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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はじめましてお父様、私はあなたの娘です

作者: 小田次郎


書きかけてあったので、いつか続きが書ければいいなと思って短編で出すことにしました。


※序章の序章でかつ、投げっぱなしなので閲覧にはご注意ください。中途半端に終わるので苦手な方はブラウザバック推奨です。


小灯(スモールライト)

指先に小さな灯を浮かべる。相手にも位置が割れる確率が高いけれど、灯なしでこれ以上進むのは厳しかった。



アウリス王国の冬は寒い。

息を吸うと肺まで凍りつきそうで、風は頬が切れそうな程に鋭い。アリスは足を(もつ)れさせながらも止めることなく吹雪の中を走っていた。靴は邪魔だと途中で脱ぎ捨てたので足の感覚は随分前に無くなった。


けれど足を止めたら最後、死ぬ。


誰に言われた訳でもないが物騒な空気がそれを予感させた。






(重いっ!重すぎるんだって!誰だこんなドレスを考えたのは!)


ハリボテのお嬢様言葉は既に剥がれ、随分前に封印したはずの下町発音が出てくるくらいには焦っていた。


アリスが身に付けているのは夜会用のドレスで、しかも二十年前の古い型だから余計に重い。つまり逃亡には適していない。


そもそも淑女は走らないし、今日だって走る予定は全くなかった。それでも人生とは想定外な事がつきもの。つまり全力で走らなければならない時がある。



例えば先刻婚約破棄からの処刑宣告してきた王子、の隣にいた義妹、オリビア・ラングストンが鬼気迫る表情で追いかけてきた時とか。



(義妹虐めから始まり、覚えもない罪が乱立した結果の処刑宣告だったと記憶しているけど、寧ろ逆)


私のことが嫌いで孤立させていたのは義妹だったと思うんですが。嫌われているとは気づいていたけど、流石に殺意を持つまでとは思っていなかった。魔力保持者の義妹にはもちろん殺傷能力が備わっている。


(さて、どうしよう)


短距離転移陣を繰り返して()こうとしたが、先にアリスの魔力が尽きそうだった。そこで最終転移先を王都郊外にあるシュテーダムの森にしてやり過ごそうと思ったのだが、なんと私より魔力がないと踏んでいたオリビアが着いてくるじゃないか。魔力が底をつきかけている私は現在、泣く泣く自分の足で走っている。

 

隣国との国境には不法侵入を防ぐ結界が張られているから国外逃亡も現実的ではない。


転移陣を発動させる時に匿ってくれそうな人も考えてみたけれど、王子に処刑宣告された者に手を貸すなんて人物がいるとは思えなかった。

お世話になった孤児院や城下街の人達は貴族の問題なんかに巻き込んではいけないと除外していった結果。


両手には指が十本もあるのに最終的に星になった母か女神様のニ本しか折れてくれなかった。つまりアリスの生存は殆ど運によることが決定した。つまり絶望的ということ。


この先を抜けたら行き止まり。隣国との間にある峡谷(きょうこく)が待ち構えている。吹雪の中を走り出して三十分ほど経っただろうか。《光の衣(ライトヴェール)》がなければ凍死は確実だった。






アウリス王国の高位貴族に名を連ねる、ラングストン侯爵家。侯爵令嬢であるアリス・ラングストンが第二王子レスター・アウリスに婚約破棄と処刑宣告されたのが体感二時間前のこと。

そのまた体感十分前までは年に一度の王家主催の夜会に相応しい料理に舌鼓を打っていた。


なぜ第二王子の婚約者がそんな事していたのかって、端的に言うと暇だったからだ。第二王子のエスコートは義妹であるオリビアがいつの間にやら勝ち取っていた。


私は義妹に婚約者を奪われた負け犬としてお独り様入場した後、皆の嘲笑と陰口と好奇な視線を一身に集めながら、とりあえずお皿を持ってビュッフェを端から回ることにした。


そしていつの間にやら近づいてきていた王子に腕を引っ張られ堂々と中央に転けたところで断罪とやらが始まって、私は義妹のオリビアを虐めたとか、反逆罪だとか一貫性もなく、身に覚えもない罪状を山ほど並べられて婚約破棄からの処刑宣告されたわけだった。


周りの人達も不自然なほどに王子を称賛していて、国王までかと眉間に皺を寄せ、この国の未来を少しだけ憂いてみたりした。



(そういえばもう一人だけ、眉間に皺寄せてた人がいたような)


いなかったような。まぁそうして死刑を言い渡された私は、わらわらと囲まれて、処刑は勘弁と逃げて、追いかけられて、いつの間にか加わっていた義妹を交えてコレが始まったというわけだ。


義父母に当たる侯爵は黙っていたし、夫人はおっとり微笑んでいた。侯爵令嬢と言っても義理だ。実の両親でもないし、妹でもない。


十歳の誕生日に光の魔力が発現すると、法に基づいて貴族のもとに養子として出されることになった。アリスがラングストンになったのは八年前。その前は三歳の時に母を病で亡くしてからずっと孤児院でお世話になっていた。


私の人生はそれからずっと目まぐるしく変化している。


ただの孤児院にいたアリスから、侯爵令嬢アリス・ラングストンになって。貴族に引き取られたからって調子に乗るなって沢山言われたけど調子に乗っている暇がないくらい大変な日々だった。


無口な義父、病弱な義母、天使みたいだった義妹


義父母は口さがない者から守ってくれる事はなかったし、殆ど会話したこともない。でも義妹は七年ほど前までは天使のよう、いや紛れもなく天使だった。



――おねえさま!



年月とはこれほどまでに人格を変えてしまうものなのか。一年だけ慕ってくれた義妹は今や、王子様も裸足で飛び出してついでに馬車で轢かれるような形相で私の前に立っている。


「やっと追いついたわ」


ちょうど峡谷にたどり着いたとき、艶やかな金髪を(なび)かせたオリビアは一人だった。王家の兵もいない。オリビアは炎属性の魔力だったから凍らずに済んでいるのか、まつ毛まで白い私とは対照的に、白い息一つ吐いていなかった。


「オリビア、これ以上は近づかないで」


「悪い子ね、手間をかけさせて。いつも通りの処刑で良かったのに。面倒臭いからここで良いわ」


オリビアの左手には貴族令嬢が護身のためにと持たされるサイズの短刀が握られていた。引く気はないらしい。


「魔法でできた傷は治しやすいものね」


「…私を殺す理由はなに?」


「沢山あるわ。私があなたを殺す理由なんて」


赤い目は三日月になり、口元は薄く笑みを浮かべる。


「そうねぇ、どうせ全部忘れてしまうんだものねぇ」

「一つくらい教えてあげてもいいかしらねぇ」

「私ね?あなたの父親が欲しいの」


――私の父は私がお腹の中にいる時に死んでしまった

そう言葉にする前にオリビアはうっとりとした顔で続けた。


「さっきもいたでしょう?この国で一番強くて見目が良くて美しい金眼を持った人」


金眼は現在一人しかいない。公爵家に代々受けつがれると聞いたことがある。となると


「――トリスタン・ベリサリオ公爵?」

「あら鈍いあなたにしては正解が早かったわね。トリスタン様はあなたの父親よ」

「…は?」


――あり得ない、そもそも私の目は青い


「そうね目の色はどうしたんでしょうね?異常なんじゃないかしら?そうだわ!だからあなたの母親を捨てたのよ。家まで来て泣いて縋ったあの女をね。あれは滑稽だったわぁ。さて無駄話はおしまい」



死んだと聞かされた父が生きていた?

母は時々、泣いていた。もう会えないと言った。

それが母を捨てた?



渦巻いた感情はなんだっただろうか。

しかし思考に耽っている間に時間切れのようだった。



ぽたりぽたりと真白い雪に赤が落ちる。

どういう芸当か、一瞬で距離を詰めたオリビアは私の腹に短刀を刺したらしい。


光魔法は治癒に特化しているけど、物理的な傷を治すのは


「いまは、魔力ないなぁ」


「あなたのその目が、昔から大嫌い」


「おかあさんと、おそろい、でおきにいりなんだけ、ど」


中々ないんだよこのオーロラがかった青い目。珊瑚色の髪もお母さん譲りで綺麗なんだから。声ももう途切れそうだった。



「お姉さま、バイバイ」



私の身体をトンと押した。もう指先まで凍りそうだった。抵抗は出来そうにもない。


「あと一回よ、また会いましょう」


落ちながらも、最後に見たのはオリビアの涙で。


――なんであなたが泣いているの



またなんて会いたくない。


戻りたい。


お母さんと二人で暮らしていた頃に戻りたい。



視界が掠れて、木々が肌を裂いて、血が滴って。もう死ぬんだと分かっていても不思議と怖くはなかった。



あぁでも、そうだな


――()()があったら、話をしてみたいな


最期に思い浮かべたのはお父さんかもしれない人のことだった。






こうしてアリス・ラングストン侯爵令嬢の人生は僅か十八年で幕を閉じた。



――はずだった






「リス…アリス!」

「…え?」


自分では割と肝が据わっている方だなと思っているし、周りからもそう言われている。そんなアリスだが今、過去最大に動揺している。心臓はバクバクだった。


「アリス、あなた大丈夫?顔色が悪いわ?」


孤児院時代、アリスの面倒を一番見てくれた姉のような存在。シスターテレサの柔らかな声が上から聞こえる気がする。幻聴じゃなければ。

侯爵家に引き取られた後は一回も会えなかったけれど、毎日のように話していたから声を聞き間違えるはずがない。


ギギギィッと油を差し忘れた蝶番(ちょうつがい)のような音がなっていたであろう。恐る恐る左を見上げると、そこには紛れもなくシスターテレサがいた。



十歳で別れた時と何一つ変わらない顔で。



「シスター、若返りの魔法なんてありましたっけ」

「よく分からないけれど、いつも通り失礼で安心しました」


シスターとは思えないスピードでスコーンと頭を叩かれるのも慣れたこと。いや慣れていたこと。


ふと己の手のひらを見ると子供サイズ。しかも立ってみると百六十はあった身長は随分と縮んでいた。



――ほっぺをつねっても、普通に、痛い。夢じゃ、ない



「シスター、今って何年でしょうか」

「あら、本当に大丈夫かしら」

「たぶん大丈夫です」


額に手を当ててくれるが熱はない。これから知恵熱が出てきそうだけど、まだ大丈夫。そう伝えるべく口を開いた。


「今はナルバニヤ暦六百八十三年。雪解けた春ですよ」

「……ありがとうございます」



(戻ってる!戻ってる!戻ってる!戻ったの?)


頭の中は大混乱だった。

さっき確かに私、オリビアに刺されて落ちて死んじゃって


…あれが夢なんてことない。生々しすぎて私じゃ夢に見るのも不可能だ。設定が複雑すぎる。


あれは六百九十一年の冬だから、今は約八年前ということか。


「今日は調子が良くないみたいですし、また明日にしますか?」


ハッとまばたくと、シスターが心配そうな顔でアリスを覗き込んでいた。綺麗な眉毛が八の字だ。


「ほら、光の魔力が発現してからまだ五日しか経っていないのに、お役人様が急かすから。けれど危険性を考えると早めに庇護下にあったほうがいいものね」

「あぁぁぁぁ」


そうだ、魔物から小さい子を庇った時に光の魔力が発現して、今は養子先を見ている最中だった。


流石に母がいた時には戻れなかったけど、幸運にも人生の分岐点、ラングストン侯爵家を選ぶ前には戻ってこれたらしい。


(奇跡?女神様?それとも星になった母ですか?)


超常現象に理解が及ばず、見上げて問いかけてみたが、もちろん誰かが答えてくれるわけもなかった。



「…もう遅いので、今日は部屋で休むことにします。そのリストだけ貰ってもいいですか?」


指さしたのは卓上にある養子先の候補リスト。分厚い。

シスターから受け取り、風呂上がりに突撃してくる子供たちを軽くいなすと急いで三階の自室に戻り、ベットを懐かしむ暇もなくコロンと転がった。珊瑚色の髪がシーツに広がる。



(この紙に、人生がかかっている)



ゴクリと喉を鳴らしめくると、最初に目に入ったのはラングストン侯爵家の名。


「絶対却下!」


私の聞き間違いではなければオリビアは『あと一回、また会いましょう』と言った。それと『どうせ全部忘れてしまう』とも。


(けど私は全部覚えてる。何も忘れてない)


オリビアにも記憶があるのだろうか。また私を殺すのか?こちらとしてはあんな思いはもう二度とごめんだ。またラングストンを選んでみすみす殺されたくはなかった。



「なんでかは分からないけど、たぶんオリビアの目的は私を殺すこと、だよね?」



アリスは間違っても頭脳派ではない。前回だって無い頭を振り絞って鞭に耐えつつ礼儀作法、一般教養、魔法学、その他を全て入れ切った。正直、混乱もあって許容量を超えている。


「前回は寄付金が一番多いからラングストンを選んだんだった」


リストは上から孤児院への寄付金額順に並んでいる。私と引き換えに来る寄付金だ。人身売買のようだけど、私を引き取る時にこれくらいお金を払いますよ〜守れるくらいお金持ちですよ〜だからうちを選んでください〜という賄賂のようなもの。特に孤児院は教会が運営しているからこういう賄賂は隠す必要もない。


どうせなら一番高く買ってもらおうと前回は早々にラングストンを選んだので、他の候補をほとんど知らなかった。光魔法は非常に稀有で治癒に特化した属性なので国から保護するように通達される。誘拐の危険性からして貴族の庇護下にあるのが最も安全。それも高位な貴族ほど良い。 

その点だけで言えばラングストン侯爵家は申し分なかった。



ペラペラとめくる音が狭い部屋に響く。


――ハバリー男爵家 ポランド伯爵家 リドニア子爵家…


光の魔力は大人気というか、養子に迎えるだけで外聞が良いというか。鼻が高いというかで本当に候補が沢山ある。


「はぁ〜〜どれが良いのかなんて全く分からないよぉ」


誘拐は嫌だから伯爵家以上が安心だし、かと言って前みたいに家族総スカンだと困ることが判明したし、というか元同級生の家が多いし気まずいし。ラングストン側の派閥は不安。


前回の知識を総動員し、赤鉛筆で次々にペケをつけていくと、なんと全てにペケがついた。大問題である。


そもそも国から支援金が出るから養子先に手を挙げるだけで欲がありますって言ってるようなものだった。欲なしはいないのか。思わず目を覆った。




「はぁ」


(本当に分からないことばかり)




そういえばなんだか大切なことを忘れているような、魚の小骨が喉に刺さったみたいな違和感。



でもちょっと今は限界だ、頭が痛くなってきた気がする。

どうするべきなのか、何をすればいいのか。



――また明日考えよう



やり直し一日目は早々に切り上げることにした。






――コンコンコン


翌日の昼、扉の隙間から顔を出したのはシスターテレサと、足元に包帯を巻いた小さな女の子。


「サリー!」

「アリス!アリスが守ってくれたおかげよ!ありがとう!」


光の魔力が見つかったあの日、一緒に魔物の恐怖に立ち向かった6歳のサリーだった。私が見つけるまで魔物に追いかけられて沢山転んだのか、全身傷だらけだったサリーは治療院に入っていたのだった。前回と同じくお礼を言いに来てくれたらしい。


「それでね!治癒院のお姉さんたちはね!光魔法の人が多いんだって!アリスもああなるの?かっこいいわ!」

「そうだねぇ、そうなりたいねぇ」

「十歳とは思えないほど、老成した雰囲気だわ」


かわいい。なんだか既視感のあるやりとりだけどやっぱりかわいい。二つ結びが跳ねて、ほっぺは上気してほふほふしている。前回を含めても久しぶりに癒されている気がして、アリスは密かにサリーセラピーと名付けた。


「ほらサリー。まだ治りきっていないのだからすぐ出るわよ」

「えーー」


サリーを宥めながらも、バラして床に散らばっていたリストを拾ったシスターテレサはあらまと声を出す。


「バツばっかりじゃない。この前までラングストン侯爵家でいいと言っていなかった?」

「いいえシスター。聞き間違いです。ないです。ラングストンだけは決して」


勢いよく否定の姿勢に入ると、シスターはほっと、安心するかのように息を吐いた。



確かシスターテレサは子爵家の分家の出だったような。昨日から引き続き行き詰まっていたアリスは年長者を頼りにすることにした。


「シスター。高位貴族で独身で本人もある程度権力を持っていて性格破綻者ではない理想的な貴族はいますか」


「……アリス、何度も言っているように、もう少しゆっくり喋りなさい。でもそうね、そんな方いらっしゃるのかしら。んもぅ眉間にシワができるわよ」


流石にここから妥協しなきゃいけないのは分かっている。眉間を指で直されながらも、んーっと二人して首を捻っていると膝辺りから可愛らしい声が聞こえた。



「ねえねえ、きしさまは?すーっごくつよいよ!かっこいいし!」


(訳:騎士様は?すっごく強いよ!かっこいいし!)



その瞬間、アリスは思い出した。昨日よりも強い衝撃、そして感情だった。魚の小骨はこれだった。


『私ね、あなたの父親が欲しいの』


『トリスタン様はあなたの父親よ』


『彼はあなたの母親を捨てたのよ。家まで来て泣いて縋ったあの女をね』


どうしてこんな大事なこと忘れてたの!


トリスタン・ベリサリオ!


現公爵!


そして騎士団長!


私の父親!


かもしれない人!


最後が重要である。オリビアの言っていたことが嘘の可能性だってある。というか私は色も顔立ちも母似なので判断がつかない。ベリサリオ公爵家の直系の証である金眼なんてもってないし。そもそもニ個下のオリビアがわたしですら知らないことを知っているという時点で怪しすぎた。


でも死ぬ直前の人間に、記憶を無くす人間に、嘘を言う必要もない。


(てっきり第二王子が好きだと思っていたのにベリサリオ公爵だったとは)



あの時沸いた感情は、父親が生きていると知った時の感情は正直喜びに近かったのかもしれない。


母が一方的に捨てられたというのはあまり信じていない。毎日寝る前に父の好きなところを聞かされてお腹いっぱいの三歳児だった記憶が朧げにあった。捨てられてあれなら母のメンタルは鋼だ。

そして母はそんな嘘をつくような人ではなかった。

真っ直ぐで太陽みたいな人だった。



ということで、私はトリスタン・ベリサリオが父親であるという仮説を一考の余地ありとして捉えることにした。


私は父を知らない。顔も知らない、名前も知らない。母は教えてくれなかったと、思う。


『次があったら、話をしてみたいな』

わたしは確かにあの時、そう思った。ただ純粋に父がいるなら会ってみたかった。それが黒髪に金眼の人かもしれない。


――聞ける機会があれば、ききた…



「あれ、?」



…そういえば、ベリサリオ公爵家って理想の貴族の条件に全て当てはまってたりするんじゃないだろうか。高位貴族で独身で本人もある程度権力を持っていて性格破綻者じゃない。何より公爵家ならラングストンの家柄にも対抗できる。


「シスター、ベリサリオ公爵家はここにはないですよね?」

「…リストの中には無かったと思いますけど」

「欲もないと。完璧だ」 


(これは良いかもしれない)


知らぬ間に笑みを浮かべていたのかシスターの眉間に皺がよる。


「アリス、あなたまた(ろく)でもないことを」


思い立ったら即行動がアリスの短所であり長所でもある。


まぁ、本当の父親でなくても、あの眉間に皺を寄せていた人なら話が合うかもしれないし。養子になった暁にはこの国の未来について語らうのも良いかもしれない。特に第二王子のバカっぷりについて。


「行ってきますシスター!」

「どこへ行くのですか!?」

「ちょっとベリサリオ公爵に私を売り込みに!養子にしてもらおうかと!」

「はい!?ちょっここ三かいっ」


窓枠に手をかけると木を伝ってヒョイっと飛び降りた。十歳の体は軽くて良い。


勝算は、あるようなないような。頼むだけ頼むのもありかもしれない。出来るだけ粘るけど。




「せっかくやり直せるならオリビアに殺されないように、対抗できるように、それで幸せに長生きしたいじゃない!逃げるのはもう嫌だし!逃げても追ってきそうだし!だったら戦うしかないし!そんでもって公爵がお父さんかどうか確認すれば一石二鳥じゃない!」


分からなかったらすぐ聞け派、お得が好きなアリスだった。




「八百屋のおじさん!ちょっと後ろ乗せてください!途中まででいいので!」

「アリスじゃないか!どうしたんだい?」

「シスターにどやされでもしたんだろ」

「この前の焼き鳥一人で食べちまったのかい?」


八百屋のおじさんの荷台に乗っていると、次々に顔見知りの人達が話しかけてくれる。シスターテレサは冤罪だったので誤解は解いておいた。焼き鳥はみんなで分けたもん。



でも久しぶり。なんだかとっても久しぶりだ。この感じ。



途中で荷台から降ろしてもらいお礼を言うと、そのまま堅牢優美な騎士団本部前まで走った。

白亜の王城の前に構える大きな建物。ここには古代竜が彫られている。



衛兵のおじさんには一瞬でもいいから、警戒心を抱かせないために純粋培養で育った子供のフリをすることにした。いつもの二倍は声が高い。


「こんにちは!お父さんに忘れ物を届けにきたんです!」

「こんにちはお嬢ちゃん、お父さんの名前は?」

「トリスタン!」

「えっ?ちょ!」


(これから父にすれば問題はない。たぶん)


子供相手に油断した衛兵の間をすり抜けて急いだ。この時間は訓練のはず。公爵には滅多にお目にかかれないけど、騎士団長ならまだ可能性はあった。早く見つけないと衛兵のおじさんに首根っこ掴まれておしまいである。


砂埃が視界に入ったその場所を目掛けて飛び込むと見えたのは、何事かとこちらに視線を向ける騎士たち。


後ろから伸びてきた手を一つ二つとひらりと躱わす。ぽかーんとしている背丈の低い見習い兵の肩を両手で掴み


そのまま――――飛んだ


(ごめん少年、つい。後で謝ろう)


正直確信は持てないけど、目が金色で綺麗だし、髪黒いし。とってもカッコいいし。たぶんこの人だと思う。



ここでふと、何を言えば良いのか分からなくなった。公爵閣下?騎士団長?そうだ売り込むのってどうやれば良いんだろう。「希少価値あります!養女に貰ってください?」あ、実の父なのかも聞かなきゃいけないんだった。「私娘らしいのですが、知ってますか?」



10歳女児の対空時間などほんの僅かだが、アリスの脳内はしっかりこんがらがっていた。何も考えずに走り出すのはやはり猪突猛進型の欠点だった。



その間にぼすんと音を立て腕に着地。トリスタンは両手で受け止めてくれていたらしい。



(えぇぃ!ままよ!)


「はじめましてお父様、私は貴方の娘です!」



「なんだこの野生児は」



私のお父様(仮)は金色の眼を見張ると次の瞬間には珍獣を見るかのように、そう言った。





最後までお読みいただきありがとうございました!


タイトル回収だけで終わってしまって申し訳ないです。

感想も沢山ありがとうございます。(現在は感想欄を閉じています)いつになるかは未定ですが続きを書きたいとは思っているのでよろしくお願いいたします。溺愛お父様に仕上げたいです。

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