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ブネ-BUNE-  作者: 中森 五郎
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一話 3番目の英雄

空だった。

彼らはどこにも根を張らず、空の一部になっていた。

底の見えぬその先に、落ちていた。












「ただいま」

戸が開き、ウザが家に帰ってきた。

「あ、おかえり、父さん」

ヴァクラは、眉を上げて言った。

「どうだったの?無事だった?」

ベリアルは夫を見るなり駆け寄ってきた。

ウザは俯いて首を振った。

「そんな…何があったの?」

聞かれたウザはそれを手で制した。

「ヴァクラ、二人をここへ呼んでくれ。全員揃って話がしたい」

ヴァクラは言われた通りに姉と祖母を呼び、一家は居間の机を囲んだ。

「俺が着いた時にはもう手遅れだった。兄さんたちの家は跡形もなく消えていた。近隣の村人の話では、ドラゴンに家ごと連れ去られた、と」

ウザがそう言うと、居間がざわついた。

「ドラゴン…」

「噂には聞いていたけど」

「どこへ…どこへ連れ去られたの?」

ベリアルは涙目になりながら尋ねた。

「分からない。村人が言うには、一瞬の出来事だったらしい」

それを聞いたベリアルは感情を抑えられず、泣き始めた。

それを見やって、ダンタニアンは娘の肩にそっと手を置いた。

「わざわざ連れ去られたということは少なくとも殺されてはいまい。ベリアル、心配するな。バナルの家に守護の魔術をかけてみよう。さすれば、彼らの身は安全だ」

「魔術?場所も分からないのに、そんなこと」

「魔女の血統ではない人間の血、それを捧げれば可能だ」

リリスはベリアルにハンカチを渡した。

「ほら、母さん…そもそも村人の言う事だから、嘘っぱちかもしれないじゃない。ただ引っ越しをしただけかも」

「じゃあ、なぜ今週に限って手紙が来ないの。引っ越しなんて重大なことがあったらなおさら」

聞かれたリリスは「それは…」と言って、それ以上言葉が出なかった。

「引っ越しはありえない。家の下の地面ごとえぐられていた。人智を超えた力だ」

ウザがそう言うと、ヴァクラが口を挟んだ。

「ドラゴンって本当に実在するの、父さん?」

「ああ、どうやらそうらしい」

ベリアルは涙で濡れたハンカチを机に置いた。

「ごめんなさい、リリス。少し強く言ってしまって。ハンカチ、ありがとうね」

「私こそ無神経なこと言ってごめん」

それを見たウザは安堵した表情で、また喋り始めた。

「とにかくまずは、お母さんの言う通り兄さんたちの家に守護の魔術をかけるのを試してみよう」

「血はどうする。魔女の血筋ではない人間の血」

ダンタニアンに言われ、ウザは腕を組んだ。しばらく時間が経ち、ダンタニアンは諦めたように呟いた。

「まあ一応、羊の血で代行できる。その分効果は薄いが…」

「では、取り敢えずそれでやってみましょう」

会議は終了し、ウザは寝室へ、リリスは傷心した母の代わりに夕飯を作り始め、ヴァクラはウザに頼まれて祖母を部屋に連れて行った。

祖母ダンタニアンは足腰が弱く、移動するには誰かの付き添いが必要だった。

ヴァクラはダンタニアンに手を貸し、部屋に向かった。

「祖母ちゃん、なぜ俺たちはいつもこうなんだ?」

ダンタニアンは首を上げ、孫の顔を見た。

「叔父さんたちが誘拐されたのだって、魔女の一家だからだろう。何だって俺たちはいつも嫌われ者なんだ?悪魔を信仰しているから?」

ダンタニアンはじっとヴァクラの目を見つめた。

「ああ、そうだ。悪魔は人々に危害を与える邪悪な存在、それが世の中の人間の常識だ」

ダンタニアンはヴァクラの手を離し、部屋の床にゆっくりと腰を下ろした。

「だがな、ヴァクラ。それは彼らが信仰する神も同じだ。時には危害を与え、時には幸福を与える。神も悪魔もその点は同じだ」

ダンタニアンは瓶が並ぶ棚を指さした。

「上から2段目左から6番目」

ヴァクラは言われた場所の瓶を手に取り、祖母に渡した。瓶の中には赤い液体が入っていて、ダンタニアンはそれを指につけて正方形の板に何かを書き始めた。

「神と悪魔の大きく違う点は信仰者の考えだ。神を信仰する者たちは神が唯一の絶対的な存在だと信じている。すると必然的に我々魔女の血は邪魔な存在になる」

板には立派な紋様が描かれ終わり、ダンタニアンは手を止めた。

そして両の手を組み、何やら細かく唇を動かし始めた。

「我が悪魔よ。我が息子バナルとその家族、その家、彼を取り巻く全てを守護せよ。代わりに羊の血を捧げる」

ダンタニアンはそう言うと、肩の力をスッと抜いて、ヴァクラを見上げた。

「魔術は「守る」だけの力だ。我々魔女は他人を傷つけることも助けることもしない…し、できない。ヴァクラ、お前はこの魔女の血を恥じる必要も恨む必要もない」


日が沈み、夜になった。

家の煙突からは煙が上がり、家の中はランタンの火で照らされた。

夕飯が机に並び、父親以外が居間に集まった。

「父さん、起こして来ようか?」

ヴァクらが聞くと、リリスは一瞬間を開けて答えた。

「いや、いいよ。まだ疲れているんだよ、きっと」

リリスは最後にフォークを4つ置き、自分も席に座った。

「羊肉のキャベツ巻か…リリス、いつの間に覚えた?」

「祖母ちゃん、私が料理できないと思ったでしょ。ずっと前に母さんに教わったの。それきり、作ってないけど」

「それって、焦げた言い訳?」

ヴァクラが言うと、ずっと暗い顔をしていたベリアルはフッと笑みをこぼした。

それを見てリリスは、言い返そうとした口をとっさに摘むんで、一緒に笑った。


食事も終盤にかかった頃、玄関の扉から「コンコン」と音がした。

すると、4人は一斉に肩をびくつかせて互いの顔を見合った。

「…私が行く」

リリスは小さく、いつになく真剣な声で言った。扉までゆっくりと近づき、扉越しに声を震わせた。

「何者だ」

「え…あ、旅人です。お金を盗まれて、村の宿に泊まれないんです。どうか一日だけ泊まらせて頂けないでしょうか」

リリスは祖母の方を振り返った。

ダンタニアンは首を振り、リリスはその意を受け取った。

「無理だ。他をあたってくれ」

「ほ、他の家はもう全て訪ねたんです。もう野宿を覚悟して村外れの森に入ったら、偶然この家を見つけて…どうかお願いします。お金はないですけどワインならあります。僕の故郷の名産品なんです」

「何度も言わせないでくれ。無理なものは無…」

「待て、リリス」

リリスが振り返ると、いつの間にかウザが起きて居間にいた。ウザはダンタニアンの耳にそっと囁いた。

「あの者から血を貰えば、より効果の高い守護の魔術をかけられるのでは?…ベリアルは無論、私も心配していたんです。羊の血で大丈夫なのかと。あの者は我々が魔女の一家だと知らないようですし」

ダンタニアンは少し考えた後、声を張った。

「旅の者、入られよ。夜の外はさぞ恐ろしかろう」

ダンタニアンが言うと、扉がギーと音を立てて開いた。

「し、失礼します。誠にありがとうございます。こちら細やかながらワインです」

ウザはじろりと旅人を見つめた。

「泊めて差し上げるが、条件がある。ワインではなく、あなたの血を少し頂きたい。母が怪我をして、かなり出血してしまってね。輸血したいんだ」

「はあ、それはもちろん。喜んで差し上げます」

居間に何とも言えない緊張感が漂いつつ、ウザは旅人の腕から血を注射器で吸い取った。

「そういえば名前を聞いていなかった」

「ランセルです。ランセル・ドリコー」

ヴァクラとリリスはあまり落ち着かない様子で、それを眺めつつ食器を片付けた。

瓶に入れた血を受け取り、ダンタニアンとベリアルは輸血をするという名目で居間を出て、部屋に向かった。

「決して、この部屋には入らせるな」

ダンタニアンが小声で言うと、ベリアルは強く頷いた。

そして数分あまりして、二人が居間に戻ってきた。

「ランセルさん。あなたは二階の空き部屋で寝てもらおう。ベットはないが、布団は余分にある」

「ありがとうございます。…ところで皆さん食事も終わったところのようで、食後のワインでもどうですか。先程はいらないと言われてしまったが、ぜひ飲んで頂きたい。私の故郷の唯一の自慢なんです」

ランセルは言いながら、ワインのコルクを開けている。

言われた一家はまた互いに目線を交わし合った。

「どうでしょう。私、お酒はすぐ酔ってしまうんですが」

ベリアルが言うと、ランセルは胸を張った。

「大丈夫。このワインはほとんどアルコールが入ってない、「誰でも飲める」が売りなんです。私の故郷は廃れていて老人しかいないので、胃に優しいワインです」

「それは私に言っているのかな」

ダンタニアンがギロリと言うと、ランセルは引きつった顔をした。

「い、いえ。そ、そんなつもりは…」

ランセルの焦り顔に、ヴァクラとリリスは笑いを我慢した。

ウザも笑って、少し肩の力を抜いた。

「ランセルさん。ワインの香りを嗅いでもいいかな」

「ええぜひ」

ウザは確かめるようにじっくりと匂いを嗅いだ。

「よし、乾杯しよう。ベリアル、グラスは6つあるかい」

「ええ、確か」

居間はいつの間にか緊張感が薄れ、いつもの一家の雰囲気が戻った。

「…ところでなぜ皆さんは村外れの森に?何か事情が?」

「簡単な理由です。我々は人が大勢いる場所に疲れてしまった。ただそれだけです」

6人は机を囲み、ワイン一本を嗜んだ。

「このワイン美味しいじゃない」

「確かにアルコールが少ないな」

「ランセルさん、あなたは?あなたはなぜ旅をしているの」

夜も更け、森の中のこの家は珍しく、まだ灯りがともっていた。







それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。

ヴァクラは目を覚まし、すぐに自分が椅子に座ったまま寝ていたことに気づいた。周りを見ると、家族も同様に椅子に座ったまま机に体を預けて寝ている。

(あれ、酔っ払った?でもアルコールは少なかったし、酒豪の父さんまで)

ヴァクラは眠い顔を擦りながら、よく辺りを見渡した。部屋は明るく、いつの間にか夜が明けていた。

(あの人は…ランセルさんはどこだ)

部屋はしん、と静かで、風で揺れる窓の音が際立った。

ヴァクラは急に不安になり、ランセルを探そうと席を立ち、別の部屋に向かおうとした。

するとその時、ふと窓がヴァクラの目に入った。

(何だあれ…)

窓の外には、いつもあったはずの木々の景色はなく、代わりに壁があった。それも動いているようにヴァクラの目には見えた。

ヴァクラは一歩ずつゆっくりと窓に近づいてみる。どれだけ窓に近づいても、窓の枠いっぱいに壁が見えた。そしてやはり壁は動いている。

ヴァクラが揺れる窓を開けると、嵐のような風が家に入ってきた。ヴァクラはそれに押し返されながらも、懸命に窓から顔を出した。

そして、気がついた。

壁ではなく、この家が動いているのだと。

ヴァクラが窓から顔を出して下を見ると、地面はなく、先の見えない穴があった。

家は大きな穴の中を落ちていた。

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