2話 処刑
家は大きな穴の中を落ちていた。
ヴァクラはすぐさま家族の側に駆け寄った。
「起きて、皆んな。外を見て、外を!」
ヴァクラは必死に父の体を揺さぶった。
すると、ウザはゆっくりと目を開けた。
「…何だ?ヴァクラか…って、いつの間にこんな所で」
「いいから、父さん。外見て、窓の外!」
「ん、外お?…おい、何だあれ」
ウザは振り返って窓を見た途端、一気に目を見開いた。そしてドタドタと窓に近づき、頭を出した。
「嘘だろ…」
ウザは絶句して、足を震わせた。
「ほら、母さん、姉さん、祖母ちゃん、起きて!」
ヴァクラは3人の肩を忙しなく叩いた。
「ん…あれ、私いつの間に、ごめんなさい。あれ、リリスも」
「嘘、いつの間に寝てた」
ベリアルとリリスが起きて、ダンタニアンも目を開けた。すると、ダンタニアンはバッと上体を起こして、辺りを見渡した。
「奴はどこだ。あの旅人は?」
「それがいなくて、それより祖母ちゃん外を…」
「やられた。あのワイン、睡眠薬が…盗人か?」
ウザは震えた指で窓の対角にある扉を指した。
「ベリアル、扉を開けてみろ」
「え、何?また誰か来たの」
ベリアルは半ば寝ぼけつつ、扉を開けた。
そして、声も出ず、ガクリとその場に座り込んだ。
そこには、手つかずになった雑草が生い茂る庭と、その先には何もなかった。言わば崖のようにぷつりとそこで地面がなくなっていた。
「どうしたの、母さん!大丈夫?」
リリスは放心状態の母のもとに駆け寄った。
そしてぽかんと口を開けた。
「うっそ…祖母ちゃん、地面がなくなってる。というか、家が落ちてる?」
「何を馬鹿な」
「祖母ちゃん。手を貸すから、ほら来てみて」
ダンタニアンは言われるまま、ヴァクラの手を取った。そして、扉まで足を運び、破顔した。
「こりゃあ、驚いた…ヴァクラ、庭に出てみよう」
「え?けど、風が強いし、落ちるかもしれない」
「ゆっくり行けば大丈夫だ」
二人は一歩ずつ着実に外に出た。その間にも少し遠くの壁はどんどん二人の目の前を通り過ぎた。
ダンタニアンは銀色の弱々しい髪をなびかせながら、周りを見渡した。上を見ると、円形の空が遥か遠くにあった。
「何、どうなってんの?」
家の中からリリスが叫んだ。
「ここは…巨大な穴の中だ。そして底が見えないほど深い。その中を家が落ちている」
ヴァクラは辺りを見渡した後、自分が出てきた家が目に止まった。
「ツタ?…祖母ちゃん、あれ見て。家の外壁にツタが…屋根まで伸びている」
ヴァクラが指差す方をダンタニアンは振り返った。
家にはびっしりとツタが生え、まるで何年も人が住んでいない空き家のようだった。
「いつの間にこんなに…まさか寝ていたのは一晩だけじゃないのか?」
ダンタニアンは言って、さらに歩みを進め、地面の端まで来た。近くの雑草を強く握りしめて、恐る恐る下を覗き込んだ。
「本当に深い。一向に底に辿り着かない」
すると、家の中からウザの声が聞こえた。
「皆んな、来てくれ!机に手紙がある」
「祖母ちゃん行こう」
ヴァクラは祖母を、リリスは母を支えながら、居間の机に集まった。
紙を手に持ち、それを見るウザの目は虚ろで、顔は青ざめていた。
「父さん。その手紙に、何て?」
ウザはごくりと息を呑んだ。
「読むぞ。「貴様たちを神に反する魔女の一族と認め、刑を処す。刑の名は死刑。だが刑が実行されるのは1年後。貴様らは1年後、この大穴の底に辿り着き、家もろとも粉々に砕けて死ぬ。悪魔の信奉者たちよ、死に怯え、絶望するがいい。マーミ王国現王ハグラス・スカ」」
ウザが読み終えると、居間はしばらく沈黙に包まれた。皆どこか一点を見つめ、まるで抜け殻のように動かない。口も半開きのまま動かない。そしてしばらくして、ベリアルがぽつりと呟いた。
「…夢だ。そうだ、これは夢だわ。昨日まで私たち幸せに暮らしていたじゃない…ほら私、もう起きて、もう目覚めて」
「ベリアル、やめろ。これは夢じゃない、現実だ。だが、まだ死ぬと決まったわけでは…」
ウザが言うと、ベリアルはすぐさま首を横に振った。
「いいえ。王が死刑と言ったの、私たちに。夢じゃないなら、もう私たちは終わりだわ」
するとヴァクラは俯きながら、口を開いた。
「そうかな、母さん。死刑までは1年あるんだ。それまでに、この大穴から脱出する方法を探せばいい。それにここは看守のいる監獄ではないし」
「まあ、それは分からないが…一旦状況を整理しよう」
ウザは自分に言い聞かせるように声を出した。
「まず、恐らく事の発端は昨日の夜。あの旅人が来て、ワインを飲んだことだ。俺の想像だが、旅人は王の手下で、睡眠薬入りのワインを飲ませることを命令された、のだと思う」
「ああ、私もそう思う」
ダンタニアンは頷いた。
「そして俺たちが眠っている間に、何らかの方法で家を地面ごと切り離し、運び出し、この大穴に落とした」
「それって…もしかしてドラゴン?」
リリスが言うと、ウザは頷いた。
「恐らく。兄さんたちと同じように、俺たちはドラゴンに連れ去られ、この大穴の中を落ちている」
すると、ダンタニアンが口を開いた。
「わざわざそんなことをして殺すのが疑問だな。苦しめて殺したいのなら、水責めや火炙りの方が簡単で効果的だと思うが…」
「というかそもそも、私たちこんな状況下で一年も生きられるの?水も食料もどこから得るの?」
リリスが言うと、皆が彼女の方を向いた。
そして、ウザは笑い出した。
「どうしたの、父さん」
「いや何、そんな単純なことに気づけなかった自分が可笑しいだけさ。どうやら俺は今相当焦っているらしい」
ウザは深呼吸をした。
「よし、取り敢えず、今ある食料をここにかき集めよう」
5人は協力して、倉庫や格納箱から食料を持ってきて、居間の机に置いた。食料は一応机を埋めるだけの量はあった。
「これで、全部か?」
「あとは庭の人参が少し」
ダンタニアンはため息をついた。
「もって、一週間の量だな。そして水分はこのワインだけだ」
「そう考えると、あの手紙は支離滅裂な内容だ。一年後に我々は死ぬと書かれていたが、これでは3日も保たない」
居間にはまた沈黙が流れた。
そして、ウザが口を開いた。
「…誰か、目覚めてから何か異変を見つけなかったか?大きな穴に家が落ちている、それ以外に」
「ああ、そういえば。家の外壁と屋根にツタが覆われていた」
「ツタが覆われて?」
ウザは確かめに、外への扉に向かい、ヴァクラもついて行った。
「父さん、風が強いから気をつけろよ」
「ああ…」
ウザは家を外から眺めた。
「まるで何年も時間が経ったような気分だ」
「祖母ちゃんも、寝ていたのは一晩ではない、とか言っていた」
「ああ…だが、それはありえないな。羊の生肉は腐っていなっかった。一晩しか経っていない何よりの証拠だ」
ウザは外壁に生い茂るツタをかき分けながら言った。葉は何層にも重なっていて、外壁と屋根の半分以上の面積に生い茂っていた。
「どれだけ、成長の速い植物だよ」
ヴァクラは、ツタを眺めて言った。
ウザはツタをかき分け続けた。
「あの旅人も、ワインも、切り離された家も、全て処刑のためのプロセスだった。この不思議なツタもきっと…」
そして、見つけた。
「あった…果実だ」
ウザは葉の中に隠れていた果実をもぎ取り、かぶりついた。
「おい、父さん」
「ヴァクラ、食えるぞ。それに水々しい。俺たちはまだ生きれるかも…いや生きるんだ。もがいて、生きて、あの森に帰るんだ」