婚約破棄された公爵令嬢ですが「お墓」を守ろうと思います〜薄暗い辺境墓地がわたくしの職場です〜
【7日連続】短編投稿です!
第7弾はこちら↓↓↓
今日は学園で一年に一回の晴れの日。
王国中の貴族の令息、令嬢たちが集う国立学園。平民とは違う最高峰の教育を受けられるほか、貴族家同士の交流の場でもある。
ナタリアはロングフォード公爵家の長女。学園内に階級差はない……とはいえ、公爵家の娘であるナタリアは、いつも注目の的だった。
しかし、ナタリアが注目を集めてしまう最大の理由は、「婚約相手」の存在だった。彼女の婚約相手はこの国の王太子である、ライアン王太子だったのだ。
ロングフォード家は国内の最大公爵家であるから、二人の結婚は当人たちが物心つく前から決まっていた国の重要事項でもあった。
のだが……。
「あなたとの婚約は破棄させてもらう!」
衆目の集まる前で、ライアン王太子はナタリアに向けて言い放った。
「えっ……。どうしてですか、ライアン様……。これまでも身を尽くして、お慕い申し上げておりましたのに……」
「あなたは実の妹カミラ嬢を理由もなく蔑み、密かに虐めていたのだろう! ……その目だ。その人を呪うような陰湿な目つき。学内では妹と私に『呪いをかけた』という話も広まっているぞ。どうだ、言い返す言葉もあるまい」
私がカミラを虐めた? 私が二人を呪った?
そんなはず、ないじゃないですか……。
ナタリアは婚約相手の突然の宣告と、思い当たる節のない噂話に心を痛めた。
しかしさらに驚愕したのは、今ライアン様の隣に、妹のカミラが尊大な笑顔で立っていることだった。
「誰がそんなでたらめな噂を……。ライアン様は、噂を信じたというのですか?」
「当たり前だ。被害者がそう言っているのだからな」
カミラはナタリアを見つけると、泣き顔をつくり、首元のアザらしき痕を見せた。
「これが、何よりの証拠です……」
「おお、かわいそうな私のカミラ……。姉とは違い、なんと心の清らかな娘だろうか。今、皆の前で宣言させてもらう。私ライアンは、カミラ・ロングフォードと婚約する!」
カミラの泣き顔が、ニヤリと不敵な笑みに変わった。
(もう、なんでもいいや……)
そうナタリアは思った。正直に言えば、この数年間も二人の間に恋人らしい逢瀬はなかったし、顔立ちが整い、何より王太子であるライアンはさまざまな浮名を流していた。
ナタリアはそんなライアンのプレイボーイぶりをある程度は知っていたが、自分からそれを指摘し、注意しようとはしてこなかった。
その結果、実の妹に、婚約相手の座を奪われるなんて……。
しかし、ナタリアへの風当たりは「婚約破棄」だけでは済まなかった。
ライアンはカミラへの乗り換えを正当化し、不義をはたらいた私への見せしめとして、学園追放、そして辺境での「勤労奉仕」を言い渡したのだ。
つまりわかりやすく言えば、私は棄てられるどころか、潰されたのだ。わがままな王太子と、実の妹の手によって。
「人を呪うような暗ーいお姉様ですから、陽の下でのお仕事ではお辛いでしょう。そうですね……薄暗くて恐ろしい、『墓守』をやらせてはいかがでしょう?」
カミラはどうしてこんな酷いことを、平気な顔で言えるのだろう。
きっとこれまでも、形だけとはいえ、王太子の婚約者だった私のことを、影でずっと恨んできたに違いない。
カミラの提案に、ライアンは頷く。
「この呪い女にぴったりじゃないか。ラグート辺境地帯の粗末で薄暗い墓地で、『墓守』として奉仕活動を言い渡す!」
当然、奉仕活動の間は、王都にあるロングフォード家を離れ、ひとり辺境墓地での生活を余儀なくされる。
出発の日、父アレン・ロングフォードはナタリアに涙を見せながら言った。
「娘よ。本当に申し訳ない……。お前が悪い行いをしていないことは、親である私が一番よくわかっているはずだ。しかし、わかってくれ、娘よ……。王家とのことゆえ、私にもどうすることもできなかったんだ……」
「大丈夫です、お父様。あのような王太子と付き合わねばならないカミラが気の毒なくらいですから。私は、平気です。ロングフォード家の娘として恥のないよう、墓守を務めて参りますので」
ナタリアはなんとかそう返すと、家を後にした。
☆ ☆
ナタリアが墓守として辺境墓地で働き始めて、どのくらいの時間が経っただろう。
自分でも意外だったが、ナタリアはこの仕事を、楽しんでいた。
「こんな若い子がお墓を守ってくれて、ありがとうねえ」
「いえいえ、仕事ですので、当然のことです。皆さんの大切なお墓ですから」
墓守の仕事は、大きく分けてふたつ。
一つは、お墓に汚れがたまらないよう掃除したり、適度に花を変えたり、墓地を適切に管理をすること。
もともと真面目で几帳面で、世話好きなナタリアには、うってつけの仕事でもあった。
そしてもう一つが、夜中に墓地へと入り込んでしまう魔物たちを、追い払うこと。
故人の魂が眠る墓には、さまざまな異形の魔物が寄ってきてしまうのだ。
汚したり漁ろうとしたり、中には眠っている魂をエネルギーとして吸い取ろうとする魔物もいる。
墓地の中であるから彼らを殺さずに、誘導魔法で優しく墓地外へと追い出す、というのがナタリアの重要な任務だった。
夜中にやってくる魔物たちはどれも小柄で、強力な魔物はいない。しかし数が多い場合もあるので、骨の折れる仕事ではある。しかも夜勤だし。
しかしナタリアは国立学園でも真面目に授業を受けていたから、魔物たちをうまくあしらう墓守の仕事を、うまくこなしていた。
墓地を訪れる人たちから「ありがとう」と声をかけられると、ナタリアは本当に嬉しかった。
間違いなく、あの窮屈な学園生活よりは、よっぽどマシだと思った。
☆ ☆
宵の入り、ナタリアが魔物チェックで墓地内を周回していると、墓参りの男性の姿があった。
男はいつも黒いマントを着ていて、フードを目深にかぶっている。だから、ナタリアは彼の顔をよく見たことはなかった。
(あ、この人、今日もいる)
ナタリアは心の内で思った。毎週1回、欠かすことなく墓参にくる律儀な人だと思っていた。
「いつも、どうもありがとうございます」
「いえ。ごゆっくりと」
その程度の会話を、見かけてはするくらいの関係だった。
背格好から男性らしいとは思いつつも、ナタリアは彼のことを何も知らない。
墓参者がどのような気持ちでここへやってきているかはわからないし、自分から声をかけることは控えるようにしていたからだ。
フードの男が訪れるお墓は、辺境墓地のなかでももっとも奥の暗いところにある、小さなお墓だった。墓にもちろん貴賤の差はないけれど……正直に言うとこの辺境墓地のなかでも、もっとも粗末な墓。
墓と言ってもぼろぼろに朽ちた木が、少し盛られた土のうえにぽつんと立てられているだけのものだった。
しかし少しだけ奇妙な点もあった。
どうもフードの男の家の墓には、魔物たちが湧きやすいようなのだ。
「今日もここだけ集まってきちゃってるな……」
お墓の前で座っているフードの男の横で、ナタリアは静かに魔物たちに誘導魔法をかける。
「ちょっとみんな、今あの人がお参り中だから、静かにしてて……!」
ここで働き始めてからナタリアが感じた教訓なのだが、小さな魔物にも愛情を持って接した方がいい。そのほうが、彼らもこちらに従って、ちゃんと去ってくれるのだ。つまり大切なのは、コミュニケーションだよねってこと。
しかし、この日はその後、事件が起きてしまう。
小さな魔物たちを外へと誘導したナタリアだったが、目の前に見たこともないほどの大きな魔物が出現してしまったのだ。
大きなツノが頭に2本、ライオンのような見た目だが、足元は幽霊のように浮遊している。表情は……尖った目がナタリアを睨みつけて、どう見ても凶暴そうだ。
墓地周辺にはあらかじめ強い守護呪文がかかっていて、大きな魔物は入ってこれない。守護呪文の網をくぐり抜けてしまうような小さな魔物たちを追い払うのが、ナタリアの仕事なのだ。
つまり……この大きな魔物は、強力な守護呪文を突破して侵入してきたのだ。
「ど、どうしよう……」
現在時刻は真夜中に差し掛かるころ。
当然、私以外の墓守はいない。
「ほ、ほら、ちょっとお外に出てもらっても、いいかなあ〜……」
優しく、敵じゃないよと伝えながら……、と思って口にする言葉が、恐怖で震えてしまう。
やばい、間違いなく、私じゃ手に負えない。
そうナタリアが思った瞬間。
ーーピカリ。
あたりを一瞬、強力な閃光が貫いた。
(えっ? 何が起きたの?)
混乱するナタリアが目を開けると、フードの男が立っていた。
二角魔獣は、静かに外へと消えていった。
「……大丈夫?」
「す、すみません! 助けていただいて、ありがとうございます……! あのレベルの魔物を一瞬で追い出すなんて、すごい方だったんですね」
口にしながら、ナタリアは初めてフードの男の素顔を見た。
美しい、青年だった。
整えられた髪は純黒に艶がかり、二つの瞳はオパールのような淡い光を宿しているようだった。
「お礼を言うべきなのは、私です。普段から愛情を持ってこんな小さな墓を守ってくれているのを、見ていましたから」
こんな美しい人に面と向かって褒められると、お世辞だとしても照れる。
ナタリアも、素直な言葉を口にしていた。
「毎週欠かさずに来ていただいて、ご先祖様も大変喜んでおられることと思います」
「……ありがとう。これは、父の墓なんだ」
「そうだったのですね。立派な、息子さんですね」
ふと、ナタリアは家族のことを思い出してしまう。
すると、フードの男がナタリアに尋ねる。
「君は……どうしてここで働いているの?」
そう聞かれて、戸惑った。
どう答えれば、いいのだろう。
「か、家族の事情で……」
「そうか……」と言って会話は途切れた。
☆ ☆
王家にて。
ピグモー国王は、息子の将来を案じていた。
「あいつは学園での成績はそこそこだと言うが……ロングフォード家の非常に優秀な長女ナタリアとの婚約だけが、将来への何よりの安心材料だというのが情けない……」
国王様、と部屋に従者がやってくる。
「どうした?」
「御子息ライアン様より、お手紙が」
「ほう」とピグモー国王はそれを読んで仰天した。
『あの呪われた女、ナタリア・ロングフォードは辺境墓地へと追放し、婚約破棄としました。そして、私は新たにカミラ・ロングフォードとの婚約を結びました。ついに、真実の愛を見つけたのです! PS.あの呪われた無能女には、墓地の中でも一番醜い最奥の墓でも磨いてろ、とキツく言い付けておきましたので』
読みながら、国王は危うく卒倒しかけた。
「あ、あの……大馬鹿息子め……!」
☆ ☆
王都で国王が息子の無神経さを嘆いていたのとちょうど時を同じくして、その息子・ライアン王太子はご機嫌だった。
もちろん、隣にはこちらも上機嫌のカミラご令嬢。
二人は王家の息が強くかかった辺境伯主催の、盛大な舞踏会場にいた。
「ライアン様ったら、そんなにお熱い腕づかいで……」
ライアンの手が、カミラの腰に熱っぽく絡みつく。
「いいだろう、カミラ。僕らは、次期国王とその名誉ある妃なのだから!」
「はい、ライアン様……ッ!」
「ちょっと君たち。僕たちがお越しになっているというのに、どうして中央をあけないんだ! どきたまえ」
し、失礼いたしました! と、招待客たちがさっと退く。
ライアンとカミラはじっとりと互いを見つめ合い、抱きしめ合って踊った。
そして舞踏会も終わりを告げる頃、幸せな気分の最中で、カミラはライアンに囁くのだった。
「そういえばこのあたりって、あの根暗女がいる場所でなくって? まだ私、しきれていませんわ。これまであの女に受けてきたひどいことの、復讐を」
「ああ愛しいカミラ。王子と姫で悪を消し去りにゆこう、あの陰湿な辺境墓地へ」
☆ ☆
「ど、どうしてあなたたちがこの場所にいるのですか……。私がどう生きていようと、関係のないことではないのですか?」
辺境墓地の奥で、這いつくばったナタリアは震える声で言った。
倒されているのだ、カミラとライアンに。
「関係ないって、そんなのあんまりじゃない。見にきてあげたのよ? お姉さまが幸せに暮らしているかどうか」
「ちなみに私たちは、お前がいなくなって、実に幸せに暮らしているがな」
二人はナタリアを見下し、勝ち誇った口調で言った。
ナタリアは、途切れ途切れの声で言い返すことしかできない。
「私だって……幸せですから……! いま、幸せですから! ここで墓守として働くようになってから、『ありがとう』と優しい言葉をかけてくれる人もできましたから。権威を振りかざして、他人のことを顧みないあなたたちよりもずっと、幸せですから!」
そこまで、一息で言っていた。
しかしそれにカミラが黙っているわけがない。
「……私たちよりも……幸せですって……? ふざけるのもいい加減にしなさいよコノ腐れ女が! 腐れ女腐れ女腐れ女!」
「大丈夫だよ、カミラ。幸せだって言うんなら、今から僕たちが教えてあげよう。身の丈に合った『不幸せ』を」
ギャハハ! 笑うカミラの声を聞きながら、ナタリアは「もうこの人たちは、私の知っている人たちじゃないんだ」と感じた。
王太子から突然の婚約破棄を宣告され、生家を追い出され、荒れ果てた墓地送りにされた醜い女。
それが私の、正しい居場所なのかもしれない。
「不幸に落ちろ! 落ちろ落ちろ落ちろ!!!」
カミラがナタリアを踏みつけようとしたその時。
ーーモニュ。
「!?」
カミラの足はナタリアには届かなかった。
そこにいたのは、ナタリアが毎夜追い払っていた、小さな魔物のうちの一体だった。
「何コイツ!?」
カミラが執拗に踏みつけるが……。
ーーモニュ。モニュ。モニュ。
ナタリアにも不思議だった。
魔物が、私を守ってくれたというの……?
「もういい。この汚らしい魔物は、俺が殺す!」
叫んだライアンは、「ぴと……」と動きを止めた。
いや、止められた。
「父の墓の前で、よくもまあ騒いでくれたな。貴様ら」
そこに立っていたのは、ナタリアが何度もこの場所で見た、フードの影。
「あなたは……」
ナタリアが密かに好意を抱き始めていた男は、ライアン王太子を厳しい目つきで睨みつけると、言い放った。
「貴様の父上は、この娘への仕打ちを、知っているんだろうな?」
「はへ?」
同刻、王宮殿。
ライアン王太子の父、国王ピグモーは愚息からの手紙を何度も読んで、頭を抱えるほかなかった。
「あの墓は……あの墓は、我が国を護ってくださる魔法王一族の墓なんだぞ……!」
☆ ☆
「あ、あなたが、魔法王なの……?」
それはナタリアさえ、驚きを隠せない告白だった。
「ああ。君には隠していてすまない……」
「いえ、そんなことは……」
フードの青年、いや、今となっては魔法王の男は、ナタリアを愛おしそうに見つめる。
「今日も、私たちのお墓を大切に守ってくれてありがとう」
「私も、心優しいあなた様を、お慕いしています……」
ナタリアの、素直な気持ちだった。
「こんなボロ着た男が魔法王なワケねーだろ!」
静けさを切り裂いて叫んだのは、カミラだった。
それは、これまで権威だけで生きてきた彼女の、意地だったのかもしれない。
「人を見かけで、判断するものじゃないよ。お姉さんを、見習いなさい」
「……いい加減にしなさ……」
癇癪を起こすカミラの口を、魔法王が閉ざす。
「今日は生のご飯があるよ、みんな」
そう魔法王が夜闇に向かって言うと、ゾロゾロと出てくる影たち。
「ギャーーー!」
いつもの、魔物たちだった。
カミラとライアンは、腰を抜かして驚いている。
しかし、ナタリアにとっては怖いはずがない、いつもの、彼らだ。
「や、やめてくれ! やめてくれ!!」
ライアン王太子はカミラのことなど気にもとめない様子で、逃げていった。
そしてその小さい背中を追って、悪妹カミラも一目散に逃げ去った。
「オマエ……! タダで済むと思うなよ!」と忘れずに負け惜しみを言い残して。
その後、ライアンとカミラが傾国の罪で国外へと追放されたことは、言うまでもない話だ。
☆ ☆
他に誰もいなくなった夜の辺境墓地で、ナタリアと魔法王は見つめ合った。
「実は、君が襲われていると教えてくれたのは、父なんだ。この墓標の木の下から、毎日君のことを見ている父も、ナタリアのことを気に入ったみたいだ」
魔法王の言葉に、思わず墓の方を見ると、墓標が少しだけ動いたような気もした。
「私はナタリアのことが好きだ。これからも、一緒にいてくれるかい?」
「はい……もちろん。ただ……」
ナタリアはすこし思案している。
「どうした?」
「この仕事は好きだから……続け、たいな、と……」
一瞬の静寂が二人の間を吹き抜けていった後。
「もちろんさ! それでこそ、ナタリアだ!」
魔法王はナタリアを、抱きしめた。
大切に、大切に。
お読みいただきありがとうございました!
「面白かった!」
「ナタリアと魔法王の今後が気になる」
「ライアン馬鹿王子すぎる……」
などなど思っていただけましたら、投稿の励みになりますので評価、ブックマークよろしくお願いいたします!