高給のホワイト職場。

 問題は現地の食事が中華料理ばかりなことと、一般社員レベルではこの工業団地の外に出られないことなのだが──。大したことじゃない。


 低階層の詐欺ビル群や宿舎が連なる、人民公社の街並みを歩く。

 建物群はここ数年でやっつけ仕事で建てられたらしく、無機質な外観だ。

 一階は商店が入居しており、雑貨屋、スーパー、喫茶店、麻雀店、足裏マッサージ店、オンラインゲーム用のネットカフェ、中華料理店などが数多く存在する。空き地にはバドミントンとバスケットボールのコートもある。

 うち以外の会社の大部分は中国系なので、これらの場所でリラックスしているのも大概は中国人だ。角刈りのデブ、腕に入れ墨、短パンに上半身裸……という、意識の低い外見の男が多い。店によっては、インド系やアフリカ系の連中もいる。彼らは英語圏向けの詐欺に従事している。

 いっぽう、街には中国人や地元のミャンマー人、タイ人などの女もそれなりにいる。一部は詐欺会社の従業員、他は店に出稼ぎに来ている人々だ。妊娠中でも働いていたり、店内で幼児を遊ばせたりしている女もすくなくない。


 子ども、か。

 なにげなくスマホを手に取った。

 壁紙は札束だ。息子の写真からこちらに替えて──。もう4ヶ月が経った。

 すでにこの世にいない存在とはいえ、この街で2歳児のあどけない瞳と向き合うのは、かすかに残る良心が痛む。息子が生きていたときだって、最初に言葉を話したり立って歩いたりした瞬間は見ていないし、そもそも昼間に起きているときにほとんど会えていなかったが。

 ひさしぶりに思い出す。俺は息子が事故に遭ったときも仕事で……。


「あ、キムラさん。お疲れ様です」

 日本語の女の声が、自分の思考をかき消してくれた。振り返る。

 同僚のサカイだった。エースのヤマモトと連れ立っている。

「これから表彰祝いで遊ぶつもりなんです。よければいっしょにどうですか? あ、モリシタさんを誘ってみても」

 モリシタは俺の隣の席の四十路女だ。痩せぎすで独身。前職は派遣社員。最近は肌ツヤがよくなったが、年齢相応の地味な外見の人物である。

 まあ、あの遊びなら相手が誰でも、それなりに楽しい。

「それなら、ひとつお願いがあるんです。私たち、使用枠を使い切ってて」

 わかっている。だから声をかけてきたんだろう。

 俺はまだ枠が残っている。問題はない。


家庭じゃーてぃん果冻ぐぉどんじーほあやお」 

 配布所に向かい、窓口でスマホをいじっていたミャンマー華人の中年女にたどたどしい中国語でそう伝える。

 こちらに来てから真っ先に覚えた単語だ。


 家庭果冻…正式名称はNCF家庭和階ゼリー。

 计划药…正式名称はNCF新計画生育メディスン。


 いつも通り、家庭ゼリーは机の上にポンと放り投げて渡された。

 いっぽう、計画メディスンはカウンターの隣の販売ボックスに自分のスマホの専用アプリ経由でQRコードを読み込ませ、配給枠の余りを証明、さらにアプリに個数を打ち込むことでやっと出てくる。今回は2粒だ。

 合流したモリシタを加えて、近くにあった簡易ホテルの部屋に入った。場所は社員寮でもいいが、個室を取るほうが楽しい。部屋代は補助金が入っており格安なのだ。

 家庭ゼリーを取り出す。

 ゼリーは5センチほどの長方形の平べったいパック包装で、中央でパキッと折って内部のジェルを吸う形式だ。ストロベリー味がついていた。いっぽう、計画メディスンはサカイとモリシタに渡す。こちらは緑色の錠剤で、ミネラルウィーターで流し込む。

 ゼリーを飲んで10分ほど経つと、視界がクリアになるような特有の感覚があった。本来は保険用薬品なので身体に悪い影響はほとんどないそうだが、視野の拡張はわずかな副作用だ。


 4人で交互にシャワーを浴び、トイレを済ませる。

 俺が最後にバスルームを出ると、すでに遊びが始まっていた。


 首筋をすこし触られただけで、サカイが嬌声を上げている。

 モリシタがヤマモトの股間に吸い付いていた。

 彼女が俺の気配に気づいて顔を離すと、ヤマモトの性器が彼の下腹部に勢いよく叩きつけられ、パシンと音を立てた。


 俺の中心もすでに硬化していた。同性のヤマモトの股間を見ても、まったく気持ちが萎縮しない。

 裸の同僚たちに歩み寄り、モリシタの薄い胸に手を伸ばして先端を触る。彼女が大きくのけぞって歓喜の声を上げた。


 NCF家庭和階ゼリー。

 性欲の亢進と性愛の快感が通常の行為の10倍程度に引き上げられる、新中華界域で開発された魔法のゼリーだ。効果は2時間、翌日の仕事に支障はない。ゼリーの持ち出しは厳禁だが、人民公社の内部では自由に入手できる。

 聞いたところでは、この新中華界域は階級社会である。ゼリーの配布は人民公社で暮らすC層住民──つまり中国国内から移民した下層労働者や、俺たちみたいな低度外国人材だけに認められているそうだ。

 純粋なホワイトカラーやエンジニア、軍人などからなるB層や、高度人材のA層によるゼリー使用は厳格に規制されているらしい。よくわからない制度だが、俺たちは楽しめるので不満はない。


 いっぽう、NCF新計画生育メディスン。

 こちらは副作用の小さな、普通の避妊薬だ。なぜかC層住民に対する配布量が規制されており、購入時の煩雑な作業はすでに述べたとおりだ。ちなみに人民公社ではコンドームもほとんど売られておらず、買いたければヤミで入手するしかない。アダルトグッズショップはたくさん存在するのに、謎の規制だった。

 結果、人民公社内ではどんどんC層住民の子どもが生まれているが──。当然、俺たちは子作りのためにここにいるわけではない。なので同僚とのゼリー遊びには計画メディスンが必須だ。


 それにしても、この奇妙な社会を設計した連中はなにを考えているのか?

 いや、そんなことはどうでもよかった。

 

 餅つきの杵のように腰を動かし続ける俺の前で、ヨダレと体液で顔をベタベタにしたサカイがひっくり返ったカエルの格好になり、鼻からうなり声を上げていた。モリシタが彼女の顔にまたがり、その口元に自分の股間を押し付けているのだ。さらにモリシタの肉の薄い臀部の中央に、ヤマモトが自分自身を突っ込む。のけぞったモリシタの胸に、俺がかぶりつく。彼女は絶頂の声を上げて放尿し、サカイがごくごくと喉を鳴らして飲み干した。ぎゅっと締め付けられた感覚があり、俺はサカイの真っ白い肉の狭間に思い切り射精した。

 

 高給保証。

 ホワイト勤務。

 資産の移転と蓄積。

 そしてNCF家庭和階ゼリー。


 俺がこの職場を離れる理由も、人民公社から出る理由も、なにひとつあるはずはなかった。

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