外伝 ウォーターワールド
夜、フランス・シャンパーニュ地方。
古い宿屋に泊まる少女の顔は暗かった。
彼女の名前はプリア。
見た目は美しく、大人しそうなお嬢様だが、彼女には人には絶対に明かせない秘密があった。
どこか彼女の表情は寂しそうだった。
「どうしたかな?」
宿屋の主が声をかける。
「あ・・・・・・いえ・・・・・・」
「悩み事かな?」
主は優しい老人だ。
プリアは旅の途中、宿に立ち寄り、温かい料理もご馳走になった。
「その、なんというか、どうしたらいろんな人たちと誤解なくわかりあえるのかなと考えていまして・・・・・・」
老人は怪訝な表情を浮かべた。
「そうだな・・・・・・」
彼も少し悩んだ。
「無理にわかりあおうとしないで、時間をかけてわかりあうのがいいかもしれない」
主の回答に彼女は笑みを浮かべる。
「そうですよね。きっといつか・・・・・・」
「まあ考えていても何も始まらない。今夜はゆっくり休んで」
老人はロビーから立ち去る。
プリアの秘密、それは人魚であること。
彼女は人類に興味がある。
人魚にとって人類は海を汚した憎むべき存在と、彼女は骨の髄から教え込まれた。
だが、彼女は疑問に思っていた。
人類は、憎むべき存在なのだろうか。
仲間たちは1000年前に迫害されてきた歴史があることを彼女は知っている。
『ナチュレ』と呼ばれる獣人族、プリアもその一人であった。
これは人類には決して口にできない秘密であった。
プリアには『ナチュレ』のリーダーがいた。
しかし命令でパリに向かう途中、迷子になってしまった。
迷いに迷って彼女は帰れなくなってしまった。
孤立したため合流することを諦めて旅に出ることにした。
その後、今はシャンパーニュの宿に泊まることになり、プリアは住人たちの優しさに感銘を覚えた。
人魚たちが憎んでいた人類が、自分に対して優しくしてくれたのだ。
「人類の皆さんは、本当はすごく優しい方ばかりなんだ・・・・・・。私は、人類のことを誤解していたかもしれません・・・・・・」
プリアの中で疑問があった。
人類は憎むべき存在なのだろうか?
彼女は葛藤した。
「人類は、憎むべき存在じゃない!それなら、『ナチュレ』のみんなにもそう伝えなければ!今こそ、ヒューマニズムの時代!」
彼女の中で使命感が生まれた。
「まずはこの辺のアジトを探さないと!」
彼女は『ナチュレ』の獣人族たちを説得する気でいた。
人類は優しく、話せばわかりあえる。
自分の言葉で伝えねば。
「大変だ!」
外から叫び声が聞こえる。
「何かあったのでしょうか?」
プリアは窓の外を眺める。
次の瞬間、漆黒の色を纏う竜が空を舞う。
機械の竜を彼女は知っていた。
「あれは『ネフライトワイバーン』?特殊仕様の『ダークスレイヤー』?どうしてここに?」
『ネフライトワイバーン』
『ナチュレ』は機械人形と呼ばれる兵器を開発していた。
竜型機械人形『ネフライトワイバーン』、『ナチュレ』の量産型無人兵器で局地攻略を目的にした兵器である。
『ダークスレイヤー』は隠密作戦用に黒色に塗装されており、主に夜間の強行偵察などに用いられる。
人類への報復を想定して造られた兵器。
プリアは揺れ動いていた。
同胞と戦うことになる。
だが同胞を止めないと、人類に大変な被害が出てしまう。
「何と言うことだ!竜だ!」
老人も飛び出して驚く。
優しいおじいさん、彼を死なせる理由にはいけない。
プリアは宿の外に飛び出していった。
「お嬢さん!」
老人の静止を振り切った彼女は、街から離れた森林の茂みへと向かった。
ーシャンパーニュ地方郊外ー
『ナチュレ』のバイク軍団は三体の『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』を率いて、シャンパーニュ攻略を目論んでいた。
バイクの荷台を改造した側車にはネコの怪人サリィがリーダーとなって乗車し人類への報復を試みる。
『ナチュレ』にはラムジンと呼ばれるタコの怪人がリーダーだったが彼が暗殺されて以降、『ナチュレ』は総崩れになり、組織的な抵抗はすでに困難を極めており、下部組織も地下に引き上げざるを得なくなった。
サリィは残りの戦力を振り絞って、シャンパーニュ攻略を決断した。
「お前たち、我々は男爵を失った以上、もう先はないであろう。しかし『ナチュレ』の威信に賭けて、全戦力を持って総攻撃に踏み切る!」
ネコの怪人たちは躍起になっていた。
「キャル姉さんも殺された!人類を許すな!」
獣人族の怪人たちは誰もが刺し違える覚悟でいる。
人類に迫害され、リーダーを殺され、組織を実質的な壊滅状態に追いやったこの状況、すでに人類との和解の道はない。
復讐、すべてを復讐に捧げたのだ。
「森林地帯から高速で接近する物体あり!」
サリィの肉眼に、高速で接近する機械が認識できた。
イルカ型の機械、それは『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』と同じ機械人形であった。
「あれは『フェルマータ』か!プリア様なのか?」
側近の怪人も疑問に思った。
イルカ型機械人形『フェルマータ・ターボブースター』だ。
水陸両用型の試作型機械人形で、両腕にはアイアンクロー、電磁レールキャノン『アステリオン』を内蔵している。
腰部に追加オプションの魚型ターボブースターが増設されており、地上での高速戦闘に対応できるようになっている。
「『ナチュレ』即応部隊に警告します!進軍をただちに中止してください!人類への報復は無駄です!戦闘は双方に被害が及びます!」
無線越しからの警告、サリィは歯を食いしばる。
「プリア様!どういうことです?」
「警告の通りです。進軍を中止してください!」
「要望はプリア様であっても聞けません。ラムジン男爵は、人類の金髪の軽装歩兵に殺された!その無念を晴らすべきです!」
「いけません!『ナチュレ』も人類も争いとは別の道を模索しましょう!」
サリィは彼女を無視して「『フェルマータ』を撃て!」と命令する。
『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』の一体が『フェルマータ・ターボブースター』を目掛けて火球を口から発射する。
『フェルマータ・ターボブースター』の回避力は音速に勝る機動力であった。
「無人機なら、遠慮はいりませんね!」
プリアの狙いは『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』だけだった。
『フェルマータ・ターボブースター』の照準は『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』の腹部であった。
『アステリオン』から放たれた弾丸が『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』一体の腹部を貫通し、竜の美しい肉体は一瞬で蒸発した。
プリアの狙いは『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』のみだ。
機械人形を失った彼女たちは後退を余儀なくされるだろう。
『フェルマータ・ターボブースター』の照準は後方に構えていたもう一体の『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』を捉える。
『アステリオン』から放たれた黄金色の弾丸、素早い早撃ち、『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』は反撃の余地もないまま、装甲を貫通され、爆散しながら墜落した。
「もうやめてください!こんなことより、ヒューマニズムこそが『ナチュレ』の光なのです!」
『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』の最後の一体は後退する素振りを見せた。
「撤退してくれるみたいですね!」
プリアは歓喜した。
「後退しろ!機械人形を失ったら勝ち目はないぞ!」
サリィは苦い表情を浮かべながら撤退を決断した。
『ナチュレ』の怪人たちは足早に引き上げていった。
「しかしどうしてあの方が・・・・・・」
サリィは疑念を抱いた。
同じ『ナチュレ』怪人なのにどうして自分たちの先祖を迫害した人類を利する行動を取ったのか理解に苦しんだ。
しかし今は逃げることだけを考えた。
『フェルマータ・ターボブースター』は『ナチュレ』の怪人たちを見送った。
宿屋の主である老人は驚いていた。
疑問の絶えない争いだったが、老人はあの少女のことと、手にしていた本物の金塊に驚いた。
しかしプリアが『ナチュレ』怪人であり、住民を守るために同士の侵攻を阻止したことは彼女しか知らない。
ーフランス・ニース近海ー
『ナチュレ』残党の侵攻事件から一日が経過した。
残党軍はプリアの活躍によってアジトへの後退を余儀なくされた。
人類側の被害者は誰も出ておらず、『ナチュレ』も無人機『ネフライトワイバーン・ダークスレイヤー』を一部失っただけで、『ナチュレ』怪人は奇跡的に犠牲者は出ておらず、争いは無血で終わった。
フランス・ニース近海。
宝石のような美しい海を機械人形『フェルマータ・ターボブースター』が疾走していた。
もうプリアは『ナチュレ』の復讐に加担することをやめた。
彼女は旅に出ることにした。
人類と『ナチュレ』がいつか手を取り合う時代を迎え入れられるように、人類を学び、人類の文明・歴史を学ぶ旅に出ることにした。
プリアは『フェルマータ・ターボブースター』のシングルアイカメラを通して、大型客船『メリーベル号』を捉えていた。
「あんなに大きな船があるんですね〜」
プリアは関心を持っている。
人類に興味がある彼女、『ナチュレ』怪人の中では憎しみもなく、辛い過去を背負ってもおらず、海のような純粋な興味がある。
しかしその興味は大きくなり、人類が好きになりつつある。
「さあ、オスマン・トルコに向かって、長い旅に出ます!」
『フェルマータ・ターボブースター』は両腰に装備している『ターボブースター・ユニット』を使って、機体を加速させた。
プリアは長い旅に出る。
旅の先に何があるかはわからない。