【序章】1989年6月4日 北京
”北京市人民政府、及び戒厳部隊指揮部より緊急通告──”
足。
足音。軍靴。安物の深緑色の軍服。
”われわれは目下の深刻な状況を断固として看過しない”
車輪。
軍用トラック。装甲車両。バリケード。
”市民の外出を禁じる。天安門広場に向かってはならない”
学生。
鉢巻。メガネと垢じみた服。
屋外で、車座になり聴くラジオ。天安門広場。
寧死不屈要民主。漢字。なぐり書きの横断幕。
”通告に背く者は──”
兵士。
自動小銃。
水平に並ぶ銃口。
人、人、人、顔、顔、顔。
引き金。
哒哒哒。啪啪啪。
火を吹く56式。散らばる弾丸。
血、血、血、死、死、死。
「救命啊!」
「快跑,快跑!」
「別開槍!」
叫び声。すすり泣き。怒号。罵声。断末魔。
パニック。嘔吐。脳漿。血溜まり。
リアカーに乗せられて運ばれていく死体。
太腿を撃たれ、級友に支えられて泣きわめきながら歩く女子大生。
火炎瓶。
燃え上がる装甲車。
なにかを叫んで投石しかけたところで、頭蓋を撃ち抜かれる若い男。
飛び散る血が別の男の頬にかかる。
男のポケットから落ちた身分証。
「名前 高志軍」
慌てて拾い上げる。
「なぜだ、こんなことにはならないはずで……」
天安門広場。殺到する軍人。装甲車。中国人民解放軍。
引き倒されるバリケード。泣く学生。
歌声。『インターナショナル』。
炎。煙。
炎。炎。炎。炎。銃口──。
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【六四天安門事件】(ろく・よん・てんあんもん・じけん)
通称「8964」。1989年6月4日未明、天安門広場を占拠していた学生デモ隊を排除するため、中国共産党が軍を投入。北京市内などで数百〜数千人が犠牲となる。現在もなお中国で最大のタブーである。
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”北京市人民政府、及び戒厳部隊指揮部より再度の緊急通告──”
同夜。
北京市旧市街。横水坊胡同。
”部隊の任務を妨害してはならない。暴徒に与してはならない”
「わあああああああああああん」
横倒しの三輪車。割れた植木鉢。
民家の屋内。
一面に飛び散った血。散乱した百合の花。
死体。
死体。
死体。
子ども。
”任務を妨げる者は、一切の手段を用いて排除する”
拳銃を片手に喉から血を吹き出して倒れた武装警察の男の死体。
銃殺された高志軍の死体。
室内で同じく倒れている彼の妻の死体。
泣き続ける子ども。
”市民は引き続き自宅に待機し、みずからの生命の安全を──”
「わああああああああん……」
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──8964。
おれはこうして生き残った。
すべての物語は、この夜からはじまる。