燃ゆる枝々
人物
前野聡 (16・28) 会社員
斉木瑛子(26) 前野の後輩
真鍋澄 (30) 前野の彼女
前野茂雄(81) 前野の祖父 故人
金子博也(34) 前野の上司
同僚A
〇暁ビル・外観(昼)
4階建てのオフィスビル。
〇同・オフィス内
デザインやマーケティング関連の書籍が山積みになっているデスク前野聡(28)が座ってパソコンのキーボードを叩いている。金子博也(34)が前野のデスクに近づいてくる。
金子「前野はいるかー」
前野「は、はい!」
金子「ちょっち付き合ってくれ」
〇同・オフィス内・自販機前
自販機の飲み物を吟味する金子。
前野「金子さん、どうしたんですか? こんな人気のないところに呼び出して。……もしかしてセクハラですか?」
金子「するかボケ」
缶コーヒーとメロンソーダを買う金子。缶コーヒーを前野に手渡す。
金子「はいよ」
受け取る前野。
前野「ありがとうございます。だとしたらなんでしょう。今少し忙しくてですね。なぜか新人のフォローが全部僕に回ってきたので」
金子、メロンソーダを飲みながら。
金子「それはすまんと思ってる。で、要件なんだが、いい話と悪い話があるけど、どっちから聞きたい?」
前野「言いたかっただけですよね、それ」
金子「まぁな、でどっち?」
前野「おすすめでお願いします」
金子「なんだ、優柔不断だな。そんなんだからいつまでもプロポーズできないんだぞ」
前野「それは今関係ないですよね?」
金子「ごめんて、怖い顔するなよ。じゃあ良いニュースから」
前野「はい」
金子「でかい案件がきた。俺がPMだ。そこでPLに君を推そうと思ってる」
前野「僕をですか?」
金子「そうだ」
前野「……ちなみに悪いニュースは?」
金子「めっっちゃ忙しくなる」
前野「やっぱり……」
金子「でも、君にとってもいい経験になる。引き受けてくれるよな?」
前野「……少し考えさせてください」
金子「詳細はまた連絡する。明後日までに 答えをくれ」
〇同・オフィス内
前野のデスクに前野が戻ってくる鞄を机の上に乗せ、中からタバコとマッチ箱を取り出しポケットに入れる。デスクから離れて歩き出す前野に斉木啓二(26)が気づく。
瑛子「前野さん! 休憩ですか?」
前野「ちょっと屋上」
瑛子「じゃあ私も休憩しよっと」
嫌な顔をする前野。
瑛子「なんですかその顔」
前野「冗談だよ」
〇暁ビル・屋上(昼)
高い柵で囲まれた屋上。スタンド灰皿が置いてある。扉が開き、前野と斉木が出てくる。床には所々に水たまりがある。
瑛子「さぶっ。もう冬ですねこれ」
前野「ほんとにな。秋はどこに行ったんだろうな」
瑛子「そういえば、さっき金子さんと何話してたんですか?」
前野「あ~、なんかでかい案件のPLを任したいんだと」
瑛子「すごいじゃないですか! ついに来ましたね、前野さんにスポットライトが!」
俯く前野。
前野「まぁ……そうだな」
瑛子「もちろん受けるんですよね?」
前野「いや、迷ってる」
瑛子「意外。前野さんなら二つ返事で受けると思ってました」
前野「そんな決断力ある人だと思うか?」
瑛子「思ってました」
前野「それは……、見る目がないな」
瑛子「前野さん、なんかあったんですか?」
前野「いや何もないよ」
ポケットからタバコとマッチを取り出す前野。
瑛子「あれ? 前野さん吸うんですね。しかもマッチって渋いですね?」
マッチを見つめる前野。
前野「あぁ、ほとんど吸わないんだけどね。こっちは昔に俺のじいちゃんからもらったんだ」
マッチ箱の中身を見せる。中にはマッチが二本入っている。
瑛子「へぇ~。じゃあ今日は珍しく吸いたい気分になったってことですね」
前野「逆だよ。マッチを使いたいからタバコを吸うんだ」
瑛子「逆? マッチが使いたくなるときとかあります?」
前野「それがあるんだよ。まぁ、願掛けとか占いみたいな感じだけどね」
瑛子「占い?」
前野「あぁ……」
〇回想・前野茂雄邸(夜)
さほど大きくはない古い日本家屋。
前野聡(16)の声「じいちゃん!」
〇回想・前野茂雄邸・縁側(夜)
縁側に前野茂雄(81)が座ってタバコを吸っている。タバコはフィルター近くまで吸われている。
前野(茂)「なんじゃ、聡」
前野(茂)の隣に前野が座る。
前野「またタバコ吸ってる。ばあちゃんに控えなって言われてるんでしょ? 怒られちゃうって」
前野(茂)「もう老い先短けぇんだ。これくらい好きに吸わせろってんだ」
前野「短いのをさらに短くしてどうすんのだって……」
灰皿でタバコの火を消す前野(茂)新しいタバコを口にくわえ、マッチ箱を手に取り、一本取りだす。
前野「じいちゃんっていつもマッチ使うよね。ライターのほうが楽じゃない?」
前野(茂)「……確かにライターのほうが便利だな。でもワシはマッチが好きでね」
首をかしげる前野。
前野(茂)「マッチってのは一度火をつけたら、もう1回擦ってもまた火が付くことはない。この不可逆性がいいんだ」
前野「ふーん」
前野(茂)「……よく人生は枝分かれした一本の木に例えられることがある。樹は物事を選択するたびにどんどん枝分かれしていく。時には選んだ先で失敗して、別の枝を選べばよかったって後悔する。誰にだって、そういう経験がある。聡にだってあるじゃろ? ワシはなそういう時――」
前野(茂)がマッチを擦り火をつけ、二人で見つめる。
前野(茂)「こうやって、だんだんと木の部分まで燃えていくマッチを見て、頭の中で自分が選ばなかった、枝を燃やすんだよ。悔やんでもしょうがない、選んだこの道で頑張るしかないって思えるようになる。そうやってワシは今日まで生きてきた。おっと」
火が弱まり、慌ててタバコに火を持っていく前野(茂)。マッチ箱を手に取る前野。
前野「……んー、あんまりピンとこないや」
前野(茂)「(笑いながら)そうか、まぁそれならそれでいいわい。それは聡にやる」
前野「んー使わないと思うけど一応もらっておくよ」
前野(茂)「あ、火遊びには使うんじゃないぞ」
〇暁ビル・屋上(昼)
前野「――ってことがあってね」
瑛子「なるほどなるほど。それで今の話が占いにどう繋がるんです?」
前野「占いは後に俺が考えたんだ。まず、命題を決める。それでマッチを擦る。3回に火が付いたらイエス、つかなかったらノーだ」
瑛子「それで今回は……」
前野「もちろん案件を引き受けるかどうかだよ」
瑛子「本当にそれで決めちゃうんですか?」
箱からマッチを一本取りだす。
前野「あぁ、天の導きだと思って、別の道は全部燃やしてきれいさっぱり忘れるのさ」
瑛子「うーん……、いつまでに返事しないとなんですか?」
前野「ん? 明後日だけど」
瑛子「それなら、もう少し悩んでみてもいいんじゃないですか?」
前野「まぁ、確かにそうだな」
瑛子の社用スマホのバイブが鳴る。画面を確認する瑛子。
瑛子「すみません、呼ばれちゃいました!お先戻ります!」
斉木、扉へ入っていく。
前野「あ、あぁ」
前野、箱にマッチを戻そうとして、水たまりにマッチを落とす。
前野「やっべ」
落ちたマッチを拾う前野。
前野「あちゃ~……」
ため息をする前野。落としたマッチをポケットにしまい、箱から最後のマッチを取り出す。2度擦って火をつけようと擦る前野だが、火はつかない。
マッチとタバコをしまう。
前野「ふぅー」
白い息を吐く前野。出口へ向かって歩いていく。
〇自宅・外観(夜)
駐輪場に自転車を止める前野。
〇自宅・玄関
玄関の扉が開く。
前野「ただいま」
帰ってきた前野に真鍋澄(31)が寄ってくる。
澄「おかえり、遅かったね」
〇自宅・リビング
澄の作った料理が食卓に並び、皿にはラップがかけられている。
澄が前野の夕食の準備をする。
澄「何時だと思ってるの」
時計を指さす。時計は十一時半を指している。椅子に座り、食事を始める前野。
前野「ごめんって、でもしょうがないだろ? し――」
澄もその正面に座る。
澄「仕事だったんだからでしょ? わかるよ。聡君はいつもそうだもん。忙しかったんだからって。最近は土日もどっか行ってるし、いつ最後に一緒に食卓囲んだかももう忘れちゃった」
前野「悪いとは思ってるけど、実際忙しいんだから仕方ないだろ? 土日だって付き合いだし、俺も好きで行ってるわけじゃないんだから」
澄「そうだけど……。なんか一緒に住んでるはずなのに別々に暮らしてるみたい」
澄が小声でつぶやく。前野が料理を箸でつつく音だけが響く。
前野、テレビの前のローテーブルに結婚情報誌が置いてあることに気づき、近づいて手に取る。
前野「ねぇ、これ。なに?」
澄「……しまい忘れてた。ごめん」
前野「噓じゃん。こんな目立つところに置いて。急かしてんだろ! 俺、前にこういうのやめてくれっていったよな?」
澄「そうだよ、わざとだよ。悪い? そりゃ急かしたくもなるでしょ!」
前野「澄が、俺のタイミングでいいって、ずっと待つって言ってくれたんじゃん」
澄「もう五年待ったよ! 周りの人はどんどん結婚してって。いったい私、あと何年待てばいいの?」
数秒、静かな時間が流れる。
前野「……ごめん、いったん頭冷やす」
リビングの扉から出ていく前野。すすり泣く澄。
〇暁ビル・屋上(昼)
前野と瑛子が並んでいる。
手癖でマッチ箱をいじる前野。
瑛子「それで、それから一言も話してないんですか?」
前野「そうだよ」
瑛子「それは前野さんが悪いっすよ」
前野「わかってるって」
瑛子「でもなんで、まだしてないんです? プロポーズ」
悩む前野。
前野「……俺さ、マッチつけるのが絶望的に下手なんだよね。ほとんど3回以内でついたことなくてさ」
瑛子「へ!?」
驚く瑛子。
瑛子「も、もしかしてプロポーズまでマッチ占いで決めようとしてたんですか?」
前野「あぁ、そうだよ。プロポーズの機会が来るたびにマッチを擦って……でも全然つかなくて、結構使っちまった。なんか神様がするなって言ってるみたいで……」
瑛子「そうですか」
前野「それに昨日、お前が戻った後、マッチ一本落としてダメにしちまってさ。PMとプロポーズのどっちに使えばいいか困ってるんだ」
瑛子「……ねぇ前野さん、そうやって全部運任せにするんですか?」
前野「え?」
顔をしかめる前野。
瑛子「それってほんとに前野さんの人生って言えるんですか? 言葉を選ばず申し訳ないですけど、それって逃げと同じじゃないですか」
前野「逃げ?」
瑛子「そうですよ。私は、他人にアドバイスは聞くかもしれません。でも、最終的に決めるのは他の誰かでもなく、ましてや神様でもない。私自身でありたいですよ。自分で納得して決めたいです」
俯く前野。
瑛子「選ばなかった選択肢を初めからなかったみたいにするのはよくないです。他の可能性かなぐり捨ててまで決めたという、重みがあるからこそ、選んだ道で頑張れるんじゃないですか」
前野「……俺とじいちゃんの生き方は間違っていると?」
瑛子「それは違います。前野さんと前野さんのおじいさんとでは。少なくともおじいさんは自分で選んだ道を生きてたじゃないですか」
前野「でも、俺はずっとこれでやってきたから……」
瑛子「何うじうじしてるんですか! そんなにマッチに従いたいなら私が代わりにやってあげます!」
前野からマッチを奪い取る瑛子。
前野「おい! なにすんだ!」
瑛子「前野さんはこの先マッチに頼らず、自分の道は自分で決めたほうがいいですか‼」
斉木が一度マッチを擦ると火が付く。
瑛子「見てください、前野さん!」
前野に火のついたマッチを見せつける斉木。マッチは木の部分が次第に燃えていく。
息を吹きかけてマッチの火を消す瑛子。
瑛子「これでマッチ便りの未来の枝はすべて燃やしました。これからは、前野さんがどうしたいかで決めるんです」
動けずにいる前野。
瑛子「がっかりさせないでくださいよ」
小声でつぶやく瑛子。
瑛子「前野さんは、私が初めて好きになった人なんですから……」
瑛子、前野に頭を下げる。
瑛子「大事なマッチ、勝手に使ってすみません。私、先に戻りますね」
出入口の方へ歩き出す瑛子の肩をつかむ前野。
前野「いや、ありがとう瑛子。悪いけど俺が先に戻る」
中へ戻る前野の背中を見る斉木。
瑛子「……なんだ、最初から腹は決まってたんじゃないですか」
〇同・オフィス内
前野が入り口から走って入ってくる。自分のデスクの鞄を取り出し、中から「退職届」を取り出す。
前野、荷物をまとめて金子のいる席に歩いていく。
前野「金子さん」
金子「ん? どうした、前野」
前野「俺、金子さんには感謝しています」
金子「どうした急に」
前野「これ、受け取ってください。お願いします」
退職届を見て固まる金子。
金子「……本気?」
前野「本気です」
金子「考えなおす気は?」
前野「ありません」
金子「……そうか。わかった、受け取ろう」
前野「あ、それと、俺今日この後抜けてもいいですか?」
金子「何言って……」
金子「今日じゃなきゃダメなんだな?」
前野「はい」
金子「……わかった。有給にしておく」
前野「ありがとうございます」
荷物を手に取って、走っていく前野。
前野の背中を見つめる金子。同僚Aが金子ところに来る。
同僚A「前野さん、どうしたんでしょう」
金子「さぁな。あ~、若いっていいなぁ~」
首をかしげる同僚A。
〇自宅・外観(昼)
自転車でやってくる前野。駐輪場に自転車を止め、急いで階段を駆け上がる前野。
〇自宅・玄関・外(昼)
カギとドアを開け中に入る前野。
〇自宅・廊下
リビングに繋がるドアを開く前野。
前野「澄! 俺と……」
〈終〉
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連載中の『シンフォニア ~偽りの歴史と五線譜の大樹~』も是非!!
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