お菓子の国の魔法-another-
公式イベントで出した話のanotherstoryです。
ちょっと残酷で悲しい話ですが、よければお楽しみください。
イベント用に出した1作目の方がハッピーエンドです。併せて読んでいただけると嬉しいです。
丈が少し短くなったズボンを履いて、服は汚れ、靴は穴が開いている。
いつも500円玉を握りしめてコンビニへ買い物に行く。
本来その価値を知らない年の少年。
瀬戸夢人くんはまだ4歳だった。
いつも買うのはジュースとメロンパン。
袋に入れて持って帰る。
家に帰っても誰もいない。
部屋にあるのはごみの山だけ。
いつ捨てたらいいのかもわからず、ずっと放置していて、ドアを開けると悪臭が漂う。
部屋に帰り、壁にもたれかかりながらメロンパンを食べる。
もう味も感じない。
これ以外のものを食べたことも久しい。
ある日、素敵な夢を見た。
そこはお菓子に溢れていた。
ほとんどが知らないお菓子だった。
嗅いだこともないような甘い匂いがした。
ケーキは前にテレビで見たことがある。
でもホールで見るのは初めてだった。
そこに妖精さんが現れる。
「ここにあるのは何でも食べていいんだよ。」
「…いいの?」
「もちろん!」
それはいつも空腹を感じていた夢人にとって最高の言葉だった。
たまらず近くにあった名前も知らないお菓子を口いっぱいに頬張る。
中からは茶色くて甘い汁がとろっと出てくる。
ほかにも白くて柔らかいクリーム、黄色くてものすごく甘い匂いのするクリームがある。
指ですくって食べるだけでとても幸せな気持ちになった。
少し歩き回るとそこにはカラフルな弾力のあるお菓子が広がっている。
さっきのクリームとは違って歯ごたえがあって、食べるのが少し大変だった。
それでもカラフルな世界に心が躍った。
「これ、お母さんにも持って帰りたいな」
そういうと、さっきまでにこにこ笑顔を振りまいていた妖精さんは途端に冷めた目になった。
「この世界からお菓子を持ち出すことはできないんだ。それにお母さんになんてあげなくていいじゃないか。」
急に怖くなった。
そしてそこで目が覚めた。
そこには相変わらず人はいない。
あるのはごみの山と漂う悪臭だけ。
気が付くと汗をかいていた。
仕方なくシャワーを浴びる。
少しカビの生えているタオルで髪の毛を拭いた。
洗濯の仕方が分からず、しっかりと干すことも出来ていないタオルは衛生的ではなかった。
夢人が息を吸うと少し咳が出た。
ガチャリ。
ドアの開く音がする。
「おかえりなさい!」
お風呂のドアからひょっこりと顔を出すと心底嫌そうな顔をしたお母さんが玄関にいた。
「まだ生きてんだ。」
小さな声でぼそっと言ったけれど、その声はしっかりと夢人に届いていた。
悲しい気持ちになった。けれど、知らないふりをして話しかけた。
「今日夢でね、たくさんのお菓子が出てきてね…」
パチンっ!
頬が熱くなり、頬を叩かれたことに気づいた。
「うるさいうるさいうるさい!もう、これだから子供は嫌なのよ。静かにできないの?私は疲れてるの。これ、明日の分ね。」
そこにはいつもより少ない100円玉が3枚転がっていた。
「ありがとう!」
「はぁ。」
ため息とともにお母さんはドアを出て行った。
気が付くと涙が出ていた。
僕が悪いことをするからまたお母さんは出て行ってしまったんだと自責の念に駆られる。
どうしたらお母さんに褒められるか考えて過ごしているのに、いつも怒られてばかりだ。
他の子との交流もなく、何が普通なのかも知らない。
頬に涙の筋を残したまま再び気が付くと眠りについていた。
「ようこそ夢人君!また来てくれたんだね!ここにあるものはなんでも食べて行ってね!」
目を開けると再びお菓子の国に来ていた。
目が腫れて開けづらいし、頬がまだヒリヒリする。
このままこの世界にいたいと思った。
ふかふかのスポンジで寝転び、近くに流れてきたふわふわの白いお菓子を口にする。
口に入れた瞬間溶けてなくなってしまうその食感と甘さがたまらない。
その先には少し雰囲気の違うお菓子が並んでいる。
白くて柔らかいものの上に半透明の液体がかかっている。
白い部分はほんのり甘くて、もちもちしていた。
上にかかっている部分は甘くて一緒に食べると口に広がる甘さが上品で気に入った。
他にも下の白い部分は一緒であんこなどの甘いのからしょっぱいのまであった。
もっと進んでいくとたくさんのクッキーが浮かんでいた。
どれも自分の背丈よりも大きくて、食べても食べても無くならないくらいたくさんあった。
こんなにお腹がいっぱいになったのは初めてだった。
甘い匂いに包まれて、幸せな気分になった。
このままこの世界にいたいと強く願った。
もう殴られることも、空腹に喘ぐことも、悲しいことも何一つない。
こんな幸せなことはない。
そう考えていると妖精さんがにこにこしながらやってきた。
「この世界は気に入った?好きなお菓子を使っておうちを作ることもできるよ!」
「おうち?」
「そう、自分が住みたいように作ることが出来るんだよ!一緒に見に行こう!」
そういうと妖精さんは夢人をひょいと持ち上げる。
そして小さな家が沢山あるところに連れてきた。
「ここには同じ年くらいの子が沢山いるんだよ。それに、みんな自分でイメージしておうちを作ったんだよ!」
「すごい!僕もここにおうちを作っていいの?」
「もちろんだよ!土台はこのクッキーが丈夫でおすすめだよ。そしてベッドはこのスポンジ。ふわふわで温かくてとっても人気なんだよ。」
そう言いながら妖精さんは夢人君の大きさに合うお菓子をどんどん用意していく。
「僕さっき食べた白くてもちもちしたやつ欲しい!」
「餅だね!みたらし団子を食べていたよね。少し小さいやつを用意して椅子にしよう。」
そうして話していくうちにお菓子の家はすっかり完成した。
「今日からはここに住んでいいんだよ。今日から夢人君はこっちの世界の住人だからね。必要があったらいつでも呼んでね!」
そういうと妖精さんは消えていった。
その代わりその周りのおうちに住んでいる子供たちが出てきてたくさんお祝いをしてくれた。
こんなに嬉しいのは初めてだった。
マンションの一室、そこにはぼろぼろで汚れた服と丈の合わないズボンの履いている少年が横たわっている。
机には100円玉が3枚。
部屋にはたくさんのペットボトルとメロンパンの袋が散乱していて、悪臭もひどい。
お母さんは傷害致死の疑いで逮捕された。
Fin.